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調査・報告 畜産の情報 2021年4月号

繁殖雌牛における腟内電気抵抗値と発情周期および受胎率との関係

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北里大学 獣医学部 動物資源科学科 准教授 鍋西 久
宮崎県畜産試験場 家畜バイテク部 杉野 文章

【要約】

 発情発見と人工授精時における授精適期は、熟練の技術や勘などの主観的判断に委ねられているのが現状である。そのため、習熟者でなくても判断できる客観的な判断技術が求められている。ウシにおいては、発情期に腟内粘液の電気伝導度や電気抵抗値(VER値)などの電気的性状が急激に変化することが知られているが、生産現場で活用可能な測定器具を用いた事例はない。そこで本研究では、ブタで用いられているVER値の測定器具をウシに応用し、VER値と発情周期との関連について検討するとともに、人工授精時におけるVER値と受胎率との関係について検討した。ウシにおいて、発情日のVER値は非発情日と比較して有意に低かった。また、性ホルモンとの連動も確認することができ、活動量が増加するよりも前に変化することが明らかとなった。さらに、授精適期はVER値が低下し、その後上昇したタイミングである可能性が示唆された。

1 調査研究の目的

 わが国における乳・肉用牛の飼養農家戸数と飼養頭数は減少傾向で推移しており、特に肉用牛においては、近年のもと牛不足による慢性的な子牛せり取引価格高騰の要因の一つとなっている。農林水産省が平成30年7月に公表した「畜産統計」によると、肉用牛の飼養戸数は前年比3.6%減であったが、子取り用雌牛の飼養頭数は減少傾向に歯止めがかかり、同2.2%の増加となって現在もその傾向が続いている。しかしながら、依然として繁殖基盤の強化は喫緊の課題であり、解決策として増頭対策が講じられているところである。そのため、今後は、繁殖雌牛の生産性向上についての対策も加速させていく必要がある。一方で、繁殖成績については数年にわたり低下傾向の一途をたどっている状況にあることから、繁殖成績の改善によって生産効率を高めることも重要な課題である。
 繁殖成績を改善するための対策として、発情発見効率を高めることの重要性が認識されている。発情発見と人工授精時における授精適期は、ウシの示すスタンディングやマウンティングなどの行動的な兆候などから判断されているが、これは熟練の技術や勘などの主観的判断に委ねられているのが現状である。そのため、習熟者でなくても判断できる客観的な判断方法があれば効果的であり、そのような技術が求められている。
 行動的な兆候とは別に、内部的な兆候も発情発見や授精適期の指標となりうる。内部的な兆候とは、卵胞の成熟や子宮の緊縮、外子宮口の弛緩、腟内粘液の流出および腟内粘液の電気伝導度の上昇などである。哺乳類において、性周期に伴う腟内粘液の分泌量やその成分の変化は古くから報告されており、特にウシについては発情期における腟内粘液の電気伝導度や電気抵抗値などの電気的性状が急激に変化することが知られている。ウシの腟内粘液の電気伝導度は発情時に上昇するという報告があり、発情および授精適期を知る上で有意な指標になると考えられるが、生産現場で活用可能な測定器具を用いた事例はない。
 腟内粘液は体外に取り出して変化を測定することもでき、結晶像の発現などから発情発見の指標を得ることができる。しかし粘液を体外に取り出すことで、粘液が空気に触れることによる水分の蒸散、吸収が起こり、誤差が加わる可能性がある。そのため、腟内粘液の性状を正確に把握するためには、生体内で直接測定をする必要がある。ブタにおいては、発情期における腟内粘液の電気抵抗値と血しょう中ホルモン濃度との相関が報告されている。また腟内電気抵抗値(VER値)は発情開始の1〜2日前に最低値になることから、発情開始日および授精適期の判定が可能であるとされている。そのため、ブタではVER値測定器具が用いられており、発情開始日を予測し授精適期を判定するためにVER値が活用されている。しかしながら、ウシにおいて生産現場でも活用可能なVER値の測定器具を用いた知見は見当たらない。

