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話題 畜産の情報 2020年6月号

気候変動が自給飼料生産に及ぼす影響と栽培管理技術の対応

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雪印種苗株式会社 営業本部 トータルサポート室 担当部長 佐藤 尚親なりちか

1 はじめに

 近年、気候変動を感じる事象が増えてきました。2018年12月に「気候変動適応法」が施行され、各自治体においても広い分野における「気候変動適応計画」などが策定されています。自給飼料の生産現場からみた、気候変動の事例や対応策について検討してみました。 

2  大雨・長雨、土壌流亡や滞水が増え、一方で干ばつ時期も発生

 気象庁は1990年 に「気温上昇に伴う蒸発散量の増加により、土壌の乾燥化・有機物の分解が増加し、地力と保水力が低下し、加えて対流性降雨の増大で土壌の浸食が進む」と予測し、札幌管区気象台は2017年に「1時間に30ミリメートル以上の激しい雨の年間発生回数が増加傾向である」と報告しています。
 最近の実態は、2019年に関東・東北で大型の台風15号、19号が上陸して甚大な被害が発生し、北海道では2015年〜2018年に連続した台風の上陸や長雨などで牧草やトウモロコシサイレージの生産調製に不安定な時期が続きました。同時に、春先〜初夏に長い干ばつ期間が発生し、牧草収量の減少や牧草・トウモロコシの発芽不良などの被害が発生しています。
 牧草の栽培草種を、耐干ばつ性と耐湿性に劣るチモシーに偏りすぎないようにリスク分散し(写真1)、有機物の多い表土を大切にして保水性を保つ対応が必要と考えます。
 
 
 激しい雨の発生回数が増加する環境で、地表面に有機物が少ない土壌をあらわにすると、土壌流亡(エロージョン)が発生しやすくなります(写真2)。土壌の有機物が少ないと牧草の発芽定着や生育が悪く、土壌流亡はより発生しやすくなります。深過ぎる耕起により、有機物の少ない心土を表面に出さないように留意が必要です。
 
 
 簡易更新法による植生改善は、土壌流亡の発生防止に期待できますが、傾斜が急な場では作溝法よりも、スパイクによる穿孔法が向いているようです。
 また、草地更新直後の大雨などで発生したガリ(水の浸食による断続的な小崩壊跡)や、放牧地で牛道から発達したガリ形成の事例をよく見かけます。激しい雨の発生回数が増加する環境でガリを放置すると、崖にまで発達し、農地を失う場合があります。ガリが発生したらできるだけ早く修復する必要があります。一方、激しい雨の発生回数が増加すると農地の排水が追い付かず、滞水が発生しやすくなります。そのような環境では、有害なアルカロイドを産生するカヤツリグサ科の植物や、大量の種子による増殖で牧草を圧倒するヒエが増えます。放牧地においても泥寧でいねい化が進み、作業性や土地生産性は大幅に低下します。
 対策としては明渠めいきょの整備が最も重要となります。明渠を確保できれば、暗渠あんきょやサブソイラーなどで明渠に水を誘導できます。また、機械的な排水のみによらず、アルファルファやアカクローバーなどの直根を有するマメ科牧草を導入することも排水改善に有効です。これらの直根は水と空気を通すパイプとなり、土壌の物理性を改善します。
 気候変動により平年を上回る雨が降り、酸性雨が継続的に降ることで、土壌の酸性化が進みます。土壌の酸性化を放置すると、播種はしゅした牧草の発芽定着・初期生育が不良となり植生改善が難しくなります。肥料の効果も低減し、収量が低下します。また、酸性土を好む強害雑草が侵入・拡大し、牧草地の生産性はさらに低下が懸念されます。日頃から土壌pHを意識し、炭酸カルシウムの散布をお勧めします。

3  牧草収穫時期・播種時期の分散が必要

 牧草収穫時期が集中していると、長雨の発生によりコントラクターによる作業が遅れ、地域全体の牧草収穫が遅れます。出穂しゅっすい時期の異なる品種や草種を導入することで、収穫適期を分散させる対策が必要となります。
 また、牧草播種時期においても、現在は8月〜9月上旬に集中しており、この時期に長雨が発生すると、播種限界時期までに播種できない場合が増えています。現地では、11月以降のフロストシード(注)や、麦類同伴などによる早春の播種で、播種時期を分散しようとする試みが進められています(図1)。
 
 
(注) 牧草種子の発芽適温より気温が下がり(6℃以下)、11月上中旬以降に播種し、種子のまま越冬させる技術。

4  トウモロコシの湿害・病害・倒伏が発生しやすくなる

 「飼料用トウモロコシは気温の上昇に伴い収量が増加する」という考え方がありますが、トウモロコシは湿害や干ばつのストレスがあると、さまざまな障害や病害が発生します。生育の後期に激しい雨と高温条件にさらされると、根腐病が発生し、甚大な倒伏やサイレージの二次発酵被害が発生するリスクが高くなります。絹糸抽出時期の大雨は、赤カビ病によるカビ毒の発生も懸念されます。同時に、気象の振れ幅が大きくなっており、冷湿害に対しても油断することができません。
 台風の直撃が増えていることは、トウモロコシの倒伏リスク増加に直結します。耐倒伏性品種の選択や台風前に収穫可能な品種導入、適正な播種密度、早い播種時期、やや深めの播種深度、適正な肥培管理、多品種導入(写真3)などによるリスク分散や備えは、常に必要です。さらに、排水改良や植物活性資材なども活用して「根はり」を良くし、倒伏の軽減を図りたいものです。
 
 

5 冬・春の気温上昇率が大きくなる傾向

 春の気温が上昇することで、発芽に高い気温が必要なソルガムやスーダングラスなど栽培の安定化が期待されます。冬・春の気温が高くなるとライ麦などの越冬性麦類の起生が早くなり、生育期間の確保や早い収穫時期が期待できます。また、夏・秋の気温が上昇すると実取りトウモロコシ栽培や、麦類とトウモロコシの二毛作の栽培が安定し、収量も増えることが期待されます。
 温暖化により、今まで越冬・定着できなかった雑草や害虫が、越冬する事が予想されます。生産圃場に侵入されると防除が非常に難しいワルナスビは東北、チカラシバは道南地方南西部まで北上しており(写真4)、害虫についても高温で爆発的に発生すると、対処が追い付かない場面が懸念されます。
 
 
 冬の気温が上昇する傾向にあり、道東地域の土壌凍結深は変動幅を広げながらも、浅くなっている傾向にあります(図2)。土壌凍結地帯で越冬が不安定であったライグラス類が、安定して栽培できるようになることが期待されます。
 

6 まとめ

 農業における気象災害は「発生してから」の対処よりも、「発生することを想定した備えをする」ことが最も重要です。本州ではすでに、北海道よりもさまざまな気象変動の影響が発生しており、情報を収集して「早めの備え」の参考にするべきと考えます。

(プロフィール)
1988年3月 岩手大学農学部畜産学科(家畜繁殖学)卒業
1988年4月 北海道立 新得畜産試験場(草地飼料作物科)
2008年4月 北海道農政部 食の安全推進局 技術普及課 (研究企画)
2014年4月 (地独) 北海道立総合研究機構 根釧農業試験場(飼料環境G)
2016年4月 雪印種苗株式会社 営業本部 トータルサポート室(釧路)
2020年3月 雪印種苗株式会社 営業本部 トータルサポート室(札幌)