ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > 持続可能性(サステナビリティ)を最優先課題とするEU農畜産業の展望〜2019年EU農業アウトルック会議から〜
欧州委員会は、今回の見通しの中で、農業に対する健康への配慮、環境負荷の低減、気候変動や動物福祉への配慮、食品の原産地の明確化、利便性の向上といった社会的な要求が強まっていると報告した。そして、それら要求が今後10年間、農業市場を形成する要素になり続けるだろうとした。EUおよび各加盟国が策定する農薬の使用などの規制は、農畜産物の生産を抑制させ、生産コストの増加につながることとなる。しかし、地理的表示(GI)、有機農法、遺伝子組み換え原材料不使用(GMフリー)、牧草飼育、地産地消といった差別化された社会的要求に合う農畜産物は見通し期間中に増産するであろうとした。
ア 生乳生産・価格などの動向
(ア)生乳生産・飼養頭数など
2019年の生乳生産量は、前年比0.5%増の1億6759万トンと見込まれている(表1、図1)。2030年までの生乳生産は、安定した乳価が酪農家の増産意欲を後押しするものの、温室効果ガス、リン酸塩、硝酸塩の排出に係る環境的要件の増加や、有機や牧草飼育、地産地消など差別化されたものを求める消費者傾向がさらに強まることなどから、緩やかな増加にとどまるとみられている。「欧州グリーンディール」を考慮して、前年の見込から増加幅が小さくなっている。
なお、主要生乳生産国であるオランダは近年、リン酸塩の排出量削減規制により減産傾向にある(注1)。その他主要国でも、反すう動物(牛・羊・山羊)がEUの温室効果ガス排出量の約5%を占めている現状を踏まえ、規制により増産を抑制している。酪農家らはそのような状況を打破するため、育種改良や高品質の濃厚飼料を使用するなどして経産牛1頭当たり乳量増加に努めるなどの対応を行っている。
注1:「オランダ酪農乳業の現状と持続可能性(サステナビリティ)への取り組み〜EU最大の乳製品輸出国の動向〜」(「畜産の情報」2020年1月号)https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000906.html
2019年の経産牛飼養頭数は、前年比0.5%減の2256万頭と見込まれ、環境規制などにより減少傾向が続く(図2)。一方、経産牛1頭当たり乳量は増加傾向にあり、2019年は前年比1.1%増の7325キログラムとなった。2030年には2019年比13.9%増まで増えるとみられている。なお、同増加は主要生産地の西・北欧地域を中心としたEU−15(注2)では同10.8%増(8733キログラム)、それ以外のEU−N13(注3)では同27.0%増(6908キログラム)と見込まれている。
注2:EU−15は、EUに2004年時点で加盟していたフランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、英国、 デンマーク、アイルランド、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、フィンランド、スウェーデン、オーストリア(加盟順)を指す。
注3:EU−N13は、EUに2004年以降に加盟したキプロス、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マルタ、ポーランド、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ルーマニア、クロアチア(同)を指す。
欧州委員会は、社会的な要求の強まりから、差別化された酪農経営が進展するとした。代表的なのは有機生乳生産であり、2017年時点ではそのシェアはまだ3%ではあるものの、2030年には7%まで増加するとみられている。その他、GMフリー、放牧、動物福祉、産地直送などの差別化されたもののシェア拡大が期待されている。
(イ)価格
2019年の平均生乳取引価格は、前年比4.5%高の1トン当たり339.1ユーロ(4万1370円)と見込まれている(図3)。2017年、2018年に続いた国際的な乳脂肪需要の高まりがようやくそれ以前の水準に戻るも、アジア、アフリカなどでの乳製品需要増により、乳価およびバター、脱脂粉乳などの乳製品価格は安定的に推移するとみられる。
イ 乳製品の生産・貿易動向
2030年のEU牛乳・乳製品輸出量は、ニュージーランド(25%)、米国(16%)を上回る世界の27%のシェアを占めると見込まれている。生乳の増産分の多くは、EU域内外で需要の高いチーズに仕向けられるとみられる。その他、脱脂粉乳、全粉乳およびホエイパウダーは、機能性製品の需要増などで増産が見込まれている(表2、図4)。
ウ 消費動向
チーズ生産は、EU域内外からの需要により増加するとみられている。また、増えつつある菜食主義者(注4)の食事でもチーズは重宝される。結果、チーズの1人当たり年間消費量は2030年までに20.2 キログラムと、2019年から約1キログラム増加するとみられる(図5)。一方、飲用乳消費量は7キログラム減少の同49.4キログラムと減少傾向が続くとみられる。
