(1)フィードロット飼養頭数
フィードロット飼養頭数は、例年、夏場の需要期に減少した後、秋以降に回復するという季節性を有する。また、2018年以降、堅調な肥育牛価格を背景にフィードロットの収益性が良好であったことを受け、もと牛の導入意欲が高まったことにより、2020年3月まで飼養頭数は記録的水準で推移していた(図3)。
しかし、同年4、5月においては、COVID-19の拡大に伴う処理場の閉鎖やと畜能力の低下により、出荷適齢期を迎えた肥育牛が出荷できなくなり、肥育期間の長期化による体重の増加、プライムなど上位の肉質等級発生率が増加するなど、通常は計画的に行われているフィードロット経営が混乱に陥った。さらに、牛肉市場が混乱したこと(後述)や、肥育牛価格が低迷したこと(図4)などにより、フィードロットへのもと牛導入頭数が大幅に減少した。
この結果、例年なら飼養頭数が増加する時期にもかかわらず、同年4、5月はそれぞれ前年同月比5.5%減、同5.1%減という動きを見せた(図3の黒矢印部分)。
その後、大幅に減少していたと畜頭数が前年並みに回復し(後述)、肥育牛価格が穏やかながら回復したことなどからフィードロット導入頭数も増加に転じ、2020年8月以降は再び記録的水準にまで回復している。
(2)と畜頭数
牛と畜頭数は、フィードロット飼養頭数と同様に季節性を有しており、例年、夏場の需要期に増加した後、秋以降に減少する。そして2月の牛肉消費が落ち込む時期が底となり、再び夏場の需要期に向けて増加するという傾向にある。
近年の動向を見ると、キャトルサイクルの拡大・飼養頭数の増加に伴い、2016年以降は4年連続で前年を上回っており、2020年も3月まで増加傾向にあった(図5)。
しかし、同年4、5月において、COVID-19の拡大に伴い四大パッカーを含む多くの処理場において従業員の感染が相次ぎ、処理場の一時閉鎖が行われた他、従業員が未感染の処理場においても、消毒洗浄といった短期間の操業停止が行われた。これにより、4〜5月にかけてのと畜・加工処理能力が低下した結果、と畜頭数も4月が前年同月比21.5%減、5月が同23.4%減と、前年と比べて大幅に低下した(図5の黒矢印部分)。
その後、前述の通り処理場の操業継続を命じる大統領令が署名され、CDC/OSHAが定めた感染防止対策に関するガイドラインに沿った形で操業継続の確保が図られた。
こうした対策が行われる中で、パッカーにおいても、清掃消毒の頻度増加、十分な換気、ソーシャルディスタンスの確保、マスク・フェイスシールドなど防護具の導入、加工ラインへのパーテーションの設置など従業員の安全確保対策が行われた。さらに、閉鎖されていない処理場においても、割増賃金を支払った上で土曜日稼働の増加や昼夜交代制のシフト導入など実質的な稼働率の向上が図られ、牛肉の安定供給に向けたと畜能力の増大が行われることとなった。
このような政府、業界関係者が一丸となった対策が功を奏した結果、6月上旬には処理場の処理能力が前年同期比で95%以上まで回復し、6月以降のと畜頭数は前年並みの水準に至るまで回復することとなった。
なお、パッカーにおいては現在も上述のような安全対策や従業員のシフト制が継続されているため、例えば特定国の輸出向けなど、複雑なスペックが求められる加工処理よりも単純な加工処理が優先されている。従って、と畜頭数は回復しているものの、牛肉製品ベースで見ると需給バランスに若干の
乖離 が生じていると言われている。
(3)牛肉卸売価格
(カットアウトバリュー)
牛肉卸売価格(カットアウトバリュー)は例年、夏場の需要期に向け上昇し、7月4日の独立記念日前にピークを迎える傾向にある。また、近年においては、牛と畜頭数、牛肉生産量が増加する中においても、好景気に支えられた国内需要や、世界的な牛肉需要の高まりを受けた輸出需要もあり、良好かつ安定した推移を見せていた(図6)。
しかし、2020年3月中旬に全米各地で実施された都市封鎖や外出制限の実施に伴う小売特需により流通在庫が激減し、その補充買いでカットアウトバリューは100ポンド当たり250米ドル超(1キログラム当たり579円)の水準まで急騰した。
その後、レストランの一斉休業などに伴い需要が減少したため、カットアウトバリューは一時的に下落したものの、4月中旬以降、前述の通り処理場の休業や操業停止によりと畜頭数が減少し、新たな操業停止報道も相次いだため需給バランスが崩れ、再び異例の上昇に転じた。
5月に入ると、と畜頭数の減少が続き、市中に出回る牛肉の絶対量が不足する中、夏場の需要期を控えた小売チェーンや外食産業間で限られた牛肉を競り合う状況に陥ったため、カットアウトバリューは異例の急騰(現地報道によると、「日々の上昇ではなく、時間ごとに上昇した」)を見せ、5月中旬には同450米ドル超(1キログラム当たり1042円)と前例のない水準にまで達した。
こうした状況の下、前述の通り、処理場の操業継続を命ずる大統領令や統一的な感染防止に関するガイドラインにより、と畜・加工の継続確保が図られることとなった。
