本節では、2016年豪雨時の断水と胆振東部地震による停電に対する産地対応を分析する。まず、JA大樹町による組織的な対応とその結果を分析し、その後に個別経営の対応事例を検討する。中規模経営の事例は有限会社太田牧場(以下「太田牧場」という)、大規模経営の事例は株式会社サンエイ牧場(以下「サンエイ牧場」という)を取り上げる
(注7)。
(注7) 以下の内容はJA大樹町と個別経営へのヒアリング、JA大樹町畜産部資料より。
(1) JA大樹町
ア 断水時の対応(2016年)
JA大樹町は、断水を受け、約100戸の全有畜農家に対して、1日当たり一律3トンの上水を供給した。平均的な酪農経営の必要量に満たないものの
(注8)、上水で行う必要がある搾乳機器・バルククーラー向け洗浄水であり、生乳出荷体制の維持に必要な最低限の水という位置付けであった。その他に必要な水は、酪農家が個別に調達した。
2016年当時、農協として全域断水は想定していなかったが、部分断水は想定しており、一部の酪農家に配給した水を受ける桶としての貯水タンクを導入済みであった。1戸当たり容量は3トン程度、導入農家は全体の約3割である(平成25年度中山間事業)。井戸水が利用可能な酪農家は3割弱のみだった。
断水当日の8月31日午前中に農家への3トン給水を決定し、地区ごとに農家説明会を開催、洗浄水3トンの農協配給とそれ以外の水の自己調達を組合員に伝えた。同日15時から集乳後のミルクローリーを使って農家への給水を開始した。JA大樹町で利用していたミルクローリー7台と、ホクレン支援で他地区から派遣されたローリーで、7日間で延べ313戸に995トンの水を届けた。また、大樹町に隣接する忠類・中札内地区の2カ所に酪農家向け給水所を確保し、その場所に農協職員も派遣した。
通常、集荷後、空になったバルククーラーはすぐに洗浄する必要があるが、洗浄水節約の観点から、隔日集荷の際にバルククーラー内の
攪拌器で生乳を攪拌できる程度の量を残して集荷する緊急避難措置を行った。しかし、断水の長期化を受け、断水後2回目の集荷ではバルク内の生乳を全量集荷し、バルク内を十分に洗浄する指示を全組合員に徹底した。
搾乳機器の洗浄不足を原因とする生乳廃棄が1戸で2トンほど発生したものの、断水後に極端な乳質悪化は起きなかった。断水による影響は最小限に抑えられたと言える。
(注8) 乳用牛は1日100リットルの水を飲む。よって、JA大樹町の1戸当たり平均経産牛飼養頭数は153頭であるので、乳用牛の飲料水だけでも15トンの水が必要となる。
イ 停電時の対応(2018年)
JA大樹町は、「大樹の生乳はひとつ」という方針に基づき、JA大樹町全体として生乳廃棄量を最小化できるよう優先集荷する酪農家を状況に応じて選別し、そのために個別経営のバルククーラーごとに生乳貯蔵量を把握して対応した。事後に、廃棄乳の乳代相当の一部をJA大樹町独自の「見舞金」として該当する酪農家に支払った。
2016年豪雨災害後、JA大樹町は全酪農家に災害対策設備の導入を呼びかけ、胆振東部地震時にはすでに全戸が配電盤
(注9)を導入、自家発電機も45%が所有していた。残りの55%も他者から発電機を借用できたので、搾乳自体できない酪農家はいなかった。
停電発生当日の9月6日は、雪印メグミルク大樹工場が停止し、生乳の集出荷はできなかった。翌7日に、通常は出荷していない町外の乳業メーカー2社への生乳出荷依頼がホクレンからあり、それぞれ24トン、14トンを出荷した。その際、集出荷に要する時間と費用の最小化のため、ミルクローリー拠点のある市街地に近い大規模経営を優先して集荷を実施した。電話が通じないため、状況確認で全戸を巡回する農協職員が、廃棄した酪農家だけが損をして出荷できた酪農家だけが得をするようにはさせない、「大樹の生乳はひとつ」との方針を説明して、緊急時の集出荷方針を伝えた。
