(1)北海道での取り組み
「平成30年度牛乳生産費統計」(農林水産省)によると、搾乳牛1頭当たりの副産物価額は費用合計の約20%に相当し、生乳販売収入以外の収益を確実に確保することは、酪農経営の持続的な発展を図る上で欠かせないことが明らかである。副産物収入としては子牛が最も大きいが、廃用牛を再肥育することで付加価値をつけることができると、安定的な副産物収入の二つ目の柱とすることができるものと考えられる。北海道における乳用雌牛のと畜頭数は年間8万頭前後で推移していることから(農林水産省「畜産物流通統計」)、廃用牛は地域資源としても十分なボリュームがある。
株式会社ニチレイフレッシュ(以下「ニチレイフレッシュ」という)では、この大量に発生する北海道の乳用種廃用牛に注目し、これに不飽和脂肪酸を豊富に含む脂肪酸カルシウムを給与することにより、牛肉の脂質の性状をコントロールして付加価値を高め(おいしさを追求し)、テーブルミートとしての流通を目指した経産牛の再肥育事業に取り組んでいる(写真1)。ちなみに、乳牛に対する不飽和脂肪酸カルシウムの給与はメタン産生を抑制することが知られており、環境にも優しい肥育技術と言える。
乳用牛の廃用牛再肥育技術を確立するための最初の関門は乾乳であり、また2番目の壁は、粗飼料多給から濃厚飼料多給への急激な給与飼料の切り替えと、短い肥育期間で高い増体を得るための飼料摂取による消化障害の克服である。
最初の課題の解決策は、確実な乾乳手順の順守である。また、2番目の課題の解決には、経産牛再肥育の飼養形態が群飼であることも考え合わせると、TMRの利用が有効であろう。実際、肥育牛用TMRの開発は各地で取り組みが始まっていることから、その可能性は大きいものと考えられる。
(2)地域振興策としての視点
北海道における経産牛再肥育の取り組みはテーブルミートとしての牛肉増産だけでなく、地域振興策としても有意義である。北海道の豊富な草資源をはじめとする飼料資源をTMRとして有効に活用することができると、酪農業と肥育産業の地域連携が成立する。さらに、地域で発生する各種副産物を活用して地域の物語を紡ぐことで、地域ブランドの形成も可能になるのではないだろうか。
(3)肉量、肉質
ニチレイフレッシュと筆者らが調査した乳用種の経産肥育牛の枝肉調査成績(表1)を紹介する。肥育期間約5カ月の平均日増体量(以下「DG」という)は1.25キログラム、枝肉重量は367キログラム、歩留まりは51.9%であった。また、脂質に関して調べたところ、リブロースの脂肪含量は4%、近年うまみ成分として注目されているオレイン酸を主体とする一価不飽和脂肪酸は48%であった。
北海道の観光名所の一つであるサッポロビール園のレストラン「ガーデングリル」では、前述の経産牛再肥育事業で、亜麻仁油を主原料とする脂肪酸カルシウムを含む飼料を給与して生産している牛肉の、サーロインをディナー(道産亜麻仁牛のおつまみカットステーキ)に、リブロースをランチ(道産亜麻仁牛のステーキランチ)に使用している(写真3)。ガーデングリルの
阿武努調理長に、経産牛肉の評価を聞いたところ、「脂肪が黄色くて硬いといった、想像していた『経産牛』の特徴とは異なり、脂肪の色は問題なく、肉の味も濃かった(うまみが強かった)。経産牛特有の硬さはやや感じられるものの、調理法で対応できる。国産牛肉としてのお客様の商品イメージと実際の味との間にはギャップがないと判断している」とのことであった。
同店の主な客層は国内の観光客だが、新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)が世界的に拡大する以前は、インバウンド関連の客も全体の1〜2割と多かった。そうしたこともあり、阿武氏は、メニューにおいては「道産」のイメージ、ストーリーが大事であり、さまざまな素材の中でその特徴を明確にすることが必要と感じており、経産牛肉についてはその味に加えて「道産」、「亜麻仁」といった安心感を与える素材である点も評価している。
今後の普及に向けた課題は、価格とさまざまな調理法への汎用性を高めることであろうとのことであった。特に調理法の提案は消費者に経産牛肉のおいしさをアピールする手段として重要であり、普及促進の重要なポイントとなるものと考えられる。