(1)物流業界をめぐる情勢
米コンサルティング会社のボストンコンサルティンググループが2017年10月に公表した推計では、2027年の日本国内のトラック運転手は約24万人不足すると予測されている。これは貨物需要の増加と少子高齢化によるドライバーへの就業率の低下が主な要因とされている。また、米商業用不動産サービス会社のCBREは、電子商取引の拡大に伴い2018年から2019年に米国の物流業界だけで45万人以上の新規雇用需要が発生すると予想している。これは2013年から2017年までに同国の物流業界で創出された新規雇用者数の2倍以上にあたる。
物流業界を取り巻く危機的な状況に対し、各社は他業界からの新規雇用の獲得、働き方改革の断行、自動化技術への投資を通じた労働生産性の改善など、さまざまな取り組みを行っている。日本通運株式会社(以下「日通」という)は2017年、「ロジスティクス・エンジニアリング戦略室」を立ち上げ、自動運転技術を活用したトラック隊列走行、先端技術による物流センターの無人化・省力化、人工知能(AI)活用の物流ソリューション、ドローンの多目的活用、トラックマッチング(
求荷求車)
(注1)のシステム化―などを主要テーマとして研究・開発を推進している。また、経済産業省は2017年に「Connected Industries」
(注2)構想を提唱した。産業間や業界間でデータを相互に活用することで個々の業界だけでは解決が難しかった社会課題を解決し、より良い社会を実現していくことを目指している。なかでも、IoT(モノのインターネット)、データや自動化技術の活用による物流機能の効率化および高度化は中心的な議題となっている。さらに、国土交通省では2014年からトラック運送業界における女性の活躍を促進するため、「トラガール促進プロジェクト」
(注3)を進めている。
注1:目的地まで荷物を運び終わった帰りの便などでトラックの荷台が空いている輸送会社・運送会社の「車両情報」と、運びたい荷物があるが何らかの理由により車両手配ができず輸送が困難な状態に陥っている荷主の「貨物情報」を活用し、適切な配車手配を行うこと。
2:さまざまな業種、企業、人、機械、データなどがつながり、AIなどにより新たな付加価値や製品・サービスを創出し、生産性を向上させることにより、高齢化、人手不足、環境・エネルギー制約などの社会の課題を解決すること。これらを通じて、産業競争力の強化や国民生活の向上、国民経済の健全な発展を目指すこととしている。
3:トラック運送業界は、他業種に比べて女性の進出が遅れていたが、近年は、細やかな気配りや高いコミュニケーション能力、丁寧な運転など女性ドライバーならではの能力を評価する声が高まっている。このため、国土交通省は2014年、「トラガール促進プロジェクト」を立ち上げ、トラック運送業界における女性の活躍を促進するための取り組みを加速している。
(2)物流業界における労働の現状
日本の一般労働者の標準労働時間は、一日8時間、週40時間である。経営者が、それ以上に従業員を就労させる場合には労働基準法36条に従い、
三六協定を締結しなければならない。同法では、限度基準告示によって月45時間、年360時間の所定外労働の上限が設定されている。また、同法の特別条項を締結した場合には、月80時間、年750時間の所定外労働が半年間可能となる。
運輸労連に加盟する労働組合の三六協定をみると、一カ月当たりの所定外労働時間を81〜100時間としているところが35.9%、年間では1000時間を超えているところが52.5%となっており、一般の労働者よりも長い所定外労働が常態化していることが分かる。
2019年4月1日に施行された働き方改革関連法では、一般労働者の残業時間が制限されたものの、自動車運送業に対しては猶予期間が設けられており、2024年4月に年960時間を上限とする罰則付きの時間外労働規制が適用される予定である。長時間労働が常態化している背景には物流業界における競争の激化、巨大プラットフォーマー
(注4)の出現による取引慣行の悪化などさまざまな要因が指摘されている。
しかし、政府も手をこまねいているわけではない。2019年に政府は荷物を大量に発送する荷主企業など6300社に対し、物流危機を是正する具体的な行動計画を作成・公表するよう要請した。現状を放置すれば、経済成長を阻害しかねないとみて異例の措置に踏み切った。また、2029年度末までの時限措置として「標準的な運賃」の告示制度を導入する計画で、労働条件改善・事業の健全な運営確保のため、国土交通大臣が「適正な原価および適正な利潤を基準として標準的な運賃を定め、告示する」としている。
こうした政府の動きは一種の政策転換を意味している。1990年に物流二法が施行され、業界への参入を免許制から許可制に、運賃も認可制から事前届出制に変更された結果、2018年には事業者数は6万2000社超まで増えた。しかし、規制緩和は、過当競争、過剰サービス、安値受注を助長させ、ドライバーの長時間労働と低賃金をもたらし、労働力不足に拍車をかけ、物流の持続性が懸念される物流危機の遠因になったと言われている。
一方、農業就業人口は、1970 年に1025万人だったが2019年には約168万人にまで落ち込んでいる(図1)。また、農業総産出額は1984年に11兆7000億円となった後、減少傾向にあり、2017年に9兆3000億円まで減少している。さらに、農業従事者の生産農業所得は1978年の5兆4000億円から、2017年には3兆7616億円と減少した(図2)。
ホクレン農業協同組合連合会(以下「ホクレン」という)の内田会長は「今後、10年で運転手が18%不足すると言われており、自動運転システムの技術を借りないと消費地に安定供給できない」と危機感をにじませる。また、日通の竹津代表取締役副社長も「これまでもお客様企業と連携、協力し、さまざまな物流効率化に取り組んできたが、ドライバー不足は今後深刻化するのではないか」と危機感を募らせている。
注4:インターネット上でサービスを提供している企業
(3)物流業界が支える農畜産業の現状など
北海道は、日本の農畜産物の一大産地であるが、例えば生乳、牛乳については北海道から都府県への移出が増えており、ドライバー不足や車不足でコストが高くなっていると言われている。また、野菜の分野でも秋冬における北海道産ばれいしょ、たまねぎの市場における占有率は高く、関東や関西、中京など遠方の消費地への輸送のみならず、道内における産地から消費地への輸送について同様の問題を抱えている。
北海道開発局によると、北海道内間の農畜産物および加工品の輸送は大半(98.3%)がトラック輸送となっている。また、北海道から本州への移出は、57.3%がトラック・フェリーを利用しており、トラック輸送は重要な位置を占めている。このことからも、ドライバー不足の深刻化が道産農畜産物および加工物のバリューチェーンへいかに大きなインパクトを持つかが分かる(図3)。
とりわけ、てん菜など季節繁閑が大きい農産物の物流上の課題を解決するためには、秋季における出荷調整などの自助努力だけではなく、情報共有化システムの構築などを通じ、より物流の高度化や自動運転技術の活用を通じた人手不足対策が求められている。
安定的な輸送手段の確保が不安視されるなか、ホクレンは今年策定した第13次中期計画の重点方針の一環として、「販売に必要不可欠な安定輸送力の確保」を掲げた。「需要の季節変動の大きい農産物輸送では柔軟にドライバーを確保することが難しくなりつつあり、ドライバー不足が農産物の作付けの制約になりつつある」という農業関係者の証言から分かるように、持続可能な輸送ネットワークの再構築は待ったなしの状況と言えるのである。別の関係者からは、「輸入飼料の販売に当たり、港から現地への運搬代金が値上がりした。これはドライバー不足が主な原因とみられている。北米でもトラックへの電子運行記録装置(Electronic Logging Device:ELD)設置の義務付けという新しい規制が敷かれたことや、10時間以上の運転が禁止されていることから、配送業の値上がりが懸念されている」との声も聞かれている。