8日には停電から復旧、大樹工場が受乳を再開したが、工場内のタンクやラインに滞留した原料・製品の廃棄に手間取ったため、通常通りの受け入れができなかった。そこで、搾乳後3日目の生乳があるバルククーラーから優先して出荷した。搾乳後4日目に入ると、そのバルク内の生乳を全量廃棄せねばならないからである。9日は搾乳後3日目の生乳があるバルククーラーと毎日集荷の酪農家、10日は毎日集荷と偶数日集荷の酪農家とバルククーラー容量超過の恐れがある酪農家、11日は毎日集荷と奇数日集荷の酪農家から集荷し、大樹工場が正常化した11日にはほぼ通常通りの集荷体制に復帰した。
9月6日から11日の間で、JA大樹町では601トンの生乳が廃棄された。JA大樹町は、廃棄乳1キログラム当たり30円の見舞金を支払った。ホクレンによる廃棄乳代半額相当分の見舞金と合わせると、JA大樹町の酪農家は廃棄乳代の約8割が補填されたことになる。また、停電を原因とする乳房炎が発生した事例はなく、地震以前の集乳量に9月下旬までに戻り、停電の影響から速やかに回復したと思われる。
(注9) 自家発電機利用時は、通常電力から非常用電力に切り替える配電盤が必須となる。配電盤がない場合、その都度の配線作業が必要になる、あるいはそもそも利用できない場合すらある。発電機利用に余分な時間を要することになり、特に複数酪農家での共用時に作業遅れの要因になる。
ウ 災害後の対応策の展開
2016年豪雨後、ほぼ全戸が緊急用の貯水タンクを設置した。農協として、自家発電機と配電盤、貯水タンク、給水ポンプの設置を推奨した結果、胆振東部地震前の段階で普及がある程度は進んでいた。胆振東部地震後は、農畜産業振興機構が実施する補助事業(酪農経営支援総合対策事業)を活用して、2020年現在、離農予定の1戸を除く全戸に自家発電機が設置されている。
このように、災害時に生乳出荷を継続するための貯水タンク整備や停電対応は、農協ではなく酪農家の責任で行う一方、農協は、生乳廃棄最小化のための集出荷対応と迅速な災害情報の伝達に専念することが明確にされた。そのため、災害対策本部が設置される農協事務所や、生乳検査施設、ガソリンスタンドにも非常用発電機を導入した。
2019年には災害対応マニュアルを策定、これに基づいた机上訓練や、発電機駆動・無線通信・安否確認・消火といった内容別の実地訓練を年1回は行い、訓練を通じて不十分と認められた点はマニュアルを更新している。
(2) 個別経営の対応事例
今回、調査対象となった個別経営の概要を表2に示した。
ア 有限会社太田牧場
太田牧場・代表の太田福司氏に2020年10月、ヒアリングを行った(写真1)。太田牧場は大樹町上大樹地区に所在し、総飼養頭数375頭(うち経産牛185頭)、年間生乳出荷量が1600トンの中規模経営である(写真2)。経営耕地面積は牧草地105ヘクタール、労働力は家族4名、雇用2名(日本人従業員1名、フィリピン人技能実習生1名)の6名である。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大に伴う入国規制で、技能実習生1名が入国できていない。1998年に規模拡大してフリーストール化、2004年に法人化した。
2016年の断水時、上大樹地区は2日間ほど断水した。予備用のバルククーラー(5トン容量)を搾乳機器・バルククーラー洗浄水を貯める用途で使い、農協からの3トン給水もあって洗浄には苦労しなかった。一方、牛の飲料用には、1日16トンの水が必要であった(育成牛は預託)。3.5トン容量のFRP製タンク(写真3)をトラックに積み、忠類や中札内の給水所との間を1日3回から4回往復した。これらタンクは平成25年度中山間事業で四つ導入したもので、事業費193万円、自己負担額44万円であった
(注10)。借りてきた肉用牛用の餌台にタンクから飲み水を注いだが、たちまち乳牛は飲み干してしまい、切迫した状況であったと認識している。
胆振東部地震時の停電時間は2日強で、9月8日昼に復旧した。2008年に非常用で購入していた出力48キロワットのトラクターPTO駆動発電機(導入費約120万円。写真4)を使って、搾乳機器とバルククーラーを稼働させた。地震発生時は研修のため大樹町不在で、家族に電話で指示し、電機会社社員にも来てもらって対応した。しかし、出荷できなかったため、出荷量でおよそ2日分の生乳を廃棄した。廃棄乳は、2008年に1200万円で整備した雑排水処理施設
