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調査・報告 畜産の情報 2021年1月号

簡易冷却施設を用いた黒毛和種供胚牛の暑熱ストレス軽減と採胚成績の向上

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宮崎県畜産試験場 家畜バイテク部 部長 須ア 哲也
                        技師 松尾 麻未

【要約】

 暑熱期における採胚成績の向上を目的に、既存牛舎の牛房を改造した簡易冷却施設を作製し、スポットエアコンによる連続クーリングを行った場合の黒毛和種供胚牛への影響を調査した。簡易冷却施設の温度はいずれの期間も低く抑えられ、平均で約2.0度の冷却効果が認められた。温湿度指数(THI)も温度同様いずれの期間も低く抑えられ、THI値が平均で4.3低下し、冷却効果が認められた。正常胚数は暑熱期(7.8個)は通常期(6.3個)と同様の成績であり、さらなる暑熱対策により採胚成績の向上が期待されることが示唆された。暑熱期に簡易冷却施設で飼養した供試牛のTBARS濃度は通常期と同様な数字であったが若干低くなり、また血液性状もエネルギー代謝や肝機能で改善され、簡易冷却施設による効果が期待できる結果となった。以上のことから、暑熱期において黒毛和種供胚牛に連続クーリングを行うことで、暑熱ストレス軽減が図られ、採胚成績の向上につながることが示唆された。

1 はじめに

 暑熱ストレスは、牛の発情発現率や卵子品質の低下などの悪影響を及ぼすことが知られており、暑熱期の採胚成績(注1)の低下は、胚の効率的な生産を考える上で大きな問題となっている。
 暑熱期(7〜9月)の最高気温が35度付近まで達する本県では、乳用牛に比べ、暑熱ストレスに強いとされる肉用牛においても適温域(10〜20度)(Berman AY et al. 1985)をはるかに超えるため、採胚個数の大幅な減少や胚品質の低下が顕著に見られ、年間を通した高品質胚の安定生産・供給に支障を来している。地球温暖化の影響が叫ばれて久しいが、実際にどの程度温暖化が進展しているのかを気象庁のデータから作図した。日平均気温(地点:宮崎県都城市)が肉用牛の適温域以上になる期間は1980〜2010年の31年間では年間139日、2011〜20年の直近10年間では151日と、年間12日間も増加していることがデータから明らかになった(表1)。
 
 
 一方、ホルスタイン種は、暑熱期の人工授精の受胎率低下が生乳生産において大きな問題となっている。この現象の一因として、卵子が受精能を獲得するまでの過程において暑熱が何らかの悪影響を及ぼしていることが考えられている。この対策として、暑熱ストレスを受けにくい、発育の進んだ胚を受胚牛へ移植することが暑熱期の受胎率向上につながることから、本県では暑熱期に乳牛への黒毛和種胚の移植を推奨しており、酪農家からは少しでも受胎率の高い新鮮胚を要望する声が多い。ところが上述したように、暑熱期に黒毛和種の採胚成績が落ちるため、酪農家の要望に十分応えられていないのが現状である。現在、肉用牛の生産現場において暑熱対策の主流である送風ファンや細霧装置など気化熱を利用した防暑システムでは冷却効果に限界があり、また本県が位置する西南暖地の暑熱期では効果も限定的である。
 そこで、現場での応用可能な簡易冷却施設を当畜産試験場内に作製し、スポットエアコンを使用した連続クーリングを行うことで、暑熱対策を講じ黒毛和種供胚牛(注2)の暑熱ストレス軽減と採胚成績の向上を図った。

(注1) 他の牛へ移植できる品質の胚(正常胚)がどの程度回収できたかを表すもの
(注2) 胚を提供する牛。

2 試験方法

 簡易冷却施設として、既存の牛房をコンクリートパネル(注3)(以下「コンパネ」という)で囲い、天井部を農業用ビニールで覆った部屋(横幅:260cm、奥行き:350cm、高さ:250cm;以下「冷却室」という)を2部屋作製した(図1)。1牛房当たりスポットエアコンを2台設置し、冷却室の天井部から24時間連続通風させた。飼料給与は朝夕2回とし、スタンチョンの周りに厚手のビニールを垂らし、給与時に首だけが牛房から出るようにし、冷気が外部に漏れにくいように工夫した。
 
 
 供試牛は当場でけい養している黒毛和種供胚牛4頭(平均年齢9歳、平均体重508キログラム)を用いた。7〜9月を暑熱期、それ以外の時期を通常期とし、供試牛1頭当たり3回(暑熱期1回、通常期2回)の採胚を行った。計測したデータを記録するデータロガー(注4)を冷却室内の床上40、90、170センチメートルの3カ所に、また対照として牛舎内通路の床上170センチメートルに設置し、空気温度、相対湿度および温湿度指数(THI)(注5)を測定した(図2)。
 
