(1)生産地域、経営規模
国内の酪農家を会員に抱えるメキシコ酪農連盟(FEMELECHE)によれば、2018年の酪農家戸数は約25万9500戸であった。
(表1)このうち、9割がゼブーなど熱帯種を乳肉兼用として飼養する経営体と、ホルスタインなどの温帯種を乳用として30頭以下飼養する小規模な経営体となっている。これらの経営体は、南部地域を中心に分布しており、家族経営が主体で、数頭しか飼養していないケースも多いとされている。一方、ハリスコ州とその周辺の西部中央地域、ケレタロ州など首都近郊、コアウイラ州やドゥランゴ州などの高原地域では集約的で大規模な経営体が多く、生産性が高い傾向にある。ハリスコ州周辺では、主に舎飼いされているものの、豊富な草地を活用して一年のうち一時期のみ放牧を行う場合が多い。また、チワワ州やソノラ州でも集約的な酪農経営が行われているが、気温が高いため耐暑性やダニ耐性のあるゼブー系を飼養する場合も多い。(図1)
1頭当たりの年間平均乳量に関する公式な統計は公表されていないが、FEMELECHEによると、南部地域では150〜1500リットルであり、ハリスコ州など西部中央地域では4500〜9000リットル、北部の高原地域では8000〜1万3000リットル程度と地域などによって極端な開きがある。なお、rbSTなどの乳量増加を目的とした合成ウシ成長ホルモンの使用は、法的な規制はないが、主要な大手乳業会社などの生乳受入れ基準では使用が禁止されている。
(2)生乳生産
生乳生産量は、1970年代に政府の保護政策により大幅に増加したが、80年代に入り、インフレ抑制のための価格統制が実施されたことで、生産コストの上昇を消費者価格に転嫁することができず、伸びが鈍化した。90年代は、WTO発足を受け、1996年に牛乳の小売価格統制が廃止されたのを機に創設された、酪農家の生産性向上を支援する政策に後押しされ増加傾向で推移した。
近年では、大手乳業会社による技術指導や海外からの遺伝資源の導入による遺伝的改良などにより、生産性が一層向上しており、ほぼ一貫して増加傾向で推移し、2018年は前年比2.0%増の1200万8000キロリットルに達している。(図2)
生乳生産量の州別割合を見ると、ハリスコ州が全体の20%を占め最大の生乳生産州となっている(図3)。次いで、コアウイラ州、ドゥランゴ州、チワワ州が続き、これら上位4州で5割以上を占める。上位4州には及ばないものの、プエブラ州、イダルゴ州、メヒコ州、ケレタロ州など首都近郊での生産が比較的多い状況にある。
現地関係者によると、ハリスコ州では特に東部で草地が豊富で生産性が高い傾向にある。同州の東側に隣接するグアナフアト州の生乳生産量が多いことも同様の要因によるものと推察される。また、コアウイラ州およびドゥランゴ州にまたがる高原地域では、酪農家の規模が比較的大きい傾向にあり、これらの経営体が両州の生乳生産をけん引している。
生乳生産を月ごとに見ると、季節性があり、雨季に当たる7〜9月にピークを迎え、2月ごろに1年で最も少なくなる傾向にある(図4)。この傾向は、特に乳肉兼用の経営体や放牧で牛を飼養する経営体に表れやすいとされている。
(3)生乳、牛乳・乳製品の流れ
酪農家の経営形態は、出荷先である乳業会社の企業形態とも関連している(図5)。小規模酪農家が集中している南部地域では、伝統的な小規模・零細乳業工場が多く、コールドチェーンが整っていないとされている。このため、長距離輸送が困難なことから、飲用乳ではなくチーズの原料として利用されることが多く、中でもパネラチーズやオアハカチーズなど伝統的なチーズへの利用がほとんどを占めるとされている。
一方、コアウイラ州やドゥランゴ州、ハリスコ州などの集約的な酪農家は、機械化の進んでいる大手乳業会社へ出荷している場合が多い。これらの乳業会社は受け入れる生乳に対して比較的高い乳質基準を設けており、バルククーラーが整備された契約酪農家が所有するミルクローリーで生乳を輸送することが多い。
