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調査・報告 畜産の情報 2019年12月号

国産ナチュラルチーズの現状と国産チーズ工房などの動向

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調査情報部 北村 徹弥

【要約】

 2018年度のチーズ総消費量は4年連続で過去最高を記録し、このうちナチュラルチーズ消費量は2年連続で前年度を上回るなどわが国のチーズ需要は着実に増加している。また、大手乳業者を除くチーズ工房等も年々増加し、現在では300以上の工房等が存在し、国産ナチュラルチーズは国際コンテストでも高い評価を得るようになった。このうち北海道には約半数が存在していることから、特色のある良質なチーズの製造販売を行っている北海道内のチーズ工房等を紹介し、一般消費者がおいしい国産チーズを応援する環境づくりの参考に資する。

1 はじめに

本段落中図1の単位を修正しました(2019.12.12)】
 近年、わが国ではチーズの消費量が右肩上がりで推移しており、農林水産省が2019年7月に公表した「チーズの需給表」によると、2018年度のチーズ総消費量は35万2930トンと4年連続で過去最高を記録している。この中でナチュラルチーズ消費量は2年連続で前年度を上回って推移している(図1))。
 
 
 チーズ需要の増加にも支えられ、ナチュラルチーズの生産者は全国各地で着実に増加し、大手乳業者を除くチーズ工房の数は300を超えるまでになった。
 2018年12月30日に環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP 以下「TPP11」という)、2019年2月1日に日EU経済連携協定(以下「日EU・EPA」という)が発効するなど、わが国を取り巻く国際情勢は大きく変化し、国産チーズは今後、輸入チーズとの厳しい競争により一層直面すると考えられることから、高品質化や製造コストの削減が必要となっている。
 一方で、酪農家が牧場に併設するチーズ工房や独立したチーズ工房においては、地域と連携しながら特色ある商品の製造販売を行うなど、創意工夫にあふれた取り組みが展開されており、国内だけではなく海外で開催される国際的なチーズコンテストへもわが国のナチュラルチーズが出品され、高い評価を得るようになっている。
 本稿では、現在のわが国のナチュラルチーズの需給などに触れた上で、特色ある国産ナチュラルチーズの製造・販売を行う工房について紹介する。
 

2 チーズの需給状況

 チーズ1人当たり消費量は、2014年度の2.2キログラムから2018年度の2.6キログラムと増加傾向で推移している(図2)。堅調な需要の要因としては、カマンベールチーズなどの健康効果がマスメディアを通じて注目されるなどの健康志向の高まり、家飲み需要の拡大、ピザ市場の成長やワインブームに伴うテーブルチーズの普及、料理素材としての用途拡大などが挙げられる。わが国のチーズ消費量は、他国の水準(例:フランスでは2016年時点で1人に当たり27.2キログラム)と比べれば依然として低い水準にあることもあり、今後も堅調な伸びが見込まれる。
 
 
 わが国では従来、保存性と携帯性の観点からプロセスチーズが主に消費されていたが、近年は食生活の変化などによりナチュラルチーズへの人気が高まっており、その消費量は1998年度に初めてプロセスチーズを上回って以降、堅調に推移している。
 プロセスチーズ原料用以外の国産ナチュラルチーズの生産は、チーズ人気の高まりもあって2万4533トン(前年比3.4%増)となっているが、生乳生産の減少などによって需要の伸びを満たすまでには至っていない。一方、プロセスチーズ原料用以外のナチュラルチーズの輸入は18万5834トン(前年度比3.8%増)となっており、輸入が国内供給量の約9割を占めている(図3)。
 

 

3 国産ナチュラルチーズ生産者の動向〜北海道のチーズ工房の事例〜

 わが国では、口当たりが良く生乳の風味が楽しめるチーズや比較的クセのないチーズが好まれる傾向にあり、多くの生産者がフレッシュタイプ(注1)やハードタイプ(注2)、白カビタイプ(注3)を中心にさまざまな種類のチーズを製造している。
 国産ナチュラルチーズを生産するチーズ工房等は全国各地で着実に増加し、2006年と比較すると、2018年には3倍以上の319工房(大手乳業者を除く)になっている(表1)。そのうち北海道には日本全国の約半数の工房がある。
 
