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特集:人材育成に向けた取り組み 畜産の情報 2020年3月号

酪農業協同組合による経営継承支援の取り組みと課題〜浜名酪農業協同組合の「支援事業」を事例として〜

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秋田県立大学 生物資源科学部助教 高津 英俊

【要約】

 本稿では、浜名酪農業協同組合による経営継承支援事業について、同酪農協関係者および「支援事業」利用者への聞き取り調査を行った。
 同組合では、TMRセンター事業を核とした雇用型酪農経営の創業を支援し、非農家出身の就農希望者を従業員として受け入れている。その結果、酪農人材としての育成と経営移譲の道筋を
つけることとなり、2020年1月現在、200頭規模の酪農経営を2戸、400頭規模を1戸の計3戸の酪農経営が、雇用導入型の株式会社としてスタートを切るに至っている。

1 はじめに

 わが国の酪農家戸数の減少は止まる兆しを見せていない。酪農家戸数は2000年の3万3600戸から2019年の1万5000戸と、わずか20年で半数以下に減少している。なかでも都府県酪農を巡る状況は厳しく、生産基盤そのものが縮小する様相を見せている。
 農林水産省の「畜産統計」から、その状況の一端を見てみよう。1985年から2018年の33年間で、北海道の酪農家戸数は1万7400戸から6140戸に減少し、この期の増減率は64.7%減であった。これに対して都府県は6万5000戸から9540戸に減少し、増減率は85.3%減となっており、ともに減少していることが分かる。
 しかし、飼養頭数の変化を見ると、全く異なる景色が見えてくる。1985年から2018年の間、北海道では、飼養頭数の増減率はわずか2.1%減であるのに対して、都府県は58.8%減と飼養頭数が顕著に減少している。北海道は、酪農家1戸当たりの飼養頭数を増やすこと、つまり多頭飼養の進展により飼養頭数を維持してきたが、都府県は飼養戸数の減少と飼養頭数の減少が同時に進行している状況であり、酪農家の減少=生産基盤の縮小を意味していると思われる。
 また、酪農家の減少は、酪農関連産業にも影響を及ぼすと考えられる。酪農家の減少によって飼料需要や生乳生産が減少すると、飼料・乳業メーカーも工場などを撤退し、遠方の工場から輸送する必要が出てくる。その結果、輸送費も増大するだろう。増額分を負担するのは酪農家であり、経営を圧迫するという良くない循環に陥ってしまう。
 このような状況に対して、静岡県の「浜名酪農業協同組合」では、TMRセンター事業を核とした雇用型酪農経営の創業を支援し、非農家出身の新規就農者を従業員として積極的に受け入れることで、酪農人材として育成している。酪農組合が一丸となって、地域酪農の維持と発展のために人材戦略を実践している取り組みである。
 浜名酪農業協同組合について言及した論考や記事などは、2010年前後にいくつか見られたが、その対象はTMRセンター事業やコントラクター事業に関する内容が多かった(福田(2009)・淡路(2013)など)。おもには組合直営のTMRセンター事業とコントラクター事業によって営農支援体制を構築した点を評価するものであった。
 一方で、同酪農協による営農支援体制の構築によって、組合が当初想定していたシナリオとは別の道を歩むことになり、ある問題が発生した。この問題への対応こそが、本稿で焦点を当てる「支援事業」であった。以下では、2019年8月に実施した酪農協関係者および「支援事業」の利用者へのヒアリング調査の結果を報告する。

2 浜名酪農業協同組合の概要と「支援事業」

(1)浜名酪農業協同組合の概要

 浜名酪農業協同組合(以下「浜名酪農協」という)は、1948年と戦後すぐに設立された酪農専門農協で、2019年で設立から71年が経過する歴史ある組合である。静岡県内の浜松市、湖西市、掛川市、菊川市の四つの市を管区として、生乳販売事業、購買事業、預託事業、乳牛導入事業、飼料生産・TMR事業、酪農コンサルタント事業、支援事業、酪農ヘルパー事業と多彩な事業展開を行っている。2019年現在、組合員数は53名いるが、このうち酪農経営を行っている組合員は年々減少し、28名となった。しかしながら、2018年度の生乳販売量は、1万6308トンと県生産量の約19%を占めている。
 事業が多彩になるに伴い従業員は増加し、2019年8月現在で52名の従業員を抱えている。内訳は、事務職員7名、TMRセンター職員35名、コントラクター職員10名となっている。

