事例紹介1 循環経営を実践する肉用牛繁殖兼肥育農家(ワイオミング州シャイアン近郊)
今回の現地調査では、コロラド州の州都デンバーから車で約3時間、ワイオミング州の州都シャイアン郊外に位置する家族経営の肉用牛繁殖兼肥育農家(フィードロット)を訪問した。
(1)経営体の概要
約50年前、経営者のペッチ氏一族は、標高1800メートル、年間降水量300ミリというこの地で肉用牛繁殖農場を開設した。その後、米国の牛肉産業の発展に伴うように肥育部門にも進出し、フィードロットも開設した。現在の労働力は3世代5人の家族労働に加え、4人の労働者を雇用している。
飼料畑も含む総敷地面積は1万9000エーカー(7700ヘクタール)と広大で、800頭の繁殖雌牛を飼養している。フィードロットの収容可能頭数は5800頭、外部農家からの預託牛を含めた肥育牛の年間出荷頭数は1万頭の規模を誇る。自家用飼料として牧草、麦類、トウモロコシを栽培しているが、トウモロコシについては外部からも購入している。
飼養品種は全て肉質の優れたアンガス種で、15カ月齢程度でフィードロットに導入し、250〜260日程度穀物肥育を行った後、23カ月齢程度でカーギル社、JBS社といった大手牛肉パッカーに出荷している。なお、出荷先はロットごとの入札金額によって決定している。
(2)環境面をはじめとする持続可能性への取り組み
環境面では、周辺には同氏の家族および従業員以外の住居が存在しないため、臭気については全く問題となっていない。
ふん尿については、まず、繁殖部門については完全放牧のため、特段の措置は講じられていない。
泥濘化や排せつ物による水系汚染が懸念されるフィードロットについては、降水量が少なく乾燥した気候のため、液状部分は蒸発する量も多いが、流出分はフィードロット下方に簡易的なラグーンを設置し、ここに集めた上で
灌漑用水として利用している。固形分については、ペン(フィードロット内の特定の区域)単位で牛群の入れ替えを行う際に
搔き
集め、飼料畑に散布している。
フィードロットの設計自体にも工夫を施しており、貴重な降雨、降雪(およびふん尿)を有効活用すべく、敷地内の傾斜を利用し、簡易的な灌漑用ラグーンに自動的に集まるように設計されている。これらは、周辺のクリーク(小川)の水と混合し、スプリンクラーで飼料畑に散布している。
牛の管理(逃亡防止、水源への接近防止など)のために有刺鉄線や鉄パイプでの柵が設けられており、事故を未然に防ぐ体制になっていることは言うまでもない。
「水質保全法」(Clean Water Act)に基づく措置および飼料畑の栄養状態の検査のために、定期的に農場内の水サンプルについて、ワイオミング州の試験機関を通じて米国環境保護庁(EPA)に提出しており、リン、カリウムの過剰蓄積を防止するなど、法令を遵守した対応を行っている。
持続可能性については、「牛肉生産に携わるものとして、非常に重要であり、近年、その機運が高まっていることは認識している。自己完結型の循環経営を保持することで、環境面でも問題がないと考えている。(家族間の)後継者にも恵まれており、今後も生産、経営が継続していくことが何よりもサステナビリティだと思う」と語ってくれた。
事例紹介2 循環経営を実践するフィードロット(ネブラスカ州オマハ近郊)
ネブラスカ州最大の都市オマハ(州都はリンカーン)郊外に位置する家族経営の肥育農家(フィードロット)、「J & S Feedlot」を訪問した。
(1)経営体の概要
約100年前、経営者のラスカンプ氏の祖父は、年間降水量600〜800ミリという丘陵地にフィードロットを開設した。その後、徐々に規模を拡大し、現在の労働力はラスカンプ氏夫妻を含めた3人のフルタイム労働者、4人のパートタイム労働者という構成となっている。
総敷地面積は400エーカー(160ヘクタール)、うち100エーカー(40ヘクタール)のフィードロット、300エーカー(120ヘクタール)の飼料畑で、フィードロットの収容可能頭数は3500頭、肥育牛の年間出荷頭数は7500頭の規模である。自家用飼料として牧草、麦類(ライ麦)、トウモロコシを栽培しているが、トウモロコシ(不足分)、DDGS(Distiller's Dried Grains with Solubles。トウモロコシからエタノールを生産した際の副産物)、栄養補助剤(ペレット状のサプリメント)については外部からも購入している。
飼養品種は全て肉質の優れたアンガス種で、550〜700ポンド(250〜320キログラム)程度で購入したもと牛を200日程度穀物肥育した後、カーギル社、JBS社、グレーターオマハ社(地場のパッカー)に出荷している。生体重、肥育期間から推測した場合、10〜12カ月齢程度で購入し、20カ月齢前後で出荷していると思われる。
(2)環境面をはじめとする持続可能性への取り組み
事例紹介1のフィードロットと同様に、丘陵地の地形(傾斜)を有効活用し、降雨水およびふん尿は、敷地内のクリークの流れと合わせ、2カ所の簡易的な灌漑用ラグーンに自動的に集まるように設計されている。その後、貯水池にてバクテリア処理で水質を浄化した後、飼料畑にスプリンクラーで散布している。
また、こちらも同様に、「水質保全法」に基づく措置および飼料畑の栄養状態の検査のために、定期的に農場内の水サンプルについて、米国環境保護庁(EPA)に提出している。
排せつ物のうち固形分については、ペン単位で牛群の入れ替えを行う際に
搔き集め、堆肥化の上、近隣農家に100キログラム当たり6ドル(666円)という価格で販売している。
持続可能性について伺うと、「米国では、牛肉生産に対する消費者からの環境面でのプレッシャーは大きい。祖父の代では、ふん尿等汚染水はそのまま近隣河川に流していたが、私の代では自己完結型の循環経営体制を構築し、堆肥化や水の再利用など、環境面での対応に万全を期している。敷地内の貯水池は、『水質保全法』により25年に1度の規模の自然災害(洪水など)でも流出しないよう対策が義務付けられているが、『100年に1度の規模』と言われた2019年春先の暴風雨による洪水の際にも、丘陵地に立地した関係により周辺地域への汚染水の流出は起こらなかった。一方、日々の肥育牛管理では休日を取ることもままならず、5人の子供たちは都心部で就職し、後継者の目途が立っていない。私も60歳を超え高齢であり、生産・経営面での継続可能性について不安に思っているところだ」と語ってくれた。