ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > 家族経営をベースとした新規参入支援制度の枠組みと展開〜北海道北部・中川町の酪農新規参入を事例として〜
ア 現在の経営概要
イ 新規参入プロセスと中川町の選択理由
大学卒業後、北海道訓子府町で酪農実習時に放牧酪農の書籍や放牧酪農家との出会いで、放牧酪農に関心を持つようになった。2003年から北海道北部の浜頓別町で酪農ヘルパーと就農を前提とした研修に取り組んだが、就農機会に恵まれず、浜頓別町外の就農を目指した。放牧を志向していたため、牛舎周辺に15ヘクタール以上の牧草地という基準で物件を探し、牛舎周辺に牧草地40ヘクタールが集まっていた点を最も重視して現在の場所を選択した。ウ 新規参入支援制度の評価
丸藤さんは、地域農業維持のために担い手対策が最も重要との共通認識を農家と関係機関が共有する必要性を強く認識し、離農者を事前に把握して計画的かつ確実に新規参入者へ継承していく具体的な方策を提案してきた。JAの聞き取りによる離農者の早期事前把握、新規参入者への経営継承を意識した農地集約や施設維持管理、新規参入者が実習に入る前の資産取得金額の査定額を離農者と新規参入者に提示して納得してもらうなど、自身の新規参入者としての経験を踏まえた内容となっている。ア 実習の状況
松崎俊明さん(表4の新規参入者19、写真3)は2017年から実習中で、2019年11月に就農した(取材時は2019年7月)。継承予定の中川町誉地区の酪農家で実習を受け、搾乳・飼養管理・圃場作業を学び、現在は搾乳牛20頭程度を飼養する。実習時の労働力は、本人と妻の玲子さん、離農予定経営者の3人である。牧草地は27ヘクタールで、牛舎周辺に18ヘクタールの牧草地が隣接している(写真4)。イ 新規参入プロセスと中川町の選択理由
松崎さんは群馬県出身で、母親の実家が酪農家であった。20代半ば頃、酪農家になることを決意したが、実家はすでに離農していたため、県内の牧場に従業員として就職し就農に向けた経験を積もうとしたものの、当時は従業員採用に積極的な牧場がなかったため、県内就農を断念し、2012年に北海道へ移った。鹿追町の酪農家従業員として2年、斜里町の酪農ヘルパーとして2年、中札内村の酪農家従業員として2年ほど働いた。以前の経験から配合飼料を多給する高泌乳経営に違和感があり、放牧に関心を持っていたところ、2016年に「もっと北の国から楽農交流会」で丸藤さんと知り合った。ウ 新規参入支援制度の評価
まず、経営技能修得費や経営自立安定補助金といった金銭的支援は、2017年の実習開始後に支援が増額されたこともあり、将来の営農にとって安心感が大きいと評価した。 中川町の事例は、新規参入支援制度はその地域の将来的な農業像と無関係に考えられないことを示している。中川町における乳用牛増頭や生乳生産量を必ずしも重視せず、放牧酪農に寛容な対応は、確かに中川町が酪農専業地帯ではなく、JA北はるかの事業も酪農一本ではないことに由来するのかもしれない。しかし、現在の酪農経営をそのまま再生産できさえすれば、地域農業が持続できるとの保証もない。酪農経営の多様さが地域の持続性を担保する条件の一つなのではないかと考えられる(清水池2020参照)。
その点で、新規参入者やその予定者、そして関係機関担当者が、酪農経営をあくまでも手段として位置付け、家族の生活を維持し、有意義な人生をいかに実現するかといった考え方を繰り返し表明していたのが印象的であった。酪農家の「働き方改革」が指摘されて久しいが、規模拡大を繰り返し、年中ひたすら働き続けるスタイルではない酪農経営の選択肢は、次世代の若者を酪農へいざなう上でこれから重要性を増すと思われる。
ただ、中川町農業の将来を考えた場合、さらに地域の人口や農家戸数が減少していく中で、自己完結的な経営を行える若い経営者が高齢化すれば、円滑な経営継承と並行して、自給飼料の生産支援を行う外部支援組織の充実、複数戸による法人経営の可能性を再検討する必要が出てくるだろう。
参考文献
・倪鏡(2019)『地域農業を担う新規参入者』筑波書房。
・東山寛(2012)「北海道農業の構造問題と地域的対応」『経済地理学年報』58(4)、pp.324–335。
・堀口健治・堀部篤(2019)『就農への道─多様な選択と定着への支援─』農文協。
・小林国之(2013)「放牧酪農における新規参入者支援における自主的グループの意義」、2013年度乳の学術連合・社会文化ネットワーク学術研究、http://m-alliance.j-milk.jp/ronbun/shakaibunka/shakai_study2013-05.html(2019年12月20日アクセス)。
・清水池義治(2020)「メガ経済連携協定(EPA)の現況と求められる酪農政策」『牧草と園芸』第68巻第1号、pp.1–6、https://www.snowseed.co.jp/wp/wp-content/uploads/grass/202001_03.pdf(2020年1月10日アクセス)。
・柳村俊介(2003)『現代日本農業の継承問題―経営継承と地域農業』日本経済評論社。
・柳村俊介・山内庸平・東山寛(2012)「農業経営の第三者継承の特徴とリスク軽減対策」『農業経営研究』50(1)、pp.16–26。
追 記
本稿執筆にあたっては、北海道大学農学部農業経済学科の丸山ちなみ氏から調査補助・関連データ収集・分析の支援を受けている。