(1)飼養頭数、生産地域
タイ農業協同組合省農業経済局(以下「経済局」という)によると、乳用牛の飼養頭数は、経済発展による食の多様化や学校で牛乳を無償で提供する学校牛乳プログラムの対象が拡大され、国産生乳需要をけん引したこと などから、増加傾向で推移し2018年には66万頭に達した(図1)。
地域別に飼養頭数をみると、消費地である首都バンコクの近隣の中部地域で多い傾向がある(図2)。なお、最も飼養頭数が多いサラブリ県はタイにおける酪農発祥の地として知られている。
同省畜産開発局(以下「畜産局」という)によれば、2018年の酪農家数は1万7925戸である。タイ国家統計局の2013年農業センサスによると、乳用牛の飼養規模別頭数は1戸当たり20〜49頭が47%を占めて最も多 く、50〜99頭は27%、10〜19頭は12%である(図3)。農業センサスの更新はこれ以降ないが、今回の調査でも酪農家の大部分が49頭以下の農家で占められているとのことであった。
酪農家数は、日本と同様に酪農家の平均年齢が上昇している中、重労働であることを背景とした後継者不足や政府主導による農業生産工程管理(Good Agricultural Practice:GAP)取得に対応出来ない
(注1)などの理由により小規模農家を中心に減少傾向で推移している
(注2)。今後は、大規模酪農家が廃業した小規模酪農家の乳用牛を購入することによ り、集約化が進むと考えられている。
注1: タイにおいては、酪農家で農場GAPを100%取得することを目標に掲げている。
2: 本稿では、飼養頭数19頭以下を小規模酪農家、20頭以上49頭以下を中規模酪農家、50頭以上を大規模酪農家とした。
(2)生乳生産
生乳生産量は飼養頭数と同様に増加傾向で推移し、2018年には120万トンを超えた(図4)。これは、飼養頭数の増加に加え、1頭当たりの乳量が増加しているためである。
主に飼養されている乳用牛はホルスタインにタイの気候にも適応出来るようホルスタイン以外の品種も掛け合わせて改良を重ねた「トロピカルホルスタイン」と呼ばれる品種であり、欧米から導入されたホルスタイン種と比較して耐暑性が向上しているのが特徴である(写真1)。
しかしながら、経済局によると、2018年の平均乳量は1頭1日当たり12.23リットルと日本(約23リットル)の約半分と依然として低い水準にある。その理由としては、小規模酪農家の中には兼業農家もおり、乳量を増やすための知識や技術が不足していることや、乳量増加に大きく影響する濃厚飼料などが十分に与えられていないことなどが挙げられる。
(3)生乳、牛乳・乳製品の流れ
搾乳は1日2回(主に朝と夕方)行い、一部の大規模酪農家ではミルキングパーラーを利用しているものの、大半の酪農家はバケットミルカーを利用している。一部の小規模酪農家では、搾乳設備の管理などが不十分なため、乳房炎などによる乳質の低下が見られる場合がある。また、小規模酪農家が多いことや道路が舗装されていない箇所も多く、インフラの整備がされていないことから、酪農家が集乳缶を自家用車などに積んで酪農業協同組合(以下「酪農協」という)や民間の集乳センターに搬入することが多い(写真2、3)。そのため、搾乳から集乳センターに到着するまでの間、冷却出来ずに細菌数が増加してしまう場合もある。
集乳センターは、国内に206カ所あり、受け入れ時にアルコールテストなどの品質検査に合格し、乳質基準を満たした生乳のみクーラータンクに移し、貯蔵される(写真4、5)。近年、集乳センターについては畜産局が品質管理を含むGood Manufacturing Practice(GMP)の取得を勧めている。2018年時点で196カ所の集乳センターがGMPを取得しており、今後全ての集乳センターで適正な品質管理を行うことを目標としている。
各集乳センターに貯蔵された生乳のうち、約40%が学校牛乳向けに、残りの約60%が一般消費者向けに仕向けられ、各乳業工場で高温短時間殺菌(HTST)乳(現地では、約72〜75度で15秒程度殺菌したものを低温殺菌乳と呼んでいたが、本稿では日本の殺菌法名を採用する。要冷蔵)、超高温殺菌(UHT)牛乳(現地では約130〜150度で3〜5秒程度加熱し滅菌したもの。長期常温保存可能なものもある。)、ヨーグルト、アイスクリーム、ミルクタブレット(乳固形分を錠剤サイズに固めたもの)などの牛乳・乳製品を製造している。
また、ヨーグルトなどの製造には、コストを低く抑えるために海外から輸入した脱脂粉乳などが原料として使用されることが多い。
製造された商品は、国内の小売店やコンビニエンスストアで販売されるほか、カンボジア、ミャンマー、ラオスなどの周辺諸国を中心に輸出されている(図5)。
(4)乳価および小売価格
政府は2008年に、酪農家の経営安定と生産維持を図るため、「2008年乳牛および乳製品法」に基づき、農業協同組合省長官を委員長として、他省庁および酪農関係団体で構成される酪農ボード委員会を設立した。同委員会では、酪農家の平均生産コストを算出した上で、乳価の基準価格を定めている。乳価には、酪農協や民間の集乳センターなどが酪農家に支払う生乳取引価格と、乳業工場が酪農協や集乳センターなどに支払う工場買取価格の2種類が存在している。なお、直近の生乳取引価格の基準価格は1キログラム当たり17.5バーツ(約62円)、工場買取価格の基準価格は同19.0バーツ(約68円)である。
生乳取引価格および工場買取価格は、基準価格に生乳の品質によりプレミアム価格が加減される仕組みとなっている(表2)。なお、工場買取価格から輸送費、酪農協のサービス費などを除いた庭先価格が、最終的な酪農家の受け取り価格となる。庭先価格は近年一貫して上昇傾向にある一方で、大規模化の進展などにより生産コストは下降傾向にあるため、酪農家の利益は確保されていると思われる(図6)。そのことが、飼養頭数および生乳生産量の増加を促していると考えられている。
他方、小売価格は、販売者が販売の15日以上前にタイ商務省国内商取引局に価格を申請し、それぞれの商品の製造コストなどをもとに審査を受け決定されている。