ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > ブラジルの大豆・トウモロコシをめぐる最近の情勢(前編)〜生産はマットグロッソ州を中心に今後も拡大の見込み〜
そして、これは森林伐採によるものではなく、肉用牛生産も含めた生産体系の変化(牧草地からの転用)によるところが大きいと現地では認識されている。マットグロッソ州では肉用牛生産も盛んに行われており、以前は広大な土地を利用した牧草肥育が中心であった。ブラジルでは比較的肉質の劣る熱帯種のネローレ種が最も多く飼養されている。しかしながら、近年、国内外からの堅調な需要に対応するため、品種改良用として肉質の良いアンガス種の導入を増やすとともに、生産方式をセミフィードロットに一部移行させている。ブラジルのセミフィードロットは、基本的に放牧で管理しながら、乾季や肥育後期に、飼料槽において濃厚飼料を給与する方法であり、牧草が十分確保できる時期には、飼料としてミネラルやタンパク質などを補助的に与えればよく、労力をかけずに飼養することができる。農家が複合経営を展開して大豆やトウモロコシ、牧草などを栽培し、農地をローテーションさせながら牛をセミフィードロットで飼養する生産体系へ移行したことにより、肉用牛の生産効率は向上した(写真1、2)。今回訪問した農家の場合、従来の牧草肥育では飼養期間が3〜4年であったところ、セミフィードロットに移行した現在では約24カ月でと畜できるようになったとのことである。
また、2012年に改正された、土地の利用や管理、保護などを定める森林法という法律によって、森林伐採による大豆・トウモロコシの作付面積拡大は規制されている。この森林法は、土地の購入者が保全しなければならない土地の割合をそれぞれの地域で定めており、例えば法定アマゾン(注2)における森林地域では80%、酸性土で農業に向かないとされているセラード地域(注3)では35%を保全しなければならないことになっている。そのため、 例えばアマゾン地域の土地を1000ヘクタール購入し、その2割に相当する200ヘクタールの土地を大豆・トウモロコシの生産農地として開拓するよりも、既存の牧草地を購入・転用した方がコストは安い。こうしたことから、規模拡大を図る農家としては牧草地の転用をまず考えるのが一般的であるということであった。
マットグロッソ農業観測所(IMEA)によると、2008〜17年の10年間で同州の170万ヘクタールの牧草地が大豆・トウモロコシ農地に転換されたが、牛の飼養頭数は2008年の2570万頭から2017年には3010万頭に増加した。こうしたことから、マットグロッソ州では、生産体系の変化により、大豆やトウモロコシの生産量が増加するとともに、肉用牛生産も拡大している。
(注2) マットグロッソ州、アクレ州、アマゾナス州、アマパー州、ロライマ州、パラー州、ロンドニア州およびトカンチンス州とマラニョン州の一部。
(注3) マットグロッソ州、マットグロッソドスル州、ゴイアス州、トカンチンス州、マラニョン州などに広く分布している。
生産量を左右するもう一つの要素である単収を見ると、マットグロッソ州のみならず多くの州で、大豆・トウモロコシともに長期的に増加していることが分かる(図12、13)。これには大きく二つの取り組みが影響している。
一つ目が土壌改良と栽培技術の向上への取り組みである。ブラジルは、酸性土で農業に向かないセラード地域に石灰を散布するなどの土壌改良に長年取り組んできた。また、同州の開拓当初は土を耕した上で大豆を栽培していたが、ひとたび雨が降ると土とともに種子や肥料も流れてしまうなど、土壌侵食も深刻な問題であった。大豆とトウモロコシの二毛作が可能になる以前は、大豆の収穫後に土壌侵食を防ぐための被覆用の植物を植えていた。この被覆用の植物は深さ約4メートルまで根を伸ばすため、雨が降っても土壌侵食が起こりにくくなった。翌年にはその植物をなぎ倒して、土を耕さずにトウモロコシなどを播種することで、その植物の
しかしながら、栽培期間の短縮化など品種改良の進展により、その被覆用の植物の代わりとしてトウモロコシが土壌侵食を防ぐ役割を果たすようになった。また、トウモロコシの収穫後は、茎や葉を土壌の上に残しておくことで、有機物の蓄積による土壌改良も進んだ(写真3)。このような栽培方法が現在も行われており、単収の増加に大きく影響していると言われている。また、今回の調査で訪問した農家では、定期的な土壌分析により
単収を増加させてきたもう一つの取り組みは品種改良である。ブラジルでは遺伝子組み換え品種の栽培が認められており、大豆・トウモロコシでは約9割が遺伝子組み換え品種であると言われている。遺伝子組み換え品種の開発に関しては、2005年3月24日付け法第11105号の成立により、遺伝子組み換え品種の栽培、輸出入、販売などが正式に認められることになり、モンサント社やシンジェンタ社などの民間企業が本格的に進出できるようになった。ブラジル大豆種子協会(ABRASS)の担当者によれば、ブラジルは国土が広く、地域によって気候や土壌も異なるため、各地域に適した品種が開発されており、品種改良により今後も単収は増加していくとのことであった。
