(1)経営概況
有限会社盛川農場(以下「盛川農場」という)は、岩手県花巻市の水田地帯に立地する、家族労働力主体の担い手経営である。労働力の役員2名(経営主夫妻)と社員2名(子ども)は全員家族であり、雇用労働力(臨時)は年間10名程度である(写真1、表1)。盛川農場には地域の農地が集積され、2019年の経営耕地面積は83ヘクタール、うち借地が77ヘクタールとなっている(表2)。水田の立地は戦後開拓の開田地帯と旧来からの旧田地帯に分かれ、気象条件が厳しく排水性の良好な開田で転作作物が栽培されている。盛川農場は稲の乾田直播栽培技術の実践と確立で著名な農場であり
(注8)、2019年の水稲作付面積30ヘクタールのうち乾田直播9ヘクタール、移植21ヘクタールとなっている(表3)。その10アール当たり単収は、岩手県平均(2019年)554キログラムに対して、乾田直播と移植はともに590キログラムと同程度であり、水準が高い。作付作物で最も面積が大きいのは小麦35ヘクタールであり、他には大豆8ヘクタール、子実用トウモロコシ10ヘクタールとなっている。また、10アール当たり単収も小麦475キログラム(岩手県平均266キログラム)、大豆240キログラム(同125キログラム)と高く、畑作物においても技術水準の高い経営であることが分かる。なお、子実用トウモロコシの10アール当たり単収は840キログラムである。また、2020年の総作付面積は11ヘクタール増加して94ヘクタールとなり、作付構成については、水稲は変更がなく、小麦と大豆、子実用トウモロコシが増加する計画になっている。盛川農場の経営方針は、「基本的には畑作が中心で、畑作の機械や技術を使って米も作りたい」
(注9)であり、水稲の乾田直播栽培もその方針の中に位置付けられる。
(2)子実用トウモロコシの生産と販売
盛川農場における子実用トウモロコシ生産は、2013年の0.7ヘクタールからスタートし、徐々に面積を拡大し、2019年には9.8ヘクタールとなっている(表4)。単収については、3年目の2015年には1ヘクタール当たり8000キログラムを超え、2017年は台風害により減収しているが、安定的に同8000キログラム水準を達成している。子実用トウモロコシの導入理由は、(1)大型機械が利用できる省力的な夏作物(2)排水性改善による後作(小麦、大豆)への増収効果(3)堆肥利用による地域内耕畜連携(4)1品目の面積当たり売り上げではなく、経営全体の経営収支を優先(5)新しい作物へのチャレンジ精神−が挙げられる。
また、盛川農場では子実用トウモロコシを面的に広げ、地域への普及・拡大を目指し、地域の農家に働きかけ、一部作業の共同化や機械の共同利用などに取り組んでいる。その取り組みの中で、2018年には花巻子実コーン組合が設立され、2019年の花巻地域の子実用トウモロコシの生産者は4戸、作付面積は12.4ヘクタールとなっている。さらに、盛川農場では東北地域の子実用トウモロコシ生産者などの連絡会を2020年3月に設立した。参加農家は8戸で2019年の総作付面積は82ヘクタールとなり、当面は情報交換を目的としている。
盛川農場における子実用トウモロコシ生産の作業体系は、5月下旬の堆肥散布から11月上旬の収穫・調製まで大型機械による一貫体系になっている(表5)。この体系の中のトラクターは80〜150馬力(PS)、普通型コンバイン(+コーンヘッダ)は6畝と大きいが、トラクターは小麦や大豆、稲(乾田直播)との共用、普通型コンバインは小麦との共用であり、コーンヘッダ以外の機械はすべて他作物との共用になっている(写真2)。また、調製方法については、2014年までは乾燥であったが、一部にカビが発生したことから、2015年からはサイレージに転換している。サイレージ調製の粉砕作業までは農場内で行い、
梱包作業(ロールラップ)については公益社団法人岩手県農業公社に委託している。農研機構の調査
(注10)によれば、盛川農場における子実用トウモロコシ生産の作業時間は10アール当たり1.4時間であり、これは水稲7.4時間、小麦3.4時間、大豆5.1時間
