(1) 規格制定の背景
具体的な規格の原案作成に当たっては、以下のようなSDGsの実現に向けたJAS規格化の動き、畜産・養鶏分野におけるサスティナビリティの観点からの課題、畜産JGAPの考えなどを勘案、参考にしている。
ア SDGsの実現に向けた取り組みの動き
近年、社会的課題について自らの強みを盛り込んだ解決・実現モデルを標準化し、優位性を発揮しようという動きが加速し、その対象として、SDGs(2015年「国連持続可能な開発サミット」で採択された17の目標:Sustainable Development Goals)に注目が集まっており、こうした動きに呼応し、JASにおいても、SDGsの実現に資するモデルについて、水産(養殖)、農福連携に関し国際展開を見据えた規格化が順次進んでいる(図1)。
(2018年12月:人工種苗生産技術による水産養殖産品のJAS、2019年3月:障害者が生産工程に携わった食品のJAS)
また、東京オリンピック・パラリンピックの食料調達基準では「持続可能性に配慮した畜産物」の使用が推奨される中、ポスト東京オリパラにおいても、SDGsが掲げる持続可能な生産・消費を確保する社会の実現に向けた畜産分野での取り組みも期待される。
イ わが国の養鶏生産の構造の脆弱性
わが国の鶏卵・鶏肉の生産は、海外の巨大育種会社から供給される親鶏から生まれた素びなに輸入トウモロコシなどを原料とした配合飼料を給与する、極めて海外依存度の高い構造の下に維持されており、このような構造は、飼料輸出国における干ばつなどの気候変動や高病原性鳥インフルエンザの発生などの不測の事態が発生した場合、国内養鶏産業の事業継続を困難にする可能性があり、持続可能性の観点から懸念がある(図2)。
ウ 自給飼料生産、家畜排せつ物のリサイクル利用などの広がり
近年、水田農業政策の見直し、飼料価格の上昇などを背景に、飼料用米などの自給飼料の生産、利用を拡大することの重要性が増すとともに、家畜排せつ物のたい肥利用などと組み合わせた耕畜連携、エネルギー利用といった、資源循環型の農業の推進を一層進めることが持続可能性の観点から重要とされている。
エ 畜産JGAPの考えの普及
GAP(Good Agricultural Practice:農業生産工程管理)とは、農業において、食品安全、環境保全、労働安全などの持続可能性を確保するための生産工程管理の取り組みで、畜産では、平成30年3月に「JGAP家畜・畜産物」が公表されたところであり、今後、持続的な畜産経営を推進していく上で、JGAPの考え方の普及拡大も重要と考えられる。(アニマルウェルフェアの取り組み、適切な防疫管理、農場周辺環境への配慮、従事者の安全衛生、労務管理など)
(2) 規格の概要など
ア 基本的な考え方
国産飼料用米および国産鶏種、家畜排せつ物といった国産資源を活用するとともに、畜産JGAPも参考に、従業員への適切な労働環境の提供、アニマルウェルフェアへの配慮などを内容とした、国内における鶏卵・鶏肉の生産を持続可能なものとする基準を規定している(図3)。
イ 期待される効果
国産資源の活用を後押しすることで、海外依存に起因するリスクを低減すると共に、飼料用米の利用拡大は、未利用水田の利活用の推進や食料自給力の向上も後押しすると期待される。
また、JAS認証を取得することにより、人や社会・環境に配慮した消費行動(エシカル消費)を望む国内外の消費者に対して、持続可能性に配慮した鶏卵・鶏肉であることを広くアピールするとともに、生産コストの面で大規模生産者に対抗することが難しい中小規模経営の継続・存続、わが国独自の規格をアピールした海外への鶏卵・鶏肉の輸出促進といった国内養鶏産業の競争力向上に寄与すると考えられる。
(3) 規格の要求事項(基準)
制定・告示された規格の概要(柱立て)はP75の通りであるが、ここでは、特に規格5項の要求事項について、注意点、補足なども加えながらポイントだけを簡単に紹介したい。
ア 鶏および産品(鶏卵・鶏肉)の区分管理(5.1項)
規格の対象となる卵用鶏および鶏卵ならびに肉用鶏および鶏肉について、その生産から出荷・流通の過程で、他の生産ロット(同一の生産履歴に関連づけられる卵用鶏、肉用鶏およびそれから生産された鶏卵・鶏肉を識別するための単位)と混合しないように区分管理されなければならないとされている。ただし、複数の生産ロットをまとめて新たな生産ロットに関連付けられることが確実な場合にはこの限りではないとされており、実際の現場の状況に応じた対応も可能となっている。
イ 国産鶏種の利用(5.2項)
鶏卵・鶏肉生産のもととなる素びなとしては、国産鶏種(国内での育種改良により、外貌、能力などが遺伝的に固定された鶏の系統およびこれらを交配して作出された鶏)とされている。国産鶏種については、「地鶏肉JAS」で定義されている明治時代までにわが国で成立した純粋種の「在来種」だけでなく、わが国の育種改良機関(家畜改良センター、都道府県畜産試験場、民間育種場)の努力により、大正時代以降、生産能力の改善された品種(複数の品種を交雑した新品種も含む)、系統も全て含まれることとなり、また、小規模の純粋種を維持する過程で発生する近交退化(繁殖性などの障害)の心配も軽減されると期待される。
ウ 国産飼料用米の利用(5.3項)
卵用鶏では鶏卵の産卵前の10日間、肉用鶏ではふ化後28日齢から食鳥処理までの間に給与する飼料について、国産飼料用米(国内で生産された飼料の用に供される米、備蓄米などであって飼料の用に供されるものを含む)の配合割合は5%以上(重量割合)とされている。なお、実際の給与方法のイメージとしては、卵用鶏では、例えば120日齢の大びなを導入した後、国産飼料用米が5%以上配合された飼料を継続して給与し、10日目以降に産卵した鶏卵が本規格による格付の対象になると考えられる(120〜130日齢で生産された卵は規格の対象外)。一方、肉用鶏では、28日齢〜出荷までの間において飼料用米給与割合が平均で5%以上となればよいので、鶏の鶏舎移動や給餌方法の変更時期に応じた飼料用米の給与割合を調整(例えば、30日齢以降7%以上給与など)することも可能である。
エ 家畜排せつ物の利用(5.6項)
卵用鶏および肉用鶏の飼育において発生した鶏ふんは、肥料、土壌改良資材またはエネルギーとしての利用を推進しなければならないとされている。なお、その利用については、堆肥化した鶏ふんの養鶏農家自らの経営内利用、焼成した鶏ふんの飼料用米耕種農家による地域内利用(耕畜連携)、メタン発酵、焼却、炭化などによる電気、熱などのエネルギーとしての利用が参考として例示されている。
オ その他(畜産JGAPの考え方を参考にした要求事項)
アニマルウェルフェアへの配慮(5.4項)、周辺環境への配慮(5.5項)、防疫管理(5.7項)、従事者および入場者の衛生管理(5.8項)、従事者の安全衛生および労務管理(5.9項)に従った取り組みを行うこととされている。