(1)経営の概略
早期にロボットを導入した事例として、徳山氏の経営を取り上げる。徳山牧場は、岡山県井原市にある。岡山市内から約50キロメートル離れた吉備高原に立地し、車での移動により片道約1時間30分を要する。
ヒアリング調査をさせていただいた徳山彰氏の年齢は、34歳(令和2年6月現在)と若い(写真1)。彰氏の父親は66歳である。経営形態は個人経営で、酪農部門の労働力は親子2人である。乳用牛の飼養頭数は、搾乳牛60頭、乾乳牛14頭、未経産牛45頭である。図2の縦棒グラフでは、上から3番目の階層になり、岡山県では比較的規模が大きい経営体であることが分かる。
なお、徳山牧場ではアイス工房も運営しており、6次産業化に乗り出している。家族労働力の役割分担が明確にできている。
(2)家畜の飼養管理
経産牛1頭当たり搾乳量は、年間約9000キログラムである。また、初産分娩から廃用までの平均産次数は3産とのことであった。
敷料は、おがくずと戻し堆肥を1:1の割合で用いている。おがくずは2カ所から調達している。1カ所からは、8トンダンプで月に1回供給され、輸送コストは1回当たり5万6000円である。もう1カ所からは、8トンダンプで月に2回供給され、輸送コストは同4万5000円である。従って、購入敷料費は年間175万2000円になる。経産牛1頭当たりに換算すると2万3676円/頭(=175万2000円÷74頭)になる。ちなみに、平成30年度の中国地域における平均購入敷料費は、搾乳牛通年換算(=経産牛)1頭当たり1万8206円(農林水産省「畜産物生産費統計」)であることから、中国地域の平均的な購入敷料費と比べるとコストがかかっていることが分かる。
飼養管理のポイントは、コンピュータを用いて正確なデータ管理を行うことであると、徳山氏は強調している。そして、後継牛として残したい乳用雌牛にはホルスタインの精液を、それ以外の乳用牛には和牛の精液を人工授精しており、副産物の比率は乳用牛:交雑種=1:1になっている。なお、後継牛の初産では性判別精液を用いていたが、現在は後継牛を確保できているので使用割合を減らしている。
(3)粗飼料の調達
飼料畑はほぼ借地で、井原市の大倉財産区から借りている。地方公共団体には、都道府県や市町村などの「普通地方公共団体」と、政策的に作り出された特殊な地方公共団体である「特別地方公共団体」がある。後者には、「特別区」「地方公共団体の組合」「財産区」「地方開発事業団」の四つがある。つまり、大倉財産区は「特別地方公共団体」である。「財産区」の財産には、山林、原野、ため池などがあるが、徳山牧場は、同財産区の所有する原野40ヘクタールを、10アール当たり約3000円で、他の酪農家1戸および肉用牛の繁殖肥育一貫経営の1戸の3戸共同で、飼料畑として借りている。
同牧場の栽培面積は、イタリアンライグラス12ヘクタール、デントコーン6ヘクタールである。
また、牛舎から500メートル離れた場所に放牧地50アールを確保しており、18〜20頭の未経産牛を周年放牧している。
単収は、生草で、イタリアンライグラスが10アール当たり1.2トン、デントコーンが同3トンで、イタリアンライグラスの収穫量が少ない。収穫調製作業は、ハーベスターからワゴンへ、ワゴンからコンビラップへという流れになっている。調製した粗飼料の分析は、飼料会社に依頼している。
購入乾草は、アルファルファを1日当たり240キログラム、スーダンを同180キログラム、チモシーを同180キログラム、それぞれ給与している。粗飼料を輸入乾草だけで賄うとすると、以下の計算の通り、同1トン近い量が必要になる。しかし、実際に給与している輸入乾草は同600キログラムであり、残りの同400キログラム分は自給飼料で賄われていることになる。
74頭×10キログラム/頭/日 +45頭×5キログラム/頭/日 =965キログラム/日
なお、上の式では、経産牛に粗飼料として乾草だけを給与した場合に、必要な乾草を1日1頭当たり10キログラムとし、45頭の未経産牛は経産牛の半分の輸入乾草を給与すると仮定している。
(4)堆肥の投入
2〜3年前から本格的に堆肥を投入しており、その投入量は飼料畑10アール当たり10トンである。また、化成肥料は投入していない。表は、徳山牧場における堆肥の需給について見たものである。脚注の通り、敷料に戻し堆肥とおがくずを用いていることから、その年の家畜ふん尿の排せつ量と、おがくずの購入量の合計を、その年の堆肥供給量と仮定する。そうすると、堆肥の供給量は約1800トンになる。他方、飼料畑に必要な堆肥の需要量も1800トンで、おおむね両者のバランスが取れていることが分かる。
(5)ロボット導入の動機
ロボット導入の動機は、徳山牧場の場合、搾乳作業時の労働負担の軽減にあった。導入機種は、他社と比較して搾乳のスピードとメンテナンスのサービスが優れているという理由から、オランダのレリー社(以下「レリー」という)製の「アストロノート」を選定した(写真3)。
