(1)COVID-19の発生状況
ブラジル保健省発表によると、ブラジル初の新型コロナウイルス感染者は、欧米や日本より1カ月程度遅い2月末に発生した。4月になってからサンパウロ市などを中心に感染が急速に拡大し、冬を迎えた7月末の1日当たり感染者数は6万9000人に達し、その後、減少傾向となっているものの、10月末時点で同感染者数は1万9000人となっている。10月末時点の累計感染者数は554万人、死亡者数は16万人となっている(図9)。
ボルソナロ大統領は、COVID-19の発生当初から経済活動優先の立場を見せ、自粛や経済活動制限に反対したため、安全対策を重視する各州の州知事と対立した。ブラジルは連邦制のため、その対策は基本的に各地方自治体(州、市)に対応が委ねられており、各地では自粛、経済活動制限などの措置が講じられた。サンパウロやリオデジャネイロ州などでは4〜5月に外出制限措置が講じられたが、6月以降段階的に解除された。なお、製造業や物流、生活必需セクターについては、企業活動が継続された。
(2)鶏肉生産の動向
ア 鶏処理羽数、鶏肉生産の状況
IBGEによると、2020年上半期(1〜6月)の鶏処理羽数は、前年同期比2.2%増と前年同期をわずかに上回った(図10)。5月は、COVID-19の拡大により市場の不透明感が強まったため減産措置が取られたとみられ前年同月を下回ったが、その後回復し、大幅な減少には至っていない。また、ブラジル鶏ひな生産者協会(APINCO)によると、同期間における鶏肉生産量は、同3.6%増の700万8400トンとなっている。
現時点で生産者の生産意欲に大きな影響は見られないものの、従業員の感染拡大による一部パッカーの一時的な操業停止や、中国政府がブラジル産の製品から新型コロナウイルスが検出されたとして輸出認可を一時停止するなどの事態が発生し、そのたびに業界は緊張感が高まっている。
また、Avisiteによると、2020年1〜8月のブロイラー用ヒナ生産羽数は、6、7月の急増で過去4年平均より6.8%の増加となっている(図11)。同協会では、飼料穀物価格高騰による生産コストの上昇で1羽当たりの平均出荷重量が減少するため、2020年の鶏肉生産量は、前年と比較してわずかに増加すると予想している。
イ 食鳥処理場などへの影響
ブラジルの食鳥処理場は、比較的小規模(日平均処理羽数15〜25万羽程度)であるため、処理場における感染防止対策や処理羽数などの管理が比較的容易である。また、大手パッカーでは、一つの処理場で一時的な操業停止が発生した場合、グループ内の他の処理場で対応が可能であることから、農場で処理待ちの鶏が滞留するといった問題はあまり見られなかった。
また、パラナ州にある業者からのヒアリングによると、食鳥処理場では、感染防止対策として、作業員間の距離を確保するなどの措置により生産性が10%程度落ちたが、労働時間の延長や作業員の補充により対応した結果、処理待ちの鶏の滞留といった問題は生じなかったとのことである。なお、鶏肉パッカーの関心は、「コロナコスト」と呼ばれる感染防止対策に要する掛かり増しコストにどのように対応していくかとのことであった。
(3)ブロイラー生産者出荷価格
パラナ州におけるブロイラー生産者出荷価格は、2019年3月以降、2020年1月を除き比較的安定して推移したが、2020年4〜5月にはCOVID-19の影響による国内市場の不振のため一時やや値を下げ、その後上昇に転じ6月以降高値で推移している。一方、生産コストは、同年1月以降、飼料穀物輸出増を背景として国内の飼料穀物需給がひっ迫し価格高となるなど上昇傾向で推移している。このため、4、5月および8月には、生産コストが生産者出荷価格を上回る逆ザヤの状況となり、生産者にとって厳しい経営環境となった(図12)。
(4)輸出の動向
2020年1〜10月の鶏肉輸出量は、前年同期比1.5%減の323万349トンと前年同期をわずかに下回った。同年前半は前年同月の実績を上回ることが多かったが、その後、前年同月割れの月が多くなり、10月には前年同月比11.7%減となった。年初から米ドルに対しレアル安が進み、その後も1米ドル当たり5.5レアル程度と輸出に有利な状況にある一方で、飼料価格高による生産コストの上昇やCOVID-19の影響による中国向け輸出の伸び悩みがみられる。この他、主要輸出先であるサウジアラビアなどのイスラム諸国において、COVID-19の影響でモスクが閉鎖され、ラマダン後の会食が行われなくなったことによる需要減も一因となり、輸出量が減少したものとみられる(図13)。
ブラジルにとって最大の輸出先である中国向け輸出の状況は次の通りである。
中国向けは、同国でのアフリカ豚熱の発生に伴う代替需要を背景に、引き続きブラジル産鶏肉への引き合いが強く、2020年1〜10月における輸出量は56万3728トン(前年同期比22.8%増)と大幅な増加となった。
