(1)生乳生産量の推移
2017年の中国の生乳生産量は約3000万 トンであった。これは、世界第6位、日本(728万トン)の約4.2倍であり、中国は、世界の主要生乳生産国の一つといえる(図1)。
酪農・乳業は、畜産業の中でも草地資源を活用できる効率のよい産業であること、乳製品は国民の健康増進にも欠かせないとしていることから、政府は、1978年の改革解放以降、酪農業を重要産業に位置付け、発展を推進してきた。このため、生乳生産量は2000年に入り急増した。1998年には663万トンであったが、2008年には4.5倍の3010万 トンまで増加した(図2)。なお、2017年以降は、中央一号文書
(注1)でも酪農業の強化を強調している。
(注1) 毎年年頭に発表される、政府が農業の方針や優先課題を示す文書。
一方で、2008年には「メラミン混入事件」が発生
(注2)、また、飼料価格の上昇などによる収益の低下、環境規制の強化など、酪農経営にとって厳しい状況が続いている。中国国家統計局は2018年9月、第3次農業センサス
(注3)の結果に基づいて2006年以降の統計数値を大幅に修正した。これにより、直近10年は生乳生産量が増加していないことが判明し、2010年以降は、飼養頭数・生乳生産量ともにほぼ横ばいで推移している(図2)。
(注2) 2008年9月、国内乳業メーカー製の幼児用調製粉乳を摂取した乳幼児に泌尿器系疾患が多発し、水増しした原料乳のタンパク質含有量を多く偽るためにメラミン(大量に摂取すると毒性のある有機化合物)が混入されていたことが発覚した事件。死者は6人、影響は約30万人に及んだとされる。
(注3) 2016年12月末日時点の状況を調べるセンサス調査。 詳しくは、海外情報「豚肉生産量などの統計数値を遡って大幅修正(中国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002340.html)を参照されたい。
(2)地域別生産量
政府は、2003年に北京市、天津市、上海市、河北省、山西省、内モンゴル自治区、黒龍江省の七つの地域を酪農重点省(市・自治区)に制定している。また、2008年には、13省313県
(注4)を酪農重点地域と定め、豊富な草地資源と冷涼な気候を有する北部を中心に、酪農・乳業を振興してきた。地域別生産量をみると、これら重点地域を中心に、内モンゴル自治区をはじめ上位5省で全体の6割、上位10省で8割が生産されている(図3、4)。
(注4) 中国では、大きい行政区分から順に、「省級(省、直轄市など)」、「地級(地級市、自治州など)」、「県級(県、県級市、市轄区など)」などとなっており、青島市と煙台市は地級市である。
(3)大規模化・集約化の進展
政府はさらに、酪農家の大規模化、集約化を進めてきた。2008年から、飼養頭数が300頭規模以上の農家に対してのみ、搾乳や飼料関係、排せつ物処理などの施設整備、乳牛の改良などに活用できる補助金を支給している。
この結果、酪農業の構造は大きく変化した。 経営難のため中小規模の酪農家の廃業が進んだ一方飼養頭数100頭以上の大規模農家が増加したため、全国の飼養頭数は維持されている。酪農家1戸当たり乳用牛飼養頭数は徐々に増加し、2016年で9.3頭と、2007年(3.8頭)と比べて2.4倍になっている(図5)。
2018年の日本の酪農家の1戸当たり経産牛飼養頭数は54頭であり、中国は日本より大規模農家の割合が小さい。実際、飼養規模別酪農家戸数をみると、酪農家約130万戸のうち、1〜4頭規模の、いわゆる庭先農家が約100万戸と約8割を占めている(表1)。政府の支援対象(300頭以上)を含む100頭以上層は、生乳生産量上位5省で約3%であり、全国では全体の1%にも満たない。
一方で、飼養規模別頭数の構成比をみると、100頭以上層は、2002年時点では11.9%であったが、2017年は59.3%、2018年には61.4%まで増加している(図6)。現地専門家によると、生乳生産量上位10省では100頭以上層で75%以上を占め、その平均飼養頭数は300頭を超えている。
これらのことから、中国の酪農生産は二極化し、全体の1%に満たないごく一部の農家がここ数年で急速に規模拡大したこと、300頭規模以上の酪農家により中国の生乳生産が支えられていることがうかがえる。
(4)飼養技術の向上
中国酪農の急速な規模拡大は、欧米などの酪農先進国からの遺伝資源や技術の導入によって可能となっている。
中国では、全国30カ所にある種雄牛センター
(注5)を核に政府主導で乳牛改良を進めてきた。2014年ごろまでは、豪州やニュージーランド(以下「NZ」という)から10カ月齢程度のホルスタイン種の雌牛を輸入していた。現在も生体の輸入は行われているものの減少傾向にあり、代わって米国やカナダから凍結精液、米国やNZから受精卵が輸入されるようになってきた(表2)。2019年に入ると前年を上回る勢いで生体が輸入され、また、受精卵の輸入もかなり増加している。今までも酪農家の規模拡大は進んできたが、生乳供給不足解消のためにはさらなる増頭が必要であり、今後も遺伝資源の輸入が増加する可能性は高い。