上述のような土壌改良や栽培技術の向上、品種改良などの取り組みにより、マットグロッソ州だけでなくブラジル全体で今後も単収は増加していくものと考えられる。なお、単収が増加すると搾油率やタンパク質含有率が減少することから、ブラジルでも近年、品質の低下が指摘されるようになっているものの、より単収が多い米国産ほどの低下ではないとの声が多かった。
上述の通り、マットグロッソ州では、作付面積の著しい増加に加え、単収の長期的な増加によって生産拡大を成し遂げてきた。
マットグロッソ州ではこれまで多くの牧草地が大豆・トウモロコシ生産のために転用されてきたが、IMEAの担当者によると、同州は日本の2.4倍もの広大な面積を有しており、2350万ヘクタールの牧草地のうち転用可能な牧草地がまだ1400万ヘクタールも残されているということであった。なお、牧草地の中で転用に適している地域の条件としては、(1)土壌が大豆・トウモロコシの栽培に適していること(砂状質の土地では生産できない。これを解決するために大豆・トウモロコシ生産、牧畜の混合農業を推奨しているが、生産性が低いままの土壌もある。)(2)播種や収穫の作業を機械化しているため
牧草地の転用見込みや国内需要の増加見込みなどを考慮したIMEAによる2028/29年度の予測では、マットグロッソ州の大豆の作付面積は1300万ヘクタール、トウモロコシは717万ヘクタールまで増加し、生産量は大豆・トウモロコシともに5000万トンを超えるとのことである(図14)。また、トウモロコシの生産量の増加が大きく、2028/29年度には大豆を上回る見込みとなっている。
なお、ブラジル農牧食糧供給省(MAPA)によると、ブラジル全体における2028/29年度の大豆生産量は1億5187万トン(2018/19年度と比較して3756万トン増)、トウモロコシは1億1452万トン(同1927万トン増)の予測となっている。
サトウキビの生産が盛んなブラジルにおいて、サトウキビ由来のバイオエタノール生産は長い歴史を持っている。一方、トウモロコシ由来のバイオエタノールは主に米国で生産されていることがよく知られているが、トウモロコシを原料にするとでん粉をブドウ糖に変える糖化という工程が加わることから、ブラジルではトウモロコシ由来のバイオエタノールはこれまであまり生産されてこなかった。しかしながら、最近はブラジルでもトウモロコシ由来のバイオエタノール生産が増加している。
こうした動きは、サトウキビ由来のバイオエタノールの生産動向とは関係なく、トウモロコシ由来のバイオエタノール生産でも十分な収益を出すことができると企業が考え始めたために出てきている。バイオエタノール生産には、主に第2作で生産されたトウモロコシが仕向けられている。第2作はマットグロッソ州を中心に約10年前から本格化した作型であり、2009/10年度に2194万トンであった生産量は、約10年間で約3.5倍に増加した。前述の通り、トウモロコシは収入の確保よりも、土壌浸食を防ぐための被覆および大豆の連作障害の防止を目的として栽培されていたものであったが、二毛作が可能になってからは、生産量が増加し、主に輸出に仕向けられるようになった。本来、トウモロコシは大豆に比べて収益性が低い上、農家販売価格が海外の需給状況やシカゴ相場、為替相場などの影響を大きく受けるため、農家は経営をコントロールすることが難しい。しかしながら、今回の調査では、バイオエタノール向けの販売価格は輸出向けよりも高い価格で販売できるという声が多く聞かれ、第2作トウモロコシは、バイオエタノール生産に利用されることで農家の収入の増加につながっているものとみられる。
このため、バイオエタノールの生産プラントも建設ラッシュが続いている。1種類の作物からバイオエタノールを生産するプラントはフルタイププラント、サトウキビとトウモロコシの両方からバイオエタノールを生産することができるプラントはフレックスプラントと呼ばれている。サトウキビは、糖度の低下を避けるため、収穫直後に生産工程に入る必要があることから、サトウキビしか原料にできないフルタイププラントは年間200日程度しか稼働できないが、トウモロコシは比較的長期間保管可能な作物であるため、トウモロコシを原料にできるフルタイププラントは一年中稼働することができる。また、フレックスプラントも、サトウキビの収穫時期にはサトウキビを、残りの期間はトウモロコシを原料にしてバイオエタノールを一年中生産することができる。