注4:菜食主義者(ベジタリアン)とは、一般的に、牛乳・乳製品や卵は食べるものの肉や魚は食べない人々。なお、牛乳・乳製品や卵も食べない人々を完全菜食主義者(ビーガン)という。
ア 需要動向
2019年の総食肉生産量(牛肉、豚肉、家きん肉、羊・山羊肉)は、牛肉が減少傾向で推移するものの、豚肉および家きん肉が堅調で、前年比0.9%増の4869万トン(枝肉重量ベース)と見込まれている(表3)。
一方、最近の中国、アジアにおけるASF(アフリカ豚熱)の発生は、食肉の国際市場に大きな影響を与えている。世界の豚肉の半分を生産する中国での豚肉供給不足は、世界的な需要増を引き起こし、EU豚肉生産量も短期的には増加するとみられる。また、豚肉需給がひっ迫することによる価格の上昇はEU域内消費量の減少につながる可能性がある。
EUの食肉消費は、これまで増加傾向で推移してきたものの、菜食主義者の定着、健康志向および環境、動物福祉への配慮などによる植物性たんぱく質への移行や、EU市民の高齢化などもあり、緩やかに減少すると予測されている(図6)。なお、1人当たり総食肉消費量は、2010年から2020年までの間に3キログラム増加するも、2020年から2030年までの間で約1キログラムの減少が見込まれる。
イ 牛肉の動向
(ア)生産および消費
2019年の牛肉生産量は、前年比0.5%減の797万トンと見込まれる(図8)。牛飼養頭数は、ポーランドとスペインを除く主要生産国で減少がみられている。同傾向は、EU−15から生産コストの低いEU−N13へ生産拠点の移行などもあり、今後しばらく続くとみられている。
牛肉消費量は、2019年から2030年の間に1人当たり10.6キログラムから10.0キログラムに減少するとみられる。一方、価格は、ブラジル、米国、アルゼンチンからの供給増により今後数年間、国際市場、EUともに下方圧力がかかる一方、見通し期間後半には世界的な生産減が予測され、上昇が見込まれる(図9)。
(イ)貿易
生体輸出は、主要輸出先国であるトルコからの需要減や長距離輸送を嫌う動物福祉の観点から、徐々に減少するとみられる。牛肉輸出は、新しい市場開拓および牛海綿状脳症(BSE)関連の禁輸解除により増加傾向で推移するとみられる。
ウ 豚肉の動向
(ア)生産および消費
2019年の豚肉生産量は、アジアでのASFの発生により国際需要が高まる中、前年比0.4%増の2419万トンと見込まれる(図10)。欧州委員会は、中国の2020年豚肉生産量は2018年比35%以上減少し、その結果、世界の豚肉需給はひっ迫し、EU域内価格も上昇するとみられている。また、豚肉生産は、特にドイツやオランダなどで環境規制や、東欧からのASF侵入リスクにより制限されている。なお、中国の生産が回復し始めると、EUの生産量と価格はともに大幅に低下するとみられる。
豚肉消費量は、健康志向から家きん肉へのシフトが強まり、減少傾向にある。国際需要の高まりによる価格上昇は、同傾向を加速させるとみられ、2015年から2018年の平均1人当たり年間豚肉消費量32.3キログラムと比較し、2030年は同30.2キログラムになるとみられる。一方、価格は、引き続き上昇傾向で推移するとみられている(図11)。中国の生産回復までは高水準を維持する一方、回復後には、回復速度と米国、ブラジル、カナダなどの競合国の生産量に応じて急激な下落の可能性もある。
(イ)貿易
2019年の豚肉輸出量は、中国需要にけん引され、前年比20.0%増と大幅に増加すると見込まれる。2020年も同傾向により同15.6%増が見込まれている。輸出量は2022年頃にピークに達し、中国の生産回復により減少する。ただし、他国でのASF発生による需給ひっ迫などにより、輸出量は2030年まで2019年を上回って推移するとみられる。なお、中国向け輸出量の増加を加盟国別にみると、スペインの勢いが極めて著しい(図12)。
エ 家きん肉の動向
(ア)生産および消費
2019年の家きん肉生産量は、前年比2.5%増の1563万トンとなると見込まれる(図13)。家きん肉については、低価格、利便性、健康的、温室効果ガス排出が他畜種に比べて少ないなどの比較的良いイメージにより、長期にわたり需要増が続いている。2030年の生産量は、2019年比で5.1%増の1643万トンまで増加すると見込まれる。特に、生産コストの低いEU−N13に対する投資が進展している。
家きん肉消費量は、増加が続き、2030年に1人当たり年間で26.6 キログラムになると見込まれる。一方、価格は、需要の変化に生産が追い付き、2030年まで安定して推移するとみられている(図14)。
(イ)貿易
家きん肉の国際需要は、ASFによる豚肉代替需要もあり、大幅に高まるとみられ、輸出量は2030年に2019年比7.2%増の178万トンに達するとみられる。一方、輸入量は、ブラジルからの輸入に衛生規制(注5)があったこともあり、過去2年間は減少傾向にあったものの、2019年には回復に転じ、今後は徐々に増加してEUの関税割当数量 (2019年時点で約100万トン)に近づくとみられる。
注5:詳細は、海外情報「EUがブラジルの食鳥処理工場20カ所からの輸入を禁止へ(2018年5月18発)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002208.html)を参照されたい。