(1)肉用牛経営における1戸当たり飼養頭数増加
わが国の繁殖雌牛飼養戸数は、平成22年の6万3900戸から、31年には4万200戸へと減少しているものの、飼養頭数は27年の57万9500頭から、31年には62万5900万頭へと増加している
〔1〕。
一方、肥育牛飼養戸数は、22年の1万5900戸から、31年には1万200戸へ減少するとともに、飼養頭数も27年の156万8400頭から、31年には152万2000頭に減少している。
しかし、1戸当たり飼養頭数をみると22年から31年の間に繁殖牛経営では10.7頭から15.6頭に増加し、肥育牛経営も114.0頭から149.2頭に増加していることから、わが国の肉用牛経営では、繁殖牛経営も肥育牛経営も1戸当たり飼養頭数が増加していると言える。だが、同期間の1戸当たり増頭スピードは繁殖牛経営が1.46倍であり、肥育牛経営はそれより遅い1.31倍となっている。
(2)経営の収益性としての1日当たり家族労働報酬の意義
上記のように、多頭化が進展する背景には、多頭化に伴い1戸当たり収益性が向上するからである。経営収益性の指標には所得と労働報酬があるが、本稿では1日当たり家族労働報酬に注目する。理由は、肉用牛経営の子息が後継者として親の経営を継承するか、それとも農外でサラリーマンとして生計を立てるかを判断する際に、サラリーマンは就職先に農地と資本を提供することなく、労働のみを提供して賃金を得ているからである。新規参入希望者の場合も同様の基準で参入するか、断念するか判断するであろう。
農業経営を営む場合は労働のみならず、農地と資本も投入し、結果として3経営要素への帰属としての所得を得る。従って、後継者として農業を継承する者は、所得の中から労働への帰属を示す家族労働報酬が、サラリーマンの賃金より高ければ、就農することに合理性を見出すであろう。
上記のように本稿では、後継者を確保するには肉用牛経営における1日当たり家族労働報酬がサラリーマンの1日の賃金を上回ることが必要であるという視点から、肉用牛経営の1日当たり家族労働報酬に注目して、以下、分析する。
(3)多頭化に伴う1日当たり家族労働報酬の向上
農林水産省の「平成29年畜産物生産費調査」
〔2〕から得られた肥育牛経営の肥育牛飼養頭数規模別1日当たり家族労働報酬は図1のように図示される。両者の関係は下記①式のように右上がりの直線で表現される。
Y=1,112.463+142.630X・・・・・・①
(6.605)
R
2=0.916
ただし、( )内の値はt値であり、R2は重相関係数である。
国税庁の「1年を通じて勤務した給与所得者に関する主な結果」の1人当たり平均給与は男性の場合532万円であった〔3〕。週休2日のサラリーマンが働く日数を年間242日と仮定すると、1日当たり賃金は2万1983円になる。①式のYに2万1983円を挿入するとXは146頭となる。肥育牛経営でサラリーマンの平均賃金を得るには146頭の肥育牛飼養が必要であると言えよう。
参考までに計算した平成29年の繁殖牛経営の繁殖雌牛の飼養頭数規模と1日当たり家族労働報酬の関係は図2と下記②式の通りである。
Y=10,728.347+356.456X・・・・・②
(7.510)
R
2=0.949
前述のようにサラリーマンの1日当たり賃金を2万1983円と仮定し、それと同等の報酬を確保するには、②式のYに2万1983円を挿入するとXは31.6頭となる。繁殖牛経営がサラリーマンの平均賃金を得るには32頭の繁殖雌牛飼養が必要であると言えよう。
(4)多頭化に伴う省力化の進展と限界
上記の分析により、多頭化に伴い収益性が向上することを確認したが、それは多頭化に伴う省力化によってもたらされた効率化の成果である。
平成29年の肥育牛経営の頭数規模と1頭当たり労働時間の関係を分析したのが、図3と③式である。同図によれば多頭化に伴い省力化が進展するが、ある頭数を超えると逆に労働時間が多くなることが明らかになった。
Y=96.758−0.551X + 0.00122X
2 ③
(−3.966) (2.547)
R
2=0.913
③式を用いて分析すると、肥育牛飼養頭数が226頭になる規模で飼養管理労働時間が最も短くなり、それを超えると逆に徐々に労働時間が長くなることが明らかになった。
同様のことは繁殖牛経営にも指摘できる。29年の繁殖牛経営の頭数規模と1頭当たり労働時間との関係を分析したのが、図4と④式である。同図によれば多頭化に伴い省力化が進展するが、ある頭数を超えると逆に労働時間が多くなることが明らかになった。
Y=252.617−7.14491X+0.06433X
2④
(−107.201) (79.395)
R
2=0.999
④式を用いて分析すると繁殖雌牛飼養頭数が56頭になる規模で飼養管理労働時間が最も短くなり、それを超えると逆に徐々に労働時間が長くなることが明らかになった。
(5)更なる多頭化に伴う技術革新による新たな省力化の必要性
肥育牛経営および繁殖牛経営においては、多頭化に伴い省力化により経費が削減され、収益性が改善される。しかし、ある技術水準のもとで一定程度の規模を超えて多頭化すれば、逆に非効率となり、1頭当たり飼養管理労働時間が長くなる。図5によれば、短期技術水準Tのもとで多頭化が規模A点を超えて進展すると1頭当たり飼養管理労働時間が長くなる。
更なる多頭化による効率化を図るには短期技術水準Uへの移行が不可欠になる。規模B点を超えて多頭化を図るには短期技術水準Vへの技術革新が必要になる。
大規模な多頭化を図るには短期技術水準T、U、Vを包摂する長期平均費用曲線
〔4〕に沿った技術水準の採用が不可欠となる。
TPP11や日米貿易交渉に代表されるように牛肉を巡る国際化はますます進展するので、わが国においても図5に示した長期技術水準を採用した大規模化による生産の効率化と収益性の追求が不可欠になる。
しかし、そのような高度な技術を有した経営は少なく、わが国の牛肉生産の将来を担う後継者の育成が現在大きな課題になっている。この課題の解明を目的として、調査したのが鹿児島県志布志市に立地する「みらいファーム株式会社志布志農場(以下「みらいファーム志布志農場」という)」である。