(注5) 各省1カ所以上、全国40カ所にあり、そのうち30カ所で乳牛を扱っている。元は国営であったが、今は民営施設。
また、飼養管理技術も欧米から導入されている。政府は年1回、欧米から技術者を招へいし、約30日間の飼養管理技術研修を開催している。この研修には地方政府職員も含め毎年300名程度が参加している。他にも、乳業メーカー各社が酪農家に対して技術的な指導などのサポートを実施している。これら取り組みの効果もあり、1頭当たりの生乳生産量は2007年の4140キログラムから2017年には7000キログラムとなった(図7)。現地専門家からの聞き取りによると2018年は8500キログラムまで増加しているとされており、前述の研修参加者の農場では1年で1万2000キログラム生産する牛もいるなど飛躍的に伸びている。現地専門家によると、酪農先進国にはまだ及ばないため、1頭当たり生乳生産量は今後も伸びる余地はあると考えられている。
(5)生乳の農家販売価格
中国には日本のような農協がなく、酪農家と乳業メーカーが直接交渉して乳価を決めている。交渉においては酪農家の立場が弱く、買いたたかれることが多い。
現地専門家によると、交渉は、①価格②乳質③乳業メーカーのサービス(融資)─によって決定する。全体的には酪農家と乳業メーカーは良好な関係を築いているが、①については、買取価格が低価格であった場合、酪農家が販売を断り、他の乳業メーカーに販売することもある。②については、近年は高品質な乳製品が好まれることが多く、原料乳に買取基準が設定されているケースがあり、この基準を満たしていなかった場合、乳業メーカーが農家からの買い取りを断ることがある。③については、酪農家は慣例として乳業メーカーから乳代を前借りしていることが多い。近年は人間関係が希薄になっていることで、このようなサービスが低下し、交渉が決裂することがあるという。
このような中、生乳の農家販売価格は、2014年には1キログラム当たり4.2元(67円)まで上昇したものの、2015年以降は同 3.4〜3.6元(約56円)と低い水準で推移している(図8)。しかしこれは、還元乳などの乳製品の原料となる輸入全粉乳のCIF価格(2018年は1キログラム当たり2.43元(39円))より高い
(注6)。さらに、安全性の観点から国産に不信感を抱く消費者もまだ多いため、酪農家は、コストを削減して輸入原料との競争力を確保するか、品質や安全性を向上させる必要がある。
(注6) 生乳の農家販売価格と輸入全粉乳のCIF価格は単純に比較できるものではないが、現地政府関係者は目安としている。
2017年上半期の1キログラム当たりの生乳農家販売価格は同3.68元(59円)、牛乳の小売価格は同11.4元(183円)であり、両者の差は約2.6倍であった(図9)。現地専門家によると、近年は、物価の上昇に伴い小売価格は上昇しているものの、農家販売価格は上昇していない。一方、生乳1キログラム当たりの生産コストは2017年の2.42元(39円)から2018年の3.32元(53円)まで増加している。このため、酪農家の2015年以降の生乳1キログラム当たりの平均利益は0.3元(10円)と低い状況が続いている。
(6)酪農の収支
過去10年で、1頭当たりの粗収益は、1万1454元(18万3951円)から2万1025元(33万7662円)、生産コストは8973元(14万4106円)から1万6370元(26万2902円)に増加した結果、純利益は2481元(3万9845円)から4656元(7万4775円)と約1.9倍に増加した。しかし、5年前の2012年と比較すると、粗収益の増加以上に生産コス トが増加しており、純利益は減少している(図10)。
粗収益の増加は、適切な飼養管理を行うこと、能力の低い牛を淘汰することで平均乳量が増加したためである。従って、このような取り組みを実施している大規模農家での生産額が高く、こうした大規模農家では、規模拡大や機械化によるコスト低減対策もあることから、純利益も多い(表3)。しかし、前述の通り生乳価格が低水準で推移しているため、大規模農家であっても、廃業したり、肉用牛へ転換したりする農家もある。
なお、搾乳牛を1頭増頭するためには、牛そのものの価格やその周辺設備を含めて3〜4万元(約56万円)必要とされているが、大規模農家に対する政府の補助は、1戸当たり80〜100万元(約1445万円)であるため、最も小規模の補助対象農場(300頭)が増頭時に受け取れる補助金は25〜27頭分である。
生産コストの増加は、乳量を増加させるために濃厚飼料の給与割合が増えたことと、濃厚飼料の価格そのものが上昇したこと、加えて、人件費や土地代が上昇したことによる(図 11)。
このため、飼料生産振興の必要性が高まっており、政府は2012年以降、良質なアルファルファの生産振興や飼料用トウモロコシ増産のための政策を打ち出している。ここ数年、これらの作付面積が拡大してきており、この政策の効果が注目される。