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特集:新たな酪肉近に対応した取り組み〜持続可能な酪農・肉用牛生産の創造に向けて〜畜産の情報  2021年3月号

都府県酪農における新規参入の現状と課題

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日本獣医生命科学大学 応用生命科学部 教授 長田 雅宏

【要約】

 本稿は、北海道就農者研修牧場の先駆的事例から、有形・無形資産の取得に関して重要な示唆を得るとともに、遅々として進展しない都府県酪農における新規参入の方策を提示した。調査の結果、離農する酪農家に対して経営移譲を促し、第三者経営継承へ導くことが不可欠であり、そのためには農協・連合会・各県畜産協会などの関連機関と協調して推進することが指摘された。加えて、新たな経営を創出している多様な事例を取り上げ、新規参入モデルを提示した。都府県における酪農新規参入の成功要因について、(1)農地中間管理機構などによる適正な農地価格の提示や離農跡地の保有・集積を行うこと(2)就農希望者を育成する研修牧場の設置(3)農協等の関連機関と協調して、地域住民の酪農への理解を醸成すること(4)情報の一元収集と第三者経営継承をマッチングする専門職員の養成−を提言とした。

1 はじめに

(1) 問題の所在

 わが国の生乳生産量は、1996年の865万7000トンをピークに以降は漸減し、2019年には731万4000トンまで減少している。この内訳を見ると、北海道の生産量はおおむね横ばいで推移しているのに対し、都府県は2010年に北海道と逆転して以降、19年にはおよそ60万トン減産の326万5000トンとなっている(図1)。生乳生産は北海道の道東地域に集中する傾向にあって、多くの生乳が都府県へ移送され供給体制は整ったかのように思われるが、昨今では大型台風の上陸により、その都度供給が途絶え、ひっ迫する状況が続いた。まさに、都府県の生乳供給体制の脆弱ぜいじゃく さが露呈したと言える。その主因は都府県の生乳生産量の減少であり、このような状況が、都府県における新規就農者への対応を強化すべきいわれである。
 
 
 一般社団法人中央酪農会議が実施した平成19(2007)年度および29(2017)年度酪農全国基礎調査の結果を比較すると、2017年度の経営主50歳代は07年度の42.9%から24.6%に減少した一方、60歳代は19.8%から37.1%に増加して、経営主の平均年齢は54.7歳から57.3歳へと上昇している(図2)。経営継承が順調に行われた場合はピークの変動はないが、2007年は50歳代でピークを示すのに対し、17年は60歳代へ移行していることが分かる。この傾向は都府県において顕著に認められ、30歳代・40歳代の増加が確認できないことから、新規参入もごくわずかであることがうかがわれる。
 

 全国の担い手確保率は2007、2017年度ともに約49%と変動はなく、水田や耕種農業と比較して高いものの、依然として低値を示している(注1)(表1)。一方で、後継者不在率は北海道・都府県ともに増加しており、全国でおよそ3割の酪農家は後継者が存在しない。都府県における担い手確保率は、若干ながら改善の兆しが見てとれるが、後継者不在率と未定の割合を合わせると依然として担い手の確保がなされていない状況である(表1)。
 
 
 以上、述べた通り、経営主年齢60歳以上の割合の上昇、担い手確保率の低下、後継者不在率の上昇から、今後、酪農経営体数の減少が加速すると思われる。酪農経営の将来を担う若年層の確保、定着が喫緊の課題であると言えよう。

(注1) 平成29年度食料・農業・農村白書では、49歳以下の基幹的農業従事者がいない販売農家は107万戸で、全体の88.5%を占めている。非若手農家における酪農の0.5%に対し、稲作は56.1%、次いで果樹の9.2%、露地野菜5.5%である。

