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海外情報 畜産の情報  2019年8月号

ニュージーランドの酪農業界における環境問題への取り組み

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調査情報部 大塚 健太郎(現那覇事務所)、井田 俊二

【要約】

 ニュージーランドでは、酪農の拡大に伴い集約的な生産が増え、家畜排せつ物に起因する河川の水質汚濁が問題となっている。また、温室効果ガス排出量の約2割を占める酪農業界としては、国際約束に基づく温室効果ガス排出量の削減目標達成のため、業界一丸となった取り組みが不可欠となっている。

1 はじめに

 2015年の国連サミットにおいて、2030 年を年限とする「持続可能な開発目標 (SDGs)」が全会一致で採択され、2018年 1月に開催されたベルリン農業大臣会合においても、「コミュニケ2018『畜産の未来形成−持続可能性、責任、効率』」が採択された。 このように、持続可能な畜産については、国際的に関心が高まりつつある。
 ニュージーランド(NZ)は、主要な乳製品輸出国の一つであり、同国の酪農における持続可能性への取り組みは、同国の生乳・乳 製品生産に影響し、ひいては世界の乳製品需 給に影響を与える可能性がある。
 本稿では、NZの酪農における持続可能性 の中でも、最も大きな課題となっており、生乳生産に影響を与える可能性のある環境問題、特に水質汚濁および温室効果ガスに焦点をあて、環境規制の現状、行政や業界団体の取り組み、酪農家における環境対策などにつ いて、2019年5月に行った現地調査を踏まえて報告する。なお、本稿中の為替レートは、1ドル= 77円(2019年6月末日TTS相場 77.4円)を使用した。

2 酪農業界を取り巻く環境問題

(1)水質汚濁

 NZといえば、山や河川などの自然に恵まれ、全国土に広がる放牧地を活用して畜産経営を行っており、政府や畜産団体もクリーン・グリーンなイメージを発信しているため、畜産経営と環境問題は無縁のように感じるが、水質汚濁を中心に、環境問題が発生している。その最大の要因となっているのが、酪農の拡大だと言われている。
 NZの乳用牛(経産牛を指す。以下同じ)飼養頭数は、1990年ごろから、国際的な乳製品取引価格の上昇に伴い、規模拡大、新規参入、肉用牛・羊経営からの転換などにより右肩上がりで増加しており、2017年時点では499万頭と、1990年当時の2倍になっている(図1)。また、規模拡大により、1戸当たり乳用牛飼養頭数は増加傾向で推移しており、2017年は431頭と、1990年時点の2.6倍になっている。
 

 その一方、都市化の進展に伴い農地は減少している。多くの一次産業で農地が減少する中、酪農向けの農地は、肉用牛・羊経営からの転換などにより増加しているものの、乳用牛飼養頭数の増加ペースには追いつけず、1ヘクタール当たりの乳用牛飼養頭数は増加を続け、2017年には2.84頭となっている(図2、3)。
 


 

 
 1ヘクタール当たりの乳用牛飼養頭数の増加により、家畜排せつ物由来の窒素やリンなどの河川への流入が増加し、水質汚濁につながっている。水質汚濁は、水中生物の生態系の破壊、藻の大量発生、地下水の汚染などを通して人への健康被害などを引き起こす。
 環境省が2019年4月に公表した「Environment Aotearoa注1 2019」(環境白書)によると、放牧地帯にある河川のうち71%は、窒素量が水生生物の生態系に悪影響を及ぼす水準になっている。また、NZでは、湖や河川の水質を、「遊泳に適しているか否か」という基準で判断しているが、家畜排せつ物の河川への流入により、カンピロバクターなどの細菌数が多くなっており、放牧地帯にある河川の82%は、遊泳に適していない水準まで汚染されている。集約的な生産の拡大により、硝酸性窒素の地下水への浸透量は、1990年の年間18万900トンから、2017年には20万トンまで増加しており、特に、ワイカト地域、マヌアツ・ワンガヌイ地域、タラナキ地域およびカンタベリー地域における流出が著しいとされている(図4)。1990年時点では、家畜由来の硝酸性窒素流出量の39%が酪農由来、26%が肉用牛由来、34%が羊由来であったが、2017年時点では、65%が酪農由来、19%が肉用牛由来、15%が羊由来と、酪農の割合が大幅に増加していると推計されており、酪農が水質汚濁の主な要因とされている。

注1:Aotearoaは、先住民マオリ族の言葉で、ニュージーランドを意味する。

 
 

