(1)子実用トウモロコシ導入初期
柳原農場は、札幌市から車で1時間ほどの距離のところにある北海道長沼町で営農を行う水田作・肉牛複合経営である。長沼町は北海道の水田作地帯である空知地方の南部に位置する。南空知の水田では転作が進み、特に長沼町では水稲、小麦、大豆の作付けがほぼ同面積となっている。
柳原農場の経営耕地面積は48ヘクタールであり、水稲、小麦、大豆に加え、子実用トウモロコシを作付けしている(表1)。この他にも、アスパラや肉牛用の放牧地がある。以下、社長の柳原孝二氏への聞き取りを基に、柳原農場が子実用トウモロコシを栽培するに至る経緯を示す(表2)。
柳原氏は、大学を卒業した2001年に就農した。当時、柳原農場の先代の社長である柳原氏の父が農協の専務理事を務めていたことから、柳原氏は大学在学時より経営に関わっており、就農当初から実質的な農場の運営を行っていた。当時の柳原農場は水稲20ヘクタール、小麦・大豆、ソバ、てん菜各2ヘクタールで輪作していたが、家族労働力が限られている中で、転作を中心とした作付体系に舵を切った。まず、2005年にてん菜の作付けを中止した。理由は、てん菜が重量もあり労働投下の多い作物であることから、家族労働力のみでは今後の継続が困難と判断したためである。2011年には、ソバの作付けも中止した。これは後作で大豆を作付けした際にソバの野良生えが雑草化してしまい、除草の手間が大幅にかかるためである。これ以降、転作水田では小麦と大豆の2品目による交互作が主体となったが、連作障害が発生し収量の低下が懸念された。
小麦、大豆に続く輪作構成作物の必要性を考えていた頃、柳原氏は同じ町内にある北海道立総合研究機構(道総研)の中央農業試験場で、子実用トウモロコシの現地試験を実施しているとの情報を耳にした。子実用トウモロコシは、従来のようにデントコーンをサイレージにせず、収穫時に脱穀・乾燥し、栄養価の高い子実だけを生産物として供給する。また、収穫残さとなる茎葉部などは圃(ほ)場にすき込む。南空知には畜産経営が少なく、耕種経営では堆肥を十分に確保して有機物を得ることも困難であったことに加え、大型機械の利用で土壌が鎮圧され物理性が低下することが課題となっていた。柳原氏は、トウモロコシを作付けることにより、地中深くまで張った根が土壌物理性を改善し、収穫後の残さ利用によって有機物が供給される効果を期待した(写真3)。さらに、道内では子実用トウモロコシの収穫は10月上旬から雪が降るまで行われ、適期が比較的長いという特徴がある。収穫適期が長ければ、圃場に複数の作物を作付けしていても収穫時期に融通が利き、このことも子実用トウモロコシの大きな利点であった。
栽培法には試行錯誤があり、初めは細断型ロールベーラを使ったコーンサイレージの製作試験を行った。試験の結果、品質のばらつきを抑えることが畜産農家へ販売する際の鍵になることと、周囲に販売先となる畜産農家がいないことから、輸送のために重量を落とす必要があり、水分率の低い子実用トウモロコシを選択するに至った。
柳原氏は肉牛繁殖経営を行う傍ら、稲わらの販売や牧草生産も行っており、トウモロコシ子実の販売・高付加価値化にも力を入れようと考えていた。日頃取引をしている業者に相談をしたところ、100トン程度のロットでは牛に与えるには少なすぎること、また、年間を通した供給ができなければ畜産農家にとっては付加価値を形成できないため、飼料要求量の少ない中小家畜をターゲットとして売り込んではどうかとのアドバイスを受けた。
子実用トウモロコシを導入した2011年は6ヘクタールを試験的に栽培した。販売では、公益社団法人中央畜産会が主催した経営者交流会において関西圏の養鶏場とつながりを持つことができ、46トンを供給した。同年の単収は10アール当たり800キログラム程度であった。2012年には経済産業省が後援する農業・農村を核とするビジネスプランコンテストであるA−1グランプリにおいて、柳原氏が大賞を受賞した。このことは、取り組みの知名度が上がり注目を受ける契機にもなった。また、同年には、柳原氏が柳原農場の社長に就任した。栽培3年目となる2013年には、子実用トウモロコシの生産者は長沼町と岩見沢市で3戸となり、作付面積は計13ヘクタールとなった。翌2014年には、南空知の生産者が大幅に子実用トウモロコシの作付けを開始したことによって18戸67ヘクタールまで増加した。
(2)子実用トウモロコシ生産者組織の設立
2015年、柳原氏は組合員27戸による「空知子実コーン生産者組合」を設立し、組合長に就任した。設立の目的は、子実用トウモロコシの栽培技術の普及と指導による作付面積の拡大と、販売面で有利となるよう、ロットを確保するために一元的に集荷することであった。栽培技術などの普及には、広報誌を定期的に発行し配布することとした。また、子実用トウモロコシにかかる政策条件の向上を目指し、関係省庁や関係者への積極的な広報・周知活動も行うこととした。特に、水田においてトウモロコシを作付けすることへの支援に力を割いた。これらの取り組みは現在も変わらず継続している。生産に関する技術普及は空知子実コーン生産者組合が行う一方で、販売は柳原農場が窓口となった。柳原農場が子実保管用の専用グレインビン(容量1000トン)と保管庫を建造し、組合員の生産物を購買した上で飼料用に粉砕・貯蔵し販売を行っている(写真4〜6)。空知子実コーン生産者組合を設立した2015年の組合員の作付面積は97ヘクタールであった。翌年の2016年には、組合員がさらに増え、なおかつ組合員の所在地が広域化したこともあり、名称を「北海道子実コーン組合」(以下「組合」という)に変更した。作付面積は117ヘクタールとなった。2017年には、栽培面積が128ヘクタールになり、組合員の平均単収も当初の目標としていた10アール当たり1000キログラムに近い同992キログラムにまでなった。2018年には組合員は51戸、作付面積は190ヘクタールとなった。
2019年には10戸以上の新規組合員の加入があり、現在は組合員総数60戸、作付面積は集荷のみを行う分も含めて250ヘクタールとなっている。組合の拡大に伴い、柳原氏単独では組合員間の連絡調整を行うのが困難となった。1人で調整が利くのはだいたい10戸くらいで、それ以上は組織的に対応しないと情報の流れが良くならないと考えた。そこで、地域ごとに活動の主体を作って地域内の横のつながりを作るため、支部と役員を増加させて現在に至っている。