(2) 新規就農の類型化と特徴

 農林水産省では、新規就農者を表2の通り定義している。新規自営農業就農者は、親元就農や家族内経営継承とも言われ、親の経営を主に長男が継承することであり、新規雇用就農者とは、雇用型大規模酪農経営体などに雇用され就農する形態である。また、新規参入者とは、新たに経営資源を調達し就農する形態であり、資源の調達や継承方法により第三者経営継承と独立就農に類型化される(図3)。第三者経営継承は、後継者不在の経営における施設・設備・農地などの有形資産と飼養管理技術や地域における信頼関係などの無形資産を、家族以外の者が併走期間中に継承する形態である(注2)。第三者経営継承は施設・設備の他に、家畜をそのまま継承できること、技術継承を通じて信頼関係が形成されるなどのメリットが挙げられる(注3)。一方、独立就農は第三者経営継承とは異なり併走期間はなく、多くの場合は離農農家の跡地に就農するが、無形資産は継承されず空所期間が発生する。後述するが、前経営者の思考や経営形態を取り入れる必要はなく、放牧酪農や6次産業化など、自由な経営を創出できることが特徴である。その反面、空所期間が発生することから、施設の老朽化に伴う新たな設備投資が必要となる。また、第三者経営継承の中でも、前経営者から有形資産を継承するが併走期間を設けず、独自に無形資産を取得するため、独立就農に近い就農方法とされる居抜き継承がある。このように、新規参入における類型は、資産継承の程度と就農過程の違いにより、いわば相対的なものであって明確に区別することはできない。
 
 

 
 酪農経営は、家畜の飼養管理と飼料作物生産の二重構造をとり、作物生産に家畜が介在することで互いが複雑に絡み合い、水田や耕種農業などとは異なる。また、新規参入者の有形資産の取得方法は、北海道と都府県では立地条件や農地価格、さらにはプロセスや就農条件も異なるが、総じて施設・農地・乳牛いずれもが高額な資本を要することもあって、新規参入を困難にしている(表3)。ともあれ、酪農新規参入は経営継承に関する各種事業が実績を上げつつあり、特に北海道では北海道農業公社を中心に村外離村による離農跡地を継承する形態で就農している。

(注2) 第三者経営継承には、(1)委譲希望者と継承希望者のマッチング(2)短期間での技術・ノウハウの伝達(3)農地・施設の引き継ぎ(4)信頼関係の構築・維持(5)関係機関の介在・支援などの重要性が指摘されている[4][5]

(注3) 島[3]は経営資源の継承と経営展開について、第三者経営継承と独立就農の特徴を比較・分析している。独立就農は新規参入の8割を占めるが、経営安定までに多くの時間を要するとともに、10アール当たり農地取得価格は第三者経営継承よりも高く、耕地面積は小さい。これは、経営資源をまとめて引き継ぐという第三者経営継承の利点が発揮され、関係機関などにより新規参入者が有利になるよう経営資源の取得価格が引き下げられる調整が働き、さらに就農環境は一段高いステージから開始し、就農後の円滑な経営につながると報告している。

 
 

(3) 関東地域の新規就農の現状

 関東生乳販売農業協同組合連合会の2002年度以降の新規生産者の資料を基に、会員である各都県の酪農業協同組合および同連合会、生乳販売事業に携わる農業協同組合などに対して調査を行った。関東地域で2002〜14年に新たに会員となった経営体は137戸で、これらには親元就農者、農協の再編成による新規会員(千葉44戸、静岡33戸)が含まれている。各会員への聞き取り調査によると新規参入者は8戸であったが、4戸はすでに廃業し、再調査の結果さらに2戸が搾乳を中止していた。以降、群馬県、千葉県、神奈川県で新規参入が確認されているが、就農定着率は5割以下であった(表4)。
 
 
 この調査では、都府県の新規参入は賃貸により経営を開始できるが持続的ではなく、農地問題や経営継続に関する支援体制の不備を指摘している。一方、群馬県では在村離農による家賃収入目的の経営継承を認めず、第三者経営継承による買取方式を推進している[6]。2015年に継承した事例は、公益社団法人群馬県畜産協会と農協などの連携による第三者経営継承であり、優良事例として一つのモデルになっている(図4)。この事例では、マッチングから就農後の支援まで、同協会の加藤康義氏による参入支援の貢献が大きく、専門技術員や営農指導員など、第三者の関与が重要であることを指摘している。
 以上を踏まえて、北海道の研修牧場制度や都府県の成功事例を基に有効な方策を明らかにしたい。
 