ロボットを導入したのは平成22年であり、導入費用は2500万円であった。ロボット導入に伴う関連機器の導入および施設改修のコストは、200万円に抑えた。これらの費用はすべて自己資金で調達した。
通常、つなぎ飼い牛舎からフリーストール牛舎やフリーバーン牛舎に移行した場合、牛だけではなく人も慣れることが必要である。しかし徳山牧場の場合、フリーバーン牛舎で4頭複列のミルキングパーラー(以下「パーラー」という)を利用していたところからロボット搾乳に移行したので、その問題はあまりなかった(写真4)。また、すでにフィードステーションを設置していたのでロボットを導入しやすかった。それ故、不適合牛は1頭のみで済んでいる。当該牛は、ロボットに入って暴れることから、売却したとのことである。
メンテナンス料およびランニングコストは、それぞれ年間120万円である。導入後の10年間で一度、コンプレッサーの交換に100万円を要したことがあるが、それ以外で大きなトラブルに見舞われたことはない。4〜5年前、台風による倒木で半日間停電になったことがあるが、当時も牛に影響はなかった。なお、こうした不測の停電時は、電力会社に迅速な復旧を依頼するほか対応策がなく、現在も課題となっている。
ロボットの故障時は、総社市にあるレリーの代理店から、片道1時間程度でスタッフが来る。導入後10年を経過して、ある程度、徳山氏自身でも修理できるようになっているとのことであった。故障時などに備えてパーラーを残しているが、それを稼働させる必要が生じたこともない。
(6)ロボットの導入効果
ロボット導入によって、搾乳量は1日1頭当たり2キログラム増加した。搾乳回数は、1日当たり3〜4回である。また、多回搾乳に伴う乳房の負担を軽減するために、最大搾乳回数を設定している。ロボット導入によって、牛の供用期間は延びている。
さて、搾乳量の増加がもたらした経済効果について考察する。搾乳牛60頭で、以下の通り年間搾乳量が増加することになる。
2キログラム/日/頭 × 60頭 × 365.25日 ≒ 4万キログラム
平成21〜31年度の生乳農家販売価格の推移は、図4の通りである。徳山氏がロボットを導入した22〜31年度の同価格は全国平均で1キログラム当たり97円である。それ故、約4万キログラムの搾乳量の増加は、約388万円の売上増加につながる。
搾乳量の増加に伴う飼料給与量の増加の有無は不明だが、ロボットのメンテナンス料とランニングコストの240万円を控除すると、経済効果は148万円になる。
さらに、搾乳労働時間の短縮効果について考察する。30年度の全国の50〜80頭規模層における「搾乳及び牛乳処理・運搬」の平均労働時間は、搾乳牛通年換算(=経産牛)1頭当たり48.52時間である(農林水産省「畜産物生産費統計」)。ちなみに、30〜50頭規模層における同作業の平均労働時間は同60.13時間であり、50〜80頭規模層と約11時間の大きな差が生じている。これは、両階層間で、つなぎ飼い牛舎からフリーストール牛舎やフリーバーン牛舎へ搾乳方式が変わったためと推測される。
次に、労働負担の軽減による経済効果を、時給1000円として評価する。
48.52時間/頭 × 60頭 × 1000円/時 ≒ 290万円
前述の搾乳量の増加による経済効果を加えると、約438万円になる。
ロボットの更新時期の目安が導入後10年であることから、年間a万円の経済効果が10年間得られ、利子率0.2%(農業経営基盤強化資金(スーパーL資金)の金利)の融資制度を利用すると仮定すると、以下の総効果が得られる。
S=a+a/1.002+a/1.002
2+…+a/1.002
9
前述の通り、ロボット導入などに伴う投資額は2700万円であった。
S = 2700万円として、aの値を計算すると、以下のようになる。
a =0.002×2700万円×1.002
9/(1.002
10−1)≒272万円
従って、438万円−272万円=164万円よりも飼料費のコストの増分が少なければ、投資効果があったといえるのである。
徳山牧場は、22年にレリーの「アストロノート」A3を1台導入したが、当時はA3から後継機種A4への移行期だったことから、部品の交換が難しいことを問題として挙げていた。
今後は、搾乳牛を現在の60頭から120頭に増頭し、それに伴い「アストロノート」のさらなる後継機種A5を2台導入することを計画している。1台は畜産クラスター事業で、1台は自己資金による導入を目指している。増頭するに当たって留意すべき点は、家畜排せつ物の処理である。表に示したように、現在の飼養頭数規模で堆肥の需給バランスは取れている。それ故、増頭を計画する場合には、堆肥の販売も含めた新たな対応が求められることになる。