(2)浜名酪農協によるTMRセンターの建設とコントラクター事業の開始

 表1には、浜名酪農協が取り組む事業および関係する取り組みの沿革を示しており、とくに現在の組合長である伊藤光男氏が代表に就任した2000年以降の取り組み内容を主に記している。伊藤組合長が就任するとすぐに小笠酪農協との合併話が舞い込み、2003年にこれを締結している。
 
 
 小笠酪農協との合併後に起こったのが、輸入飼料価格の高騰であった。2005年頃、低価格な飼料を安定的に購入したいという理由から、TMRセンターを作ってはどうかという提案が組合員の一部からあがっていたが、理事会で否決されていた。また、行政からも組合でのTMRセンター設立は当初、無謀と言われた。その理由は、それぞれの酪農家に合わせて飼料を配合する必要があり、多くの酪農家を抱える組合では数多くのTMRメニューを用意する必要があり、その煩雑さから運営が難しいという理由であった。当時は北海道を中心に、数戸の大規模酪農家グループがTMRセンターを共同運営している事例が見られ、この方式であればTMRのメニューも少なく運営しやすいという利点であった。
 結果的に、飼料価格の高騰が追い風となり、2006年の理事会でTMRセンター設置に向けた決議が行われ、設置に向けた準備が始まった。この時、伊藤組合長が相談に行ったのが、当時、静岡県の農林事務所に勤めていた伊東祐孝氏であった。後述するが、伊東氏はその後の浜名酪農協の運営に大きく関わる人物である。同氏が、県や関東農政局と調整役を引き受け、実現したのが「浜名酪農業協同組合TMRセンター」であった。同酪農協のTMRセンターは、国の「強い農業づくり交付金事業」を活用し、総事業費4億8489万円を費やし、2009年2月から稼働している。
 前年2008年には、TMR飼料の原材料となるコーンサイレージを確保することと環境問題への対応として、家畜ふん尿の堆肥化からトウモロコシ生産までを引き受けるコントラクター事業を開始している。コントラクター部門では現在10名の従業員が勤務している。耕作放棄地を含む120ヘクタールの圃場を確保して、コーンサイレージを生産している(写真1)。
 

 TMRセンターでは、コーンサイレージの他にも、食品工場からの未利用資源である食品かす、豆腐(おから)、ウイスキーかす、焼酎かす、ミカンジュースの絞りかす、味噌かすなどを利用している。TMRセンターのある浜松市には東名高速道路が通っており、その道沿いには多くの食品製造工場がある。口コミを通じて原料の入手先も自然と増えていった。TMRの製造量は増え、製品は飼料販売会社を通して、県内の酪農家のみならず、東は静岡県の伊豆から西は愛知県の知多地域にまで販売している。
 浜名酪農協が、TMRセンターおよびコントラクター事業を整備したことで、図1に示したような地域循環型酪農システムが形成された。酪農家は、組合のTMRセンターから運送されてくるTMR飼料を給餌し、副産物であるふん尿の処理もコントラクターに委託することで、生乳生産(飼養・搾乳)に集中することができるようになった。
 
 
 二つの事業整備によって、飼料生産とふん尿処理の作業が外部化された。また、TMR飼料の原材料には、コントラクター事業によるサイレージや食品工場からの未利用資源が利用され、大型攪拌機により大量生産が可能となったことで、低価格なTMR飼料を組合員に提供できるようになった。これにより組合員は飼料費を低減することができた。加えて、TMRセンター職員の現場に出向き、酪農家の意見を取り入れながら丁寧な飼料設計を行った結果、良質なTMRを生産でき、搾乳牛1頭当たり乳量も増加した。
 TMRセンターを核とした仕組みを作り上げたことで、労働時間・費用の削減と乳量増により、酪農家には時間的余裕と金銭的余裕が生まれた。組合長は、こうした作業効率の向上により組合員たちの増産意欲が高まり、規模拡大を図る酪農家が出てくることを期待していたが、想定通りには進まなかった。