(4) 調査対象と分析方法

 1)北海道浜中町の研修牧場は、1991年に浜中町と浜中町農協により設立された、新規就農者を育成するための実践牧場である。1986〜2016年に新規参入した酪農家は37戸であり、その後の経営展開を把握するため、研修牧場を経て新規参入した2戸、研修牧場を利用せずに新規参入した2戸に対してヒアリングを行った(2019年8月)。
 2)都府県を代表する栃木県の酪農専門2農協を対象に、2014〜18年に離農した経営体の離農理由とその後の経営資源の状況、および新規参入対策について、営農指導課の担当職員にヒアリングを実施した(2019年4月)。
 3)先行の栃木県での調査において、「農協単独の支援は困難である」という回答が得られたことから、全国酪農業協同組合連合会(以下「全酪連」という)の会員33農協に対して新規参入の現状と課題、会員農協が実施している新規参入者への支援対策に関するアンケートを実施した。調査内容は農協管内酪農家の概要、過去5年間の新規参入者数と経営の状況、現在実施している各農協の新規就農対策である。回答者は会員農協の職員であり、離農した酪農家に関する情報は営農指導担当者などの記憶および記録を基に集計した。
 4)地域・農協・行政が連携して新規参入を推進している多様な事例に着目し、島根県雲南市、愛知県酪農農業協同組合および各農協管内の新規参入者に対してヒアリングを実施した。調査は、新規参入までの過程、有形・無形資産の取得方法、および参入支援体制について整理するとともに、都府県酪農における新規参入の成功要因を明らかにした。

2 アンケートおよびヒアリング調査報告

(1) 北海道浜中町における支援体制

ア  浜中町就農者研修牧場について
 浜中町農協は、2009年に農協他9社が出資する株式会社酪農王国を設立するなど、地域振興や担い手育成のため、常にリーダー的な存在として新たな取り組みを行ってきた(注4)。しかし、酪農が基幹産業である浜中町においても、高齢化や後継者不足による離農が相次ぎ、酪農家戸数の減少が懸念されている。そこで浜中町では、同農協を中心に酪農関連機関・団体が協力して、新規就農希望者を総合的にバックアップする支援体制を構築している。この支援システムの基軸が「浜中町就農者研修牧場」(以下「研修牧場」という)である(写真1)。
 
(注4) 本場は経産牛118頭、未経産牛59頭を飼養し、牧草地116ヘクタール(2020年12月末現在)において放牧を主体に年間864トン(2019年度)の生乳を生産している実践牧場である。また、株式会社酪農王国は、浜中町農協50%、建設業等49.5%、その他0.5%出資により、常時600頭を飼養している。年間およそ2400トンの生乳を生産し、建設業などの異業種との連携により地域社会、地域経済、離農跡地の再編、担い手育成を目的に設立された地域の基幹牧場である。
 
 
 研修牧場は多様な就農形態に対応するため、2004年に法人化し、実習受入れは原則として夫婦またはパートナーがいることが前提となっている。研修牧場は大別して「本場」と「分場」があり、研修生は本場での研修を経て、分場の経営を開始する(図5)。敷地内に研修生用住宅を完備し、本場事務所の一角には子供部屋を設置するなど、親子でも集中して研修ができるようにリモートワークの環境も整備されている。本場において2〜3年の研修を行った後に、分場の管理者として1〜2年運営し、その分場を取得させる。分場の多くは、農地所有適格法人である浜中町農協が離農跡地を取得したものであり、新規就農者は農地中間管理機構である北海道農業公社の農場リース制度を活用し、分場を取得している。浜中町では研修牧場勤務の有無に関わらず、農場リース制度により新規参入を支援し、さらに新規就農者誘致条例により、リース料の半額助成、5年間の固定資産税相当額の助成も行っている。1982年以降これまでに41戸の新規参入経営を輩出しているが、病気やけがの数戸を除くほとんどの経営体が現在も活躍している。
 
