WhiteとHall(2017)は、米国の農業において家畜が存在しないと仮定した場合の、同国国民への栄養素の供給量と温室効果ガス産生への影響について試算し、植物由来の食料のみでは食品由来のカルシウム、ビタミンA、ビタミンB
12などの重要な栄養素の供給が不足し、また温室効果ガスの産生量は28%程度削減できるが、現在の家畜由来の温室効果ガスに相当する量を完全に削減できるわけでないと報告している。少なくとも、単純に家畜の生産や畜産物の摂取を否定的に捉えるのではなく、さまざまな家畜生産の関わりを考慮した上で議論する必要があろう。
これからの畜産と畜産学に期待されているものは何だろうか。筆者は、第一に生産効率一辺倒ではなく、畜産由来の環境負荷を緩和するような持続可能な生産を目指すこと、第二に、急速な人口増加と経済発展が予想されるアジアの国々に対し、これまで同じモンスーン地帯で培ってきた畜産技術をもって支援すること、および第三に多様な消費者のニーズに応える畜産物の生産を目指すことでないかと考えている。このような方向へ畜産関係者が協力することで、新しい畜産と畜産学が芽生えるのではないかと期待している。
本稿では畜産の重要性を考える視点から、あくまで客観的な事実と科学的な知見に基づき論ずることに努めた。畜産関係者や畜産学のコミュニティーの中では畜産の必要性について議論されることはめったにないが、畜産学から離れたところでは畜産の必要性が真剣に議論されている。そのような専門外の研究者と議論するには、自らの研究分野の範囲内での知識や理論ではなかなか対応が難しく、専門性だけでなく、幅広い視点からの理論武装が必要である。本稿がそのような時の一助になれば幸いである。
参考資料
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(プロフィール)
1982年 3月 京都大学農学部畜産学科(家畜育種学)卒業
1984年 3月 京都大学大学院農学研究科修士課程熱帯農学専攻 修了
1987年 3月 京都大学大学院農学研究科博士課程熱帯農学専攻 単位取得
1987年 4月 日本学術振興会特別奨励研究員
1988年 9月 京都大学農学博士
1990年10月 龍谷大学経済学部 専任講師
1993年 4月 龍谷大学経済学部 助教授
2001年10月から現職