(2)温室効果ガス

 環境省の「New Zealand's Greenhouse Gas Inventory 1990−2017」(NZにおける温室効果ガス排出量に関する報告書)によると、2017年の温室効果ガス総排出量(二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素、フロンガスなど)は、1990年と比較して20%増加した(図5)。世界全体の排出量に占めるNZの割合は0.17%以下と非常に少ないものの、国民1人当たりで比較すると、世界で7番目に多いとされている。国内の電力の85%程度を水力発電などの再生可能エネルギーで賄っていることから、火力発電などの割合が高い国と比較して、二酸化炭素の排出量は少ないものの、基幹産業である農畜産業由来の温室効果ガス排出量が多い。農畜産業における温室効果ガス排出量は、NZ全体の排出量の48%を占めており、経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operationand Development、以下「OECD」という)加盟国平均の4倍となっている。また、NZ環境省によると、農畜産業で発生する温室効果ガスの大部分は、反すう家畜の曖あい気き (ゲップ)由来のメタンが占めている。そのため、温室効果ガス排出量削減のためには、家畜由来の温室効果ガス排出量の削減が不可欠であり、その半分近くを占める酪農に対する社会的な圧力は大きくなっている。
 


 

3 行政および酪農業界の取り組み

(1)水質管理

ア 政府の取り組み
 水質汚濁を防止するための水質管理に関しては、1991年資源管理法(The Resource Management Act 1991)において規定されている。同法は、環境全般に関して基本となる方向性を定める法律であり、空気、土壌、水などの天然資源に悪影響を及ぼすような活動を最小限にし、天然資源の持続的な管理を促進することを目的としている。同法では、具体的な水質目標や管理計画の策定・運用は、地方自治体が行うこととしている。また、地方自治体に対して、環境に悪影響を及ぼす可能性がある活動について、その影響の度合いに応じて、禁止したり許可制にしたりするなどの規制を導入するよう義務付けている。
 さらに、資源管理法の下、2011年に制定された「淡水管理に関する全国方針声明書(The National Policy Statement for Freshwater Management、以下「NPS」という)では、水質に関する国の最低基準などを設定するとともに、地方自治体に対して、すべての水域(水源から、湖や河川、海に流れ出るまでの水の流れ全体を指す、以下同じ)に対して最低の水質基準を設定し、それを達成するための施策の実施を求めている(表1)。NPSは、2017年に改正されたが、その改正では、遊泳に適した湖または河川(表1で、青、緑および黄色と判定されたもの)を、2017年時点の71%から、2030年には80%、2040年には90%まで引き上げるという目標が設定された。



 全国の湖や河川における水質を管理するため、環境省や複数の地方自治体などは、共同出資により「土地、空気、水 アオテアロア(Land, Air, Water Aotearoa、以下「LAWA」という)」を設立し、水質に係るデータなどの情報の収集・提供を行っている。LAWAのホームページでは、国内でモニタリングを行っている湖や河川の水質の状態が確認でき、水質向上の一つの指標にもなっている「遊泳に適しているか否か」についても、国民に視覚的に分かりやすい形で公表している(図6)。
 


イ 地方自治体の取り組み〜ワイカト地域の事例〜
 ワイカト地域は、NZ全体の3割程度に当たる3300戸の酪農家がおり、生乳生産量は、NZ全体の2割程度を占める最大の酪農地帯である。1ヘクタール当たりの乳用牛飼養頭数は、2.95頭と、カンタベリー地域の3.44頭に次いで多くなっている。ワイカト地域には、1500の湖や河川があり、中でもワイカト川は、地域を縦断する全長421キロメートルの国内最長の川である。また、国内最大の湖であるタウポ湖もあり、観光地として人気がある。しかし、前述の通り、酪農が盛んであることから、酪農場と水域が近接しており、たびたび水質汚濁が問題となってきた。
 ワイカト地方自治体(Waikato Regional Council)は、資源管理法およびNPSに基づき、ワイカト地域の環境に関する規制や管理計画を作成するとともに水質基準の設定を行っており、「ワイカト地域計画(Waikato Regional Plan、以下「WRP」という)」において、農場で発生した排水の直接的な河川への放流を禁止している。そのため、酪農家は貯水池(現地では、ポンド(Pond)といわれる)を設置し、排水を一カ所に集める必要がある。貯水池は、地下水を汚染しないように、底面に加工を施さなければならない。また、一カ所に牛を集めて補助飼料を給与する場合は、そのエリアにおける排せつ物が地下に浸透しないように、地表面をビニール製のシートで覆うなどの加工を行う必要がある。
 集めた排水は場へ散布するが、1回の散布当たり深さ25ミリメートル(バケツなど を散布する圃場において計測)、年間の窒素 散布量が1ヘクタール当たり150キログラム を超えてはいけないとされている。これを乳 用牛100頭規模の農家を例に計算すると、すべての排水を散布するためには、3.6ヘクタ ールの農地が必要になる。そのほか、河川へ の牛の侵入、過度な取水なども禁止している。
 ワイカト地方自治体は、毎月、150カ所の湖や河川の水、130カ所の土壌のサンプルの分析を実施している。また、環境負荷の少ない飼養管理を普及させるためのセミナーやワークショップの開催などを行っている。さらに、畜産農家に対し、河川付近のフェンスの設置や植林(苗木の購入代と人件費)を対象に経費の35%を補助している。ワイカト地方自治体によると、NZでは、通常、行政による生産者への金銭的な支援はあまり行われないが、環境対策に関するものは、国民全体のメリットとなることから、20〜40年ほど前から補助を行っているとのことである。
 ワイカト地方自治体では、水域ごとにいくつかのエリアに区分し、優先度をつけて水質の向上に取り組んでいるが、タウポ湖周辺地域では、他の地域より厳しい規制を設けている(図7)。
 

