(1)FMMO制度の概要
1930年代に導入されたFMMO制度は今日、主要生乳生産エリアを含む11
(注3)のオーダー地域内で取引される生乳について、用途別の最低取引乳価を設定するとともに、生乳取扱業者(乳業メーカーや酪農協)に対して酪農家へのそれら用途別乳価を加重平均した乳価(プール乳価)での支払いを義務付けている(図11)。
(注3) 2018年にカリフォルニア州が加入したことで11となった。これにより全オーダーの生乳生産量は全米の8割以上をカバーするとみられている。
同制度のもと、生乳は用途に応じて四つのクラスに区分され、各クラスの最低取引乳価は、USDAが製品価格(後述)を用いた公式に基づいて毎月算定・公表している(表2)。ただし、クラスU〜Wは全地域で同一価格である一方、クラスTについては全地域統一の「クラスT基準価格」に、郡単位に設定される「クラスT差額」が上乗せされることで決定する。
この「クラスT差額」は、『各地域に十分な飲用乳の供給を保証する』という目的のもと、生乳を余剰地域から不足地域に輸送するための経費を考慮したものである。したがって、ウィスコンシン州をはじめとする生乳供給過多地域からの距離が遠ければ遠いほど高くなるように定められており、例えばフロリダ州マイアミでは生乳100ポンド当たり6.0米ドル(1キログラム当たり15円)が「クラスT差額」として、「クラスT基準価格」に上乗せされる(図12)。
このようにしてクラス別に設定される最低取引乳価を基に、生乳取扱業者と出荷者(酪農家または酪農協)は、上乗せ価格(オーバー・オーダー・プレミアム)の交渉・決定を行う。そして、生乳取扱業者は毎月、USDAがオーダー地域ごとに配置しているオーダー管理者に、生乳受入量および用途別生乳処理量を報告し、オーダー管理者はこれを取りまとめて各地域の「プール乳価」を算定する。ただし、オーバー・オーダー・プレミアムは、プール乳価に含まれない。
(2)地域によって異なるプール乳価
プール乳価はオーダー地域によって異なっており、なかでもウィスコンシン州が含まれるUpper Midwest地域は多くの場合において最低水準となっている(図13)。これは、前述のクラスT差額の影響もあるが、各地域の用途別仕向け割合も関係している。
2019年、FMMO制度の全オーダー地域で集乳された生乳は、28%がクラスT、11%がクラスU、41%がクラスV、19%がクラスWに仕向けられた。しかし、地域によって仕向け割合は大きく異なっており、生乳生産量が少ない割に人口が多く、飲用乳需要が高いFlorida地域では、クラスTに仕向けられる生乳が83%と高かった(図14)。
一方、Upper Midwest地域ではクラスVが84%を占め、クラスTに至っては全国で最も低い8%に過ぎない。これは同地域が全米最大のチーズ生産州であるウィスコンシン州を含んでいるためである(表3)。Dairy Farmers of Wisconsin(ウィスコンシン州酪農生産者協会)によると、同州の生乳は90%がチーズ向けに仕向けられているという(写真3、写真4)。
ここでUpper Midwest地域のクラス別乳価の推移をみると、クラスVはクラスTを約1割程度下回る水準で推移している(図15)。すなわち、ウィスコンシン州を含む同地域の生産者が受け取る乳代は、安価なクラスV乳価の割合が高いがゆえに他地域より低くなる傾向にあり、クラスV乳価の動向によって大きく左右される構造にある。
(3)近年のクラスV乳価動向
FMMO制度において、各クラス乳価は、USDAが「National Dairy Products Sales Report」で公表する乳製品価格に基づいて算定される。このうちクラスV乳価は、算定に当たりバターやホエイの価格も参照されるものの、主にチーズ価格に連動して推移する傾向にある(図16)。こうした中、チーズの価格は近年、複数の要因により低調に推移していた。
(参考)クラスV乳価の算定公式は本稿末の参考資料の通り。
ア 輸出の停滞に伴うチーズ在庫増