 
注1:熟成過程を経ずに製造されるため、味をミルクの風味そのままに乳酸発酵で作られる酸味が加わり、クセがないのが特徴。代表的なチーズはモッツァレラ、マスカルポーネ、クリームチーズなど。
2:水分含有量が低く、保存性に優れる。熟成期間は1年程度で、熟成期間が長いほど濃厚な旨味を味わえるのが特徴。代表的なチーズはチェダー、ゴーダなど。
3:表面の白カビにより外側から熟成される。クリーミーでコクのある味わいが特徴。代表的なチーズはカマンベール。

 

(1)ニセコチーズ工房

 ニセコ町は、道央の西部にある後志しりべし総合振興局管内のほぼ中央に位置し、東に羊蹄山、北にニセコアンヌプリの山岳に囲まれており、波状傾斜の多い丘陵盆地を形成している(図4)。内陸性気候による農耕期の温暖、地形、の多様性などによって、収穫される作物はばれいしょ、水稲、メロン、アスパラガス、トマトなど多岐にわたり、200戸ほどの農家が存在している。また、北海道の中では小規模ではあるが、羊蹄山麓では、1戸当たり60頭余りの乳用牛を飼育する酪農が営まれている。
 
 
 ニセコチーズ工房は2006年に代表取締役の近藤孝志氏が設立した(写真1)。孝志氏は、ニセコか美瑛で工房を立ち上げるべく検討していたが、チーズ作りに欠かせない質の高い牛乳と水が手に入りやすいことや、夏季、冬季を問わず1年中観光客が訪れる土地であることなどからニセコに工房を構えることを決めたとのことである。
 
 
 
 
 10年前から息子で取締役の裕志氏がチーズ作りに協力し始めたのをきっかけに、10アイテムから23アイテムまで種類を増やすことに成功し、直近5カ年の売上も、順調に推移している。
 ニセコチーズ工房で使用している生乳はニセコ管内や隣町のホルスタイン種から生産されたもので、1日置きに500〜550リットルが届けられ、すぐにチーズ生産に使用されている。同工房におけるチーズ製造量は、ハード系が多く生産されている(表2)。
 
 
 売上げについては、新千歳空港の北海道産チーズとワインの専門店や東京のチーズ専門店への卸売などが70%で、工房での直売が28%、残りがインターネットによる直売である。直売所には、国内外の観光客が訪れ、冬でもスキー客が多数訪れることがニセコチーズ工房の立地上の特徴である。
 特徴ある商品としては、裕志氏が開発した見た目が色鮮やかでデザート感覚で楽しむことができる「二世古 雪花」が挙げられる(写真2)。その人気は道内だけにとどまらず、雑誌などから情報を得て、訪れる観光客にも広まっている。裕志氏は毎年6~7アイテム新作候補から1アイテムを新商品として販売している。

 
 
 チーズを製造する上で重要なのは、製造工程で必要となる加温などの温度管理や時間、乳酸発酵の見極め方と孝志氏は強調している。また、苦労している点としては製造過程でカードを分離した後に生じるホエイの処理を挙げている。ホエイは工業用排水に該当するため、そのまま廃棄することができない。また、ニセコは環境指定都市でもあるので環境への配慮が求められている。このため、処理には浄化槽を使用しているが、処理能力に限界があり、コストもかさんでしまうという。
 国産ナチュラルチーズに対する評価が高くなってきた要因について、孝志氏は「年々チーズ生産者、とりわけ若い世代がチーズ作りに参入することにより、各工房のレベルが上がったためである」と述べている。また、国際情勢の変化について、裕志氏は、「日本国内ではチーズの売上が伸び、チーズ工房も年々増えている。今後工房を開始する方々は苦労するかもしれないが、一定のファンが根付いている工房は打撃を受けることはないのではないか」と述べ、さらに孝志氏は「今後工房を立ち上げる方は、フレッシュチーズを製造、販売しながら運転資金を確保し、内部留保して経営基盤の強化を図り、長期熟成チーズを製造するのが理想である」と語る。
 ニセコチーズ工房自身も今後の需要に対応するため新たな工房を設立し、製造能力を増強したいと積極的な経営を展開する意向であった。
 

(2)あしょろチーズ工房

 足寄町あしょろちょうは十勝の北東部に位置し、東は阿寒国立公園、西は大雪山国立公園に隣接し、面積1408.09平方キロメートルを誇る日本一大きな町である(図5)。総面積の8割は山林原野であり利別としべつ川、美里別びりべつ川、足寄川に沿って開拓された6%の農耕地で、224戸の農家が黒毛和種の繁殖経営、小麦や豆類など畑作経営を営んでいる。また、「放牧酪農推進のまち」として、山間地を利用した放牧酪農も行われている。
 