 タウポ湖は、周辺の酪農の拡大に伴い、汚染された河川などから流入した汚水により水質が悪化した。そのため、ワイカト地方自治体は、これ以上の汚染を防止するため、2007年に、新しい政策を講じた。
 この政策における目標は、タウポ湖の窒素量を、2007年時点の水準から、15年以内に20%削減し、タウポ湖の水質を2080年までに2001年時点の水準まで戻すことである。これを達成するため、飼養密度の高いタウポ湖周辺の畜産農家注2については、牧畜業を許可制にするとともに、年間の窒素排出許可量(Nitrogen Discharge Allowance、以下「NDA」という)を設定した。NDAは、牛の飼養頭数、牛の購入・販売頭数、肥料使用量などを基に算出されるため、農家は、牛を増頭するためには、NDAの枠内で窒素排出量を管理できていることを証明する必要があり、実質的には増頭が難しい状況となっている。また、酪農は肉用牛・羊経営に比べて飼養密度が高く、搾乳場など酪農特有の施設において排水が多く発生することから、これまで多く見られた肉用牛・羊経営からの転換も困難となっている。
 なお、ワイカト地方自治体は、現在、WRPの改正作業に入っている。改正案では、小規模農家など一部の生産者を除く、ワイカト川およびワイパ川周辺のすべての生産者に対して、「農場環境計画(Farm Environment Plan、 以下「FEP」という)」の作成および提出を義務付けている。対象地域を、優先度1〜3に区分し、優先度1の地域の生産者は、2022年3月までに、優先度2は2025年までに、優先度3は2026年までにFEPを作成・提出しなければならない(図8)。
 

 FEPでは、農場全体の写真と農場における施設の配置図、排水管理方法、河川付近の管理方法など、水質汚濁などにつながる可能性の高い場所を特定し、その場所における対策を明記する必要がある。これにより、生産者は、自分の農場のどのような場所で環境汚染のリスクがあり、どのように対策を行う必要があるかを理解、実行することができる。
 なお、FEPは、まだ、法的には義務付けられていないものの、後述する乳業メーカーの取り組みなどにより、現時点でも酪農家には必要なものとして認識されている。

注2:「飼養密度が高い」とは、酪農であれば、乳用牛1頭当たり1.82ヘクタール以上の農地を所有していない、または、1ヘクタール当たりの乳用牛頭数が0.55頭以上とされている。
 
ウ 生産者団体の取り組み
 水質汚濁が問題となり始めてから、酪農がその主な原因とされ、特に釣り業界が、2002年に開始した「デイリー・ダーティー(汚い酪農)」キャンペーンは、多くの国民に、酪農が水質汚濁の根源であるという認識を持たせることとなった。酪農業界は、そのような状況を打開するため、業界主導で、湖や河川における水質を向上させるための取り組みを行っている。現在、重要な役割を果たしているのは、2013年に開始された、「持続可能な酪農:水協定((the Sustainable Dairying Water Accord)、以下「水協定」という」である。この水協定は、生産者団体であるデイリーNZを中心に、酪農家、乳業メーカー、政府、地方自治体およびマオリ協会連盟がメンバーとなって組織した、酪農環境リーダーシップグループ(the Dairy Environmental Leadership Group、DELG)により作成され、「責任のあるパートナー(Accountable Partners)」としてデイリーNZ、NZ乳業協会および乳業メーカーが、「支援パートナー(Supporting Partners)」としてNZ農業者連盟や肥料協会などが、「協定の後援者(Friends of the Accord)」として政府の第一次産業省や環境省などが参加している(表2)。
 

