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特集:海外の持続可能な畜産における取り組み〜環境への配慮、規制の取り組みや課題〜 畜産の情報 2020年2月号

豪州肉用牛産業における環境対策について〜持続可能性の確保に向けて〜

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調査情報部 井田 俊二

【要約】

 豪州の肉用牛業界は、消費者や社会のニーズの変化に対応するため、業界が中心となって持続可能性の枠組みを定め、今後業界が取り組むべき環境対策の指標を定める作業を進めている。また、肉用牛生産段階においては、多様な生産環境の下、業界団体などが中心となって、持続可能性の確保に向けた環境対策の取り組みが行われている。

1 はじめに

 豪州では、広大な国土を利用して多様な生産環境の下、肉用牛生産が行われている。また、生産された牛肉はアジア、米国をはじめ多くの国に輸出されており、国際市場において確固たる地位を築いている。
 一方、肉用牛生産を取り巻く状況をみると、厳しい干ばつや洪水といった自然災害の発生などが、生産や輸出に大きな影響を及ぼしている。また、農家の収益性の改善だけでなく、動物福祉、環境に与える影響、牛肉の栄養と健康といった消費者や社会ニーズの変化に対応した多面的な取り組みが、肉用牛産業の持続可能性の確保というキーワードで語られている。本稿では、豪州肉用牛産業において、持続可能性の確保に向けた環境対策の取り組みの概況を報告する。
 なお、本稿中の為替レートは、1豪ドル=79円(12月末日TTS相場:78.52円)を使用した。

2 豪州肉用牛産業の概要〜環境対策に関連して〜

(1)肉用牛産業の位置付け

 豪州における肉用牛生産は、全農業産出額の19%を占める最も重要な産業と位置付けられている。また、生産される牛肉の71%はアジアや米国など78カ国以上の国に輸出される輸出志向型の産業であり、高品質牛肉の安定的な供給国として国際市場において確固たる地位を築いている。

(2)肉用牛の飼養頭数

 豪州全体の牛飼養頭数は2640万頭(2018年6月30日現在)である。州別にみると、クイーンズランド(QLD)州が1205万頭(全体の46%)と最も多く、次に多いニューサウスウェールズ(NSW)州の473万頭(同18%)と合わせて全体の6割以上を占めている(図1)。
 
 

(3)肉用牛の飼養地域

 豪州の気候は熱帯性から温帯性まで及び、その大半が乾燥または半乾燥地帯であるが、国土の58%が農業生産地域として利用され、その9割以上となる54%で牛や羊などの牧畜が行われている。また、牧畜地域のうち83%で自然の植生を利用しており、残りが造成された草地となっている(図2)。
 
 
 また、豪州の農業生産地域は、降水量などの条件により多雨地域、小麦・羊地域、牧畜地域の三つに分類される。肉用牛は、いずれの地域でも広く飼養されているが、比較的生産環境に恵まれた地域(主に南部の州)では、一般的に自然植生だけでなく、造成草地を利用し、牧区ごとに牛の放牧をローテーションする飼養が行われている。一方、降水量が少なく土地がやせており、穀物、酪農などの他の農畜産物の生産に適さない広大な牧畜地域では、自然植生を利用した大規模で粗放的な飼養が行われている。

