(1)主な乳業メーカーと現状
現在の主な乳業メーカーは表の通りである。豪州の乳業界では、ここ数年、会社や工場の買収などの大きな動きが相次いでいる。2014年は、カナダ資本のサプート・デーリー・オーストラリア(SDA)社によるワーナンブール・チーズ&バター・ファクトリー社の買収、2016年は蒙牛乳業(中国企業)子会社によるバラ社買収、そして、2017年には豪州最大の乳業メーカーであったMG社がSDA社に買収された(図16)。この買収に伴い、MG社の最大の生産拠点であったコロイト工場を豪州競争・消費者委員会(ACCC)の決定に基づき、ベガ社が買収し、豪州乳業界のメーカーシェアが大きく変わった。そして集乳量は、SDA社、豪州フォンテラ社、ベガ社、ラクタリス・オーストラリア社、ライオン社の上位5社で約8割を占めることとなった。
しかし、現在の豪州全体の生乳生産量に対して各メーカーの持つ工場の処理能力が過大であるため、工場の閉鎖・買収なども継続する可能性がある。2018年には、豪州フォンテラ社はVIC州北部にあるスタンホープ工場(チーズなどを製造)の製造能力を強化した一方、2019年11月末VIC州南西部のデニントン工場(クリーム、粉乳などを製造)を閉鎖予定としている。ベガ社は、前述のコロイト工場をラクトフェリン(注)製造工場としており、メルボルン北部に所有するコバーグ工場は、都市化の進展により拡大が難しいことから2019年2月に閉鎖を発表している。SDA社については、2019年4月にライオン社のチーズ部門を買収すると発表し、10月に買収が完了し、TAS州の二つのチーズ工場を所有することとなった。
注:ラクトフェリン:鉄と結合しやすい性質があり、脂肪代謝改善作用、骨誘導治性、貧血の予防改善作用などが認められている乳たんぱく質。チーズ製造過程でできるホエイから抽出が可能。
さらに、2019年9月には、ベラミーズ・オーストラリア社(オーガニック離乳食・乳幼児用粉ミルクのメーカー)が中国大手の蒙牛乳業社に買収された。また、11月にはライオン社が牛乳、乳飲料、ヨーグルトなどを含む飲料事業を蒙牛乳業社の子会社に株式譲渡する契約を締結したと発表した。株式譲渡の成立には、ACCCおよび外国投資審査委員会の承認、その他の条件を満たす必要があり、2020年上半期に手続きが完了すると見込んでいる(2019年11月時点)。
2018/19年度の各社の集乳量について、集乳量第1位と想定されるSDA社は、豪州全体の集乳量が減少する中、前年度とほぼ同量を集乳しているが、かつてMG社が有していた豪州内のシェア(約35%)よりは低いと見込まれる。豪州フォンテラ社は、前年度から約20%集乳量を落としており、生乳生産量の減少などが大きく影響している。一方、前年度から集乳量を大幅に上げているのがベガ社であり、前年度比約40%増と大幅な増加となった。これは、コロイト工場を買収したことにより、同工場向けの集乳分が増加したためとされている。
(2)乳価
乳価は一般的に、用途に関わらず乳業メーカーごとに乳固形分1キログラム当たりの単価が設定される。生産者ごとに乳代が算出され、月に1回支払われる。
各社とも、生乳の品質、生乳生産が少ない時期の出荷、複数年契約などに対してプレミアムを支払うなど、インセンティブを設けており、高品質かつ安定的な生乳の確保に努めている。豪州の酪農は放牧が主体であり、生乳生産量の季節変動が大きい(図17)。これまでは、牧草の生育がよく、工場の稼働能力以上の生乳が生産されてしまう可能性がある春夏は、乳価を下げて生産を抑制し、逆に生乳生産量の少ない秋冬に乳価を上げて生産を促進するという季節による価格変動があった。しかし、近年の生乳生産量の減少に伴い、工場の稼働率を上げたい各社の意向により、季節による価格変動はなくなりつつあり、年間を通して生乳生産を促しているとのことだった。