 水協定は、水辺の管理、土壌の窒素量などの管理、排水管理、水の利用管理、他産業から酪農への転換、の五つのカテゴリーについて、達成すべき目標を具体的な期限を設けて設定し、定期的に目標ごとの達成状況を報告することで、酪農業界の水質向上のための取り組みを可視化することが目的である。
 2016年3月に公表された報告書によると、2016年3月末時点では、97.2%の牛が河川に近づけないよう対策を講じられている。また、搾乳などのために牛が河川を横断しなければならない場所の99.4%で、橋などが整備済みとなっている(表3)。



 水質向上に関して、生産者団体であるデイリーNZの主な役割は、研究開発と情報提供である。具体的には、地域ごとに異なる環境規制に対応した飼養管理ガイドラインの作成、農場における硝酸性窒素などの管理ツールの開発、酪農家への技術指導、ホームページや酪農家向け情報誌を通じた情報提供などを行っている。
 また、環境負荷の少ない経営を行っている酪農家を選定し、その農家がさらに高い水準の経営を行えるようサポートするとともに、その酪農家に関する情報をその他の酪農家に提供している。デイリーNZによると、酪農家は、他の酪農家から聞いた話をもっとも信頼する傾向にあることから、模範的な酪農家を育成し、その酪農家を通じた教育に力を入れている。


エ 乳業メーカーの取り組み
 酪農家の水質管理に関しては、乳業メーカーが大きな役割を果たしている。NZで生産される生乳の8割以上を集乳するフォンテラ社では、経営戦略の中で、持続可能性を重要視している。持続可能性を、①製品を通じた健康や幸福への貢献②環境③地域コミュニティーとの共存の三つのカテゴリーに区分し、さらに、環境については、①土地と水の衛生状態および生物多様性の向上②温室効果ガスの削減③生産性向上と廃棄物の削減を通じた世界的な食料需要の増加への対応、の三つを重要事項としている。
 フォンテラ社は、水協定や地方自治体との協議などを踏まえ、表4の通り独自の目標を設定し、毎年、達成状況を公表している。





 フォンテラ社では、それぞれの目標を達成するために、契約酪農家に対し、環境規制の順守や環境負荷の少ない飼養管理を行うよう義務付けている。また、同社は、約1万戸のすべての契約酪農家に対して毎年監査を行っており、監査の結果、最低基準を満たしていない酪農家を、環境リスクの大きさに応じて、「危険性が低い」「危険性が高い」「重大な危険」の三つに区分している。「危険性が高い」とされた酪農家は、次のシーズンが始まるまでに改善を求められ、「重大な危険」とされた酪農家は、緊急な改善が必要な事項について、24時間以内に改善を求められる。また、最低基準を満たしていないと酪農家に対しては、具体的な対応策や達成基準を明記した、環境行動計画(Environmental Action Plan)の作成を義務付けている。
 最低基準を満たしていない酪農家が、①引き続き最低基準を満たさない②環境行動計画の内容を期限内に実行しない③過去3年間に「危険性が高い」「重大な危険」のいずれかに判定されたことがある④不正確な情報を提出したのいずれかに該当する場合には、フォンテラ社職員による指導料の請求、コンサルタント会社による環境行動計画見直し費用の請求、集乳の中止などを行うとしている。
 フォンテラ社は、2025年末までに、すべての酪農家が農場環境計画(FEP)を作成することを目標に掲げていることから、酪農家のFEPの作成を支援するため、環境アドバイザーの育成に力を入れている。2017年時点で17名ほどであった環境アドバイザーは、2018年は28名まで増員しており、30名まで増員することを目標にしているとのことである。
 