 
イ 新規参入の事例報告
 2017年7月に実施したアンケートから[1]、研修牧場を経て新規参入した2戸、研修牧場以外の2戸に対してヒアリングを行った(表5)。就農の動機と出身地はさまざまであるが、特筆すべきは研修牧場の評価である。多くは研修生同士の考え方や関係維持に不満を抱き、研修中の人間関係は複雑のようだ。しかし、評価する点に注目すると、実践的な研修を受けられる上で、安定した給与が保証され、就農地の情報や就農後の支援・資金調達において、浜中町農協によるサポート体制が構築されていることが挙げられていた。また、子育てをしながら地域との関係を築けたことも、新規就農までの環境整備として高い評価が得られていた。
 研修牧場は新規参入の有効な方策であり、地域が一丸となって新規参入を後押ししていることが分かる。
 
 

(2) 栃木酪農における離農の現状と経営資源の活用

 2018年における栃木県内の酪農家戸数は725戸であり、2農協の酪農家戸数は585戸であることから、およそ8割を網羅している。各農協管内の概要、過去5年間(2014〜18年度)の離農者数・年代、離農理由および離農後の牛舎の活用状況を把握するとともに、新規参入に関する意識調査を行った。離農した酪農家の詳細は、営農指導担当者らの記憶および帳票類などを基に分析を試みた。
 2農協の経営主は、40歳代以下・50歳代の割合が約20%と低い。一方で、60歳代以上が55%以上と高く、過半数に達している。後継者不在率は33.2%、今後5年間に離農予定の経営体は8.4%となっており、具体的にはおよそ50戸と推察される。2014〜18年度に搾乳を中止している経営体数は、5年間で合わせて99戸であり、60歳以上が72.7%を占めていた(表6)。
 
 
ア 過去5年間の離農者の概要
 離農時の年齢は、50歳未満が8.1%と最も少なく、次いで50歳代の19.2%、60歳代以上は72.7%と極めて高かった(表7)。
 
 
 60歳以上の離農理由は「後継者不在」および「経営主の高齢化」が多く、50歳代では「けがや病気」を理由とする離農が最も多い。 50歳未満は「経営維持困難」が37.5%と最も高く、次に「けがや病気」、「肉牛経営以外への転換」がともに25%となっていた。概観すると、離農の理由は「後継者不在」「経営主の高齢化」に集中しているが、離農酪農家のうち、およそ2割が肉牛経営やそれ以外の農業への転換など酪農以外の農業に従事していることが明らかになった。肉牛経営への転換は各年齢層に10%以上存在しており、高齢化やけが・病気など、搾乳労働などへの負担を理由に肉牛経営に転換することで、農業経営を継続しているものと考えられる。これら搾乳を停止して黒毛和種繁殖経営もしくは肥育経営に転じる経営は、都府県の特徴として捉えることができる。次に、離農後の経営資源がどのように活用されているのかを概観したい。

イ 経営資源の有効活用
 台帳・記録が整備されていたB農協を対象に、離農農家の牛舎および農地の利用状況について調査した。当該農協管内は 2014〜18年にかけて71経営体が離農している。離農後の牛舎を(1)売却(2)賃貸していた経営はそれぞれ2.8%であった。主な理由は、「離農後の収益確保」、「地域貢献」が挙げられた。次に、(3)離農者が自ら活用している経営は22.5%であり、その理由は、酪農引退後に肉牛経営へ転換し、収入を得ることであった(図6)。さらに、(4)未活用は70.4%と高値を示し、主な理由は「買い手がいない」66.0%、「荒廃・老朽化している」70.0%であり、牛舎はすでに利用できず、何らかの修繕や改修が必要であり、有効活用が困難であることがうかがわれる。
 
 
 離農跡地への独立就農は、改修費に加えて、高額な乳牛導入費などを要することから現実的ではなく、搾乳を停止する前に経営継承を促すことが望ましい。しかし、農協単独による就農支援は困難であり、地域全体の優先すべき課題として取り組むべきであるとの見解が示され、さらには町内、地区における酪農理解の醸成や酪農家同士の結束が不可欠であることが示唆された。
 

(3) 全酪連会員農協における支援体制の現状と課題

 回答が得られた都府県11農協の概要と新規参入支援を表8に示した。11農協の酪農家戸数は1872戸、うち後継者不在の経営は768戸、41.0%であった。特にA農協は、酪農振興地域と思われるが、後継者不在率は68.4%と高く、新規就農対策を早急に講じなければ減少が加速する。
 