生産者と乳業メーカー間の生乳供給契約は1年間が基本となっているが、ベガ社では、2または3年の長期契約も設定されており、長期契約者には基本乳価にプレミアムを支払うなど、各社によって契約形態は異なる。また、契約量の超過分は、他の乳業メーカーに提供することが可能とのことであった。さらに、基本的に年度の途中で出荷先を変更することも可能であり、生産者に特にペナルティはないとのことであった。
豪州で生産された生乳の3割強が輸出向けであることから、乳価は乳製品の国際取引価格や為替の影響を受けやすく、情勢により大きく乱高下する傾向にある(図18)。なお、国内と海外の販売割合や商品構成は乳業メーカーごとに異なることから、乳価はメーカーにより異なるが、乳製品の輸出割合が高いほど乳製品の国際取引価格などの影響を受けやすい。
生産者支払乳価は、2015/16年度に国際的な乳製品取引価格の低迷により下落して以降、国際市況の回復、生乳生産量の減少を背景に各メーカーが生乳の確保に努めていることから、上昇傾向にある(図19)。特に、2019/20年度は、各社とも前年度比10%以上の値上げとなり、記録的な高値を提示している。後述するように、国際価格は、今後下落すると予測される一方、SDA社は2019年10月に、乳固形分1キログラム当たりの乳価を、これまで提示していた6.8豪ドル(517円)から6.95豪ドル(528円)へ改定した。
また、豪州大手スーパーマーケット2社(ウールワース社、コールズ社)が直接生産者と契約する契約形態も2019年度から始まった。現地報道によれば、コールズ社の提示した乳価は、乳固形分1キログラム当たり8.95豪ドル(680円)とかなり高い。デーリー・オーストラリア(DA)
(注)によれば、直接契約する生産者の数はまだ少ないものの、徐々に増えているという状況とのことであり、今後に注目が集まる。
注:DAとは、2003年7月に旧豪州酪農庁と旧酪農研究開発公社を統合し設立された業界団体。豪州では、政府から農業生産者に直接的な支援は実施されていない一方、課徴金(Levy)と呼ばれる資金を生産者から徴収している。DAでは、その資金を財源としてマーケティングや研究開発などを行っている。
さらに、集乳構造も複雑化しつつあり、以前は、メーカーが農協のような役割を持ち、直接集乳するのがほとんどであったが、最近は、ブローカーや団体交渉グループといった団体を通じてメーカーに生乳を供給する、またはこれらの団体が生乳を加工しメーカーへ供給するケースもみられるとのことであった。このような動きにより、生産者の支払乳価もさまざまなパターンが見受けられるようになり、競合が増している。
ここ数カ月は、VIC州南部、TAS州は干ばつの影響は少なく、牧草、水も十分にある状況であるため、最近では、他地域で手放された乳用牛を購入する動きがある。これは、2019/20年度の高い乳価を受け、出来るだけ生乳生産量を増やしたい一部の生産者によるものである。
(3)生乳の流通とコスト削減の取り組み
前述の通り、生産者と乳業メーカーが直接生乳取引の契約をすることが多いため、乳業メーカーが自社や業者に委託して集乳を行っている。しかし、集乳量が減り、乳価が高い現状において、少しでもコストを削減するために、実際の契約とは別にメーカー間で調整し、他メーカーと契約している農家の生乳を集乳し合い、集乳を合理化することで輸送コストの削減を行っている。契約を一極集中するのではなく、地理的に分散した形で生産者と取引することで、気候変動へのリスクヘッジを行う一方、実際の集乳の際は、効率的に集乳が行えるようにする生乳のスワッピング(振替え)と呼ばれる取り組みである。
製品についても共同で配送を行っている例もあり、集乳量が減る中では、このような業界内での協業スタイルが今後も広がっていくと考えられる。