岡山県(4月)および広島県(9月)の農場を訪問し、それぞれ搾乳牛3頭から乳汁、ルーメン液およびふん便(直腸ふん)を採取した。岡山県の農場は上記2の調査農場と同じであり、広島県の農場もフリーストールおよび発酵TMRの給与で牛群を管理していた。飼料、牛床、空気粉じんおよび水のサンプルはランダムに選んだ3カ所から採取し、それらを混合して代表サンプルとした。空気粉じんは、約1.0 mの高さに三つのシャーレを5分間静置して採取した。細菌DNAの精製、次世代シーケンス解析の実施およびデータ解析、統計処理の方法は、先述の調査研究とほぼ同一である。以下では岡山県の農場を1、広島県の農場を2と表記している。
乳汁細菌叢における上位5菌種は、農場1ではAerococcaceae(24.3%)、Staphylococcaceae(12.3%)、Ruminococcaceae(11.4%)、Corynebacteriaceae(5.9%)およびLachnospiraceae(5.1%)であり、農場2ではStaphylococcaceae(21.0%)、Lactobacillaceae(10.8%)、Ruminococcaceae(6.3%)、 Corynebacteriaceae(6.1%)およびEnterobacteriaceae(5.6%)であった(図2)。いずれの農場でもRuminococcaceaeが3番目に多い菌種であったが、これは3頭のうち1頭で Ruminococcaceae が最も多かったからである。
給与飼料が発酵TMRだったこともあり、飼料の細菌叢は95%以上が Lactobacillaceaeで、続く Leuconostocaceae は3%にも満たなかった。これを採食した乳牛が口を付ける水槽にも、Lactobacillaceaeが高い割合で(38.8〜55.7%)検出された。Lactobacillaceae 以外の割合は<10%であり、農場1の水には Comamonadaceae(6.8%)、Moraxellaceae(5.7%)、Pseudomonadaceae(5.1%)およびStaphylococcaceae(3.6%)が、農場2の水にはMoraxellaceae(9.5%)、Aeromonadaceae(4.3%)、Neisseriaceae(4.2%)およびWeeksellaceae(3.8%)が検出された。
ルーメン液の細菌叢で最も多かったのはPrevotellaceae であり(25.5~31.9%)、これに加えて農場1では Ruminococcaceae(11.2%)、Lachnospiraceae(9.3%)、Paraprevotellaceae(2.9%)およびVeillonellaceae(1.7%)が、農場2ではSuccinivibrionaceae(13.3%)、Ruminococcaceae(10.8%)、Lachnospiraceae(5.2%)およびVeillonellaceae(4.4%)がそれに続いた。ふん便では Ruminococcaceae が最も多く(38.5〜39.2%)、農場1ではLachnospiraceae(7.8%)、Clostridiaceae (6.6%)、Bacteroidaceae(6.1%)およびPeptostreptcoccaceae(3.0%)が、農場2ではBacteroidaceae(11.5%)、Lachnospiraceae(5.1%)、Clostridiaceae(4.5%)およびRikenellaceae(3.5%)が上位5菌種として認められた。
牛床細菌叢の最上位菌種はふん便と共通しており、いずれの農場においてもRuminococcaceaeであった(38.5〜39.2%)。他の上位菌種は農場による違いがあり、農場1では Aerococcaceae(15.0%)、Staphylococcaceae(9.7%)、Corynebacteriaceae(8.8%)および Lachnospiraceae(6.4%)が、農場2ではMoraxellaceae(10.4%)、Idiomarinaceae(8.5%)、Halomonadaceae(8.2%)およびCorynebacteriaceae(7.0%)が検出された。空気粉じんにも農場による違いが認められ、農場1ではAerococcaceae(25.2%)、Ruminococcaceae(12.0%)、Staphylococcaceae(10.3%)、Lachnospiraceae(5.8%)およびCorynebacteriaceae(5.7%)が、農場2ではLactobacillaceae(64.5%)、Staphylococcaceae(5.6%)、Ruminococcaceae(3.1%)、Pseudomonadaceae(2.2%)およびAerococcaceae(1.8%)が上位5菌種として検出された。
ヒートマップの分類から、最上位菌種(Ruminococcaceae)は共通していたものの、ふん便と牛床の細菌叢は明確に異なると判断された。農場1と2は100キロメートル以上離れていたが、飼養管理が似かよっていたためか、ルーメン液とふん便の細菌叢は同じグループに分類された。
農場1の乳汁細菌叢は、空気粉じんおよび牛床の細菌叢と同じグループに分類された。農場2における2頭の乳汁は、牛床と細菌叢が類似すると判断され、残る1頭の乳汁は空気粉じんおよび水の細菌叢と類似していた。乳汁、空気粉じん、牛床の細菌叢を特徴付けるのは Aerococcaceae であり、空気粉じんでは農場2の Lactobacillaceae も特徴的な細菌群であった。
これらの細菌叢データで起源解析を行ったところ、いずれの農場においても空気粉じんの細菌叢が乳汁の細菌叢に強く影響する(37.9~53.0%)と判断された(図3)。農場1ではふん便(13.8%)、牛床(13.7%)および水(4.3%)が、農場2では牛床(9.7%)、ふん便(8.0%)およびルーメン液(6.4%)が続く因子であり、飼料(発酵TMR)との関連はないと判断された。
乳房炎の原因となる微生物は、ほとんどが細菌と考えられている。伝染性乳房炎であれば、黄色ブドウ球菌 (Staphylococcaceae)、無乳性連鎖球菌(Streptococcaceae)、コリネバクテリウム・ボビス(Corynebacteriaceae)、マイコプラズマ属(Mycoplasmataceae)などが環境性乳房炎であれば、大腸菌群(Enterobacteriaceae)、環境性ブドウ球菌(Staphylococcaceae)、環境性連鎖球菌(Streptococcaceae)などが主な原因菌とされている。Staphylococcaceae および Corynebacteriaceae は多様な環境中に広く生息しているし、腸球菌(Enterococcaceae)や Enterobacteriaceae は、少数ではあるがふん便や牛床にも見出される。そのため、乳房炎の防除では環境、特に牛床(敷料)の管理が重視されるが、起源解析で明らかになったのは、汚染源としての空気粉じんであった。牛舎内の空気粉じんを次世代シーケンサーで調べたという報告は他に見当たらないが、腸内細菌の Ruminonoccaceaeが上位菌種として検出されることは、われわれヒトの生活環境ではまず考えられない。すなわち、空気粉じんが汚染源として示されたといっても、牛床と合わせた牛舎環境の管理が重要と考えるべきであろう。結論は従来の知見を追認するものになるが、乳汁の細菌叢がAerococcaceae や Lactobacillaceae といった、これまで意識されなかった空気粉じんの細菌群と関連することを示した意義は大きい。