(2)温室効果ガス

ア 政府の取り組み
(ア)法令および削減目標

 温室効果ガスに関しては、2002年気候変動対応法(Climate Change Response Act 2002、以下「気候変動対応法」という)において規定されている。しかし、同法は、主に温室効果ガス排出量の算出方法や排出権取引制度を定める法律であり、温室効果ガス排出量の削減について定めているものではない。温室効果ガス排出量の削減については、「気候変動に関する国際連合枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change)、以下「国連気候変動枠組条約」という)」に基づき、1997年に合意した、通称「京都議定書」および2015年に合意した、通称「パリ協定」に基づき、温室効果ガス排出量の削減目標を次の通り設定している。
 2020年までに、1990年時点の温室効果ガス排出量に比べて5%削減
 2030年までに、2005年時点の温室効果ガス排出量に比べて30%削減
   (1990年時点に比べて11%削減に相当)
 2050年までに、1990年時点の温室効果ガス排出量に比べて50%削減
 このように温室効果ガス削減目標については、国全体で設定していることから、政府が主体的に温室効果ガス削減に向けた取り組みを行っている。

(イ)削減目標に関する新しい動き
 2019年5月8日、気候変動対応法の改正案が国会に提出され、その内容が農畜産業に大きな影響を与えると注目を集めている。改
正案では、温室効果ガス排出量の削減目標を、①生物由来のメタンと②それ以外の温室効果ガスに区分し、①については、2030年までに、2017年時点と比べて10%削減、2050年までに、2017年時点と比べて24〜47%削減、②については、2050年までに純排出量をゼロにする、と生物由来のメタンの排出削減目標が明記されている。これまで、全体の削減目標はあったものの、その内訳は示さ
れていなかったが、生物由来のメタンに限定して削減目標が設定されたことで、最もメタン排出量の多い酪農業界が受ける影響は大きいものとみられている。なお、2019年末までには改正案が成立すると見込まれており、今後の動向が注目されている。

(ウ)削減のための対策
 温室効果ガス排出量の削減は、国際協定に基づき行う必要があることから、国が主体的に排出権取引制度を通じた排出量管理などに関与している。しかし、農畜産業は温室効果ガス排出量の半分近くを占める一方、排出権取引制度の対象となっていないことから、各種の対策が講じられている。
 ビジネス・イノベーションおよび雇用省は、酪農業界、肉用牛・羊業界、フォンテラ社、肥料協会など、牧畜に関係する業界団体により2003年に設立された、牧畜温室効果ガス研究共同体(Pastoral Greenhouse Gas Research Consortium、以下「PGgRc」という)の研究に対して、補助を行っている。PGgRcでは、主に、メタンと亜酸化窒素の削減方法の研究を行っている。
 第一次産業省は、PGgRcの研究を補完し、メタンと亜酸化窒素以外の農場における温室効果ガスの削減方法の研究を行うため、ニュージーランド農業温室効果ガス研究センター(New Zealand Agricultural Greenhouse Gas Research Centre、以下「NZAGRC」という)を2009年に設立した。そのほかにも、さまざまな温室効果ガス削減に関する研究に対して補助を行っている。現在の研究で酪農における温室効果ガス排出量の削減に有効と考えられている対策は、生乳生産の生産性向上、窒素肥料使用量の最適化、メタン排出量の少ない遺伝子を持つ家畜の改良、メタンの発生を抑える反応抑制物質やワクチンの開発などがあるとしている。OECDによると、NZでは、研究開発への投資額に占める環境分野の割合が10%近くを占めており、先進国の中でもっともその割合が高いという。
 また、第一次産業省は、温室効果ガスを吸収する森林に着目し、林業省と共同で、2018年より、「10億本植林事業(One Billion Trees Program)」を進めている。この事業では、2028年までに10億本の木を植えることを目標としており、植林に要する経費を補助するため、1億2000万NZドル(92億4000万円)の基金を設立した。農地における植林は、温室効果ガスの吸収だけでなく、牛の河川への侵入防止、水質汚濁の防止、土壌侵食の防止など、多くのメリットがあるとしている。

イ 生産者団体の取り組み
 環境省によると、国内で排出される温室効果ガスの48%は農畜産業から排出されており、そのうち36%は家畜由来の温室効果ガスが占めている。基幹産業である酪農は、家畜由来の温室効果ガスの半分、国全体では約2割を占めており、温室効果ガス削減における重要な役割を担っている(図9)。



