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調査・報告 畜産の情報 2020年6月号 

SDGsの実現に向けたJAS規格による鶏卵・鶏肉の高付加価値化の取り組み

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独立行政法人家畜改良センター 岡崎牧場 前場長 山本 洋一

【要約】

 本年3月17日に、養鶏分野における新たなJAS規格「持続可能性に配慮した鶏卵・鶏肉」が制定、告示された。本規格は、飼料用米の給与、国産鶏種の活用などを通じて、SDGsの実現に資する取り組みの一環として制定されたものである。水産、農福連携分野に続くわが国ではSDGsの関連として3番目(畜産では初めて)となるJAS規格であり、今後、その活用を通じて、わが国独自の特色ある鶏卵・鶏肉の高付加価値化、差別化を図る上で有効なツールとなることが期待される。

1 はじめに

 わが国における鶏卵・鶏肉の高付加価値化、差別化などの取り組みとしては、これまで、通常の外国鶏種との違い(在来種、有色鶏)、長期間飼育、給与する飼料成分の違いなどで、主に、ひと味違うおいしさなどをイメージした「地鶏」あるいは「銘柄鶏」として銘打った取り組みが行われてきた。
 一方で、海外の銘柄鶏については、単においしさだけでなくサスティナビリティ(持続可能性)などの観点から、素びな鶏種、飼育の方法などに関する基準を設けた、例えば、フランスでは赤ラベル(ラベルルージュ)認証(注1)、CC(品質適合)認証(注2)といった公的な認証制度などが広く普及し、鶏卵・鶏肉について一定のシェア(2〜3割程度)を占めると聞いている(写真)。

 
 わが国においては、鶏肉について、日本農林規格(JAS)の中のいわゆる特色JASとして「地鶏肉」(要件:在来種由来血液百分率50%以上の素びな、75日以上飼育、28日齢以降平飼いなど)が有名であるが、地鶏以外にも、独立行政法人家畜改良センター(以下「家畜改良センター」という)、都道府県畜産試験場などを中心に開発されたわが国独自の国産鶏種を素びなとして利用する(注3)、飼料用米を給与するなどの取り組みといった、サスティナビリティの観点からの銘柄鶏生産の取り組みが行われている。
 こうした中で、一昨年のJAS法の改正において、生産者が自らの付加価値を高めることのできるJAS規格創設の提案ができやすくなったこともあり、国産鶏種や飼料米利用の生産振興、普及などに取り組む国産鶏普及協議会(会長:日比野 義人)からの申し出に基づき、本年3月17日、特色JASとして新たに、SDGsの考え方を基にした「持続可能性に配慮した鶏卵・鶏肉」が制定・告示された(参考)。
 家畜改良センターでは、これまで、国産鶏種の関係者(育種改良)の立場から、国産鶏普及協議会のJAS規格原案の作成のサポート、規格内容に関する関係者との意見調整などを行ってきたところであり、本稿では、新たなJAS規格の普及促進に向けて、その内容を簡単に紹介するとともに、今後の活用方法、課題などについても考察してみたい。

(注1) 赤ラベル認証については、伝統的な生産方法に従って作られた高品質な農産物を認証するものとして、1960年に制定された。(多くの農産物を対象とするものであるが、特に、ブロイラー生産のような大規模かつ画一的な大量生産方式の鶏肉との違いを明確にしようという農民の運動が制定のきっかけになったといわれている。)例えば、鶏肉については、成長の緩やかな鶏種、長期間の飼育、放し飼い、穀物を主体とした飼料の給与などの要件が生産・飼育基準などとして定められている。
(注2) CC認証については、基本的な理念は赤ラベル認証とおおむね同じであるが、赤ラベル認証の要件と比べより生産基準などが簡便、取り組みが容易なものとして、1990年に制定された。
(注3) 国産鶏種については、国内で育種改良されたものということで在来種も含む。国内で利用する素びなのうち、国産鶏種由来のものは、卵用鶏で4%程度、肉用鶏で2%程度に過ぎず、他は世界で2〜3社程度の海外の巨大育種会社で開発された外国鶏種由来のものである。

2 新たなJAS規格の考え方、内容など

(1) 規格制定の背景

 具体的な規格の原案作成に当たっては、以下のようなSDGsの実現に向けたJAS規格化の動き、畜産・養鶏分野におけるサスティナビリティの観点からの課題、畜産JGAPの考えなどを勘案、参考にしている。

