(1)生乳生産の動向
EUの2018年の生乳出荷量は、前年比0.8%増の1億5724万トンとなった。2018年は、前年比増加率は縮小したものの、生乳出荷量は、2010年以降9年連続で増加している(図2)。その一方、環境問題への対応として飼養頭数は減少傾向にあり、1頭当たり乳量の増加により生乳出荷量が維持されている。総会では、環境問題に対応しながら今後も生乳出荷量を維持拡大するには、乳量の増加に関する遺伝的能力の改良を進める必要があるとのコメントがあった。
生乳出荷量の推移を国ごとに見ると、増加傾向が強い国に、アイルランドやポーランドが挙げられる(図3)。両国の生乳出荷量は、生乳クオータ制度廃止以後、一貫して増加している。EU全体でみると経産牛の飼養頭数が減少傾向にある中、アイルランドは2011年以降8年連続、ポーランドは2017年以降2年連続で飼養頭数が増加しており、生乳出荷量の伸びを支えている。
一方、オランダについては、2017年にリン酸塩排出削減のため乳牛淘汰を行った影響で、その後の出荷量が減少している。同様に、出荷量が減少しているフランスでは、飼養頭数の減少はオランダのように大きくはないが、干ばつや後継者不足が生産体制の維持に影響しているとのことであった。
なお、総会では、トウモロコシの国際価格の上昇がEU酪農に与える影響についての質問も出ていたが、EU乳牛のでは総たんぱく質摂取量の約7割が粗飼料に由来する飼料給与体系であるため、影響は少ないとのことであった。
また、欧州委員会は、7月に公表した農畜産物の短期的需給見通しの中で、2019年の生乳出荷量を、前年比0.9%増と見込んでいる。この春、主要な生産地は降雨に恵まれたことで牧草の生育はよい状況にあるとみられる。質のよい牧草が育てば、質の高い飼料を給与できることから、2019年の後半の生産増につながると期待される。なお、2020年は同0.9%増と見込んでいる。
(2)乳製品の生産・輸出動向
ア 各乳製品の生産・輸出動向
EUの生乳出荷量の増加に伴い、主要な乳製品の生産量が増加している(図4)。また、世界的な乳製品需要の拡大に伴い、EU産乳製品の輸出はおおむね良好な状況にあるとみられる(図5)。
飲用乳は、EU域内の需要の減少に伴い、生産量も減少傾向にある。EU域内の1人当 たり消費量は、2008年は92.8キログラムであったが、2018年は87.9キログラムと なり、10年間で5%減となっている。
チーズは、EU域内外の需要の増加に伴い、生産量が増加し続けている。EU域内の1人当たり消費量は、2008年は16.7キログラ ムであったが、2018年は18.8キログラムとなり、10年間で13%増となっている。総会でも、所得向上や中間層の拡大に伴い、今後も世界的な需要が拡大していくため2019年は2018年以上に世界の輸出総量が増加すると報告された。また、EUについては、2019年の生産量は安定して増加し、輸出量も増加が見込まれると報告があった。
バターは、EU域内での需要が堅調に推移 しており、生産量も増加傾向にある。EU域内の1人当たり消費量は、2008年は4.0キログラムであったが、2018年は4.4キログラムとなり、10年間で11%増となっている。 乳脂肪が健康面で評価されていることから、 先進国を中心に植物油脂からバターや乳脂肪へ需要のシフトが起こっており、世界的にバターの需要が高まっている。
2018年の脱脂粉乳の輸出量は、前年比5.3%増となった。EU産の脱脂粉乳が、主要輸出国のニュージーランド産や米国産に対し価格面で優位に推移していたことから、輸出相手先の多くで輸出量が増加した。なお、EUの脱脂粉乳の公的在庫は、2019年6月の売渡入札によって全て売り渡された。
EU産の全粉乳は、その5〜6割程度が輸出に仕向けられている。年によって増減はあるものの、生産量、輸出量ともに減少傾向にある。
なお、欧州委員会は、7月に公表した農畜産物の短期的需給見通しの中で、脱脂粉乳の輸出量を2019年は前年比14.0%増、2020年は同13.0%減、チーズは同3.0%増、同 1.5%増、全粉乳は同15.0%減、同5.0%減、バターは同5.0%増、同7.0%増となると見込んでいる。
イ 乳製品の輸出に影響を与える輸出先国の動向など
総会では、中国による米国への報復関税の影響で、米国産乳製品の中国への輸出が減少していることは、EUの乳製品輸出にとって追い風になっていると報告があった。この影響もあり、ホエイ、脱脂粉乳、チーズなどで、 報復関税発動後のEUから中国への輸出が増加している。