(注11)(写真5)で処理した。
PTO発電機で出力は十分だったが、電力の不安定さによる搾乳機器への影響を懸念し、地震後に、前述の補助事業を活用して出力60キロワットの定置式発電機を導入した(事業費188万円、リース料込自己負担額114万円。写真6)。自分が不在時でも問題ないように、家族と使用手順を確認している。
(注10) 年間出荷乳量400トン当たり3.5トン容量のタンク一つという目安だったという。
(注11)バルククーラー洗浄水処理用途で導入した。嫌気性微生物分解である。
イ 株式会社サンエイ牧場
サンエイ牧場・代表取締役の辻本正雄氏に2020年10月、ヒアリングを行った(写真7)。サンエイ牧場は大樹町日方地区に所在し、総飼養頭数2417頭(うち経産牛1545頭、黒毛和牛160頭など)、年間出荷乳量1万6250トンの北海道内でも有数の規模を誇るメガファームである(写真8)。1994年に3戸の酪農家が出資して設立され、長らく農事組合法人であったが、2020年2月に株式会社形態へ転換した。経営耕地面積は牧草地473ヘクタール、デントコーン173ヘクタール、てん菜19ヘクタール、労働力は42名(関連会社含む)で、役員3名、構成員・職員22名、パート5名、ベトナム人技能実習生など12名である。技能実習生は本来14名体制を想定していたが、COVID-19の入国規制の影響で少なくなっている。日本初となる牛ふん尿利用のバイオガスプラント(出力300キロワット)を、2013年に稼働した(写真9)。
2016年時点で、断水は全く想定していなかった。全量上水利用で、井戸水利用はなく貯水用タンク・設備も所有していなかった。約2日間の断水下で、搾乳機器とバルククーラー(15トン容量×2)の洗浄水は、農協の給水で対応した。加えて、当時は搾乳牛だけで1000頭の飼養頭数で、1日当たり飲料水は実に100トンに達した。1台しかないトラックに農薬運搬用タンクと借りたタンクを積載し、地下水由来の用水路からポンプを使って24時間体制でくみ上げたものの、1回に6トンしか給水できず、必要量に全く足りなかった。
胆振東部地震時の停電は、約2日間続いた。当時、定置式発電機を二つ所有していたが、バルククーラーを冷却するまでの出力がなかった。出力50キロワットの発電機で給餌機と哺乳ロボット、出力120キロワットの発電機(写真10)でロータリーパーラーとふん尿圧送ポンプを稼働させた。各発電機に両方の機器を同時に稼働させる出力はなかったので配電盤を切り替えて交互に利用し、さらに哺育舎も分散していたことから、
削蹄業者の発電機を借用して対応した。廃棄乳は出荷量2日分相当の80トンで、ふん尿と混合して
圃場 散布で処理した
(注12)。
以上の経験を受けて、現在、行っているのは、まず、断水対策として、牧場から2キロメートル地点で井戸を掘り、場内への配管工事を進めている。また、60トン容量の貯水槽の工事も行っている(写真11)。関連投資額は5000万円に上るもの、井戸水の利用増加で上水道料金を年間で700万円圧縮できるため、採算ベースと判断している。停電対策としては、バイオガスプラントの自家発電用途への改良工事を行う予定だ。これまで売電用途のみでの運用だったが、自家発電機としての利用には電源切替・出力制御装置などの追加・改良が必要で、投資額は3000万円に達する。出力は300キロワットで、牧場内の需要(最大290キロワット)を満たせる見込みである。また、哺育舎分散に対応して50キロワットの発電機を2021年に追加で導入した。
(注12) バイオガスプラント導入時に産業廃棄物処理業者の免許を取得している。液状廃棄物を大量処理できる業者は多くないため、乳業工場で発生した廃棄物も扱っている。清水池・戴(2020)で指摘されているように、ミルクサプライチェーンの速やかな復旧にこれら業者の存在は重要である。