ア  SDGsの実現に向けた取り組みの動き
 近年、社会的課題について自らの強みを盛り込んだ解決・実現モデルを標準化し、優位性を発揮しようという動きが加速し、その対象として、SDGs(2015年「国連持続可能な開発サミット」で採択された17の目標:Sustainable Development Goals)に注目が集まっており、こうした動きに呼応し、JASにおいても、SDGsの実現に資するモデルについて、水産(養殖)、農福連携に関し国際展開を見据えた規格化が順次進んでいる(図1)。
 
 
 (2018年12月:人工種苗生産技術による水産養殖産品のJAS、2019年3月:障害者が生産工程に携わった食品のJAS)
 また、東京オリンピック・パラリンピックの食料調達基準では「持続可能性に配慮した畜産物」の使用が推奨される中、ポスト東京オリパラにおいても、SDGsが掲げる持続可能な生産・消費を確保する社会の実現に向けた畜産分野での取り組みも期待される。

イ  わが国の養鶏生産の構造の脆弱性
 わが国の鶏卵・鶏肉の生産は、海外の巨大育種会社から供給される親鶏から生まれた素びなに輸入トウモロコシなどを原料とした配合飼料を給与する、極めて海外依存度の高い構造の下に維持されており、このような構造は、飼料輸出国における干ばつなどの気候変動や高病原性鳥インフルエンザの発生などの不測の事態が発生した場合、国内養鶏産業の事業継続を困難にする可能性があり、持続可能性の観点から懸念がある(図2)。
 
 
ウ  自給飼料生産、家畜排せつ物のリサイクル利用などの広がり
 近年、水田農業政策の見直し、飼料価格の上昇などを背景に、飼料用米などの自給飼料の生産、利用を拡大することの重要性が増すとともに、家畜排せつ物のたい肥利用などと組み合わせた耕畜連携、エネルギー利用といった、資源循環型の農業の推進を一層進めることが持続可能性の観点から重要とされている。

エ  畜産JGAPの考えの普及
 GAP(Good Agricultural Practice:農業生産工程管理)とは、農業において、食品安全、環境保全、労働安全などの持続可能性を確保するための生産工程管理の取り組みで、畜産では、平成30年3月に「JGAP家畜・畜産物」が公表されたところであり、今後、持続的な畜産経営を推進していく上で、JGAPの考え方の普及拡大も重要と考えられる。(アニマルウェルフェアの取り組み、適切な防疫管理、農場周辺環境への配慮、従事者の安全衛生、労務管理など)
 

(2) 規格の概要など

ア  基本的な考え方
 国産飼料用米および国産鶏種、家畜排せつ物といった国産資源を活用するとともに、畜産JGAPも参考に、従業員への適切な労働環境の提供、アニマルウェルフェアへの配慮などを内容とした、国内における鶏卵・鶏肉の生産を持続可能なものとする基準を規定している(図3)。

 
イ  期待される効果
 国産資源の活用を後押しすることで、海外依存に起因するリスクを低減すると共に、飼料用米の利用拡大は、未利用水田の利活用の推進や食料自給力の向上も後押しすると期待される。
 また、JAS認証を取得することにより、人や社会・環境に配慮した消費行動(エシカル消費)を望む国内外の消費者に対して、持続可能性に配慮した鶏卵・鶏肉であることを広くアピールするとともに、生産コストの面で大規模生産者に対抗することが難しい中小規模経営の継続・存続、わが国独自の規格をアピールした海外への鶏卵・鶏肉の輸出促進といった国内養鶏産業の競争力向上に寄与すると考えられる。
 

(3) 規格の要求事項(基準)

 制定・告示された規格の概要(柱立て)はP75の通りであるが、ここでは、特に規格5項の要求事項について、注意点、補足なども加えながらポイントだけを簡単に紹介したい。

ア  鶏および産品(鶏卵・鶏肉)の区分管理(5.1項)
 規格の対象となる卵用鶏および鶏卵ならびに肉用鶏および鶏肉について、その生産から出荷・流通の過程で、他の生産ロット(同一の生産履歴に関連づけられる卵用鶏、肉用鶏およびそれから生産された鶏卵・鶏肉を識別するための単位)と混合しないように区分管理されなければならないとされている。ただし、複数の生産ロットをまとめて新たな生産ロットに関連付けられることが確実な場合にはこの限りではないとされており、実際の現場の状況に応じた対応も可能となっている。