これらの対策が行われた結果、処理場が相次いで稼働を再開し、と畜頭数、牛肉生産量は回復軌道に乗った。そして、全米各地で経済活動が緩やかに再開されると、需要面での混乱も峠を越すこととなった。
6月に入ると、牛肉供給量が回復する中、パーデュー農務長官がプレスリリースを発し、6月9日朝の時点で、牛、豚、ブロイラーの処理能力はすべて前年同時期の95%以上に達しているとの情報が市場に共有された。さらに、「牛肉生産は予想よりも早期に回復の兆し」などの報道が相次いだことによる心理的側面からの後押しもあり、カットアウトバリューは6月中旬以降落ち着きを取り戻し、例年並みの水準にまで下落した。
(4)牛肉輸出量
米国の牛肉は、主に日本、韓国、台湾などの東アジア諸国や、近隣諸国であり貿易協定締結国
(注3)であるカナダ、メキシコ向けに輸出されてきた(表2)。近年においては、米国の牛肉生産量が増加する中、国際的な牛肉需要の高まりを背景に牛肉輸出量も増加傾向で推移しており、2018年は過去最高を記録し、2019年も前年に次ぐ過去第2位の数量となった。
2020年(1〜10月)については、1〜3月は前年を上回る好調なスタートとなったものの、4月以降は8、10月を除き前年を下回った。特に5、6月はそれぞれ前年同月比30.9%減、同33.0%減と大幅に減少した結果、通期で見ると前年同期比5.3%減の108万5382トンとなった。
5、6月の落ち込みについては、前述の通り、COVID-19の拡大に伴う処理場の操業停止および処理能力の低下によりと畜頭数・牛肉生産量が減少したことや、その影響による牛肉卸売価格の上昇により米国産牛肉の価格競争力が低下したことが要因である。
COVID-19の影響について、米国食肉輸出連合会(USMEF)は、「米国の食肉産業が直面した困難を考慮すれば、4〜5月の輸出量は想定よりも悪くなかった。と畜や加工処理、輸送に遅れが生じ、メキシコなど中南米市場では外出制限や自国通貨安といった為替の低迷により、米国産牛肉への需要が低迷した。しかし、こうした逆風にもかかわらず、米国産牛肉に対する世界的な需要は堅調であった」としている。
さらに、「COVID-19は特にメキシコや中南米向けなどで引き続き悪影響を与えている。また、多くのアジア市場では、レストランの来客数やフードサービスの営業は通常の状態には戻っていないが、特に8、9月における韓国、台湾、中国からの米国産牛肉に対する堅調な需要は、今後の輸出増加を示唆するものである。競合する豪州産牛肉の供給が(干ばつに伴う牛群再構築などの影響で)厳しい状況にあるということもあり、米国産牛肉はアジア市場のシェアを拡大する絶好の機会を得ている。完全に回復するには時間がかかるだろうが、アジアの牛肉需要は観光・旅行者に依存するところが大きいと考えているため、米国産牛肉には現在の勢いを維持してもらいたいと思っている」とコメントし、COVID-19の影響が続く中においても記録的輸出ペースが続く韓国、台湾、中国向けを中心としたアジア市場への期待感を表明している。
また、主要輸出先別輸出量については、USMEFの分析によると、首位の日本向けは(カナダなどCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)加盟国と比較して)関税面で不利な状況にあり2019年は減少したものの、日米貿易協定の発効に伴う2020年1月1日からの関税引き下げにより、同年は増加しているとしている。
韓国向けについては、米韓自由貿易協定による関税削減の進展もあり増加傾向にある。2020年は、過去最高を記録した2019年には及ばないものの、米国産牛肉は韓国市場の過半を占めるに至っているとしている。
台湾向けについては、4年連続して過去最高を更新した2019年を上回るペースとなっており、特に同国の冷蔵牛肉輸入に占める米国産のシェアは75%と独占状態にあるとしている。
中国向けについては、アフリカ豚熱発生に伴い減少した豚肉の代替需要により著しく増加しており、絶対量は多くないものの2020年は前年同期比で2.9倍の水準まで増加している。また、米国の処理場の稼働率が低下する中、複雑な加工スペックを要求しない中国市場の優位性が高まっており、さらに米中経済貿易協定の第1段階合意により米国の輸出認定施設数も増加したことから、今後の輸出も増加見込みであるとしている。
一方、メキシコ向けについては、COVID-19によりメキシコ国内の経済状況が悪化し、メキシコペソ安になったことで米国産牛肉が相対的に高価になったことを減少要因として挙げている。
(注3) 米国、カナダ、メキシコ間においては、1994年1月1日に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)により、牛肉の関税は無税で貿易されていた。その後、2020年7月1日、NAFTAの後継となる米国メキシコカナダ協定(USMCA)が発効しているが、牛肉関税は無税のまま変更されていない。