米国のチーズの輸出量および輸出比率(生産量に占める輸出量の割合)は増加傾向にあるため、国内チーズ相場およびクラスV乳価に対するチーズの輸出動向の影響は今日ますます大きくなっている(図17)。こうした中、ロシアが欧米産農畜産物に禁輸措置を施した2014年8月以降や、米ドル高に伴い競争力が減退していた2016年にはチーズ輸出が停滞した。さらに2018年以降、メキシコ・カナダ・中国との間でそれぞれ貿易紛争が生じると事態は悪化の一途を辿った。特に、同年6月以降、米国にとって最大の乳製品輸出先国であるメキシコが米国産チーズに追加関税を課すと、米国内消費の停滞にも相まって2017年ごろから積み増されていたチーズ在庫量は一層増加した。その後、在庫は過去最高水準で推移したため、チーズ価格はしばらく低迷から抜け出せないままでいた(図18)。
イ 500ポンド・バレルタイプの価格低迷
FMMO制度におけるチーズ価格算定公式を分析すると、2017年以降のチーズ価格の低迷には生乳そのものやホエイの需給動向も影響を及ぼしていたことが分かる。クラスV乳価算定に用いられる「チーズ価格」は、“40ポンド・ブロック”タイプ
(注4)と“500ポンド・バレル”タイプ
(注5)といった、2種類のチェダーチーズの価格および数量を加重平均することで算出される。こうした中、2017年以降は主に次の理由により500ポンド・バレルタイプの価格が下落し、結果的にクラスV乳価への下落圧力が加わることとなった(図19)。
▶生乳生産において過剰感が漂う中、余剰生乳が500ポンド・バレル生産に仕向けられた。
▶米国内外でホエイ需要が増加し、500ポンド・バレル生産が増加した。
▶プロセスチーズの需要減に伴い、500ポンド・バレル需要が減退した。
(注4) 40ポンド・ブロック:最終的に小売用スライスチーズなどに加工される。
(注5) 500ポンド・バレル:主に粉チーズなど、二次加工に仕向けられる。
(4)制度と現実の乖離
前述のように、近年は輸出不振に伴う在庫高や、500ポンド・バレルタイプのチェダーチーズ価格が低迷していることが遠因となって、ウィスコンシン州の乳価は全米平均をも下回る低水準で推移することとなっていた(図20)。しかし、現地業界関係者の中には、FMMO制度における乳価算定方式が実際の需給情勢を正確に反映していないことに、根本的な問題があると指摘する見方もある。
1937年に導入されたFMMO制度は、2000年を最後に大幅な見直しは実施されていない。一方、この20年で米国の酪農・乳業をめぐる情勢は一変した。乳製品輸出増に伴って乳価は国際相場の影響をますます受けるようになり、国内消費者の嗜好や需要も大きく変化した(図21)。
特に、チーズにおける需要の変化は特筆に値する。現行のFMMO制度では、クラスV乳価の算定において「チーズ価格」として参照されるのは、数あるチーズの中でもチェダーの価格のみである。しかし、現在、米国で特に消費が堅調なのはモッツァレラであり、価格においてもモッツァレラは近年、チェダーを上回って推移している(図22、23)。
また、米国で今日最も多く生産されているチーズもモッツァレラである(図24)。ウィスコンシン州の種類別生産量をみても、「アメリカンタイプ」の代表格であるチェダーは2001年の時点でモッツァレラに追い抜かれており、その差はおおむね拡大傾向にある(図25)。こうした状況にもかかわらず、クラスV乳価算定は、国内需要や生産量が一番大きいモッツァレラではなく、2番手のチェダーの価格動向に基づいている。
さらに、FMMO制度が米国酪農乳業のイノベーションを阻害しているとの声もある。前述の通り、FMMO制度におけるクラス乳価算定ではチーズ、バター、ホエイ、脱脂粉乳の4種類の乳製品の取引価格が参照されるが、その際、これらの製造コスト相当分(市況にかかわらず固定額)は控除される(表4)。
例えばクラスV乳価の場合、算定の過程で参照されるチーズ、バター、脱脂粉乳の価格からは、それぞれの製造コスト相当分が控除される。すなわち、チーズメーカーはチーズを製造する限りにおいて、これらの額が控除された乳価にて生乳を入手することができる。言い換えれば、この控除がメーカーにとって妥当な水準である限り、メーカー側に、新たなコストやリスクを負担してまで革新的な乳製品を開発しようとするインセンティブは機能しにくくなり、ひいては酪農乳業の停滞を招く可能性もある。このように、FMMO制度における乳価算定公式は、その仕組みからしてメーカーにとって有利かつ生産者が不利益を被りやすい構造にあるとの見方がある。