(4)肉用牛産業の発展およびその背景

 豪州における肉用牛産業の発展を飼養頭数の推移から見る(図3)。
 
 
 1940年代後半の牛飼養頭数は1400万頭前後であったが、その後、増減を繰り返しつつも、2018年には約2倍の2640万頭に拡大した。
 牛肉輸出は、1960年代までは英国向けが主であったが、次第に米国へのハンバーガーパティ原料の輸出が拡大し、60年代後半には輸出量の8割を米国向けが占めた。その後、1968年から輸出先の多極化が図られ、日本をはじめとして他国への輸出が拡大した。こういった状況を反映し、1970年代の飼養頭数は3360万頭まで増加し、その後、第二次石油ショック後の景気低迷などに伴い頭数が減少したが、長期的にみると飼養頭数は拡大してきた。
 こうした飼養頭数の拡大を支えた背景の一つとして、政府の支援の下、生産振興を目的とした農地や牧草地の拡大のため自然雑木林の伐採が進められてきたことが挙げられる。自然雑木林の伐採は1950年代に増加傾向となり、70年代に最大になったとされており、飼養頭数の推移と符合している。なお、1990年代初頭以降、各州政府により自然雑木林の伐採は規制の方向に向かった。こういった伐採による植生バランスの変化は、土壌の劣化や塩害、河川の水質汚染、温室効果ガスの発生の抑制といった環境保全に影響を及ぼす要因の一つであると指摘されている。

(5)政府による環境政策の実施体制

 豪州では、連邦政府、州政府および地方政府の3段階で政策が実施されている。連邦政府が所管する環境政策は、世界遺産、国家遺産、絶滅危惧種および生態系、グレート・バリア・リーフ臨海公園、石炭開発に関する水源など国家的な取り組みに限定されている。このため、肉用牛生産に関する環境政策は、地方政府の協力のもと州政府が中心となって実施されている。例としてQLD州では、農薬の流通、環境保全、農地、自然保護、土壌保全、植生管理および水資源などの多岐にわたり州法令が定められている。また、地方政府では、居住地域などにおける農業活動の承認、農場でのフェンスや堤防、道路など構築物などの規制、フィードロットなど集約的な農業に対する計画の承認などを行っている。

3 「牛肉持続可能性に関する枠組み」の取り組み

 豪州肉用牛業界では、業界が中心となった「牛肉持続可能性に関する枠組み(Australian beef Sustainability framework(以下「フレームワーク」という))」がさまざまな取組みを行っている。環境対策を中心にその取り組みについて概要を紹介する。

(1)フレームワーク成立の経緯、目的など

ア 成立の経緯
 豪州肉用牛業界では近年、動物福祉、環境に与える影響、牛肉の栄養と人の健康などといった消費者や社会のニーズの変化に対応した取り組みを行うため、科学的根拠に基づく透明性の高い豪州独自の牛肉持続可能性に関する枠組みを作る必要があるとの認識が生まれた。
 このため、レッド・ミート諮問委員会(RMAC)(注)が中心となって2011年から調査を実施し関係者との協議を重ね、フレームワーク設立に向けた準備が行われた。RMACは2016年、この取り組みを運営する持続可能性運営グループ(SSG、以下「運営グループ」という)のメンバーを指名し、その後、運営グループが業界内外との広範な協議を重ね、2017年4月、正式にフレームワークが発足した。
注:RMACは、豪州の牛肉、ヤギ肉、羊肉業界を代表する団体で、政策提言や諮問を行う機関である。
イ 目的など
 フレームワークは、持続可能性の確保に向け業界が取り組むべきテーマ及びその課題を定め、その指標に関するデータを収集し、この指標に照らした成果を毎年調査、報告することを目的としている。

(2)取り組むべきテーマ、課題

 フレームワークでは、業界が取り組むべき大きなテーマとして、動物福祉、経済的強靭(きょうじん)性、環境への責務、人と地域社会の四つを定めている。この四つの大きなテーマを具体的な10テーマに細分し、さらに課題とすべき23項目を定めている。このうち環境への責務については、次の3テーマで6課題を設定している(表1)。
 