 
 あしょろチーズ工房は、JAあしょろが運営している工房で、2014年から操業を開始し、今年で5年目を迎えている(写真3)。2014年以前は、第三セクター方式でチーズ工房を運営していたが、足寄町の農業活性化と地元の新鮮な生乳を使用した乳製品の販売を継続するため、同JAが経営を引き継いでいる。
 
 
 あしょろチーズ工房で工場長を務めている鈴永すずなが寛氏は、道内チーズ工房で15年間勤務した後、乳業メーカーでのチーズ作りやその指導経験があり、通算18年間チーズ作りに携わっている。
 同工房は、設立以来4年目で累積赤字を解消し、それ以来生産量および売上高は順調に推移しているという。工房には足寄町管内の酪農家で搾った生乳が1日置きにおおむね1600〜1800リットル運ばれ、毎日約80キログラムのチーズを製造している。鈴永氏は「放牧された乳牛から搾った生乳でチーズを生産すると、製品になったときの香りがいい」と言う。
 工房自体は基本的には土曜日と日曜日が定休日であるが、交代制で職員のうち1人が必ず出勤し、品質管理の確認を行うなど製品に気を配っている。チーズ作りで生じるホエイは、十勝管内の養豚場で飼料として活用されている。
 あしょろチーズ工房では、工房での直売を行っておらず、町内に立地する道の駅やAコープ、農産直売所などでの売上がメインである。また十勝地域の玄関口である帯広空港や東京のチーズ専門店でも同工房のチーズが販売されており、今後は徐々に販路を広げ、より多くの店舗で展開していきたいとのことである。
 鈴永氏の自信作である「熟モッツアレラ「ころ」」は、棒状に伸ばしたモッツアレラチーズを2週間乾燥熟成させたもので、かつおぶしや干しシイタケといった乾燥で旨味を増す日本の伝統製法を応用して鈴永氏自らが考案し、製品化するまでに3年の歳月がかかったという(写真4)。「ドライブ中や子どものおやつとして手軽に食べてもらいたい」との思いから、高価格設定の国産ナチュラルチーズが多い中、50グラムで280円(税別、足寄町内での販売価格)の低価格を実現し、毎年売り上げを伸ばしている。
 
 
 現在、あしょろチーズ工房では「ゆい」(写真5)などのハード系や「フロマージュ・ブラン」などのソフト系全10アイテムを製造しているが、鈴永氏はこれ以上生産アイテム数を増やす予定はなく、「自分はこれまで携わってきたチーズの製造方法を今後も守っていきたい。次世代の生産者には、現在製造していないタイプであるウオッシュタイプなどのチーズを生産してほしい」との期待を寄せている。
 
 

(3)十勝品質事業協同組合

 十勝では2015年に地域内の工房と地元企業が出資して、十勝品質事業協同組合を設立している(写真6)。同組合は、十勝において統一基準を設けることにより、共通の品質となる「十勝ブランド」のチーズを作り、日本全国をはじめ世界へ発信することを目的とし、2017年に共同熟成庫を設立し、十勝の特性を生かした十勝ブランドのチーズ「十勝ラクレット モールウォッシュ」の熟成および販売を行っている。事務局長の中林司氏によると、このラクレットは、国産チーズとしては初の地理的表示保護制度(GI)への登録申請に向けて事務手続きを今年8月に完了したとのことである。
 

 組合に加入している各工房は、十勝管内で生産された生乳のみを使用し、各工房が一定の基準に沿った共通の工程によりグリーンチーズ(熟成前のチーズ)を製造し、組合に出荷する。組合の熟成庫では2人の熟成士が約3カ月間、十勝川温泉から湧き出る植物性のモール(亜炭などを含む泥炭)温泉水で一つ一つのチーズの状態を見ながら1~2日置きに手間を惜しまず表面を磨き、熟成させ製品化する。最終製品であるチーズ1玉の仕様は直径26センチメートル、厚さ7センチメートル、重量3.8キログラム前後と決まっている(写真7)。モール温泉水に含まれるフミン酸は発酵と熟成を促進させ、独特の風味を生みだす。熟成したチーズは欧州産と比べて香りが穏やかで、雑味がなく、微生物の多様な働きによる風味・コクが特徴となっている(写真8)。また、品質維持のため、年に数回各工房が組合に集まり、熟成後のチーズの品質を共有し、グリーンチーズの製造工程を確認する。
 
 
 
