ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > フィリピンの牛肉需給に関する現状と課題
PSAでは、フィリピンの肉用牛生産農家を、(@)肥育牛を21頭以上飼養、(A)子牛または育成牛を41頭以上飼養、(B)肥育牛を10頭以上かつ子牛または育成牛を22頭以上飼養−の基準のいずれか一つを満たす大規模農家と、いずれにも該当しない小規模農家に区分しており、2020年1月1日時点の飼養戸数ベースでは、小規模農家が94%を占めている。
小規模農家の平均飼養頭数は1戸当たり5頭以下と、零細ともいえる飼養規模である。小規模農家にとって家畜は、現金が必要となった際に家畜市場などで販売することで現金化が可能な貯蓄代わりとして飼養していることが多い。そのため、肉用牛生産のみでは生計を立てられず、畑作との複合経営をしている小規模農家がほとんどである。
BAIによると、小規模農家での主な飼養品種は、ブラーマン種とされている。基本的に、放牧主体で飼養され、庭先などに自生する野草なども飼料として給与されている(写真3)。小規模農家は、大規模農家に子牛や肥育もと牛を供給する側面と、直接肥育して市場へ供給する側面の二つの機能を有しており、フィリピンの肉用牛生産を支える存在となっている。
一方、大規模農家の主な飼養品種は、ブラーマン種の純粋種が多いものの、アンガス種やシンメンタール種などの肉専用種とブラーマン種との交雑種も見られる(ブランガス:ブラーマン種×アンガス種、シンブラ:ブラーマン種×シンメンタール種)。また、大規模農家の中にはフィードロット経営も存在し、豪州などから肥育もと牛を輸入している(注2)。豪州産生体牛の輸入頭数は、2017年に大幅に減少したものの、その後は増加傾向となっている(図7)。
また、以前は、飼養戸数ベースで大規模農家が30%を占めていたものの、現在では6%まで減少している。BAIによると、減少理由として、中央政府の政策により、肉用牛を生産していた広大な土地が木材を生産するように土地利用が転換された点や、フェンスの破壊や家畜の殺害など治安の悪化が進むなど、そもそも経営ができなくなった地域が生じている点などが挙げられている。
(注2) 豪州の生体牛輸出動向については、『畜産の情報』2018年2月号「豪州の生体牛輸出動向〜アニマルウェルフェアと家畜疾病管理における変化を中心に〜」を参照されたい。
https://www.alic.go.jp/content/000146090.pdf
肉用牛の飼養頭数を地域別に見ると、イロコス地方、中部ヴィサヤ地方、カラバルソン地方、西ヴィサヤ地方、北ミンダナオ地方で、飼養頭数が多い(図8)。また、大規模農家は、ビコール地方、カガヤン・バレー地方、中部ルソン地方など、マニラ首都圏を含むルソン島のほか、北ミンダナオ地方にも多く分布している。
肉用牛(水牛を含む)の飼養頭数はおおむね横ばいで推移しているが、2020年は540万頭と、2011年のピーク時から20万頭も減少している(図9)。これは、主に水牛の飼養頭数の減少によるものであり、水牛は2011年には308万頭であったものの、2020年は287万頭と21万頭減少している。フィリピン農業省(以下「DA」という)によると、農業近代化の進展により役牛としての需要が低下したとのことである。
一方、肉用牛は2011年から2万頭の増加にとどまっている。ミンダナオ島の北ミンダナオ地方やザンボアンガ半島での飼養頭数が減少する一方で、フィードロット経営が増加しているマニラ首都圏近郊のカラバルソン地方やカガヤン・バレー地方の飼養頭数は増加しており、生産地域が消費地であるマニラ首都圏近郊に移行している。
また、牛肉の生産量は2011年以降、40万トン程度とほぼ横ばいで推移するも、2019年は40万1285トン(前年比1.3%減)となった。
フィリピン政府による肉用牛農家への支援策として、従来肉用牛の遺伝的能力の改良、環境適応性、生産性、主要疾病への耐性などの高い品質基準を達成するための品種開発プログラムが展開され、現在も複数の試験場で研究が継続されている。加えて、試験場にジーンバンクを整備の上、各地域に人工授精(以下「AI」という)センターを設置し、プログラムとしてのAIの普及も目指している。本プログラムに係る凍結精液は、各地域のAIセンターなどに無料で提供されており、プログラムの浸透を図っている。
また、政府は、試験場などが保有するブラーマン種などの種雄牛を肉用牛農家に一定期間貸与する支援を実施しているほか、飼料や牧草開発の技術支援、各種牧草の種子や植栽資材などの配布を行っている。
今回の現地調査では、ルソン島およびミンダナオ島の肉用牛農家を訪問した。各農家の動向などは以下の通りである。