 
 なお、課題とすべき23項目については、課題を克服するための指標および指標に関するデータの設定が行われている。

(3)具体的取り組み

 フレームワークでは、運営グループを中心として、テーマおよび課題に沿って、次の取り組みを行う。
ア 課題ごとに定められた指標に関するデータの収集、目標の設定
 課題となる23項目について、課題の解決に向けて取り組むべき指標の設定および統一性のある信頼性の高いデータを収集する。また、指標の改善に向けて継続的な見直しを行う。
イ すべての課題に対する目標値の設定
 指標に関するデータは、すでに83%収集している。RMACは、運営グループに対し、フレームワークが設定した課題の解決に向け、指標ごとに目標値を設定し、その進捗状況を把握し明確に目標達成に導くと同時に、最新のデータに沿って毎年見直すよう指示している。
ウ 年次報告
 運営グループは、課題となる23項目について設定する指標に関するデータの推移を提示し、年ごとにその進捗状況を把握できるよう計画している。
エ 消費者や社会の要望の変化に応じた柔軟な対応
 フレームワークでは、取り組むべきテーマ及び課題について優先順位を定め、それぞれ指標に関するデータの収集、目標値設定を行うこととしている。この優先順位は、消費者や社会のニーズの変化に応じて柔軟に変更していく必要がある。
オ 取り組みへの理解
 フレームワークの取り組みは、業界内外から広く意見を聞き、牛肉の持続可能性の確保に向け、誰もがその取り組みに賛同できるよう留意されている。
 また、フレームワークが取り組むべきテーマなどの設定に当たっては、「持続可能な牛肉のための国際円卓会議(GRSB:The Global Roundtable for Sustainable Beef):豪州、米国、カナダ、南米、欧州、NZなどが参加する組織」や各国の牛肉生産者団体と協議し、他国においても同様の課題を有しており、業界として同じ方向性にあることを確認したとのことである。

(4)優先課題の選定

 運営グループは2018年、国内外の関係者などで構成するフレームワーク諮問委員会などの意見を踏まえ、課題とすべき23項目のうち、業界として優先的に取り組むべき6項目の優先課題を決定した。環境への責務については、「森林と草地のバランス」「気候変動リスクの管理」の二つを優先課題とした。
ア 森林と草地のバランス
 牛肉生産とよく管理された景観の関係に着目し、環境に影響を及ぼす土地の管理状況や植生の変化を測定し、牛肉産業に関連する自然資源と生物多様性への影響を測るものである。
イ 気候変動リスクの管理
 温室効果ガスは、牛の消化で発生するメタンを含め、牛肉の生産、加工過程で発生する。牛肉の生産、加工過程における二酸化炭素換算の排出量を炭素隔離(注)と合わせて測るものである。

注:炭素隔離は、二酸化炭素の大気中への排出を抑制する手段のこと。光合成による生物学的なものと地下への貯留といった地質学的なものがある。

(5)取組みに関する課題など

 フレームワークは、現在の取り組みについて、以下のような課題などを挙げている。
ア 業界の取り組みに対する理解の促進
 肉用牛産業の持続可能性確保に向けた取り組みに対して、国内の消費者などの関心は残念ながらあまり高くない。取組内容については、因果関係や関連性が複雑であり理解することは容易でないが、消費者などの理解は重要であり、その促進に努める必要がある。
イ 他業界との連携
 豪州では、各農業分野において持続可能性に関するフレーム作りが行われているが、酪農では、この取り組みが先行しており、牛肉のフレームワーク運営においても参考とし、互いに協力している。また、羊肉業界でもフレームワークが立ち上がることから協力していく予定である。