 そのため、酪農業界では、デイリーNZが主体となり、フォンテラ社との連携の下、2017年6月、「気候変動に向けたデイリー・アクション(Dairy Action for Climate Change、以下「デイリー・アクション」という)」を立ち上げた。デイリー・アクションは、家畜から排出されるメタンと亜酸化窒素に対処するための酪農業界の枠組みを提供し、2005年時点の温室効果ガス排出量から30%削減という2030年の目標達成に貢献することを目的としている。
  デイリー・アクションの中で、デイリーNZは、2017年7月から2018年11月の間に以下の取り組みを計画している。
 ● 専門家による気候変動に関するワークショップを8回開催する。
 ● 気候変動に関して優秀な酪農家を12名選定する。
 ● デイリーNZの専門家を交え、グループディスカッションを6回開催する。
 ● 大学における温室効果ガスに関する講義を通じて、60名の専門家を育成する。
 ● 酪農家における温室効果ガス削減につながる生産システムを特定する。
 ● 10戸の協力酪農家を選定する。
 このように、酪農家への温室効果ガスに関する知識の普及、酪農家を支援するための専門家の育成、模範となる酪農家の選定・育成に力を入れている。また、その他に、PGgRcにおける研究開発に対して資金提供を行い、酪農における温室効果ガス削減のための調査・研究などを実施している。なお、デイリー・アクションの達成状況は、まだ公表されていない。
 デイリーNZでは、気候変動対応法の改正案で、生物由来のメタン排出量の削減目標が明記されたことから、今後の対応方針を軌道修正する必要があると考えている。デイリーNZは、今回の改正案に対し、メタン排出量の削減目標を定めること自体には賛成であるものの、パリ協定の目標を達成するためには、メタン排出量の削減は10〜20%で十分であるという研究結果もある中で、それを上回る目標を設定するには、科学的根拠が必要であるとしている。また、2030年までに10%削減することは、現在考えられる対応策を講じれば達成可能であるものの、2050年の24〜47%削減という目標は、革新的な技術が開発されない限りは、乳用牛の頭数を削減する以外達成不可能な目標であるとしている。

ウ 乳業メーカーの取り組み
 フォンテラ社では、自社の乳製品製造・販売により発生する温室効果ガスに関しては、①2020年までに、乳製品製造に係る製品重量1トン当たりのエネルギー使用量を、2003/04年度比で20%削減する ②温室効果ガスの排出量を、2030年までに2014/15年度比で30%削減、2050年までに純排出量を0%にする、と目標を設定している。
 また、同社では、サプライチェーン全体での温室効果ガス排出量の削減を目指しており、酪農家における温室効果ガスについても、2030年まで、2014/15年度の排出量の水準を維持するとの目標を掲げている。この目標を達成するため、同社では、デイリーNZが主導する「デイリー・アクション」プログラムの一環で、100戸以上の酪農家を選定し、農場における温室効果ガスの排出量を記録する取り組みを試験的に実施している。この取り組みは、まだ開始して間もないことから、最初の目標として、収集・提供すべきデータを検討し、次に、温室効果ガス削減のための飼養管理技術の指導を受けた農家で得た知見を、他の農家に共有することを目標としている。すでに、試験農家から提供されたデータを活用し、試験農家ごとの1ヘクタール当たりの年間温室効果ガス排出量を計算し、それをさらに、メタンと亜酸化窒素とその主な発生源まで細分化した形で、試験農家に情報提供している(図10)。



 また、フォンテラ社では、乳用牛の温室効果ガスの排出削減方法を研究するため、PGgRcに対して継続的に資金提供を行っている。
 また、フォンテラ社も、デイリーNZ同様、気候変動対応法の改正案で、生物由来のメタン排出量の削減目標が明記されたことを受け、今後の対応方針を軌道修正する必要があるとしている。
 

コラム1 水質汚濁を防止するための酪農家の取り組み

1 経営概況

 今回訪問したネリス氏の農場は、オークランドから約180キロメートル南に位置するティラウ という町の郊外に位置し、180ヘクタールの農場で、500頭の乳用牛を飼養している。
 労働力は、ネリス氏を含め4人で、そのうちの1人は、ネリス氏の三男であり、資産の50%を 所有するシェアミルカーとして働いている(注)。近くを流れる川は、ブルー・スプリングと呼ばれる、 きれいな水が湧き出ていることで有名な泉を水源としている(コラム−写真1)。
(注)  シェアミルカー経営は、オーナー経営者と収入や費用、労働を分配して行う共同経営システム。NZの酪農経営の特徴の一つであり、若い酪農家が知識と経験、そして資金を蓄積するための重要なキャリアステップとして機能してきた。詳しくは「ニュージーランドのシェアミルカー経営と最近の動向」(『畜産の情報』2015年6月号(http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2015/jun/wrepo02.htm)参照。
 
     

 

