(1) 分娩監視システムを用いた分娩管理
分娩監視システムとは、牛の膣内に挿入した体温計により、24時間体制で体温を監視し、分娩を予測、検知してメールにて通知するシステムである(写真2)。経済連系列の他の牧場において先行して同システムの採用実績があり、従業員からの評価も高かったことから、繁殖センターにおいても導入した。牛は分娩の24時間ほど前に、体温が通常時より約0.5度低下する傾向がある(写真3)。分娩監視システムはこの兆候を検知すると、24時間後に分娩が始まる可能性があるとして、最初の検知情報をメールで通知する。これにより、生産者は事前に分娩準備やスケジュール調整が可能となる。いよいよ分娩が近づき破水すると、分娩監視システムの温度センサーが体外に放出されるため、センサーの計測温度が外気温にまで急激に低下する。この温度低下を検知すると、破水が始まったとして、2通目のメールが送信される。
このように、生産者が時間に余裕を持って、分娩に向けて準備できる点が分娩監視システムの大きなメリットである。通常、分娩開始時間の予測は難しいが、同システムを用いることで、分娩の大まかな時間帯が予測できるようになり、分娩が夜間になる可能性が高い場合でも事前に準備ができるため、生産者の精神的・肉体的な負担の軽減が期待される。また、分娩時間が予測できることにより、夜中に人知れず分娩が始まり、朝の見回り時に初めて不幸な事故が発覚するといったことを回避でき、経済的損失の軽減も図ることができる。具体例でいうと、逆子などの難産の場合、人による助産が必要な場合もあるため、胎児死などの分娩事故につながってしまうことがあったが、分娩監視システムの導入により、事前および破水時に通知があることで、あらかじめ準備を整えて分娩に立ち会えるため、非常事態でもスムーズな対応ができるようになった。
しかし、この分娩監視システムも万能ではなく、体温の低下が明確に表れないと、24時間前の分娩兆候として検知できない場合がある。牛の体温サイクルには個体差があり、分娩前の体温低下が軽微な個体もいるため、全体の3割程度は24時間前の事前通知がないまま、急に破水通知が届いてしまう事例がある。なお、この場合においては、急きょ分娩の立ち合いに牛舎に向かうこととなるが、それでも分娩時には必ず通知が来るため、分娩が始まればすぐに駆け付けることができ、被害の軽減を図ることが可能となる。
また、もう一つの難点として、群飼いの場合、他の牛が分娩監視システム装置を引き抜いてしまうことによる誤送信がある。これは装置の構造によるもので、体内で体温を検知するセンサー部分と、データ送信を行う短いアンテナ部分に分かれているが、このアンテナが牛の体外に出ているため、他の牛が興味を持ち、引き抜いてしまうとことがあるとのことであった。誤報回避のため、基本的には単房に移動された妊娠牛にのみに装着し、分娩監視用として運用している状況にある。
(2) 牛群管理システムを用いた牛群管理
牛群管理システムとは、牛の行動を管理するアプリケーションで、パソコンやスマートフォンなどを用いて、作業状況や牛の行動パターンといった飼養管理をする上で必要なデータを管理できるシステムである。繁殖センターは実験牧場でもあるため、ICT、特に牛群管理システムの導入は、繁殖牧場としての運用当初から採用する方針となっており、経済連系列の牧場で初めて導入されたものであった。
このシステムに牛の個体情報を登録し、授精や分娩などの管理情報を追加することで、牛群全体を効率的に管理することができるようになる。繁殖経営の生産性を高めていく上で、授精日時、妊娠状況、分娩予定日、分娩からの日数などの飼養上の重要な情報を、個体ごとに把握・管理することは、経営の効率性や合理性の観点から大変重要な作業である。これらの情報の見落としは生産性の低下を引き起こす恐れがあるからである。特に牛群の規模が大きくなると、それに比例して情報量も多くなり、飼養管理は煩雑となるため、このようなシステムの導入は生産者にとって大きな助けとなる。また、牛群管理システムに記録された情報は、牧場から離れたところでも確認できるため、牧場従業員以外の職員でも簡単に確認できる。このような情報の共有により、現地にて飼養管理要員を最小限にすることができるとともに、遠隔地も含めた緊急時における支援体制の調整も速やかに行うことができるようになった。現在、繁殖センターの管理情報は、鹿児島市内にある経済連の本所でも見ることができ、本所の獣医師が常に牧場の状況を把握できる体制となっている。
また、牛群管理システムには、飼養管理情報を直接入力する方法もあるが、繁殖センターでは牛の首に装着するセンサーである「カラー」を導入し、牛群管理システムと連動させている(写真4)。カラーにはGPSおよび加速度センサーが内蔵されており、牛の行動パターンを随時観測することができ、その情報は牛群管理システムへ転送され、記録・管理される。なお、カラーには
顎 の動きを観測できるセンサーも内蔵されており、そしゃく・反すうなどの採食行動も検知することができる。これらのセンサーから転送された行動パターンや採食行動などの情報を牛群管理システムにて一元管理し、発情の検知や健康状態を判断することも可能になる。普段より行動が活発であれば、発情の兆候である可能性が高く、また、休んでいて動かない時間があまりに長い、採食が少ないなどの兆候が見られれば、病気の可能性を考慮して早期に対応することができる。
また、運用時の利点として、カラーは牛の首に装着するため、センサー装着時に牛に蹴られるなどの事故が発生する可能性が低いことも挙げられる。牛の首を固定できれば、一人でカラーを装着することも可能であり、限られた労働力でも運用が可能である。繁殖センターでは分娩監視システムを分娩監視専用、牛群管理システムに付随するカラーを発情観測専用として使い分け、繁殖経営における高い生産性を実現する上で重要なポイントである発情と分娩を確実に観測し、見逃さずに対応できるような体制を整えている。
(3) 今後導入を検討しているICT
繁殖センターでは100頭前後という多頭飼養を展開しているところ、飼養状況の全体把握のため、ICTの活用を進める一方で、時間の許す限り必ず従業員の見回りによる実視確認も併せて行うように努めている。しかしながら現実的には、少人数で常に牛の状態を実視することは事実上不可能であることから、それを補完すべく、牛舎での監視用カメラの導入を検討している。現在も分娩監視システムやカラーによる観測で、発情や分娩など牛の状態を数値や文字情報などとして確認できる状況にあるが、これらの機器は数に限りがあるため、全頭をモニタリングできるわけではない。また、分娩監視システムは妊娠牛に、カラーは分娩後の繁殖雌牛に利用していることから、子牛など機器が未装着の牛の状況についてはモニタリングできない。しかしながら牛舎に監視用カメラを導入すれば、牛舎全体をより広範囲でモニタリングできるようになり、人手不足を補う効果が期待できる。
なお、監視用カメラの導入は、データ回線を用いることによるコスト高が課題となるため
(注2)、費用対効果を検証の上、今後検討を進めていくとのことであった。
(注2) 分娩監視システムとカラーは、それぞれ無線でのデータ送信であることから、牛舎〜事務所間の敷線工事が不要であった(写真5)。