米国農務省(USDA)の調査によれば、米国の搾乳牛の品種別割合はホルスタイン種が圧倒的なシェアを誇り86%となっている。次いで、ジャージー種が7.8%、ブラウンスイス種0.8%、エアシャー種0.2%、ガンジー種0.2%となり、その他が5%である。その他には、上記に挙げた品種以外の純血種やホルスタイン種×ジャージー種のような交雑種が含まれている。裏を返せば、毎年増加傾向にある生乳生産量を支えているのは、搾乳牛の90%弱を占めるホルスタイン種といえる。
米国でも飼養規模が拡大する中で、難産や死産等の分娩事故、蹄病、子牛の損耗率、繁殖障害、乳房炎等の問題を抱える酪農家が存在する。こうした問題には環境要因が大きく影響することから、日常の飼養衛生管理等の改善が重要とされているが、遺伝的要因を改善しようとする取り組みとして、品種別の遺伝的能力評価に基づく改良も試みられている。また飼養コスト等も踏まえ、抜本的に酪農経営を見直すに当たり新たな取り組みを行おうとする酪農家の中には、複数の品種の交雑によって、雑種強勢を利用するより複雑な仕組みを取り入れようとする農家もいる。
雑種強勢の発現量は、雄由来の遺伝子と雌由来の遺伝子が違う品種由来となる割合で測られる。三つの純粋種の雄を順に交配する輪番交配においては、第2世代までは雄と雌から同一品種の遺伝子が伝わることはないが、第3世代以降はこうした現象が起こる(表の下線部分)。例えば第3世代では、雄から伝わる50%の遺伝子はすべて品種Aのものだが、同一品種の遺伝子は雌からも12.5%伝わることから、
12.5/50×100=25(%)
は同一品種由来となり雑種強勢が発現しない。この割合を100%から引いたものが雑種強勢の発現量となる。
すなわち、純粋種の雄を品種を変えながら交配する仕組みでは、同一品種の遺伝子となる割合は各世代で交配した雄の品種において、である。この値を100%から引く計算を各世代で行えば、10世代目には雑種強勢の発現量は85.7%となり、これ以降安定的に推移する。
(雌由来の遺伝子割合)/(雄由来の遺伝子割合)×100(%)
四つの純粋種の雄を順位交配する輪番交配の場合は、同様の計算により12世代目には93.3%で安定する。しかしいずれの場合も、交配の順番を間違えると雑種強勢が発現しないだけでなく、雑種生産によって失った優良遺伝子の分、生産に影響が出ることとなる。
こうした複雑な仕組みは酪農家だけで維持するのは難しく、専門的な知識を持った者による支援が欠かせない。欧州ではいくつかの遺伝子資源供給企業が乳用牛の交雑プログラムを提供しているとの情報があるが、米国では種雄牛を飼養し凍結精液等を生産する人工授精事業体であるSelect Siresと人工授精サービスと凍結精液等の販売を行うCreative Genetics of Californiaの2社が積極的に、乳用種の交雑を勧めている。
(1) Select Sires:SelectCROSS
オハイオ州に本社を置く、セレクトサイアズ(Select Sires)社は世界有数の人工授精協同組合であり、乳用牛および肉用牛の凍結精液、受精卵等の遺伝子資源の販売や繁殖管理、牛群管理のコンサルタントなどを行っている。同社ではさまざまな乳用種の遺伝子資源の他、ホルスタイン種とジャージー種とモンベリアード種を掛け合わせたSelectCROSSという交配を推奨している。これは、遺伝的に得られる雑種強勢の効果を利用して、飼養コストを削減し、繁殖性、分娩難易、長命性を改善しようとする試みである。
ア 交配順序
第1世代 ジャージー種(雄)×ホルスタイン種(雌)
第2世代 モンベリアード種(雄)×第1世代の子(雌)
第3世代 ホルスタイン種(雄)×第2世代の子(雌)
第4世代 ジャージー種(雄)×第3世代の子(雌)
この交配を繰り返す(輪番交配)。
イ 各品種からの導入を期待する主な形質(同社パンフレットから)
ホルスタイン種:
生乳生産量、均整な乳房、飼いやすさ
ジャージー種:
分娩能力、繁殖性、高い乳成分率、供用期間の延長(長命性)
モンベリアード種:
繁殖性、供用期間の延長(長命性)、良好なボディコンディション
強靭な四肢
同社はSelectCROSSによって、従来のホルスタイン種と比べて、疾病に
罹患にくく健康で、育成期事故率が低く、繁殖成績の良い牛が生産されるとしている。また、体格が小さくなり、分娩時の事故率が低減し、乳房炎の発生も改善するという。一方、1頭当たりの乳量は従来のホルスタイン種と比べると減少するが、供用年数の延長によって1頭の搾乳期間が長くなり、群単位では生産量の増加が期待できるとしている。
(2) Creative Genetics of California:PROCROSS
カリフォルニア州に本社を置く、クリエイティブジェネティクス(Creative Genetics of California)社は農家が飼養する牛への人工授精や凍結精液等の遺伝子資源の販売を行っている。同社は、酪農家が難産、体細胞数、繁殖能力、長命性といったさまざまな問題を抱え、諸々のコストが発生し、利益が減少していることを知り、解決策を探す中で、フランスに本社を置くCoopex Montbeliarde社とデンマークに本社を置くViking Genetics社という、種雄牛を飼養し凍結精液等の遺伝子資源を販売する2社が開発した、ホルスタイン種とモンベリアード種
(注4)(写真1)とバイキングレッド種
(注5)(写真2)を掛け合わせたPROCROSSという交配を知り、これを推奨している。現在クリエイティブジェネティクス社は、米国でのCoopex社とViking Genetics社の遺伝子資源について独占販売権を保有している。
(注4) フランス原産の乳用種。白と茶色のまだらな外貌が特徴で、欧州の厳しい環境に適応するため、丈夫で長命性が高いとされる。欧州では乳用種としてしばしば飼育されている。
(注5) フィンランド原産のフィニッシュレッド、スウェーデン原産のスウェディッシュレッド、デンマーク原産のデニッシュレッドの3種の総称。赤毛の外貌が特徴で、長命性が高く、繁殖性に優れている。
ア 交配順序
第1世代 モンベリアード種(雄)×ホルスタイン種(雌)
第2世代 バイキングレッド種(雄)×第1世代の子(雌)
第3世代 ホルスタイン種(雄)×第2世代の子(雌)
第4世代 モンベリアード種(雄)×第3世代の子(雌)
この交配を繰り返す(輪番交配)。
イ 各品種からの導入を期待する主な形質(同社パンフレットから)
ホルスタイン種:
生乳生産量、均整な乳房、飼いやすさ
モンベリアード種:
繁殖性、供用期間の延長(長命性)、丈夫な乳房、強靭な四肢、理想的な腰部、高い飼料利用効率から生まれる環境適応能力と経済性
バイキングレッド種:
分娩難易の改善、供用期間の延長(長命性)、乳房の健康(乳房炎耐性)
同社が推奨するPROCROSSは、SelectCROSSと同じような利点を挙げているが、この研究を進めた現地専門家は分娩難易の改善や繁殖成績の向上、供用年数の向上に期待できると話していた。
酪農家が抱える悩みに焦点を当てているためか、上記二つの交配方法で語られている利点に共通点が多いように感じられる。PROCROSSに詳しい関係者からは、個体ごとに交配する順番を管理しなければならない複雑さによって、現状の飼養管理に忙殺されている酪農家が敬遠することもある、という話も聞かれた。