コラム1 肉用牛農家のフレームワークに即した取り組み

 フレームワークの実施状況を確認するため、ビクトリア(VIC)州南西部にある肉用牛農家を訪問した。この農家はフレームワーク運営グループのメンバーが経営し、フレームワークで定めた持続可能性の確保に向けた具体的な取り組みを行っている。
(1) 肉用牛農家の概要
 この農家は家族経営(夫婦と雇用1名)で、農場の広さは三つのブロック合わせて644ヘクタールある。肉用牛を1000頭飼養し、このうち420頭が繁殖用の経産牛で、自家生産した子牛は5~6カ月哺育・育成後、12カ月間飼養し、生体重450キログラムで牧草肥育牛として食肉業者に出荷している。飼養形態は、牧草および補助的に乾草を使った牧草肥育牛生産を基本としているが、牧草の生育状況に応じて、不足する場合は、フィードロットや近隣の肉用牛農家に肥育もと牛として販売している。品種は無角へレフォードなどである。繁殖については、市場で購入した種雄牛を10頭保有(毎年2~3頭更新)している。種雄牛1頭当たり50頭の雌牛を6週間かけて自然交配している。このほか羊2300頭と馬を飼育している。
(2) 持続可能性の確保に向けた取り組み
・644ヘクタールの農地面積のうち約18%をかん木地および道路や水路などの生産基盤として確保し、森林と草地のバランスを考慮している。
・自然林地域にはユーカリやグラスツリーなどの草木が植生している。牧場内にはカンガルーや蛇、キツネ、コアラなどの野生動物が生息しており、生物多様性の保全を図っている。
・農場内にある水路には自己資金でフェンスを設置するとともに植林をしている。これは牛が水路に立ち入ることによる土壌流失や水路の水質汚染防止に役立っている。なお、この牧場では、水路における水質汚染問題は発生していないとのことである。また、樹木は家畜にとって、風除けや日よけの効果をもたらしており、家畜の生産性向上に役立っている。
・この地域の土壌はあまり肥よくではない。農場の土壌の健全性については、年1回、専門家(農業コンサルタント)により検査を行っている。
・毎年気象予報により牧区ごとの牧草の生育状況を予測し、その結果に基づき放牧計画を立て、適正な牧草地管理を行っている。
・品種は増体率の高い無角へレフォードを飼養しており、早期肥育による温室効果ガス排出削減と動物福祉に配慮している。
・この農家では、地域住民や学生などを積極的に牧場に招き、肉用牛経営に対する理解醸成を図っている。
 
  

  

4 肉用牛生産段階における環境対策の取り組み

 以下では、肉用牛生産者およびフィードロット業者を対象としたフレームワークに即した環境対策の取り組みについて紹介する。

(1)肉用牛生産者団体が中心となった取り組み

ア グレージング・ベスト・マネジメント・プラクティスの概要
 QLD州では2009年、農業団体であるアグフォース、環境管理団体のフィツロイ集水域協会およびQLD州政府が肉用牛農家を対象として、グレージング・ベスト・マネジメント・プラクティス(以下、「ベストプラクティス」という。)という、業界主体の事業を開始した。ベストプラクティスはフレームワークの取り組みに即して、肉用牛生産農家が長期的に生産性、収益性、持続可能性においてとるべき行動基準を定めている。肉用牛農家が自主的に参加し、自らその状況を評価し経営の改善を図るものである。
 このプログラムには、「家畜生産」「放牧地管理」「人および経営」「土壌健全性」の4つの測定基準がある。この測定基準には、157項目の具体的な指標が示され、肉用牛農家は指標と自らの経営状況と比較、評価し改善を図っている。参加農家は、オンラインで自己評価を提出するほか、情報交換、ワークショップなどを通じて経営改善に向けて取り組み、最終的に第三者による監査を受け、要件を満たせば認証農家となることができる。
 ここでは、環境対策として、「土壌健全性」と「放牧地管理」の二つの測定基準の概要を紹介する。
(ア)土壌健全性
 土壌健全性は、効果的な土壌栄養素の循環、良好な水分の浸透および保持、土壌生物への養分供給や生息地の確保に影響を及ぼす。土壌を適切に管理することにより、降雨による表土の流失防止、風による土壌浸食の防止、土壌における炭素隔離、牧草の生産性向上などの効果が期待される。
 評価の対象となる項目は、「土壌の物理的性状」「土壌の化学的性状」「土壌生態」「肥料の利用」の四つから成り、それぞれの項目において、農家がとるべき行動の解説および指標が示されている。
 農家が自ら評価する際の指標例は次の通りである(図4)。
 