 
 一方で、今後5年以内に離農を考えている酪農家は99戸、およそ5%であり、そのうち経営移譲を希望する酪農家は、わずか5戸にとどまっている。在村離農が多い都府県では、農地売買や経営継承の対応がなされていない。また、これら酪農家の多くは経営移譲を希望していないことから、農地の多くは土地持ち非農家により賃貸借で利用され、結果として村外離村による継承はまれで、課題解決に向けた抜本的な方策を打ち出さなければならない(注5)
 有形資産への支援は、「補助金の拡充」や「初期投資への助成」など資金的支援が多く、無形資産の支援は、担い手の研修制度など、技術支援に関する要望が挙げられた。このように、資金支援の拡充を期待する一方で、国や県に対し、「情報の一元管理」、「長期間にわたる支援体制」、「関係機関との連携」など初期段階におけるマッチング支援への期待も多数見られたが、その多くが農協単体での実施が難しい内容であることが明らかになった。また、労働時間の軽減、地域住民との環境問題の改善、酪農理解の醸成など、広範囲にわたる協力の要請も見受けられた。
 次に、新規参入した5戸の経営について見てみよう。F酪農家は放牧酪農の形態で独立就農しているが、都府県の新規参入の多くは賃貸により、第三者経営継承で就農している(表9)。全ての経営で自給飼料はほとんど生産しておらず、小規模経営であることがうかがわれる。

(注5) 長田らは都府県の新規参入について、賃貸により経営を開始することができるが、経営地に住居を構える大家との関係悪化も新規参入経営が持続しない一因として指摘している[2]
 

 
(4) 都府県におけるさまざまな新規参入事例

 搾乳を停止させることなく経営継承に結び付けるためには、適確な情報を新規参入希望者へ伝えることが重要となる。本節では、農協などの関連機関と酪農家、地元の関係者などが情報を収集し、地域と行政機関が一丸となって新規参入を支援している事例に焦点を当て調査を行った。
 島根県雲南地域のJAしまねおよびJAしまね雲南地区本部は、木次きすき 乳業有限会社(以下「木次乳業」という)と連携し、新規参入の推進を強化している。1962年に設立された木次乳業は、木次町内の牛乳販売組合と提携し、生乳生産基盤の確保のためいち早く新規参入の対策を講じ、10年間で3戸を新規参入させている。木次乳業の関わりは、JAしまねから請負う酪農ヘルパー事業の事務局と日登ひのぼり 牧場での研修である。農事組合法人日登牧場は、木次乳業代表取締役の佐藤貞之氏が代表理事を務め、1990年に開設した牧場である。およそ80頭のブラウンスイス種を山地酪農の形態で飼養し、研修牧場の機能も持ち合わせている。木次乳業が関与して新規就農に導いた経営の経緯と資産の継承について表10に示した。
 
 
 J酪農家は高知県の畜産系の大学を卒業後米国へ渡り、就農を決意している。委譲希望者の体調不良を機に、継承を生乳集荷先である木次乳業に相談していた。J氏は充分な営農技術を習得していたことからマッチングが急速に進み、居抜き継承で2009年に新規参入した。J酪農家は制度資金や自治体の情報を一切利用せずに就農したまれな事例ではあるが、木次乳業と仲介した家畜商の関与は大きい。また、地域との関係構築において、前経営者は畜産環境問題をおろそかにしていたため、J氏の就農に対し否定的であり、就農時のJ氏の苦労は計り知れないものがあった。しかし、堆肥舎の建設や環境美化に努め、地域の集会やイベントに積極的に参加するなど、今では地域の担い手として中心的存在となっている。
 広島県出身のK氏は、島根県雲南市の酪農ヘルパー職員として7年間勤務し、その後、日登牧場に8年勤務している(写真2)。この間に、木次乳業より移譲希望者の情報が提供され、2015年に第三者経営継承で就農した。移譲希望者は体調不良を理由に離農を決意し、酪農ヘルパー時代から面識があったK氏と4カ月という短い併走期間により継承された。牛舎および農用地は購入により取得し、同時に乳牛30頭も引き継いでいる。売買価格の設定は、農協や家畜商などの第三者が仲介し、酪農ヘルパーとして多くの技術を習得していたこと、日登牧場や木次乳業を通じて地域との関係を築いたことから順調に継承された。自己資金はなく、認定新規就農者制度や農業次世代人材投資事業(経営開始型)を利用している。移譲者は在村離農ではあるが親密な関係を築けていることから、通勤酪農のK氏にとって緊急時の対応など、良き理解者として関わり続けており、望ましい継承事例である。
 