 
(注3) 合板の一種。コンクリートを流し込むときの枠として使用される。厚さは通常12ミリメートル。
(注4) ボタン電池型超小型温度ロガー。直径17ミリメートル、厚さ6ミリメートル。
    サーモクロンSLタイプ(KNラボラトリー社製)。
(注5) 温湿度指数のことで、以下の式により算出される。
    THI=(0.8×温度+(相対湿度/100)×(温度−14.4))+46.6


 過剰排卵処理に伴う処置は、表2に示すスケジュールに準じて行った。発情後の黄体を確認し、膣内留置型プロジェステロン製剤(CIDR)を膣内挿入しプロスタグランジンF2α(以下「PG」という;クロプロステノール750μg)を筋肉内投与、7日目に性腺刺激ホルモン放出ホルモン誘導体(以下「GnRH」という;酢酸ブセレリン5μg)を筋肉内投与、10日目に卵胞刺激ホルモン(以下「FSH」という;アントリンR10)30AU(注6)をアルミニウムゲルに融解し、皮下内1回投与、12日目にCIDRを膣内から抜去し、PG(750μg)を筋肉内投与した。13日目にGnRH(10μg)を筋肉内投与、14日目の午後に人工授精(AI)し、21日目に常法により採胚した。暑熱期は処理開始日(0日目)から採胚日(21日目)まで冷却室で飼養し、通常期はフリーバーン牛舎で飼養した。
 
 
 採血は処理開始日と採胚日のそれぞれ飼料給与開始の5時間後(14時)に行った。なお、すべての項目についてstudentのt検定(注7)で統計処理を行い、P<0.05のものを有意、P<0.1のものを有意傾向ありとした。

(注6) Armour Unit(アーマーユニットの略称)で、過剰排卵処理ホルモン剤の単位。
(注7) 二つの標本について平均に差があるかどうかの統計学的検定法。

3 結果

(1)温度、THI

 冷却室内の温度、THIはいずれの期間も対照より低く推移し、温度は平均で2.0度、THIは平均で4.3低下した(図3、4)。
 
 

 冷却室と対照の温度差の推移を示した(図5)。冷却室は対照に比べ最大で約5.1度、最小で約1.5度温度が低下した。
 
 
 冷却室と対照のTHI差の推移を示した(図6)。冷却室は対照に比べ最大で約6.0、最小で約3.4THIが低下した。
 
 
 床上からの高さが異なる地点での温度、THIの時間推移を図7および図8に示した。日が昇る6時ごろから気温、THIとも上昇し13〜17時の間は高いまま維持し、その後、日の入りとともに低下した。温度、THIとも床上から高いほど上昇したが、対照と比べるといずれの時間帯も低く推移した。
 
 
 

(2)採胚成績

 当場が過去に行った採胚(n=725)では、暑熱期に正常胚数の減少が見られた(図9)。今回暑熱対策(冷却室+スポットエアコン)を行った場合の採胚成績を表3に示した。回収卵数、正常胚数、未受精卵数とも暑熱期は通常期と同様な成績であった。
 


 
 暑熱対策を施した供試牛の過剰排卵のAI時の卵巣を示した(写真)。過剰排卵処理の反応も良く、多数の卵胞が存在しているのが分かる。また、暑熱対策を行った4頭の供胚牛からはいずれも移植可能な正常胚が回収できた。
 

 (3)暑熱ストレス

  2−チオバルビツール酸反応性物質(TBARS)は、酸化ストレスに応答して濃度が上昇する物質の総称で、脂質ヒドロペルオキシドやアルデヒドなどが含まれる。
 TBARS濃度を処理開始日(0日目)と採胚日(21日目)で比較した。暑熱ストレスを受けるTBARS濃度は上昇するが、冷却室で連続クーリングすると、暑熱期においても採胚日のTBARS濃度は通常期と同様であった(表4)。
 
  同時期に別の牛舎内の冷却室で実施した暑熱ストレスの試験では、採胚前の過剰排卵処理開始日、人工授精日および採胚におけるTBARS濃度はいずれもクーリング区が非クーリング区よりも低く、採胚日はクーリング区(7.15µM)が非クーリング区(8.62µM)より有意に低くなった(図10)。
 
 

(4)血液性状

 血液性状の結果を表5に示した。血中グルコース濃度(Glu)はエネルギー代謝の指標であり、適正範囲以外の牛群では一般的に繁殖性が悪いと言われる。処理開始日は適正範囲以上であったが、採胚日には適正範囲内であった。
 