 
(イ)放牧地管理
 放牧地管理では、家畜の生産性を高めるため、農場における家畜の頭数や種類、配置を考慮した牧草管理を行う。また、農場における生物多様性を高め、土壌侵食、雑草、害獣などの被害を防止することを目的とする。
 評価の対象となる項目は、「農場のマッピングと土地に関する情報」「土地の性状」「土地管理」「放牧管理」「牧草などの飼料作物の改良」「雑草及び有害生物」の六つから成る。
 肉用牛農家は、項目ごとに自己評価に基づいて該当欄にチェックし、今後の目標や改善に向けた手段を記入して提出する。チェックシートの項目が達成された場合には、それに基づく監査を受けることができる。
イ ベストプラクティスの実施状況
 ベストプラクティスの2017/18年度年次報告によると、QLD州における2018年6月末時点のプログラム実施農家戸数は2115戸で州全体の18%、農地面積は153万ヘクタールで同5%となる。また、認証を受けた農家は114戸である。
 ただし、残念ながら、この事業は、後述するグレート・バリア・リーフにおける環境対策に関する法律改正に関連して、現地調査の実施後に中止が決定された。

(2)フィードロットにおける環境対策の取り組み

 豪州のフィードロットにおける環境対策は、業界が定めた全国肥育場認定制度(NFAS、以下「認定制度」という)により行われている。
 豪州のフィードロットは、1960年代に商業ベースでの生産が始まり、現在では約400のフィードロットにおいて110万頭を超える肉用牛が飼育され、豪州の肉用牛年間と畜頭数の4割近くを占めるまでに至っている。
 穀物肥育は、粗放的な牧草肥育と異なり仕切られた囲いの中で穀物を中心とした飼料で集約的な飼育が行われている。このためフィードロットの設立、運営等に当たっては、環境への影響の観点から州の法令等により規制されている。
ア 全国肥育場認定制度の概要
 豪州のフィードロットでは、認定制度により環境対策を行っている。この認定制度は1994年、豪州フィードロット協会が豪州農業分野で初めて導入した品質管理システムである。
 認定制度は、「管理システム」「食品安全」「環境管理」「家畜管理」「製品統一性」の五つの測定基準からなる。このうち環境管理については、「環境管理」「地上水」「地下水」「コミュニティ」「生態系」「環境事象報告」の六つの要素からなる。現地の検査は、ペンの状況(ふん尿の状況、水槽の漏れ、くぼみなど)、排水の効率性、廃液貯水池の健全性(沈殿物の状況、容量)、臭気、生態系への影響(周辺植物への影響)、報告規定(州政府との取り決め)がある。
イ 認定制度の運営など
 認定制度はオズミートが、豪州フィードロット協会2名、オズミート、QLD州政府、NSW州政府、VIC州政府、西オーストラリア州政府各1名からなるフィードロット産業認証委員会の管理の下、運営している。
 オズミートはフィードロットの認定を行っているが、年1回、フィードロットに立ち入り監査を行い、その結果を州政府に報告する。フィードロットでは問題が指摘された場合、問題点を改善する必要があるが、満足な改善が図られなかった場合、フィードロットの認定を取り消される。
ウ 監査状況
 監査の結果、問題がある場合、その状況に応じて、重大な不適合、大きな不適合、小さな不適合に分類される。2018年は387件の監査が行われ、重大な不適合の案件はなかった。なお、大きな不適合に該当する事例は191件の測定基準でみられ、このうち環境管理については、全体の18%に相当する35件であった。

コラム2 ベストプラクティスに即した食肉処理組合の取り組み

(1) 調査先の概要
 今回調査したノーザン・コーポラティブ・ミート・カンパニー(NCMC)は1933年、肉用牛生産農家によって設立された食肉処理組合である。肉用牛生産が盛んなNSW州北部カシノにあり、組合員農家は約1000戸である。同社の従業員は約800名で、食肉処理や副産物処理を行っており、地域経済を担っている。
 