一方、現在米国(米国通商代表部(USTR))で検討されている、EUが欧州大手航空会社 エアバスに不当な補助金を拠出しているとされていることへの対抗措置としての追加関税が乳製品にも賦課される見込みであり、対米輸出への影響は大きいとの報告があった。この追加関税が賦課された場合、5年前に始まったロシアによるEU産乳製品の輸入禁止措置
(注3)以上の影響があるという声も聞かれた。
注3:EUをはじめとする欧米諸国は、ウクライナの政情不安を 引き起こしているとして、2014年以降、ロシアに対して 経済制裁を継続的に実施している。これに対し、ロシアは、 この対抗として2014年8月に導入した欧米諸国の農畜産物に対する禁輸措置の延長を繰り返している。
長期的なトレンドでみると中東・北アフリカ(MENA)への乳製品輸出は増加傾向に ある。総会では、現在、中東情勢への不安から原油価格は高値で推移しているものの、2011年以降の高騰時と比較すると低い水準となっており、今後のMENAへの乳製品輸出量の伸びは、原油価格が高騰し同地域の経済成長が大きかった頃と比べると、期待ができない可能性があると報告された。
乳業界へのアフリカ豚コレラの影響に関する報告もあった。アフリカ豚コレラによる中国の2019年の豚肉生産量については、米国 農務省は前年比10%減、オランダの農業関係の投資銀行であるラボバンクは同25〜35%減と予想するなど、各方面の予測はさまざまだが、2019年はホエイパウダー(飼料向け)の中国向け輸出が減少するという見込みである。
ウ 輸出拡大に向けたEU内の取り組み
欧州委員会は、EU域内外での農畜産品販売促進のためのプロモーション事業を実施 し、輸出拡大を図っている。事業費の額は年々増加しており、2019年の事業費は前年から 1250万ユーロ(15億5000万円)増の総額 1億9160万ユーロ(237億5840万円)と発表されている。過去に採択された乳製品のプログラムの例を挙げると、イタリアのGI チーズ「グラナ・パダーノ」の保護協会 (Consorzio per la Tutela del Fromaggio Grana Padano DOP)が、同じイタリアのGI産品である「パルマハム」の保護協会とともに、日本および中国へグラナ・パダーノ とパルマハムの輸出促進を図るプロモーション活動がある。2016年に採択された同プロモーション活動の実施期間は3年間で、総事業費590万ユーロ(7億3160万円)のうち472万ユーロ(5億8528万円)をEUが負担するというものである。
総会では、開催地であるスコットランドの関係団体(Scotland Food & Drink、Scottish Dairy Growth Board)によるプレゼンテーションもあった。スコットランド政府の委託を受けたスコットランド酪農審査会 (Scottish Dairy Review)は2013年に酪農・乳業界の積極的な見直しを取りまとめた「Ambition2025」を策定し、これに基づいた酪農・乳業界の取り組みが進められている。 また、スコットランド政府は「Ambition2025」 を受けた具体的な行動計画「Dairy Action Plan」を策定し、酪農・乳業政策に取り組んでいる。担当者によると、「2014年の段階では、スコットランドで生産される乳製品の92%が英国内で消費され、国内市場に依存していた。スコットランドの酪農家の規模は、EU全体と同等で効率的であるにもかかわらず、1社を除いてEUレベルの大きな乳業が存在せず、スコットランドの乳製品は大量生産市場で競争することができない。一方、 チーズ工房の新設も見られることから、輸出の焦点となる商品として、少しでも利益を生むことができる付加価値の高いプレミアム商品や世界的に重要視され成長が見込まれる健康増進食品に注目しながら、輸出に目を向けている」とのことである。
具体的にはスコットランドでは、ブランド性を有するチェダーチーズ、スモークチーズやウイスキーを加えたチーズなど付加価値を持たせたチーズのブランド化に取り組んでいることが紹介された。担当者によると、こう した取り組みにより、スコットランドのチーズの輸出量は、2017/2018〜2020/2021年の間で2倍に増加する可能性があるとのことである。