 
 血中総コレステロール(T-cho)もエネルギー代謝の指標であり、乾物摂取量と正の相関がある。処理開始日、採胚日とも適正範囲内であった。
 血中尿素態窒素(BUN)は、タンパク代謝の指標となり、適正範囲以下では発情兆候が微弱になり、また卵巣機能の低下を招く。処理開始日、採胚日とも適正範囲以下であったが、採胚日のBUN値は適正範囲により近づいた。
 γグルタルトランスフェラーゼ(GGT)は肝細胞が破壊されると血中濃度が高まることから肝臓障害の指標として用いられる。処理開始日は適正範囲以上であったが、採胚日では適正範囲内となった。
 グルタミン酸オキサロ酢酸トランスフェラーゼ(GOT)は肝臓の実質障害の程度を知ることができ、急性の肝疾患により上昇する。処理開始日は適正範囲以上であったが、採胚日には適正範囲内となった。

4 考察

 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構の研究(Sakatani et al. 2012)や当場の報告(鍋西. 2014)によると、暑熱期は黒毛和種繁殖雌牛の発情周期が有意に延長することやスタンディング発情が有意に低下することが報告されている。過去に当場で行った黒毛和種供胚牛からの採胚では正常胚数は暑熱期が通常期より減少する状況であり大きな問題となっていた。暑熱期では暑熱ストレスにより乾物摂取量、特に粗飼料の摂取量が減少することが知られており、その結果ルーメン内の発酵が異常を来し、繁殖成績の低下をもたらすと言われている。今回、冷却室で連続クーリングを行ったことにより、暑熱期に特異的に見られる粗飼料の摂食量の減少といった現象は見られなかった。血液性状などからもルーメン発酵が良好に行われていたと推察でき、暑熱ストレスの軽減により暑熱期の代謝が改善されたと考えられた。
 図9で示した通り当場で過去に行った採胚においては7月までは正常胚の減少は見られず、8〜10月に正常胚の減少が見られている。環境温度という観点から見ると約1カ月のタイムラグが生じていることになる。卵子の発育には数カ月かかることが知られており、涼しくなった10月に排卵した卵子でも、その発育段階で暑熱ストレスを受けていることから、10月に入っても採胚成績の低下が続いていると考えられた。今回、冷却室での連続クーリングにより暑熱期の胚生産は通常期と同様であった。暑熱は卵子の発育、受精、8細胞期胚までに最も影響を及ぼすと言われている。今回、過剰排卵処置開始から採胚までの21日間、冷却室で連続クーリングを行ったことで、卵子の発育や受精、初期胚発生といった時期の暑熱ストレスを回避できたものと推察された。
 当場では、県内の家畜保健衛生所を通して、胚を1個当たり2万952円で販売している。今回実施した冷却室1室当たりの作製費や電気代からコスト試算を行った(表6)。資材費が14万3252円(スポットエアコン2台含む)、スポットエアコンの電気代は1台につき1時間当たり15円とした。冷却室1室で1シーズン3頭採胚できるので、1頭当たり正常胚が2個増えると仮定すると2年目で採算はとれると試算できた。
 これまで、本県が位置する西南暖地で多く見られる開放式牛舎やその牛房で、従来の冷却装置を用いて暑熱対策を行うことは、効率性やコストの面から現実的ではないと言う考えが一般的であった。一方、生産現場からは暑熱期の採胚成績の低下を防ぐ手法の確立を求める声が多く聞かれていた。今回作製した冷却施設は、既存の牛房にコンパネを貼るなどといった簡易的な施設であり、作製に当たっても特殊な機材や工具を必要としなかった。その冷却能力やコスト面からも現実的なものであり、今後の現場普及の期待ができるものである。
 
 
 以上のことから、黒毛和種供胚牛を暑熱期に冷却室で連続クーリングすることで、暑熱ストレスが軽減され、採胚成績の向上が期待できることが示された。

参考文献
Berman A, Folman Y, Kaim M., Mamen M, Herz Z, Wolfenson D, Arieli A, Graber Y. 1985.Upper critical temperatures and forced ventilation effects for high-yielding dairy cows in a subtropical climate. J Dairy Sci 68. 1488-1495.

Sakatani M, Balboula A. Z, Yamanak K, Takahashi M. 2012.Effect of summer heat environment on body temperature, estrous cycles and blood antioxidant levels in Japanese Black cow. Anim Sci J. 83. 394-402

鍋西久. 2014. 乳・肉用牛の繁殖性に及ぼす環境要因の影響と考えられる対策.第24回日本胚移植研究会大会.

渡邉貴之.小西一之. 2015. 多頭飼養における黒毛和種繁殖雌牛生産性向上のための代謝プロファイルテストを用いた飼養管理マニュアル.

国土交通省気象庁ホームページ.


謝 辞
本調査を実施するに当たり、ご指導いただいた宮崎大学工学部河村隆介教授に深謝いたします。