(1)市場の概況
さまざまな食肉代替食品のうち、既に多くの企業によって多様な商品が投入され、市場が成長期にある米国のPBM市場をみると、PBMの売上高は約8億米ドル(856億円)であった。これは食肉の売上高と比べると2%にも満たない状況である。
しかし、米国の民間調査会社が2016年に行った調査では、全米18歳以上の人口2億4500万人のうち、最大430万人がベジタリアン
(注2)、最大370万人がビーガン
(注3)であるとされる。1997年の菜食主義者人口が約200万人で18歳以上の人口のわずか1%であったことを鑑みるに、同国で食肉摂取を控える人口が増えているといえる。
また、植物由来食品協会(PBFA)によれば、北米地域は世界の食肉代替食品市場の31%を占める市場であり、同市場の規模は2020年まで4%の年平均成長率(CAGR)で成長し続けると予想されている。なお、世界最大の市場は41%を占める欧州であり、同地域の2020年までのCAGRは約6.3%と見込まれている。一方、アジア・太平洋地域の市場は、欧州や米国よりも市場規模は小さいものの、2020年までのCAGRは10.5%と見込まれ、急成長市場とみなされている。
こうした現状において、ビヨンド・ミート社は2019年5月2日にナスダック上場を果たした。植物由来食品企業単独としては初めての上場となり、新規株式公開価格の25米ドル(2675円)を大幅に上回る65.75米ドル(7035円)で初日の取引を終えた。同社は赤字体質が指摘されているものの、そのような懸念を上回る将来性が評価され、その後も株価は上昇し、2019年7月26日には234.90米ドル(2万5134円)となった。8月に入ってからは160米ドル前後を推移しているが、それでも新規株式公開価格を大きく上回っており、PBMへの期待値の高さがうかがえる(図2)。
(注2) ベジタリアン: と畜することによって得られる食肉の摂取を望まない人々
(注3) ビーガン: と畜することによって得られる食肉の摂取だけでなく、鶏卵や乳製品、はちみつなどの家畜による生産物の搾取も望まない人々
(2)需要増加の要因
この食肉代替食品の市場が大きく伸びている要因として、大きく分けると二つの要因が考えられる。
ア 菜食主義者人口の増加
前述の調査会社によれば、米国に宗教上・健康上・思想上などの理由から食肉を摂取しない菜食主義者の数は約800万人存在するとみられており、こうした状況は今日の大手小売店やデリなどの飲食店で菜食主義者向け商品が極めて一般的に販売されている状況からも明らかである。近年、菜食主義者の人口は増加傾向にあるとみられており、この傾向 が続けば従来の食肉の売り上げにも影響が及ぶ可能性がある。また、菜食主義者の理念には共感を示す消費者や、食肉摂取量を控えるも食肉の摂取そのものはやめないフレキシタ リアン(flexitarian)
(注4)と呼ばれる準菜食主義者の動向も注目されている。
イ 若齢層の消費行動
ミレニアル世代
(注5)やジェネレーションZ
(注6)と呼ばれる米国の若齢層は、環境負荷やアニマルウェルフェア、家畜への抗生物質の使用を禁止する動きなどを考慮した上で食肉代替食品を摂取する傾向があるとみられている。こうした背景から、PBMメーカーの方でも、マーケティング活動において環境負荷が少ないことや持続可能性を訴求するケースが多くみられる。加えて、このような消費者は革新的な製品を求める傾向もあるとされ、細胞培養肉が市場に投入された際には、従来の食肉と比べて多少の価格差があったとしても、食肉代替食品を購入する可能性があると考えられている。
(注4) フレキシタリアン: さまざまな理由から食肉の摂取を減 らしている人々
(注5) ミレニアル世代:1981〜1996年の間に生まれた人々
(注6) ジェネレーションZ: ミレニアル世代以降に生まれた人々
(3)畜産業の環境への影響をめぐる議論
ア 食肉代替食品業界の主張
米国の食肉代替食品の普及を目指す団体であるグッドフードインスティテュートは、PBMの優位性をアピールする上で、畜産業の環境負荷が大きい点を指摘している。同団体によると、家畜用飼料となるとうもろこしや大豆といった穀物は、生産過程で