2 調査研究の必要性

 乳・肉用牛における大規模な調査結果から、分娩間隔を短縮するための効率的な対策として、発情発見効率を高めることの重要性が認識されている。言い換えると、分娩間隔が延長している農家では、発情発見効率の低下が空胎日数に大きく影響しているということが明らかとなっている。従って、発情見逃しを減らし、人工授精を的確に実施すれば繁殖成績は改善できるものと考えられる。また、受胎率を高めるには適期授精が重要であるため、発情期間中における発情兆候の変化から発情ステージを見極めなければならないが、その大部分は人工授精師の判断に委ねられているのが現状である。
 リモートセンシング技術、クラウドシステムをはじめとした情報通信技術(ICT)の活用が急速に進展し、畜産現場においても活動量による発情検知技術等など広く普及するようになってきている。活動量の変化から発情を検知するシステムは、その効果が多くの農家で実証されている有用な普及技術となっており、発情発見効率の改善による分娩間隔短縮に大きく寄与している。ただし、システムの特性上、つなぎ飼い式牛舎においては発情時の活動量増加が顕著に表れないことから発情を検出することが難しく、導入農家は比較的大規模な放し飼い式牛舎(フリーバーン、フリーストール)に限られているのが現状である。さらに、活動量計や受信器などのシステム導入にかかる費用が高額なため、中小規模の農家には適さない。そのため、中小規模の農家でも広く普及可能な技術が望まれている。
 さらに最近では、人工知能やロボットを畜産経営に応用した取り組みも展開されるようになってきた。しかしながら、今後このような機械化がいくら進んだとしても、人工授精可否の最終的な判断と人工授精の手技操作自体は技術者(ヒト)が担わなければならないものであると考える。言い換えると、この部分はヒトの判断と技術が必要な領域であり、規模の大小に左右されることもない。そのため、人工授精師に対して発情ステージや人工授精可否の判断の手助けとなる客観的指標を示すことは、繁殖成績を改善する上で今後必要不可欠である。例えば、粘液の性状や外陰部の腫脹、子宮外口の開大を数値化する試みも報告されているが、いずれも主観的要素に基づく指標であり、一定の技術レベルが求められるため、経験の浅い人工授精師では難しい技術のひとつである。
 1970年代にウシの腟内粘液のVER値が発情時に変化することが報告されており、発情および授精適期を知る上で有意な指標になると考えられたが、当時の測定器具は実験用器具としての使用にとどまり、生産現場で活用できるツールとして確立されるには至らなかった。ブタにおいては、発情期における腟内粘液の電気抵抗値と血しょう中ホルモン濃度との相関が報告されている。また腟内電気抵抗値(VER値)は発情開始の1〜2日前に最低値になることから、発情開始日および授精適期の判定が可能であるとされている。そのため、ブタではVER値測定器具が用いられており、発情開始日を予測し授精適期を判定するためにVER値が活用されている。しかしながら、ウシにおいて生産現場でも活用可能なVER値の測定器具を用いた知見は見当たらない。そこで本研究では、ブタで用いられているVER値の測定器具をウシに応用し、VER値と発情周期との関連について検討するとともに、人工授精時におけるVER値と受胎率との関係について検討することで、生産現場で客観的に発情や授精適期を判断できるツールとして活用可能か検討した。

3 VER値と発情周期との関係について

(1)方法

 北里大学獣医学部附属フィールドサイエンスセンター十和田農場内つなぎ式牛舎で飼育されている肉用種繁殖雌5頭を供試した。水・固形塩は自由摂取とし、飼料は1日2回(9時、16時)、乾草を適量給餌した。各供試牛の二発情周期において、「ブリードテスタ PIT-1ブタ腟内電気抵抗値測定器(チヨダエレクトリック株式会社)」(図1)を用いて、アルコールで湿らせた脱脂綿で十分に消毒した測定器のセンサー部分を約18センチメートル腟内に挿入し、VER値を1日2回(8時、17時)測定した。なお、1回の測定では最低2回ずつ測定を行い、その平均値を用いた。
 