(ア)ブラーマン種に特化した効率を重視する肉用牛農家(ルソン島ラグナ地区)
ルソン島中部のラグナ地区で繁殖を中心に肉用牛経営を行っている農家の現在の飼養頭数は、繁殖雌牛が100頭、子牛が100頭である。この他に未経産牛と雄牛も飼養しており、飼養している全ての牛はブラーマン種である。
ラグナ地区は低地であるため、ブラーマン種のように耐暑性のある品種が適している。しかし、この農家がブラーマン種に特化して繁殖を行っている最大の理由は、1個体から得られる利益を最大にするのではなく、単位面積当たりの利益が最大になるよう経営するためということであった。これは、時間と手間がかかる肥育経営を行うのではなく、繁殖を中心とすることで1年間に多くの子牛を生産・販売し、利益を出していくことが重要であるということであった。
よって、飼養しているブラーマン種は、上述の経営方針により、体格の小さい牛が中心となっており、牧草(ネピアグラス、パニカム類)のみで飼養することができるため、生産コストを低く抑えることが可能である。農家によれば、肥育農家や流通業者の中には、体格の大きな牛を求める者もいるが、体格の大きな牛を維持するためにはそれ相応の大量な飼料が必要であり、利用可能な放牧地も限られていることから、繁殖能力に優れた体格の小さな牛が最善だということであった。
AIにより自家繁殖した子牛のうち、雌牛は全てを繁殖用として飼養する一方で、雄牛についてはブラーマン種で一般的に用いられている
(イ)肉用牛と採卵鶏の複合経営を行う肉用牛農家(ルソン島バタンガス地区)
フィリピン最大の家畜市場があるルソン島中部のバタンガス地区は、採卵鶏経営も盛んな地域である。そのため、肉用牛と採卵鶏の複合経営を行っている事例も見られた。
今回調査した農家は20年前から採卵鶏経営をしており、1日当たり50〜60万個の生産能力を有している(写真7、8)。肉用牛経営は6年前から開始し、現在の飼養頭数は肉用牛約1500頭で、飼養品種はブラーマン種、ブランガス種、シンブラ種である(写真9)。
飼養している肉用牛のうち、交雑種やブラーマン種には輸入した牛もいる。また、米国テキサス州から輸入した際には輸送費も含めて1頭当たり8000米ドル(87万2000円)の経費がかかったとのことであった(写真10)。今後は、豪州産Wagyuの冷凍精液も所有しているため、この精液を活用した繁殖も行う予定であるとのことであった。飼料は、自らの農地100ヘクタールでトウモロコシを栽培し、コーンサイレージとして給与している。
なお、今後の肉用牛経営については、元々主体であった採卵鶏経営が現在も好調であることもあり、放牧用のスペースを4〜5ヘクタール程度しか確保できず、土地を拡張する目途も立たないため、事業拡大は難しいと考えているとのことであった。
(ウ)アンガス種を用いて肉質向上に取り組む肉用牛農家(ミンダナオ島ブキノン地区)
ミンダナオ島は、島内に広大な土地が存在し、フィードロットを中心とした大規模農家が多い地域である。フィードロットでは、大手食品加工会社のパイナップル缶詰製造残さを主体として給餌している農家も存在するなど、豊富な飼料資源も特長として挙げられる。
フィリピン最大の牛肉生産量を誇るミンダナオ島の中でも最も肉用牛の飼養頭数が多いブキノン地区で、同国内の主要フィードロットの一つである大規模農家を調査した。
飼養頭数は繁殖雌牛36頭、フィードロット向け肥育牛200頭以上、また、酪農経営も展開し、ホルスタイン交雑種の乳用種を125頭飼養している。飼養品種は、ブラーマン種、ブランガス種である(写真11、12)。
この農家では、ニュージーランドからの凍結精液により遺伝的改良を早期に推し進めることができるとの考えから、BAIの研修を受けた人工授精の担当職員を2名雇用し、繁殖成績向上のため、授精成功手当てとして妊娠牛1頭当たり500ペソ(1150円)の報奨金制度を設けるなどの工夫を行っている。調査時点では、ブランガス種に豪州産Wagyuを交配した妊娠牛24頭を保有しており、生まれてくる子牛は市場に出荷する予定とのことである。
自家繁殖した子牛は生後6〜8カ月で離乳し、フィードロットで16〜18カ月肥育の上出荷している(写真13、14)。肥育期間には前述の缶詰製造残さのほか、コーンサイレージなどを1日2回(朝、昼)給与している。
今後は、アンガス種や豪州産Wagyuを交配し肉質を向上させることにより、マニラ首都圏の高級志向の消費者向けに販売することを目指している。また、肉用牛の販売価格は、家畜商との交渉により決定されるが、ブラーマン種の場合は1頭当たり8000〜1万2000ペソ(1万8400〜2万7600円)である一方、ブランガス種は同3万〜4万ペソ(6万9000〜9万2000円)と高値で取引されている。