圃場に投入される肥料の製造のために多くのエネルギーが必要となることに加え、窒素肥料は農地で亜酸化窒素(N2O)を排出しており、この亜酸化窒素排出量は、米国の農業活動分野で排出される温室効果ガスのほぼ半分を占めるとされる。また、牛が排出するメタンガスは、米国の農業活動が排出する温室効果ガスの25%以上を占めているとみられる。さらに、穀物生産と放牧地のために土地が使われると、森林や草原の土、木や植物の根や幹、枝に貯蓄されていた炭素が大量に放出される。このように、牛肉産業を例にみても畜産業は環境負荷が大きいといわれる中、PBMを生産する際に生じる温室効果ガスの排出量は、牛肉を生産する際に生じる温室効果ガスの排出量の10分の1以下であるとされている。
また、同団体は、インゲン豆1キログラムを生産する際に使用する環境資源は、牛肉1キログラムを生産するよりも、土地利用は18分の1以下、水は10分の1以下、化石燃料は9分の1以下、肥料は12分の1以下、殺虫剤は10分の1以下であると主張している。さらに、1グラムの動物性たんぱく質を生産するのに必要な植物性たんぱく質は10グラムであるとしている。仮に、米国での食事において、牛肉を豆類に置き換えれば、2020年までの温室効果ガス削減目標の75%が達成され、カリフォルニア州の1.6倍の面積に当たる、4億エーカー(約1.6億ヘクタール)の農地が新たに利用可能であると主張している。
一方で、商業化が実現していない細胞培養肉に関しては、製造に伴う環境への影響は明 らかになっていないが、製造工程は家畜の細胞を増殖させることから始まるため、従来の畜産と比較するとはるかに少ない資源と環境負荷で生産することができると考えられている。例えば、細胞培養鶏肉の生産は、養鶏に比べて土地利用が35%〜67%減となり、栄養素汚染
(注7)を70%軽減できるという。また、細胞培養牛肉の生産は、牛飼養に比べて土地利用が95%以上減となり、栄養素汚染を94%軽減し、さらに温室効果ガス排出量は74%〜87%削減するという研究結果が示されている。
(注7) 栄養素汚染: 生物の成長を支える栄養源が土壌や水域に増え過ぎる環境汚染のこと
イ 畜産業界による反論
北米の食肉加工業者を代表する北米食肉協会(NAMI : North American Meat Institute)は、上述のような代替食肉食品業界による畜産の環境への影響についての主張に対し、次のように反論している。
「温室効果ガス排出量の18%近くが畜産関連活動に起因するとされているが、この数値には飼料穀物生産による排出、家畜の消化器官からの排出、食肉や生乳の加工処理における排出まで全て含まれている。18%の根拠となる数値は、FAOが2006年に発行した「Livestock’s Long Shadow」という報告書を引用したものであると思われる。これは世界全体の話であり、先進国である米国における畜産だけをみれば排出量は少ない。」
さらに、米国環境庁(EPA)によると、米国の温室効果ガス排出量のうち、農業活動分野からの排出量は9%で、畜産による排出量だけをみれば約4%に過ぎないと見込まれている(図3)。しかも、そのうちの牛肉は半分程度であり、全ての米国人が週に一度牛肉を食べるのを止めても、温室効果ガス排出量の大きな削減効果は期待できないと考えられている。加えて、畜産の持続可能性と温室効果ガス排出量の議論では、食肉生産だけで判断される傾向があるが、家畜は食肉以外の副産物が他の用途に使われることが考慮されていないことも指摘している。重量ベースで牛の半分、豚の3分の1は食肉以外の用途、例えば、皮や繊維、ペットフード、石鹸やパーソナルケア製品、産業用潤滑油、バイオディーゼル燃料や医薬品に利用されていることを指摘している。
(4)価格
既に市場に投入されている食肉代替食品の価格は食肉食品よりも高い傾向にある。この背景には、市場の小ささから生産規模も小さく、食肉に対して競争力のある価格帯設定が難しい点があるとみられる。米国にも拠点を置く民間調査企業のインフォーマ社によれば、PBMは従来の食肉と比べて、1オンス(約 28g)当たり9セント(9円)高いとされる。食肉代替食品の需要が大きくなっていることを考慮すると、この価格差を環境負荷や自身の健康増進に対する手数料の一部として受け入れている消費者が一定数存在していると考えられる。
代替たんぱく質製品に関しては、ハンバーガーパティのような製品で市場に出回っていないため、食肉製品との価格比較は難しいが、代替タンパク質はPBMよりもさらに小さい市場であると想定されるため、より高い価格で販売されている。一例として、パンケーキミックスに添加してたんぱく質を増強させるなどのさまざまな用途に用いることが可能なコオロギ由来のパウダー状製品は、1オンス当たり2米ドル(214円)以上の販売価格であり、植物由来の食品や従来の食肉をはるかに上回る価格帯となっている。