 
(2) ベストプラクティスの実施状況
 NCMCは、組合員サービスとして5年ほど前にベストプラクティスに参加し、現在約1000戸の組合員農家のうち120戸余りがこのプログラムに参加している。これまで第三者の監査による認証を受けた農家はなく、認証を受けるのは簡単ではないとのことである。なお、第三者による監査は認定監査人が行っており、オズミート(注)が中心となって実施している。
 ただし、NCMCの取り組みは、先述のとおりベストプラクティスを管理するQLD州での決定に伴い中止することとなった。

注:オズミートは、豪州における家畜の生産から食肉に至る用語や統一規格を設定・管理する機関。

(3) その他の環境対策の取り組み
 NCMCでは、ベストプラクティスのほか、環境対策に関連して次のような取り組みを行っている。
ア 組合員を対象として、ソイルクラブというプログラムを実施している。このプログラムでは、①参加農家の土壌データの収集②専門家によるデータの分析③デモンストレーション − を実施している。現在30名の組合員がこのプログラムに参加している。このプログラムは、農家が自分の農場の土壌検査を行い、経営改善を図るためのものである。
イ 地方自治体、漁業関係の非営利団体などと共同して基金を造成し、家畜生産基盤プログラムを2019年4月に立ち上げた。このプログラムは、家畜用の水槽、ポンプ、家畜を河川に近づけないためのフェンスなどの施設整備に対して補助するものであり、現在10戸余りの生産者が申請している。これらの施設整備については、河川の汚染防止や動物福祉(軟弱土壌への家畜の侵入防止)、家畜衛生(寄生虫の侵入防止)などの効果を検討し採択案件を決定することとしている。
ウ その他にも河川の水質汚染を防止するための農場での飼養管理の改善、集水域周辺での植林などを推進している。
(4) 環境対策の実態など
ア 農家の意識
 肉用牛農家の環境対策に関する意識は、一般的に酪農など集約的な生産農家と比べて高くないとのことである。
イ 環境問題の発生状況
 同地域の土壌の状況は、数十年前には肥よくであったが、現在では状況が悪化している。また、土壌の状況は、同一農家であっても場所により大きく異なる。
 また、同地域には大小の河川があり、その水質汚染や廃棄物の問題が新聞の記事として取り上げられている。農家由来の肥料や土壌流失による河川の水質汚染により毒性のある藻類が発生し、水辺でのレクリエーションや家畜の飲水などの問題となっている。
 河川の水質汚染の要因としては、肉用牛農家のほか酪農、マカダミアナッツ農家などの農業のほか工業、都市化も要因として挙げられており、必ずしも肉用牛農家だけが特定されていないとのことである。
ウ 環境対策に関する支援
 肉用牛農家を対象として、フェンスや水槽などの施設整備に対する行政などによる支援プログラムはいくつかあるが、採択されるのはなかなか難しい状況とのことである。

コラム3 グレート・バリア・リーフにおける環境対策

(1) グレート・バリア・リーフでの水質汚染対策
 豪州北東岸には、世界最大のサンゴ礁地帯で世界自然遺産として登録されたグレート・バリア・リーフが広がっており、地域経済においても重要な位置付けとなっている。グレート・バリア・リーフでは、気候変動に伴う異常気象や河川の水質汚染により暗礁における生態系が影響を受け、深刻な問題となっている。
 グレート・バリア・リーフに面した豪州北東部の集水域は、サトウキビ、バナナ、肉用牛といった農畜産業の盛んな地域である(コラム3図)。このため、連邦政府、州政府は、農業由来の肥料、農薬や土壌堆積物などが水質汚染の要因の一つであるとして問題解決に向け対策を講じてきた。
 