(3)「支援事業」の取り組み背景と実践

 営農支援体制の構築に伴い時間的な余裕、金銭的な余裕が出たことで、小規模な酪農家を中心に借入金を完済し終えた酪農家が年齢などを理由に経営を廃業するという、想定とは逆のシナリオが進行してしまった。当時は、1軒やめ、また1軒やめという状況が続いてしまっていたと組合長は振り返る。
 こうした最中に、昭和40年代に農業構造改善事業で作られた湖西酪農団地3戸の酪農家のうち2戸から廃業の相談が持ち込まれた。組合内で何度も議論を重ねた結果、酪農家の子弟以外にも酪農をやりたい人たちは沢山いるのではないか、こうした人々にチャンスを与えるための雇用型酪農経営を作ろうという話になった。この時、休日確保などの労働環境やさまざまな社会保障制度の整った新たな経営体としてスタートしないと、働き手となる若者の定着が望めないことから、勤務制度の整った会社組織(特に株式会社)として新たなスタートを切ることを決めた。
 当時は、周辺地域で株式会社方式の酪農経営を行っている事例がなかったため、どの金融機関に行っても設立のための融資を断られ続け、最終的に借り入れができたのは組合長と個人的に付き合いのあった地元の信用金庫であった。組合長が所有する土地を担保に入れることで、融資基準もクリアした。融資金と組合の酪農家8名の出資によって、2014年に飼養頭数200頭規模の「湖西牧場株式会社」として、従業員も導入した形でのスタートを切った。設立3年目での黒字化を目標としていたが、1年目で黒字化を達成するなど順調なスタートを切ることができた。
 同事業は、後に「支援事業」として組合の事業と位置づけられ、伊藤組合長と2013年にコンサルタントとして独立した伊東氏とのタッグで進めていくことになる。「支援事業」とは、廃業予定で(近隣に住宅が少ないなど)営農条件の良い酪農経営を、新たな雇用導入型酪農経営としての再生を図ることで、酪農をやりたい人たちに従業員として酪農に参入するチャンスを与えるとともに、規模拡大したいと考える組合員の事業改善支援を総合的に行うというものである。
 同事業の第1号案件が、湖西牧場株式会社であった。湖西牧場が上手く軌道に乗ったことで、その後は金融機関も協力的になり、事業もスムーズに展開できるようになっている。これまで「支援事業」を活用して、三つの酪農経営体が新たな経営体としてスタートを切った。第2号事案の「株式会社落合牧場」は、後述するが子弟の就農を契機とした規模拡大支援であった。第1号事案、第2号事案を通じて、支援を行う側の体制も整っていった。酪農経営に詳しい組合長、獣医師でコンサルタント業務を行う伊東氏を中心に、牛舎を作る建築士、建築業者、会社設立などのための行政書士、その資金を融資する金融機関などによるサポートチームが揃った。
 そして、2018年の第3号事案では、これまでの約2倍の規模となる沖之須牧場株式会社が設立されることになった。

3 「支援事業」を利用した酪農経営の事例

 以下では、第2号事案となった「株式会社落合牧場」と第3号事案となった「沖之須牧場株式会社」の経営概況について見ていきたい。

(1)株式会社 落合牧場の事例

 株式会社落合牧場(以下「落合牧場」という)は、静岡県菊川市に位置し、現経営主の一彦氏で三代目となる酪農家である。祖父の時代に一頭の乳牛を購入したことから、酪農家としての歴史が始まっている。
 「支援事業」を利用する契機となったのは、経営主の息子が「酪農をやりたい」という意思を示したことだった。当時は、つなぎ飼い牛舎で40頭規模の酪農経営であったが、年々コストが増大し、1頭当たりの収益性が目減りしていることを危惧していた。息子が就農予定であったので、将来を見据えた時に現在の規模では経営が立ち行かなくなることを考え、規模拡大に踏み切った。当初は、家族労働力でできる経営規模を想定していた。しかし、伊藤組合長や伊東コンサルタントとの話し合いや、借入金の返済計画など経営のシミュレーションを重ねた結果、雇用を導入し、200頭規模での規模拡大を決定した。
 2016年11月の大幅な規模拡大から、2019年(調査時点)で4年が経過した。現在は株式会社となり、雇用労働力も導入している。
 表2に示すように、家族労働力3名(経営主、妻、息子)と雇用労働力6名(20代3名、40代1名、60代2名)の計9名により営農している。詳細をみると、雇用労働力は20代3名のうち2名が男性、1名が女性、40代の1名は男性、60代は夫婦での雇用であるので、9名のうち3名が女性となっている。作業内容は、妻と40代と60代の計4名が仔牛育成を担当し、残りの5名が経産牛の飼養や搾乳担当となっている。
 