 ダム建設で排出された残土造成地活用のため、ダム建設土地管理協議会(以下「協議会」という)の委員であった佐藤貞之氏により、当該調整地への酪農新規参入の募集がなされた。その情報は島根県出身で公益社団法人山口県畜産振興協会に勤務していたL氏に伝わり、日登牧場での2年間の研修を経て、2012年に独立就農した。新規参入希望者の条件は、40歳未満の夫婦であること、放牧を実施することであり、L氏はかねてから放牧酪農を希望していたことから、就農を決意したという。牛舎・施設地はすべて賃貸で、放牧地15ヘクタール含む25ヘクタールの共有地は、協議会が賃借料相当の管理費をL氏に支払うことで、残土調整地を管理放牧地として利用している(写真3)。フリーバーン牛舎・アブレストパーラーを新設し、収容頭数は30頭である。L氏は初期投資を抑えるため、搾乳機械などの施設を中古で導入し、施設・設備に要した金額はおよそ1700万円、離農する酪農家の乳牛の導入費用540万円、合わせて2200万円であった。認定新規就農者制度、農業次世代人材投資事業準備型・経営開始型、青年等就農資金、経営体育成支援事業のほか、公益財団法人ふるさと島根定住財団の定住支援も活用した。現在、酪農教育ファームを通じて地域に貢献し、酪農理解の醸成に努めている。
 
 
 この地域の新規参入において、すべての事例で木次乳業の佐藤貞之氏が関与し、有形資産の継承はもとより、営農技術の習得や地域住民との関係構築まで携わり、貢献度は非常に高い。また、日登牧場は研修牧場として担い手を育成している。これは属人的とも言える支援ではあるが、新規参入の後押しに有効的な手段であることが示唆された(図7)。
 経営継承は、経営主の高齢化や後継者不在の他に、けがや病気など焦眉の急を要する離農もあり、これら経営への迅速な対応が円滑な継承につながる。木次乳業の推進活動は、生乳生産基盤の強化により、生乳を確保することと捉えられるが、先代の佐藤忠吉氏は、かつての小さな集落での相互扶助の生活、教育や産業まで、地域活性化のためすべてを共有する「地域自給に基づいた集落共同体の復活」を目指し活動していた。貞之氏もこの精神を踏襲し、適宜変化する多様な就農環境において、持続可能な支援体制を確立している。
 

3 おわりに

 農林水産省は、「平成30年度新規就農者調査」において、初めて部門別新規参入者数を公表した。新規参入者数3240人のうち、耕種農業は3090人、全体の95%を占めるのに対し酪農はわずか40人であり、ただただ驚くばかりである(表11)。
 

 
 新農業人フェアや動物科学系大学では、酪農新規参入を志す若者は多いが、その大半が就農への対策が講じられている北海道に渡っている。これら若者の中には、都府県で就農を希望する者も少なくないが、新規参入の支援を打ち出すも、決定的な解決策には至っていない。現況は厳しいものがあり、新規就農への道は閉ざされている。都府県では、担い手を確保できない小規模階層を中心に、経営改善に努めた中規模階層においても離農が増加すると予想されるが、その経営資源の有効利用が都府県酪農を支える鍵となっている。
 第三者経営継承は、研修内容の偏りや人間関係の構築・維持などの課題が残されている。無形資産の取得方法である新規就農研修牧場は、無形資産の取得のみならず、地域内の新規就農希望者の受け皿として新たな役割を果たし、有形資産取得においても迅速かつ効果的に導く手段としてその有用性を明らかにした。浜中町研修牧場や、日登牧場がこれに相当する。これら研修施設の新設・運営には膨大な費用を要するため、行政や農協など関連機関の協力が必須となる。
 集約酪農地域以外では地域住民との間に畜産環境問題が立ちはだかり、これらの問題に対処するため、地元の関係者や獣医師、近隣農家など第三者の介入が肝要となる。これは属人的な介入によるところが大きいが、空き牛舎の情報や地域との仲介には効果的であり、群馬県および島根県で多くの成功事例を確認した。ここで、都府県における新規参入の成功要因を整理し、解決策を提言したい。