イ  国産鶏種の利用(5.2項)
 鶏卵・鶏肉生産のもととなる素びなとしては、国産鶏種(国内での育種改良により、外貌、能力などが遺伝的に固定された鶏の系統およびこれらを交配して作出された鶏)とされている。国産鶏種については、「地鶏肉JAS」で定義されている明治時代までにわが国で成立した純粋種の「在来種」だけでなく、わが国の育種改良機関(家畜改良センター、都道府県畜産試験場、民間育種場)の努力により、大正時代以降、生産能力の改善された品種(複数の品種を交雑した新品種も含む)、系統も全て含まれることとなり、また、小規模の純粋種を維持する過程で発生する近交退化(繁殖性などの障害)の心配も軽減されると期待される。

ウ  国産飼料用米の利用(5.3項)
 卵用鶏では鶏卵の産卵前の10日間、肉用鶏ではふ化後28日齢から食鳥処理までの間に給与する飼料について、国産飼料用米(国内で生産された飼料の用に供される米、備蓄米などであって飼料の用に供されるものを含む)の配合割合は5%以上(重量割合)とされている。なお、実際の給与方法のイメージとしては、卵用鶏では、例えば120日齢の大びなを導入した後、国産飼料用米が5%以上配合された飼料を継続して給与し、10日目以降に産卵した鶏卵が本規格による格付の対象になると考えられる(120〜130日齢で生産された卵は規格の対象外)。一方、肉用鶏では、28日齢〜出荷までの間において飼料用米給与割合が平均で5%以上となればよいので、鶏の鶏舎移動や給餌方法の変更時期に応じた飼料用米の給与割合を調整(例えば、30日齢以降7%以上給与など)することも可能である。

エ  家畜排せつ物の利用(5.6項)
 卵用鶏および肉用鶏の飼育において発生した鶏ふんは、肥料、土壌改良資材またはエネルギーとしての利用を推進しなければならないとされている。なお、その利用については、堆肥化した鶏ふんの養鶏農家自らの経営内利用、焼成した鶏ふんの飼料用米耕種農家による地域内利用(耕畜連携)、メタン発酵、焼却、炭化などによる電気、熱などのエネルギーとしての利用が参考として例示されている。

オ  その他(畜産JGAPの考え方を参考にした要求事項)
 アニマルウェルフェアへの配慮(5.4項)、周辺環境への配慮(5.5項)、防疫管理(5.7項)、従事者および入場者の衛生管理(5.8項)、従事者の安全衛生および労務管理(5.9項)に従った取り組みを行うこととされている。
 

3 将来に向けた課題など

 本規格は、本年3月17日に制定、告示(施行4月16日)されたばかりであり、具体的なJAS認証への申請および格付の取り組みはこれからとなる。
 このため、JASを所管する農林水産省、独立行政法人農林水産消費安全技術センター(FAMIC)、提案者である国産鶏普及協議会だけでなく、国産鶏種の育種改良を担っている家畜改良センターも、鶏改良の全国会議やシンポジウムの開催などを通じて普及・啓発、取り組みのサポート(優れた国産鶏種の作出、提供)に一層力を入れていくとしている。
 また、同じく、地域の銘柄鶏開発を担っている各都道府県の畜産試験場においても、これまで肉用鶏(地鶏)としての取り組みが主体であったが、今後、卵用鶏まで含めて、また、SDGsという新たな視点で、さらなる銘柄鶏開発への取り組みが期待される。
 さらに、本規格の認証の取り組みがある程度広まった段階では、例えば、「地鶏肉」も含めて、JAS認証に取り組んでいる関係者がネットワークや関係者の協議会の設立を通じて、前述のフランスの赤ラベル認証鶏のような一体的な広報活動、海外への発信などの活動を行っていくことが重要になるものと考える。
 また、将来的に時代の変革などに応じた規格の見直しが必要になった場合には、関係者の意見を取り入れ、より良いものに改善していく努力も必要となる。
 例えば、飼料用米の配合割合については、現状では飼料用米の作付面積が地域の取り組みによってかなりばらつきが見られ、輸送費などの経済的コストを含めると、飼料用米の入手が困難な地域も存在することなどの事情もあることから現行基準では、現在の全畜種配合飼料生産量に対する全国の飼料用米の生産量の割合などを参考に、とりあえず5%と設定されたが、将来的に大幅な生産拡大などの状況変化があれば、配合割合を再検討することも想定される。
 