 
 従業員の勤務体系は、1日8時間の勤務となっており、午前5時30分から9時30分までの4時間と、午後4時から8時までの4時間で8時間となっている。従業員には月8日の休日を定めている。また有給休暇も年間5日取得することができるようにしている。近隣には、朝夕交代制での勤務を行う経営体もあるが、朝夕間の牛の状態変化に気が付いてほしいという思いから、このような勤務体系を構築している。
 給与計算は組合も支援しており、タイムカードの情報を組合に送付して、給与を算出している。もちろん各種社会保険にも加入している。
 表3には、落合牧場の現在の飼養管理や実績などを示している。同表を基に、落合牧場の営農状況を見てみよう。規模拡大後は、つなぎ牛舎からフリーストール牛舎に建て替え、経産牛191頭(搾乳牛161頭、乾乳牛30頭)を飼養している。哺乳舎も備え、生後3カ月間を哺育し、その後は北海道の育成牧場で放牧する方式をとっている。現在も40頭の後継牛が育成牧場で放牧されている。仔牛の育成に関して、軽労化のために哺乳ロボットの導入を考えたこともあるが、人に慣れてもらうために導入を止めている。人に慣れないと従業員の事故にも繋がりかねないためである。後継牛の確保だけでなく、F1種の販売も行っており、年間150頭ほどの仔牛を販売している。こうした仔牛の育成を担当しているのが、妻とベテラン職員の4名である。
 
 
 一方、搾乳牛をはじめとした経産牛191頭の搾乳やさまざまな管理をしているのが経営主を含む残り5名のメンバーである。1日朝夕の2回搾乳で、新規に導入した8頭ダブルパラレルパーラー施設で搾乳している。年間の生乳生産量は1930トンで、上述したF1種の販売とあわせて、年間2億6000万円を売り上げている。経産牛1頭当たりの平均的な1日乳量は32キログラム(調査時は夏場のため29.5キログラム)となっている。
 給餌は、組合のTMR飼料を利用している。以前からTMRを利用していたが、当時はトランスバックと呼ばれる大型の袋にTMRを入れて搬入していた。牛舎の改修にあわせて、給餌用トラックが通れる幅で牛舎を設計したため、現在は給餌車の荷台から直接通路にTMR飼料が給餌できるようになった。これにより作業が軽労化されている。給餌量は、夏場が1日約6000キログラム、冬場が約8000キログラムとなっている。
 一方、ふん尿の処理については、組合のコントラクター事業で回収し、飼料生産に利用している。
 飼養管理には、牛の前足に牛の状態を示すカラーテープを結びつけたり、パソコン内のデータと連動した牛歩計などを装着することで発情を感知したりするなどの工夫が見られている。
 落合牧場の課題は、次の2点である。第1に、さらなる規模の拡大をどうするかという点である。現在の土地では、これ以上牛舎などを設置することができないため、第二牧場の新設や全面的な移転なども将来的には考える必要があるとしている。
 第2に、従業員の中に「酪農を経営してみたい」と強い情熱を持って取り組んでいる人がおり、その従業員が独立できるための支援を行うことも検討している。
 

 
 

(2)沖之須牧場 株式会社 の事例

 沖之須牧場株式会社(以下「沖之須牧場」という)は、2018年11月から生乳生産を開始し、2019年4月に本格稼働している。
 前身は1966年に経営を開始した有限会社有馬農園であった。開設当時は、県内最大規模の50頭飼養を行う牧場として名が知られていた。同牧場の親会社は、神奈川県川崎市等々力にあった有馬ミルクであった。1954年に、当時牛乳瓶1本20円程で販売していたものを安い価格で消費者に提供したいという思いから、主婦連と協力して「10円牛乳」という産地直売方式の牛乳を販売した画期的な会社でもあった。有馬ミルクが、直営農場をはじめるということで候補地となったのが現在の掛川市沖之須地区で、現在の経営主である川内氏に白羽の矢が立ったのが、今からおよそ50年前のことであった。
 その後、経営主である川内氏も歳月を経て、年齢的な問題から勇退を考え始めていたときに、組合およびコンサルタントから「支援事業」の打診を受けるかたちで、現在の沖之須牧場株式会社として新たな経営を開始することになった。
 縦16メートル、横210メートルという広大な牛舎と事務所を新設し、雇用も導入する大規模酪農経営となっている。設立に当たり株式会社方式を採用し、牧場の名称も所在地の地名から沖之須牧場という名前で新たな経営を開始している。地元酪農家らを中心に、関連する企業や地域の金融機関などが出資し、株主となっている。
 沖之須牧場は、2019年現在、経営主の川内氏を筆頭に、牧場長の西川氏、40代の従業員3名、20代の従業員6名、パート3名の14名体制で営農している。女性従業員もいることから事務所を新設する際、男女別のトイレ、シャワー、更衣室を設置している。こうした施設の整備が進んでいない農業分野では、同社の整備は先進的な取り組みと言えるだろう(写真4)。勤務形態は、1日8時間労働の交代制で、3日働いて1日休む3勤1休制を導入している。
 