(注9)に比べ、大幅に省力的となっている。
子実用トウモロコシの10アール当たり生産・調製費用の内訳は、肥料や農薬など生産資材費1万973円、作業委託料7755円、減価償却費3万6978円、借地料・水利費1万2500円、労働費1400円で、合計6万9606円になる(表6)。この中の堆肥は子実用トウモロコシの販売先で生産された豚ふん堆肥であり、耕畜連携が構築されている。また、機械の減価償却費は表7の通りであり、既述のように、子実用トウモロコシ専用機械はコーンヘッダと粉砕機だけで、それ以外の機械は他作物との共用であり10〜20%程度の負担率になっている。なお、表7ではすべての機械の減価償却費を計上したが、実際には機械の約7割は減価償却済みである。減価償却費を7割減にすると、10アール当たり生産・調製費用は4万3721円になる。
盛川農場で生産された子実用トウモロコシ(粉砕サイレージ、水分22%)の販売先は地域内の養豚経営である。2019年の販売量は8万1600キログラムで単価は1キログラム当たり56円、販売額は456万9600円である。これは運搬費込みで、ラップされたロール(1個当たり900キログラム)で取り引きされる。なお、花巻子実コーン組合の構成員で生産される子実用トウモロコシの販売先も同じ養豚経営であり、調製作業は共同で組合所有の粉砕機を利用し、サイレージとして販売している。
子実用トウモロコシに支払われる交付金は水田活用直接支払交付金の戦略作物助成(9.9ヘクタール)が10アール当たり3万5000円、市単独の面積拡大分(1.2ヘクタール)が同8000円であり、合計356万1000円になる。
子実用トウモロコシ部門の経営収支を見ると、収入が販売額456万9600円と交付金356万1000円で計813万600円である。一方、費用は労働費込みで682万1378円であることから収支(純利益相当額)は130万9222円、10アール当たりでは1万3224円になる。また、償却済みの機械費用を差し引くと費用は428万4701円になり、収支(純利益相当額)は384万5899円、10アール当たりでは3万8847円になる。経営収支において交付金の比重が大きいことは転作作物に共通して見られることであり、子実用トウモロコシは他の作物に比べ面積当たり収益性は低いが、省力的な作業体系が確立されていることから労働時間当たり収益性は高く、1時間当たりでは9445円、償却済みの機械費用を差し引くと2万7748円と高い。
(3)子実用トウモロコシの経営効果
盛川農場における子実用トウモロコシの位置付けは、既述のように、面積当たり収益性は他の作物(小麦や大豆)に比べて低いが、労働時間当たり収益性は高く、作業時間が短いことから、農地の効率的な利用により大規模な水田作経営が可能になっている。また、子実用トウモロコシの作物的な特長として、他作物に比べて天候リスクが低いことが挙げられる。小麦は赤カビ、大豆は降雪、稲は冷害のリスクがあるのに対し、子実用トウモロコシのリスクは大きくないとされている。また、飼料用米の高額な交付金に比べると政策リスクは低く、検査費用もかからない。販売が相対取引なので安定していることもメリットとされている。取引スタート時の子実用トウモロコシ(乾燥、水分14%)の販売価格は1キログラム当たり45円(乾物1キログラム当たり52円)であったが、サイレージ(水分22%)に転換後は同56円(同72円)に上昇している。同45円という価格設定は流通トウモロコシ(非遺伝子組み換え)価格の同40円にプラスアルファを上乗せした水準であり、同56円への値上げはサイレージ調製費用を上乗せした水準となっている。このような販売価格の設定は、盛川農場の取引先が地域の養豚経営であり、耕畜連携関係が構築されていることから可能になっている。一方、このことは子実用トウモロコシ生産の展開を検討するときの制約にもなり、販売先の需要量を考えて面積規模を検討する必要がある。