(1) 農地中間管理機構や農地バンクなどが離農跡地を保有・集積し経営資源を確保する。高額な農地価格を是正するための調整機能を農協などへ委託して第三者経営継承を推進する。
(2) 就農希望者を育成するための研修牧場の設立、もしくは代替可能な牧場へ協力を要請し研修施設を設置する。
(3) 行政や農協などの第三者が、地域住民への畜産環境問題に対処し、酪農経営への理解を醸成する。
(4) 全農・全酪連などの中央組織が中心となり、地域内の離農および就農に関する情報を収集する。さらに、経営移譲希望者と新規参入希望者とのマッチングを促す専門職員を養成する。

 最後に、愛知県酪農業協同組合の新たな取り組みを紹介したい。資金力のある雇用型大規模経営体の多くは、地域のリーダーとして情報収集力があり、遊休牛舎の有効利用のため、移譲希望者を見出すことができる。自経営において研修制度を取り入れて、従業員に第二牧場を分場として管理させ就農に導くのである。一方は牧場従業員として収入を確保しつつ、パートナーが就農する兼業農家制により、2017年に肥育経営で新規就農している。この形態は酪農でも可能であり、大規模経営体が支援することで資金面においても新規就農を支えることが可能である。愛知県の新たな取り組みは「兼業型就農システム」として注目されている。
 また、神奈川県は分場として、空き牛舎を賃貸または購入し、新規就農させる事業を検討している。県が自ら新規参入対策を打ち出すのは全国初の試みである。このような情報を現場に最も近い農協職員や各県の畜産関連団体などが共有して、支援・協力体制を築き、多様な都府県型新規就農システムを構築し、柔軟に対応する必要がある。
 都府県酪農における新規参入の対策を早急に講じなければ、わが国全体の生乳生産は縮小し、酪農の存続は厳しくなる。新規参入過程は地域・環境により多様であり、その過程から生みだされる新規参入者への政策的支援と新たな新規就農システムの基で、あらゆる経営に対して支援・育成をしなければならない。新規就農を希望する若者の芽を摘むことのないよう、夢と希望、熱意に応えるために、最良な環境を確保するための酪農政策が求められている。

参考文献
[1] 長田雅宏. 2018. 都府県酪農における新規参入の現状と課題.畜産コンサルタント. 646.22-28.
[2] 長田雅宏. 2017. 酪農新規参入の成功要因と課題. 農業経営研究. 55(2). 39-44.
[3] 島義史. 2015. 農業の第三者継承における経営資源の継承の経営展開. 農業経営研究. 53(2). 48-54.
[4] 山本淳子・梅本雅. 2012. 第三者継承における経営資源獲得の特徴と参入費用. 農業経営研究.50(3). 24-35.
[5] 山本淳子・梅本雅. 2008. 新規参入者への円滑な事業継承に向けた経営対応の課題と方向. 農業経営研究.46(1). 101-106.
[6] 加藤康義. 2015. 畜産経営継承システムの構築に向けて(公社)群馬県畜産協会.     https://www.maff.go.jp/kanto/seisan/tikusan/tyumoku/pdf/material2.pdf

謝 辞
 本報告をまとめるに当たり、全国酪農業協同組合連合会の吉村薫氏には調査実施に際し、また、山内晴貴氏(現全国農業協同組合連合会畜産総合対策部整備推進課)にはP32「(4)調査対象と分析方法」への分析協力に感謝いたします。各農協営農担当職員の皆さまには、多忙にもかかわらず調査にご協力をいただいたこと、記して感謝の意を表します。