 現在、牧場長を務める西川氏は、実家が酪農家ではなかったが、幼少期から「牛飼い」になりたいという夢を持つ人物であった。大学卒業後には、北海道や海外で酪農の研鑽を積み、一度は地元のJAに勤務したものの、やはり酪農の生産現場に戻りたいと思い、浜名酪農協の副組合長が経営する牧場で17年間従業員として働いた。このようなキャリアを積んだ西川氏が同牧場の場長として抜擢され、現在の活躍に至っている。
 表4には、沖之須牧場の飼養管理の状況や実績などを示した。これをみると、2019年8月時点で飼養頭数は420頭、うち搾乳牛が360頭、未経産牛が60頭という大規模な酪農経営を行っている。2018年11月に牧場が稼働したばかりで、1年目の成績はまだ確定していないが、このまま順調に推移すれば、生乳生産量3500トン、生乳販売による販売金額は4億2000万円となると予想されている。経産牛1頭当たりの生乳生産量(日量)は27キログラムと、先の落合牧場より少ない状況にあるが、これは導入した全ての牛が初妊牛であることが要因である。このため、数年内に1頭当たり生産量は増えてくるとの見通しを立てている。1日当たりの目標生産量を10.6トンと設定しているが、取材に訪れた8月(夏場)はどうしても乳量は下がり、最も下がってしまったときで日量9トンまで下がってしまったこともあるという。
 

 飼養施設(牛舎)はフリーバーン式で、先にも述べたが、縦16メートル、横210メートルと広大な牛舎となっている(写真5)。搾乳施設もデラバル社製の最新鋭12頭ダブルパラレルパーラーを導入し、これにより搾乳時間も朝夕各3時間程度にまで抑えられている(写真6)。加えて、同社製の個体管理システムも併せて導入している。
 
 
  
 事務所には、前述の男女別のシャワー、更衣室などに加えて、研修生の宿泊部屋が3室用意されており、酪農に興味のある学生などのインターンシップの受け入れも積極的に行っている。
 給餌は、組合のTMRセンターを利用して1日1回配送されてくる。1回に使用するTMR飼料の量は11.5トンとなっている。また、沖之須牧場は、TMR飼料配送の中継基地ともなっており、ここから他の酪農家へとTMR飼料を配達している。
 ふん尿の処理は、組合のコントラクター事業を利用して、1週間で全ての牛床が取り替えられる。
 今後の課題と展望について、経営主の川内氏と牧場長の西川氏に伺ったところ、川内氏は、年齢的なこともあり、そろそろ勇退を考えている。同氏は、西川氏をはじめとする従業員にうまく引き継いでいくことが課題であると述べた。
 また、牧場長として、日々のオペレーションを担う西川氏は、今後、誰が牧場長となっても経営できる仕組みづくり、経営システムの形成に注力したいと述べた。例えば、誰かがいなくなった場合、経営が行き詰まってしまう組織ではなく、誰かが欠けてもうまく運営できる仕組みを作りたいとの意向である。このため、普段から従業員には、「報告でなく、相談できる人になってくれ」と伝えている。例えば、牛が病気にかかったときに「牛が病気になりました」というのはただの報告である。そうではなく、自分で処置方法を考えて試してみて「こうやって、こうしてみたのですが、いいですか」というのが相談であると西川氏は述べる。このようなエピソードからもそれぞれの従業員が自分の頭で考えて、行動できるようになってほしいとの思いがわかる。加えて西川氏は、現在自分のところに集まっている権限を徐々に従業員に付与して、それぞれが責任ある立場になるような組織へと変革していきたいとの意欲も持っている。