 
 熟成庫は、年間2万玉の収容能力があり、三つに分かれた熟成庫では温度、湿度が異なり、チーズの熟成度合によって、移動させて管理している(写真9)。
 
 
 衛生管理については、職員が作業場や熟成庫に入室する際の手洗い方法や、熟成庫内の作業場などの清掃方法等はマニュアル通りに厳格に運用しており、来年から制度化されるHACCP(注4)(危害分析・重要管理点)には、北海道の自治体HACCP認証制度である北海道HACCP自主衛生管理認証制度の認証取得に向けて万全の衛生管理を行っていると、品質保証マネージャーの田村佳生氏は胸を張る。
注4:原材料の受入れから最終製品までの各工程に、微生物による汚染、金属の混入などの危害要因を分析(HA)した上で、危害の防止につながる特に重要な工程(CCP)を継続的に監視・記録するシステム。1993年にFAO(国連食糧農業機関)/WHO(世界保健機関)合同食品規格委員会 (コーデックス委員会)が、HACCPの具体的な原則と手順(7原則12手順)を示し、食品の安全性をより高めるシステムとして国際的に推奨されている。

表3を修正しました(2020.1.27)】
 現在組合に加入しているのは9工房(表3)であるが、1社が前向きに加入を検討している。将来的には組合加入工房数を増やすなどの規模拡大により、現在目標としている1万玉の生産量を2022年には2万玉まで拡大させたいとしている。現在、「十勝ラクレット モールウォッシュ」は十勝地域や東京のホテルや飲食店を中心に出荷されているが、今後は組合の取り組みや十勝ラクレット モールウォッシュの存在を広め、道内外で販路を拡大したいとのことである。
 
 

4 海外における国産ナチュラルチーズの活躍

 今年10月18日、イタリア北部のベルガモにおいて、ワールド・チーズ・アワード第32回大会(以下「WCA2019」という)が開催された(写真10)。
 
 
 WCA2019は、1988年に英国で始まった世界最大級の品質評価コンテストで、出品数は世界42カ国から3804作品であった。今回、コンテスト向けに特例的に日本からのイタリアへの輸出(出品)が認められ、審査の結果、チーズ工房那須の森(栃木県那須塩原市、落合一彦代表)が製造した「森のチーズ(注5)」がスーパーゴールドメダルを受賞した(写真11)。同チーズは、スーパーゴールドメダル84作品中、チャンピオンチーズを決める最終審査16品に選ばれるという快挙を達成し、世界にわが国の品質の高さを示す結果となった。
 
 
 今回現地調査を行ったニセコチーズ工房からは、二世古 空【ku:】と第11回オールジャパンナチュラルチーズコンテストのトライアル部門で受賞したデザートチーズの二世古 雪花【sekka】柚子の2アイテムが出品され、いずれもブロンズメダルを受賞した。また、あしょろチーズ工房がグリーンチーズを製造して十勝品質事業協同組合で熟成させた十勝ラクレット モールウオッシュがゴールドメダルを受賞するなど、好成績を収めた。
本段落の文章を修正しました(2019.12.6)】
 財務省の貿易統計によると、2018年度における国産ナチュラルチーズの輸出量は、277.1トン(前年比17%増)となり6年連続で推移している。こうした日本のナチュラルチーズに対する高い評価は、チーズ生産者への追い風になることが期待される。

注5:セミハードタイプのチーズで、ブラウンスイスの生乳だけを使用している。昨年のJapan Cheese Award2018では、グランプリに次ぐ部門賞(非加熱圧搾熟成4カ月以上部門)を獲得した。

5 おわりに

 ネット通販大手・楽天株式会社が今年の7月にインターネットを通じて行った調査によると、8割以上の消費者がチーズは外国産よりも国産が好きであると回答していることが分かった。産地が身近にあり、親しみやすいといった要因が支持されている理由と考えられている。このような調査結果からも、国産ナチュラルチーズ消費量の増加が期待される。
 また、生産者側でも今年、チーズの品質を上げ、特色ある日本産チーズの生産を振興・普及し、わが国における酪農の健全な発展、消費者の健康増進に寄与することを目的に「一般社団法人日本チーズ協会」の設立の準備が進められており、①認証事業②HACCP事業③広報・企画事業④研修事業─といった活動を予定している。
 本稿が特色のある良質なナチュラルチーズを日本の生産者が作り、おいしい国産チーズを一般消費者が応援する、そうした環境づくりの参考となれば幸いである。