2021年1月6日時点において、米国では豚熱やアフリカ豚熱が発生しておらず、アフリカ豚熱などの侵入防止対策に力を入れている。米国は世界有数の豚肉輸出国であり、生産量に占める輸出量の割合も大きいことから、国内でアフリカ豚熱などが発生し、同疾病が収束するまでに10年以上を要した場合には、輸出停止などの各種の損失額は最大で500億米ドル(5兆2500億円)に達するという試算も存在する(後出のコラム参照)。
米国の養豚業界はアフリカ豚熱の侵入防止を図るため、人や物を介して
伝播する同疾病の特性を考慮し、毎年アイオワ州で開催され、世界中から関係者が参加していたWorld Pork Expoについて、2019年の開催を中止した。これは、科学的な事実に基づく侵入防止対策というよりも、生産者の心理的な不安に配慮した判断であったように思われる。
空海港などの水際対策
USDAは、米国税関・国境取締局(CBP)と協力し、中国を含むアフリカ豚熱の発生国・地域から到着した乗客や貨物に対して入国時検査を強化している。
2020年3月3日、トランプ大統領は米国の食料農業保護法(Protecting America's Food & Agriculture Act of 2019)に署名し、同法が成立した。これにより、アフリカ豚熱などの動植物の病原体や病害虫の米国への侵入を防ぐため、CBPの職員や検疫探知犬の増強などが可能となった。同法により、2020年3月〜2022年9月の3会計年度において、毎年度、240名の農業検疫官および200名の農業技術者の増員、20の探知犬チームの追加、配置に必要な資金が確保された。
米国では1984年にロサンゼルス空港に初めて検疫探知犬が配置されてから、全米各地の空港などへ配置が拡大し、2020年10月末時点で全米88カ所以上の空港に179の探知犬チームが配置されている。
カナダやメキシコなど国境を接する国々とも協力して水際対策を行っており、同年6月には米国とカナダの首席獣医官が、アフリカ豚熱が発生した場合においても地域主義を適用し、発生区域以外からの豚肉などの輸出を認めることに合意した。
一方、関係者によれば、COVID-19の影響に伴う米国への旅行者の激減により、水際検査のための資金確保が課題となっている。これまで、検査員や探知犬の配置拡充に要する費用の一部には旅行者による検査手数料が充当されていたが、COVID-19の影響により旅行者数は大幅に減少しており、このまま旅行者が激減した状態が長引けば、水際対策の資金確保が問題となる可能性も指摘されている。
地域や農場におけるアフリカ豚熱などの侵入防止対策
万が一、国内でアフリカ豚熱、豚熱やFMD(口蹄疫)などの重大な家畜伝染性疾病が確認された場合、連邦政府による防疫対策指針に沿って、発生農場における豚の殺処分や消毒などの防疫措置や、他の地域へのまん延防止のために家畜や人の移動制限が行われることになっている。しかし、農場のバイオセキュリティを高め、これらの疫病の発生を未然に防ぐことを目的として、全米豚肉委員会(NPB)
(注3)は、日本における飼養衛生管理基準に一部相当するような豚肉の安定供給プログラム(SPS:Secure Pork Supply)の実践を推奨している。SPSはUSDAの動植物検疫局(APHIS)と協力して設計され、2010年から開始された任意のプログラムであり、SPSに参加することにより、農場のバイオセキュリティ向上が期待され、万が一、米国内で重大な家畜伝染病が発生した場合、SPS参加農家は肥育豚の処理場への出荷などに関する移動制限の除外認定を受けやすくなるなどの利点がある。
SPSでは主に以下の事項の実践が求められる。
・農場識別番号(PIN)の取得および提出
・農場バイオセキュリティ・プランの作成
・アフリカ豚熱などの家畜伝染性疾病を早期発見するための日常の観察、記録、報告
・豚、人、物などの移動記録の保管
農場バイオセキュリティ・プランで求められる主な事項として、以下が挙げられる(図9)。
・バイオセキュリティ管理者の任命およびバイオセキュリティ・プランの作成
・農場作業者に対するバイオセキュリティに関する研修の実施
・病原体の侵入を防ぐために、豚を飼養するエリアを境界緩衝エリア(PBA)として設定
・豚舎など特に感染リスクの高いエリアに境界線(LOS)を設定
・農場労働者が豚を飼養する上で必要な作業はPBA内で実施し、外部との必要なやりとりはPBA出入り口で実施
・PBA内へ車両や物が出入りする必要がある場合、事前に洗浄・消毒ポイントで洗浄・消毒を実施
・LOSへの出入り口でも洗浄・消毒を実施
・各エリアや出入り口などは誰が見ても明らかであるように、ロープや標識などで明示
・農場や各エリアへ移動する豚、精液、人、物などのすべての出入りを記録
・死体の適切な処理(特に野生動物との接触を避ける)
・排せつ物の適切な処理
・野生動物やハエなどの害虫対策を実施
・家畜飼料の適切な保管
これらの農場バイオセキュリティ・プランを作成し、SPS事務局に提出すると、その内容について検証が行われ、不備があれば修正が行われる。承認されれば、その後は実践が求められる。
全米で最も養豚が盛んなアイオワ州のアイオワ州豚肉生産者協会によれば、同州内には約5600戸の養豚農家が存在するが、SPSには約500戸の養豚農家が参加しているという。
(注3) 法律に基づいて豚の取引の際に一定金額を徴収し、マーケティングや調査研究を行うチェックオフ機関。