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話題 畜産の情報 2020年12月号

日本人の食事摂取基準(2020年版)の特徴と食肉の活用法

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女子栄養大学 栄養学部 教授 西村 敏英

1 はじめに

 近年、日本では、65歳以上の人口が増えており、2017年には、3515万人で、総人口に占める割合(高齢化率)も27.7%となっている。今後も高齢化率は上昇を続け、2036年には、33.3%で3人に1人が高齢者になると予測されている。このような超高齢化社会では、国民に対する医療費の負担がますます増大することから、国民の健康維持、病気の予防は、社会的に極めて重要な課題となっている。この課題の解決策の一つとして、バランスの良い食事を摂取し、健康寿命を延ばすことが挙げられる。この目的で作成されているのが、「日本人の食事摂取基準」である。

2 日本人の食事摂取基準(2020年版)の特徴

 わが国の平均寿命は、第二次世界大戦後に急速に上昇し、世界の中の長寿国となっている。これは、戦後、動物性たんぱく質と脂質の摂取量が増大し、逆に炭水化物の摂取量が減少したことで、PFC(P:たんぱく質、F:脂質、C:炭水化物)バランスが良くなったことが理由の一つである。これには、国を挙げての栄養改善、栄養指導、学校給食の実施など多くの要因が挙げられる。その中で、2002年(平成14年)に制定された健康増進法第16条の2の規定に基づき、国民の健康保持・増進を図る上で摂取することが望ましいエネルギーと栄養素の量の基準を示したのが、食事摂取基準である。これは、5年ごとに発表されており、2020年4月から5年間にわたって使用するのが、「日本人の食事摂取基準(2020年版)」である。食事摂取基準は、多数の研究論文で示されたデータを基に、適切な基準値が設定される。
 2020年版の日本人の食事摂取基準は、活力ある健康長寿社会の実現に向けて、まず、きめ細かな栄養施策を推進することを目標に、これまでの年齢区分を変更した。50歳以上が、これまでは50〜69歳と70歳以上の2区分であったが、新たに50〜64歳、65〜74歳、75歳以上の3区分に分けられ、より細かな年齢区分による摂取基準が設定された。また、超高齢化社会の中で、介護を要しない年齢に相当する「健康寿命」を延ばすために、身体ならびに脳の認知機能が低下するフレイル(虚弱体質)の予防対策がなされた。フレイルは、エネルギーやたんぱく質の摂取が不足する高齢者で発症しやすいことから、そのリスクを回避するため、総エネルギー量に占めるべきたんぱく質由来のエネルギー量の割合(%エネルギー)について、65歳以上の目標量の下限をこれまでの13%エネルギーから15%エネルギーに引き上げることとした(表1)。
 

 
 毎日の食事でたんぱく質を多めに取ることで、高齢者が少食になった時のたんぱく質摂取不足を回避することができるからである。さらに、若いうちからの生活習慣病予防を推進するため、飽和脂肪酸、カリウムについて、小児の目標量を新たに設定した(表1、2)。子どもの頃から飽和脂肪酸の摂取量の目標量を設定し、取り過ぎることによる将来の肥満リスクを下げることが目的である。なお、ナトリウムの排出効果があるカリウムの摂取は、高血圧の予防につながる。

 
 また、高血圧および慢性腎臓病の重症化も解決すべき課題であることから、成人の食塩摂取目標量を、ナトリウムの食塩相当量として1日当たり0.5グラム引き下げ、男性では同7.5グラム未満、女性では同6.5グラム未満とするとともに、高血圧および慢性腎臓病の重症化予防を目的とする場合の摂取量は新たに同6グラム未満と設定した。
 コレステロールについては、生体内で十分量が生合成されるため、2015年の食事摂取基準では、それまで設定されていた1日当たり摂取推奨量男性750ミリグラム未満と同女性600ミリグラム未満が撤廃されたが、2020年版では、脂質異常症の重症化予防を目的とした量として、新たに「脂質異常症の人は、コレステロールを200ミリグラム未満の摂取にとどめることが望ましい」と記載された。このように、2020年版日本人の食事摂取基準では、日本社会の現状に合わせ、今後の健康保持、健康増進に加えて、病気の予防ならびに重症化予防に力点を置いた基準が加えられた。