 
 このような状況下、QLD政府は2019年2月、当該地域の農家における環境対策を強化するため、現行の州法(グレート・バリア・リーフ環境保護法1994年)を改正する法案を提出した。この法案は9月19日に可決され、12月1日に施行された。
 新たな法律では、規制対象地域をこれまでの3地域から6地域に拡大し、さらに対象農家をこれまでのサトウキビ農家および肉用牛農家に加え、バナナ、穀物、園芸作物農家を追加した。
 肉用牛農家については、放牧地における表土の維持、強化および土壌堆積物の河川への流出を抑制し水質汚染を抑制するため、次のような措置を講じることとなった。
(2) 新たに講じられた措置
ア 行動の記録
 農家においては、土壌検査の実施、肥料、農薬の施用状況などについて記録する。また、農業アドバイザー(肥料業者や農業専門家など)においても、農家への指導内容、報酬などを記録する。この記録は、実施後3営業日までに行い最低6年間保管する必要がある。
イ 最低農業行動基準の設定
 州政府は、農家が取るべき最低限の農業行動基準を定め、農家は法律施行後、1〜3年以内(汚染状況に応じ地域別に期限を設定)にこの農業行動基準を満たさなければならない。なお、業界の自発的な取り組みにおいて認証(注)を受けている農家については、この最低農業行動基準に対する別の措置が取られる。

注:ベストプラクティスなどを指すと考えられるが、詳細な運用方法は確認が必要である。

ウ 州政府による支援
(ア)認定農業アドバイザーによる農家に対する指導料に対し、対象農家に1000豪ドル(7万9000円)を上限に補助金を交付する。
(イ)肉用牛牧畜農家に対するプログラムとして、土地の状態が悪化した農家に対する土地改良に向けた個別対応の支援および個別土地管理計画の作成(予算額572万豪ドル(4億5188万円))。また、このうち土地基盤改良に支援(予算額143万豪ドル(1億1297万円))する。
(3) ベストプラクティスへの影響
 グレート・バリア・リーフにおける環境対策のための法律改正に関連して、ベストプラクティスを運営している農業団体のアグフォースは、農家の個人情報保持をやめ、現行のプログラムの中止を決定した。

5 おわりに

 豪州の肉用牛生産は、広範な地域で多様な生産条件の下で行われており、すべての環境対策を一括りで把握するのは困難であるが、今回の調査を通じて得られた情報を基にその状況をまとめると次の通りである。
・豪州肉用牛業界は、業界が中心となって持続可能性という包括的なフレームワークを定め、環境問題を大きな柱として位置付けている。また、フレームワークでは、環境対策に向けた指標を示すこととしており、業界の立場や方向性を明示する上において意義があると考えられる。
・今回訪問したVIC州の肉用牛生産農家では、恵まれた生産環境の下、計画的な土壌管理による草地造成や放牧計画により環境に配慮した経営が行われていた。特に水路のある農場においては、肥料や土壌流失による河川の水質汚染に対する注意が払われているとみられる。
・一方、こういった地域と異なる生産環境であって、あまり肥よくでない広大な土地で自然植生により肉用牛生産を行っている農家については、酪農やフィードロットなどの集約的な農業と比べて飼養者の環境対策に関する意識は高くない、との声も聞かれた。
・このため地域によっては、不適切な放牧地管理や土壌管理により放牧地の状況が悪化(土壌表面の被覆率の低下)し、表土の流失や斜面、水路の土壌堆積物の流失などが発生し、土地生産性の低下だけでなく、水質汚染などの問題が発生しているとみられる。
・特に集水域などにおける肉用牛生産においては、土壌流出による水質汚染や肥料など農場由来の栄養分の流出が問題化している事例が確認された。集水域の水質汚染に関心の高いグレート・バリア・リーフを抱えるQLD州では、法令により集水域における個別農家レベルでの環境対策の対応や記録が義務付けられている。
 業界が中心となったフレームワークの取り組みは今後も続けられるが、環境問題一つを取り上げてもその要因は複雑であり、その影響は経済的強靭(きょうじん)性など他のテーマとも密接に関連することから、今後も長期的な視点での対応が求められている。現地調査やその後のフォローアップを通じて、現地の環境対策が試行錯誤を続けていることを垣間見ることができたが、引き続き環境対策以外のテーマも含め、持続可能性の確保に向けた取り組みの動向に注目していきたい。