(1)農家数の減少と新規参入の動向
北海道の酪農家戸数(成畜飼養農家)は2019年において5920戸であり、2009年の7820戸に比べ1900戸、24%の減少である(出典:農林水産省「畜産統計」)。2005年以降の酪農の離脱農家および新規参入者数の推移を見たのが図8である。
毎年平均で190戸が酪農を離脱していることになる。一方、新規参入者(農外からの新規就農者)は毎年20戸前後であることから、離脱農家の数に対して「焼石に水」の状態である。
離脱農家の離農理由について見たのが図9である。離脱理由については、大きく離農と経営転換に分けられる。前者で最も多いのが後継者問題(高齢化)で33%を占めている。もともと、子供がいない農家や女性だけの農家もあるが、多くは男性がいても後継者にならないケースが増えている。一方、経営転換で多いのが、乳雌育成部門への転換で18%を占める。高齢で搾乳作業が大変になった時の対応である
(注12)。
酪農離脱で最も比率が高い後継者問題の原因は、酪農の長時間労働と年中無休の就業形態にある。例えば、2017年の北海道の主要営農類型の農業労働力(家族)数と作業時間を見ると、水田作では男性1.12人、1639時間と女性0.74人、912時間、畑作では男性1.50人、2174時間と女性0.79人、883時間、酪農では男性1.59人、4529時間と女性1.02人、2093時間で、男女とも水田作および畑作の倍以上の作業時間である。さらに、耕種農業では農閑期の冬休みがあるものの、酪農には存在しない。こうした酪農労働の厳しさが現代の若者には敬遠されていると言えよう。
(2)北海道における酪農の地域動向
酪農家戸数の急速な減少は、北海道の地域社会の衰退も招いている。ただ、1戸(経営体)当たりの飼養頭数の増加によって生産規模を拡大しているところもある。
表6は道東・道北の主要酪農市町村の1995年および2015年の20年間の変化を見たものである。飼養経営体数(農家+法人)は全ての地区で減少している。変化率(残存率)が70%を超えるのは、士幌町(78%)、浜中町(75%)、中標津町(74%)、猿払村(70%)の4地区しかない。
一方、乳牛飼養頭数は増減が顕著である。変化率(残存率)が70%以下の地区がある一方、100%以上の地区も多い。新得町(200%)、豊頃町(146%)、幕別町(141%)の3地区が130%を超えている。この中から十勝地域で比較的経営体の残存率の高い足寄町の取り組みについて紹介する。
(3)放牧振興により地域が活性化
ア 全国から若者が集まる町に
全道で酪農家戸数が減少する中で新規就農者を受け入れ、地域社会を守ろうという動きも出ている。その中の一つが十勝地域の北部に位置する足寄町である。足寄町は人口6371人(2020年6月30日現在)の酪農、肉牛を柱とする畜産業と林業の町である。足寄町は、国の集約放牧酪農技術実践モデル事業(1997〜99年、事業費4600万円、補助率47.6%)の成功を受けて、2003年から「北海道放牧酪農ネットワーク交流会in足寄」を開催し、また同時に2004年6月に「放牧酪農推進のまち宣言」を行った。交流会には放牧に関心のある若者や関係者が毎年多く集まり、放牧の町として全国に知られるようになった。交流会参加者や町の酪農家で実習を行った若者が年々、新規就農者として定着している。
表7は、2019年初めまでに新規就農した全戸の一覧である。全国各地から入植していることが分かる。また、ほとんどの農家で子供がいることから、地区の小学校の児童数が増え、廃校を免れている。
イ 集約放牧モデル事業により経営改善
足寄町における放牧の成功は、集約放牧モデル事業の導入によって経営成果が短期間に現れたことである。図10に見るように、事業開始前の96年と事業が完了する1999年を比較すると、事業に参加した7戸の農業粗収入(平均)は2782万円から2927万円へ5.2%増加する一方、農業経営費(平均)は1872万円から1671万円へと10.7%減少した。そのことで、営業利益(平均)は910万円から1256万円へと38%増加している(ただし、減価償却費は計上していない)。
農業経営費の減少の主な要因は、配合飼料費の減少である。1戸当たり配合飼料費は1996年の643万円から1999年には477万円へと166万円、25.2%減少しているものの、経産牛1頭当たりの個体乳量は7156キログラムから7344キログラムへと188キログラム増加している
(注13)。
ウ 新規放牧就農者による放牧酪農の成功
モデル事業参加農家の放牧酪農の経営的優位性は、新規放牧就農者が実証している。表8は、5戸の新規放牧就農者の経営数値と北海道の経営数値(平均)を比較したものである。北海道平均は生乳生産量638トン、経産牛頭数88頭、経営耕地面積62.7ヘクタールであるが、それに比べ新規放牧就農者群は、214トン(北海道平均の34%)、38.2頭(同43%)、49.6ヘクタール(同79%)と規模は小さい。
そのため、粗収入は、北海道平均9401万円に比べ3395万円(同36%)と少なく、また農業経営費も北海道平均の7352万円に比べ2025万円(同28%)と少ない。しかし、農業所得(税引き)は、5戸平均は粗収入に比べ農業経営費が相対的に小さいことから、北海道平均の2049万円に比べ1370万円(同67%)と3分の2の水準になっている。その結果、農業所得率は、北海道平均の18%に対し、新規放牧就農者群は40%と極めて効率的な経営が行われている。
これらの関係を示したのが図11である。農業経営費の内訳は、北海道平均の飼料費2368万円、減価償却費1867万円、医薬・共済費(農薬衛生費+農業共済掛金)416万円に対し、新規放牧就農者群の内訳は、飼料費504万円(北海道平均の21%)、減価償却費416万円(同22%)、医薬・共済費82万円(同20%)と大幅に低くなっている。足寄町の新規放牧就農者群は、飼料費をはじめとする経営費を低く抑えることにより、収益の確保を実現している。
さらに、農業経営費を生乳生産量で割った生産コスト(労働費などが含まれないため、正確なコストではない)を比較すると、北海道は2013年の1キログラム当たり97.1円から2018年には115.3円と19%増加しているが、新規放牧就農者群は2013年の96.5円から年々減少し、2018年には81円と17%減少するという対照的な動きとなっている(図12)。「国際競争力」の観点から見ると新規放牧就農者群が時代に対応していると言えよう。
以上のように、足寄町の放牧酪農は、集約放牧モデル事業参加農家の大幅な飼料費の削減で農家所得が向上し、後継者も戻ってきたこと、さらに、新規就農者が増えたことで地域に子供たちが増え、廃校寸前の小学校が持ち直すなど地域が活性化している。
成功要因は次の6点に要約できる。(1)放牧を推進したリーダーの存在(2)放牧に理解を示した仲間たちの存在と活動(3)国の放牧補助事業を導入した町役場職員の存在(4)放牧酪農家を支えた放牧研究者、農協、農業改良普及センターの存在(5)新規就農者を受け入れる態勢を作った町長をはじめとした町職員の努力があったこと(6)成功した新規就農者が新たな新規就農者を育てたこと─などである
(注14)。
足寄町という中山間の条件不利地にあった酪農家の取り組みを町役場、農協などの関係機関が一体となって支え、さまざまな困難を乗り越えてきたことが町の再生につながったと言えよう。