中国でアフリカ豚熱により豚肉不足が深刻化し始めた2019年初めころから、その代替需要としてのブラジル産鶏肉の対中輸出量増加とともに輸出価格の上昇が始まった。特に同年後半は、翌年1月の春節需要を見込んだ買付数量の増加が見られたが、年明けから中国においてCOVID-19が拡大し、移動禁止措置が講じられた結果、物流が滞り、春節需要が事実上消失したため、2020年に入ってから輸出価格は下落した。これは、米ドルに対するレアル安がさらに加速したことも影響している(図14)。
(5)国内価格、消費の動向
ア 国内価格
ブラジルでは、COVID-19による国内消費への影響や食鳥処理場の一時的な操業停止への懸念があり、4月ごろブロイラー用ひなの減産が行われたとみられる。しかし、6月ごろから牛肉の価格上昇により、割安感のある鶏肉へ消費がシフトした結果、国内の鶏肉卸売り価格は上昇しているとみられる(図15)。
イ 消費への影響
新型コロナウイルスの感染者が増加し感染防止対策の規制措置が講じられた2020年3月から、ブラジルでも多くの消費者の食生活に変化が見られた。外出自粛によりテレワークが一気に広まった結果、国民が自宅で過ごす時間が長くなったが、このような生活様式の変化は、11月現在でもホワイトカラーを中心に続いている。またCOVID-19収束後も、相当数の労働者がオフィスに戻らないのではないかとみられている。このためレストランでの食事を避ける傾向は長く続き、フードサービス業界は、デリバリーの比率を増やしながらも苦しい状態が続くとみられている。
こうした状況の中、消費者の家庭での調理の機会は増えている。しかし、テレワークで自宅にいるとしても、すべての食事をその都度作ることは大変な負担となっており、ブラジルでいうComida Pronta(出来合いの食品)と呼ばれる総菜の需要が高まっている。しかし、バラエティに欠け、消費者の需要に十分応えているとは言えない。鶏肉も同様で、加工品の種類、質も十分ではないが、商品開発を続け国内に高品質な加工品を出していくことは、付加価値の低いコモディティの輸出に依存している状況から抜け出す契機になっていくことも考えられる。
一方、COVID-19は、人々の健康意識、あるいは安全な食品を求める行動を促している。有機野菜の需要はこの期間に増大したと言われる。ブラジルでも以前からこうした傾向は見られたが、高所得者層に限られたものであった。しかし、こういった動きが中流層にまで食の安全への意識を高める契機になったとみられる。
(6)食肉処理場での対策
ア 食肉処理場の閉鎖
ブラジル農牧食糧供給省農牧防疫局動物製品検査部(DIPOA/SDA/MAPA)の月次報告書
(注2)によると、COVID-19に関連して一時的に操業停止の措置が取られた食鳥処理場数は、7月までに20カ所となった。この大部分は、労働公安局(MPT- Ministério Público de Trabalho)が、当該食鳥処理場における従業員の安全のための対策が不十分であるとして地方裁判所に告訴し、その決定により操業停止命令が出されたものである。操業停止期間はそれぞれのケースにより異なるが、14日間程度の場合が多い。食鳥処理場では、指摘事項を改善し、当局検査官の確認を得た上で再開が許可される(表)。
(注2) MAPA, Relatório de Atividades do Serviço de Inspeção Federal, 各号
イ 対策
ブラジル農牧食糧供給省(MAPA)、経済省(ME)ならびに保健省(MS)は共同で2020年6月19日、食肉処理場や乳製品工場などにおいてCOVID-19を防止・管理・抑制するためのガイドラインを定めた省令を発令した。このガイドラインには、COVID-19対策として食肉処理場などが取るべき70項目が定められている。主なものは次の通りである。
・感染確認者などの従業員を対象に14日間の出勤停止。
・作業間の距離は最低でも1メートル以上を確保。これが難しい場合は勤務時間のシフト変更などの対策を実施。
・可能な限りテレワークを推進。
・空気の再循環を避け、新鮮な外気を取り入れるよう対策。
テレーザ・クリスティーナ農牧食糧供給大臣は、「この省令により、COVID-19が拡大している中で、食肉処理場の従業員の安全性を高め、通常業務および生産の継続、ひいてはブラジル国内や海外に向けて食料供給を可能にする、調和のとれた活動がもたらされるだろう」と述べている。
また、ブラジル動物性タンパク質協会(ABPA)は、COVID-19まん延の初期から処理場の防疫対策を徹底し、オリエンテーションを行った。具体的な対策としては、過密を避けるため工場への労働者送迎バスの増便、工場到着後の検温、手洗い、アルコール消毒の徹底、マスク、フェイスガードなどの衛生用具の支給、工場内での作業員間の距離の維持、ビニールシートの設置、体調不良者の自宅待機、従業員食堂でのパネル設置などが実施されている(写真)。