FEMELECHEによると、生乳は酪農家と乳業会社間の直接取引が主体であり、生乳の出荷契約の更新期間は、乳業会社ごとに異なっているものの、基本的には1年更新である。しかし、後述するように、メキシコ国内資本の乳業会社を中心として酪農協を前身とし、酪農家が保有株数に応じた出荷権を有しているケースが多いことから、出荷先の変更は頻繁には行われないとされる。
製造された牛乳・乳製品の販売方法も乳業会社ごとに異なっており、中小乳業会社の製品は地場のウェットマーケットに流通するチーズなどが多い。一方で、大手乳業会社の飲用乳やチーズなどの製品は、個包装されており、冷蔵輸送を経て、スーパーマーケットチェーンなどで販売される。
(4)国家ミルク公社(LICONSA)
2018年12月の新政権発足前は、民間の乳業会社のほか、低所得者向け栄養供給プログラムの運営機関として、LICONSAが存在していた。LICONSAは、地元の酪農家から比較的高値で購入した生乳から製造した飲用乳を低所得者向けに低価格で提供することを目的としていた。対象となるのは、6〜12歳の児童、60歳以上の高齢者、授乳および妊娠中の女性、慢性疾病患者および身体に障害を持つ者などである。同様のプログラムは1944年から実施されており、2019年3月の実績では、7158万リットルの飲用乳(受益者1人1カ月当たり平均12リットル)が提供された。
LICONSAは、メヒコ州に3カ所、ハリスコ州やオアハカ州など7州に各1カ所、合計で8州に10カ所の工場を所有している。また、コールドチェーンが発達しておらず飲用乳を冷蔵輸送できない地域には、粉乳を提供している。
新政権は、LICONSAと、農村地域へ牛乳を含む基本的な食品を市場価格よりも安価に流通させる役割を担っていた食料配給公社(DICONSA)を合併し、新たにメキシコ食料安全保障庁(Segalmex)を設立した。Segalmexは、生乳を含む5つのコモディティ品目(トウモロコシ、豆類、小麦、米)を生産する小規模農家を対象に、市場価格よりも高値で産品を買い上げる新たなプログラムも担うこととなっている。
(5)乳価
乳価の決定方法は、1996年に牛乳の価格統制が廃止されて以降、需給や市況などの市場原理によって変動し、乳業会社ごとに異なっている。FEMELECHEによれば、各乳業会社はLICONSA(現Segalmex)の乳価を指標としている。LICONSAは、米国の連邦マーケティングオーダー
(注)の用途別乳価を加重平均して算出しているとされていたが、LICONSAでは飲用乳製造の比重が高いとみられることから、LICONSAの乳価はほぼクラスT(飲用乳向け)に近いと考えられる。このため、チーズや粉乳類を含む多品目を製造している大規模乳業会社がこの乳価を採用することは国際競争上不利となる。
このような状況下で、政府が公表している全国平均乳価は、生乳生産量が増加傾向で推移しているものの、それを上回るペースで消費量が増加していることから過去10年以上にわたって上昇傾向にあり、2018年には前年比1.5%高の1リットル当たり6.16ペソ(43円)となった。また、州別の乳価を見ると、生乳生産量第1位のハリスコ州と第2位のコアウイラ州では、それぞれ同5.34ペソ(37円)、同5.91ペソ(41円)と全国平均を下回った。一方、人口が密集し、飲用乳としての流通が多いと思われる首都メキシコシティがあるメキシコ連邦区の乳価は、州別乳価の中で最も高く、2018年は同9.59ペソ(67円)と全国平均よりも55.7%高かった(図6)。
なお、新政権が小規模酪農家の支援のために最低保証乳価制度を導入する動きがあるため、乳業会社は、乳価決定過程が政治的に機微であるとして、その詳細については明らかにしなかった。
(注) 米国連邦生乳マーケティングオーダー:オーダー地域(10地域)内で取引される生乳は、用途に応じて四つのクラスに区分され、区分ごとに最低取引乳価を設定するとともに、生乳取扱業者に対して酪農家への用途別乳価を加重平均した乳価(プール乳価)での支払いを義務付けている。詳細は、畜産の情報2017年12月号「米国における酪農、牛乳乳製品の需給動向〜さらなる輸出拡大が成長のカギ〜」を参照されたい。