2 環境への取り組み

 環境対策でまず重要なのは、農場環境計画(FEP)の作成である。ワイカト地域のすべての酪農家はFEPの作成が必要であり、それに基づき環境対策を行っている。
 河川の水を汲み揚げて、搾乳場の清掃と生乳タンクの冷却に使用しているが、水の利用に当たり、事前にワイカト地方自治体の許可を受け、取水メーターを設置する必要がある。600頭の乳用牛に対して、1日当たり42立法メートルまでしか利用できないと決められている(コラム1−写真2)。水の利用量は、取水メーターを使って毎日記録し、定期的に地方自治体に報告しなければならない。
 

 搾乳場の清掃などで発生する排水は、貯水池に集めなければならず、たまった排水は、圃場に散布している(コラム1−写真3)。散布できるエリアは、FEPで決められており、河川に窒素やリンが流出するおそれがある場所には散布できない。
 

 ワイカト地域では、5年前から、貯水池からの硝酸性窒素などの土壌への流出を防止するため、貯水池の底面をプラスチック状の素材で覆う必要があるが、農場内の貯水池はそれ以前に作られたため、底面は粘土質の土で覆っている。そのため、土壌へ硝酸性窒素などが流出していないかを、2年に1度、検査を受ける必要があり、1回当たり2000NZドル(15万4000円)の費用がかかる。
 農場内の河川付近にはフェンスを設置するとともに、フェンスから河川の間に植林を行うことで、牛の川への侵入、土壌の浸食および大雨が降った際の家畜排せつ物の河川への流入を防いでいる(コラム1−写真4)。
 

 また、農場内には、牛が利用する地下道と橋があり、いずれの場所においても、FEPに基づき、排せつ物を適切に処理し、河川や地下水に流出しないようにしなければならない(コラム1−写真5、6)。
 

 

 フェンスの設置、苗木の購入代および植林で、約6万NZドル(462万円)の費用がかかったが、フェンスを設置する前には、牛が川に侵入して引き上げるのに手間がかかったことなどを考えると、悪いことばかりではない。
 ネリス氏の環境への意識の高さを示す言葉として印象に残ったのは、「NZは生産した生乳の95%を輸出に仕向けていることから、海外マーケットからの信頼を獲得することは重要だ。環境対策でコストがかかっても、NZ産の乳製品は、『クリーン、グリーン、安心』だと認識され、高くてもNZ産の乳製品を買いたいという消費者が増えれば、乳価の上昇でかかったコストを回収できる。NZの酪農は、環境対策で世界をリードする立場にある。日本のトヨタが世界のニーズを的確に捉えて世界一の自動車メーカーになったように、NZ酪農も、世界のニーズを捉えながら改良を重ねて、世界一のブランドを築いていく必要がある」という発言である。
 このように、ネリス氏は、環境対策を、NZ産乳製品の付加価値向上のために必要なものであると前向きに捉え、酪農という仕事に誇りをもって取り組んでいた。

コラム2 フォンテラ社の農場環境計画(FEP)作成支援

 フォンテラ社では、酪農家を技術的に支援するためにさまざまな専門家を育成しており、 1年に1回、すべての契約酪農家に対して、機械メンテナンス、アニマルウェルフェア、環境対策などの観点で監査を行い、その結果、問題があると判定された点について、専門家によるアドバイスを行っている。環境アドバイザーは、監査の結果、環境対策に問題があると判定された酪農家を指導し、酪農家のFEP作成の支援も行っている(コラム2−写真1)。
 

 今回の調査において、酪農家訪問の際に同席したフォンテラ社の環境アドバイザーは、一人で400戸の酪農家を担当しており、年間50戸のFEPを作成するよう目標設定されているという。
 FEPは、酪農家自身が作るというよりは、環境アドバイザーが各酪農家を訪問し、酪農家と相談して作成しており、FEPの作成には、1戸当たり2、3日程度、それぞれ4〜5時間を要するという。
 FEPでは、土壌、排水、河川などの管理の観点から、農場内または周辺の環境に影響を及ぼす可能性がある箇所のリスク評価を行っている(コラム2−写真2)。

 

 このように、具体的に写真や地図を用いてFEPを作成することで、酪農家は、自分の農場のどこで水質汚濁が発生する可能性があるかを理解しやすくなり、フォンテラ社の指導に基づき、それぞれのリスクを減らすように改善することで、地方自治体や業界団体で定める環境基準を満たすことができる。
 環境対策は、酪農家ごとに置かれている状況が異なることから、それぞれの酪農家に合っ た内容にする必要がある。FEPは、すべての酪農家に独自の環境対策を示すことができ、酪農業界、ひいては畜産業界全体の環境対策の底上げを図ることができるものとして、行政、生産者団体および乳業メーカーが普及に力を入れている。