4 おわりに

 本規格は、SDGsの実現をモデルとしたJASとして畜産では初めて制定された画期的なものであり、将来において前述したフランスの赤ラベル認証された鶏卵・鶏肉のように世界的にも認知され、全国的な取り組みの広がりが期待される。
 日本の銘柄鶏関係者は自らのブランドを偏重するあまり、ややもすると身近なライバルとの競争に躍起になる傾向にあるが、今後、外国人旅行者のインバウンド消費や輸出の拡大などを通じて、世界的な認知度の向上を目指すのであれば、自分ファーストのこだわりをとりあえず封印し、グローバルな戦略的点から、まずは「日本の銘柄鶏」としての一体的な結束を高めるまで、JAS認証鶏(特色JASマーク(図4)のついた日本独自の鶏)という付加価値を高める努力が大事であり、そうした関係者の意識改革を期待したい。



 
(参考)日本農林規格「持続可能性に配慮した鶏卵・鶏肉」抜粋
1 適用範囲(略)
2 引用規格(略)
3 用語及び定義(略)
4 原則(略)
5 要求事項
5.1 一般
5.1.1 卵用鶏・鶏卵の区分管理
5.1.1.1 卵用鶏は、受け入れた素びなの管理が開始された時点から廃用とされるまでの間、他の生産ロットの卵用鶏と混合しないように区分して管理されなければならない。ただし、複数の生産ロットの卵用鶏をまとめて、新たな生産ロットに関連付けられることが確実である場合にあっては、この限りではない。
5.1.1.2 鶏卵は、卵用鶏による産卵から出荷されるまでの間、他の生産ロットの鶏卵と混合しないように区分して管理されなければならない。ただし、複数の生産ロットの鶏卵をまとめて、新たな生産ロットに関連付けられることが確実である場合にあっては、この限りではない。
5.1.2 肉用鶏・鶏肉の区分管理
5.1.2.1 肉用鶏は、受け入れた素びなの管理が開始された時点から食鳥処理されるまでの間、他の生産ロットの肉用鶏と混合しないように区分して管理されなければならない。ただし、複数の生産ロットの肉用鶏をまとめて、新たな生産ロットに関連付けられることが確実である場合にあっては、この限りではない。
5.1.2.2 鶏肉は、食鳥処理から出荷されるまでの間、他の生産ロットの鶏肉と混合しないように区分して管理されなければならない。ただし、複数の生産ロットの鶏肉をまとめて、新たな生産ロットに関連付けられることが確実である場合にあっては、この限りではない。
5.2 国産鶏種の利用
鶏卵・鶏肉は、国産鶏種の素びなを利用して生産されなければならない。
5.3 国産飼料用米の利用
5.3.1 卵用鶏に給与される飼料
産卵前の10日間に給与される飼料の国産飼料用米割合は、5%以上でなければならない。
5.3.2 肉用鶏に給与される飼料
ふ化後28日齢から食鳥処理までの間に給与される飼料の国産飼料用米割合は、5%以上でなければならない。
5.4 アニマルウェルフェアへの配慮(略)
5.5 周辺環境への配慮(略)
5.6 家畜排せつ物の利用
卵用鶏・肉用鶏の飼育において発生した卵用鶏・肉用鶏の鶏ふんは、肥料、土壌改良資材又はエネルギーとしての利用を推進しなければならない。
注記 肥料、土壌改良資材又はエネルギーとしての利用には、次の方法が含まれるが、これらに限らない。
− 堆肥化した鶏ふんの養鶏農家自らの経営内利用
− 焼成した鶏ふんの飼料用米耕種農家による地域内利用(耕畜連携)
− メタン発酵、焼却、炭化等による、電気、熱等のエネルギーとしての利用
5.7 防疫管理(略)
5.8 従事者及び入場者の衛生管理(略)
5.9 従事者の安全衛生及び労務管理(略)