さらに、トウモロコシを原料にしてバイオエタノールを生産すると、副産物としてタンパク質を多く含むトウモロコシ蒸留かす(DDGS)ができる。DDGSは家畜用の飼料として利用されるため、国内外に販売することができ、バイオエタノールプラントとしては大きな収入源となる。調査時点における、国内のトウモロコシを原料とするバイオエタノールプラントは、稼働中が15カ所、建設中は2カ所、計画中は13カ所となっており、そのほとんどがマットグロッソ州にある(図15)(注3)。USDAなどによると、トウモロコシ由来のバイオエタノールの国内生産量は、2018/19年には8億4000万トンであったものが、2028/29年度には80億トンにまで増加する見通しとなっており、トウモロコシ由来のバイオエタノール生産の動きが加速している(図16)。CONABの担当者によれば、こうした動きは、国内市場においてすでにトウモロコシ相場の上昇要因の一つになっているとのことであった。なお、COVID-19の拡大により、バイオエタノールの国内需要は一時的に低迷しており、今後の回復を現時点で見通すことは難しい。
(注3) ブラジルのトウモロコシ由来のバイオエタノール生産の状況については、海外情報「2020/21年度の砂糖・バイオエタノールの生産見通し(ブラジル) 〜新型コロナウイルス感染症の拡大により砂糖の増産に傾く」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002696.html)も参照されたい。
今回の調査で訪問したバイオエタノールプラントでは、トウモロコシの品種は指定していないとのことであった。でん粉を多く含む品種の方がバイオエタノールを多く生産できるため、バイオエタノール向けとしては好まれるものの、栽培品種は農家が選択しており、バイオエタノールプラントでは受け入れ時の品質検査で農家への支払い額を決めているとのことであった。
ガソリンへのバイオエタノールの混合割合は、2015年以降、27%を維持することが義務付けられており、ブラジルのガソリンスタンドでは、バイオエタノール100%のものとガソリンにバイオエタノールを27%混合したものが販売されている。ブラジルで販売されている自動車のほとんどは、ガソリンでも、バイオエタノール100%でも、エタノールが混合されたガソリンでも走行することができる「フレックス車」という自動車であり、運転手は燃料価格と燃費を勘案し、使用する燃料を都度選択している。
一方、主に大豆から生産されるバイオディーゼルについても国内需要は増加している。ディーゼル油へのバイオディーゼル混合義務は2008年に始まり、当時の混合割合は2%であった。その割合は年を追うごとに引き上げられており、2020年現在は12%であるが、年1%ずつ引き上げ、2023年には15%に引き上げることを目指している。
大豆・トウモロコシの価格は基本的にシカゴ相場に連動する動きを見せる傾向にある。それはシカゴ相場を基準に輸出価格(FOB)が米ドル建てで算出されるためである。そして、FOB価格から国内輸送コストを差し引き、米ドルからレアルに換算されたものが農家販売価格の基本的な価格になる(実際に農家に支払われる金額は契約内容によって多少異なる)。つまり、農家販売価格に生産コストは考慮されない。従ってレアル高が進行し、かつシカゴ相場が低迷すれば、農家販売価格は再生産できないほどの水準になってしまうこともある。これを防ぐため、ブラジルでは最低価格保証政策(PGPM)(注4)に基づき農家の収入の変動を抑え、一定の収入を保証する政策を行っている。
(注4) ブラジルの農業政策は、農業融資と取引支援が主要政策になっており、それぞれの政策は最低価格保証政策に基づいて行われている。例えば、取引支援のうち連邦政府買い上げ制度(AGF)は、農家販売価格が毎年設定される最低価格を下回った場合に、農家の収入を保証するために、政府による買い上げが実施される仕組みとなっている。
しかしながら、近年、シカゴ相場は比較的低位安定しているものの、為替相場は米ドルレアル安で推移しており、さらにCOVID-19がブラジルで本格的に拡大してからは、過去に例を見ないほどの水準となっている(図17)。一般的にレアル安が続いている時期は、輸入に頼りがちな肥料や農薬などの価格が高くなり、生産コストを押し上げるものの、レアル建てでの農家販売価格は高くなり、農家の収入は増えるため、現在は十分な収入があるとみられている。2020年5月時点でのマットグロッソ州における大豆およびトウモロコシの農家販売価格は、それぞれ60キログラム当たり95.24レアル(1トン当たり3万1588円)、同37.74レアル(1トン当たり1万2517円)と上昇傾向にある(図18)。米ドル建てに換算すると、ブラジルの大豆・トウモロコシの価格競争力が高いことを背景に、特に大豆の輸出量が5月に過去最高を記録するなど輸出が堅調であることから、農家販売価格がさらに上昇したと言われている。
一方、トウモロコシは、国内の畜産物の生産が増加しており国内需要が高まっていることや、昨年の堅調な輸出により在庫が低水準であることに加え、リオグランデドスル州を中心とした干ばつによる第1作トウモロコシの生産量減少なども価格上昇の要因とみられる。
なお、今後さらにレアル安が進行するという期待感はあるものの、現在でも十分な収入を確保できていることから、農家は当初計画を前倒して販売していると言われている。