コラム3 地域への理解醸成を図る酪農家の取り組み

1 酪農経営概況

 ギャラガー氏は、オークランドから約50キロメートル南に位置するプケコヘ(位置は図7参照)という町の郊外で、120ヘクタールの農場に400頭の乳用牛を飼養している。都市近郊の乳業工場は、流通合理化のために飲用牛乳を主に製造しているが、ギャラガー氏の農場もオークランドやハミルトンなど都市部に近いことから、生産した生乳はフォンテラ社の飲用牛乳工場で、国内向け飲用牛乳または輸出向けの超高温殺菌(ultra-heat-treated)したロングライフ牛乳に仕向けられている。そのため、繁殖を春と秋に200頭ずつ分けて行っており、一年を通じて安定的に生乳を生産できるように取り組んでいる。

2 環境への取り組み

 ギャラガー氏の農場はワイカト地域に位置しており、搾乳場などで発生した排水は、貯水池に貯める必要がある。ギャラガー氏は、25万NZドル(1925万円)を投資して、排水の固液分離施設、貯水池、圃場への散布機など、排水処理施設の整備を行った(コラム3−写 真1、2)。これらを整備する際には、フォンテラ社の環境アドバイザーから技術的なアドバイスを受けた。
 
 
 搾乳場からの排水だけでなく、補助飼料用の飼槽周辺における排せつ物、子牛用の牛舎における排せつ物などについても、排水処理施設で処理している。
 地下水の汚染防止のため、フォンテラ社が定めた放牧地の窒素量などを上回らないように、放牧地への化学肥料の施肥量を調整している。また、隣の農家との境界を流れる川を汚染しないように、川から3メートル離れたところにフェンスを設置し、さらに2メートル離れたところには植林を行うことで、牛の河川への侵入を防止している。
 

3 地域住民の受入れ

 ギャラガー氏は、周辺の住民や都市部の人 たちが、酪農家がどのような仕事か、生乳はどのように生産されているか、水質向上やアニマルウェルフェア向上のためにどのような取り組みをしているかを理解してもらうための活動に力を入れている。
 ギャラガー氏は、14、15歳ほどの子どもたちを年間2000人ほど近隣の学校から受け入れ、酪農家の仕事を体験させている。また、温室効果ガス削減のために年間1000本の植林を行っており、地域の子どもたちに協力してもらっている。そのほかにも、年に数回、一般消費者などに対して農場見学を実施しており、年間600人ほど受け入れを行っている(コラム3−写真3)。

 

 ギャラガー氏は、酪農家の仕事に誇りを持っており、このような地域コミュニティーに酪農家の仕事や環境への取り組みを理解してもらうことで、酪農のイメージ向上に取り組んでいる。
 

4 おわりに

 水質汚濁については、2000年代になって から大きな問題として取り上げられ、その主な原因が酪農であるとされていることから、 酪農業界では、水質向上に向けて、業界を挙 げて取り組んでいる。これまで、右肩上がりで増加してきた乳用牛飼養頭数は、ここ数年 伸び悩んでおり、その最大の要因は放牧地の拡大が難しいことにあるが、一部の地域において、1ヘクタール当たりの乳用牛飼養頭数制限や、これまで多かった肉用牛・羊経営からの酪農への転換が難しくなったことなど、環境規制も一因になっている。乳用牛の頭数が増やせない中で、NZの酪農業界は、1頭当たり乳量を増加させることで生乳生産量を増加させていきたいと考えている。
 温室効果ガスについては、国全体の温室効 果ガス排出量に占める農業由来の割合が高いことから、削減の必要性は認識されてきたも のの、排出権取引制度の対象となっていないことや、具体的な削減目標が提示されてこなかったことから、あまり注目されてこなかった。しかし、2019年5月に国会に提出された気候変動対応法の改正案では、生物由来のメタンの排出量を、2050年までに2017年比で24〜47%削減すると明記された中、現状では、乳用牛の頭数を削減する以外に対応策がないとされていることから、水質汚濁以 上に、酪農業に大きなダメージを与える可能性があると注目を集めている。
 一見、環境問題とは無縁に見えるNZ酪農も、環境規制により生乳生産に影響が出てきており、主要な乳製品輸出国であるNZ酪農の今後については、同国の環境政策の動向とともに注視していく必要がある。                                                      
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