4 まとめと今後の課題

 図2には、本稿で焦点を当てた浜名酪農協による支援事業が構築された経緯についてまとめた。輸入飼料価格の高騰に苦しむ組合員の経営改善を目的に、2008年に「①コントラクター事業」、2009年に組合直営の「②TMRセンター事業」をセットで導入した。その結果、組合員の労働の一部を外部化することに成功した。これにより組合員は、生乳生産に集中することが可能となった。
 

 またTMRセンターの整備によって、組合員は低価格で良質なTMR飼料を入手することが可能となり、飼料費の低減と乳量アップに繋がった。組合員の酪農経営は改善されたが、その反作用とも言うべき問題が発生した。それが、高齢化していた小規模な酪農家を中心に、借入金を完済し、経営を廃業するという事態であった。この課題への対応として、廃業予定で営農条件の良好な経営体の経営継承支援と規模拡大を目指す現組合員の経営のリニューアルを支援する「③支援事業」を構築して、現在まで実践されている。
 これまで、200頭規模の酪農経営(湖西牧場、落合牧場)を2戸、最近では400頭規模を1戸(沖之須牧場)の計3戸の酪農経営が、雇用導入型の株式会社として経営を開始した。
 三度の経験を踏まえて、経営継承支援に関するノウハウと支援体制が整備されてきた。伊藤組合長と伊東コンサルタントのタッグによって、TMRセンターを核とした会社組織としての酪農経営を、金融機関の融資によって作り上げるというスキームを構築したのである。今後は、更なる経営の経営継承支援に向けて同スキームを積極的に展開していきたいとの意向を持っている。
 同取り組みの現状として、二つの課題があると両氏は述べる。それは従業員の長期的な雇用システムの確立と中間管理層(ミドル層)の育成である。
 長期的な雇用システムの確立とは、新たなスタートを切った酪農経営体に採用された従業員の長期雇用をどのように確立していくかという問題である。つまり、従業員のリテンション(定着)マネジメントに関わる課題である。例外なく従業員も年齢を重ねていく。現在20代の従業員もいずれは結婚、出産、育児、子育てとさまざまなライフイベントを経験することになるだろう。家族に伴侶や子どもが増えれば、必然と家計における支出も多くなる。したがって、今いる従業員の長期雇用を考えると、年功型の給与体系を構築しなければ持続的発展は期待できない。年功型の給与を導入するためには、経営体として更なる収益力を付ける必要性があり、この点をどうするかが課題の一つ目である。
 二つめの課題である中間管理層の育成とは、中間管理を担うミドル層を経営体のなかでどのように育成していくかという問題である。現在は、落合牧場も、沖之須牧場も経営主とその右腕となる人物(沖之須牧場で言えば西川氏)が主体となって営農が行われているが、今後の発展を考えた時に、その中間で新人などの従業員教育等を担当できるミドル人材を育成していくことが経営成長への鍵となるという。こうした人材を育成する仕組みを構築したいとのことである。
 以上により、本稿では浜名酪農協の「支援事業」とその成果について述べてきたが、課題はありながらも酪農協により次世代経営を育成する同事業は、都府県酪農へ重要な示唆を与えている。酪農協での対応は、地域酪農全体の進路をかじ取りする有力な方策の一つになると思われる。

謝 辞
 本稿の執筆にあたり、浜名酪農業協同組合の伊藤光男様、(株)伊東ビジネスプランニングの伊東祐孝様、(株)落合牧場の落合一彦様、沖之須牧場(株)の川内勤様、西川豊貴様にはお忙しいなか多大なご協力をいただきました。この場をお借りして心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

参考・引用文献
淡路和則(2013)「コントラクターとTMRを結合した地域的な営農支援体制〜静岡県・浜名酪農業協同組合の事例〜」『酪農ジャーナル』第66巻第4号,pp. 54-56
福田晋(2009)「酪農協による農地の一元的管理とTMRセンターを活用した酪農経営支援体制の構築」『畜産の情報』第241号,pp. 55-62(https://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2009/nov/spe-01.htm
小西淳子(2009)「各利用農家の経営に適した低価格TMRを提供 専門部署を設けて飼料生産の農地集積を図る」『DAIRYMAN』2009年9月号,pp.16-17
畜産コンサルタント編集部(2010)「酪農家のたい肥舎から散布先の圃場まですべてコントラクターが一元管理−浜名酪農業協同組合の画期的なたい肥活用システム−」『畜産コンサルタント』第46巻第5号,pp. 24-26