3 2020年版の食事摂取基準に合わせた食肉の活用法

 食肉は、若者からお年寄りまで食されている美味な食材である。また、食肉は、たんぱく質が豊富で、そのアミノ酸スコア(注)も100であることから、たんぱく質の供給源として申し分のない食品である。私たちの体は、1万種類以上のたんぱく質で構成されており、筋肉、肝臓や腎臓といった臓器、骨、皮膚、髪の毛などの構造を支えるもの、α-アミラーゼ、リパーゼ、ペプシン、トリプシンなどの消化酵素、免疫に重要な抗体や酸素を各組織に運搬する血液のヘモグロビンなど、挙げれば限りがないほど多くのたんぱく質に守られて、健康を維持できている。病気などで食品からたんぱく質が取れなくなると、筋肉中のたんぱく質が分解され、アミノ酸が生命維持に必要なたんぱく質の原料となる。このことから、筋肉は「アミノ酸の貯金箱」と言えるであろう。アミノ酸の貯金箱である筋肉を大きくすることが、免疫力をつけ、現在流行している新型コロナウイルス感染症などの感染症に打ち勝つための最も重要なことであると考えられる。また、たんぱく質を十分に取り、運動することは、フレイル予防につながり、将来のロコモティブ症候群の罹患りかん 予防にも役立つのである。
 食肉としては、牛肉、豚肉、鶏肉が主なものである。これらを調理したものは、100グラム当たり25〜30グラムのたんぱく質が含まれていることから、男性では1日当たり200グラム、女性では同170グラムほどの肉をメニューに取り入れれば、1日当たりに必要なたんぱく質量を満たすことになる(図)。

 
 また、食肉にはたんぱく質以外に、ミネラルやビタミンも多い。どの肉でも、亜鉛やカリウムを多く含んでいる。また、牛肉には鉄、豚肉にはビタミンB1、鶏肉にはビタミンAが他の肉より多く含まれているので、1種類の肉だけを食べるのではなく、1週間で3種類の肉をバランス良く食べることが大切である。さらに最近では、食肉に多く含まれているイミダゾールジペプチドが、フレイルの予防につながる抗疲労効果や高齢者の認知症予防効果があることが分かってきた。
 このように、食肉は、たんぱく質だけでなく、ミネラル、ビタミンが多く含まれていることから、毎日のメニューに必ず取り入れてほしい食材である。そして、毎日の運動を組み合わせてアミノ酸の大きな貯金箱を作ることが健康長寿の秘訣であると考えられる。もちろん、食肉だけでは健康維持を実現できない。最も大切なのは、食べ物をバランス良く食べることである。たんぱく質源としては、食肉に加えて魚や大豆も食べることの重要性は言うまでもない。さらに、野菜の摂取も不可欠であり、毎日350グラム以上の摂取が推奨されている。このようなバランスの良い食事を取ることで、2020年版食事摂取基準が目指している「国民の健康保持、健康増進、病気の予防、重症化予防」の実現につながることが期待される。

(注) アミノ酸は、人間の体内で作ることができない「必須アミノ酸」と体内で作ることができる「非必須アミノ酸」に分けられる。このうち必須アミノ酸は食事などを通して摂取する必要があり、摂取するべき必要量が定められている。この必要量を基に、各食品のたんぱく質に必須アミノ酸がバランス良く含まれているかを数値化したものがアミノ酸スコアで、最大値の100に近いほど質の良いたんぱく質を含んだ食品と言える。

参考文献
・七訂食品成分表2020、(香川明夫監修)、女子栄養大学出版部(2020)
・食品の保健機能と生理学(西村敏英、浦野哲盟編著)、アイケーコーポレーション(2018)

(プロフィール)

1979年 東京大学農学部農芸化学科卒業 (農学士)

1984年 東京大学大学院農学系研究科農芸化学専門課程(博士課程)修了(農学博士)

1985年 東京大学農学部 助手

1994年 広島大学生物生産学部 助教授

2000年 広島大学生物生産学部 教授

2002年 広島大学大学院生物圏科学研究科 教授

2008年 日本獣医生命科学大学応用生命科学部 教授

2015年 広島大学名誉教授(現職)

2017年 女子栄養大学栄養学部 教授(現職)