 

(2)結果と考察

 発情周期に伴うVER値の推移を図2に示した。ほとんどの供試牛において、発情日にはVER値が低下する傾向が認められた。発情当日とその翌日を発情日、それ以外の日を非発情日とした時のVER値の比較を図3に示した。非発情日と比較して発情日にはVER値が有意に低下した(P < 0.01)。
 



 ブタにおいては、性周期に伴う性ホルモンの変動により、腟内粘液に含まれる塩化ナトリウム濃度が変化すると報告されていることから、ウシにおいても発情日に腟内粘液の塩化ナトリウム濃度が上昇したことで電気抵抗値が低下したのではないかと考えられた。これらのことから、VER値はウシにおいても発情の検知に利用できる可能性が示唆された。

4 VER値と性ホルモン濃度との関係について

(1)方法

 供試牛として、宮崎県畜産試験場で飼養されている黒毛和種雌牛9頭を用い、排卵同期化処置を行った。排卵同期化処置はCIDR-synch法で行った(図4)。まず、供試牛の黄体期に腟内留置型黄体ホルモン製剤(イージーブリードもしくはプリッドデルタ)を留置した(0日目)。イージーブリードを挿入した個体についてはエストラジオール製剤(オバホルモン2ml)を同日に投与した。そして、7日目に腟内留置型黄体ホルモン製剤を抜去し、同時にプロスタグランジン(以下「PG」という)(エストラメイト3ml)、9日目にGnRH(イトレリン3ml)を投与し、発情を誘起した。授精適期はCIDR-synch法のプロトコールに従い、GnRH投与から16〜20時間後と設定した。
 
 
 
 PG投与を0時とし、80時まで4時間間隔でVER値測定および採血を行った。供試牛は、パドック付のフリーバーンで飼養し、VER値測定および採血の都度スタンチョンにけい留した。VER値の測定は前章と同様の方法で3回計測した平均をVER値とした。また、供試牛にはアクティビティメータを装着し、歩数データも採取した。

(2)結果と考察

 すべての供試牛についてPG投与から64〜68時間目に直腸検査を実施し、発情確認を行った。その結果、1頭を除く個体で主席卵胞の発育が認められ、子宮収縮や発情粘液の流出が認められた。しかし、スタンディング発情が認められた個体は1頭であり、鈍性発情が多い結果となった。試験牛の平均年齢が9歳と高齢であり、その結果、鈍性発情が発生した可能性がある。
 試験牛のVER値の推移を図5に示した。VER値はPG投与から有意に低下し、28時間目には最低値を示した。その後44時間目に有意差がなくなった後、再度有意に低下した。なお、最低値を記録した際、PG投与時からの低下率は0.74であった(253.3→188.5)。
 
 
 VER値と歩数の推移を図6に示した。歩数は中心化移動平均(/24h)にて算出した値である。今回の試験では9頭中1頭しかスタンディングを示さない鈍性発情であったものの、行動量(歩数)は増加しており、歩数計により発情兆候は検知可能であった。歩数はPG投与から44時間目以降から徐々に増加し、68時間経過後に徐々に減少した。VER値は前述の通り、28時間目に最低値となり、44時間目に一過性の上昇を示した。つまり、VER値は外部発情兆候が表れる前から変化し始めるため、VER値をモニタリングすることで内部発情兆候を検知でき、人工授精適期を推定できる可能性が示唆された。
 
 
 血中プロジェステロン濃度(P4)の推移を図7、血中黄体形成ホルモン濃度(LH)の推移を図8に示した。P4濃度はPG投与から有意に低下し、試験期間中、低い値で推移した。これにより、腟内留置型プロジェステロン製剤により、人為的に黄体期を作出できていたことが認められた。また、LH濃度は44時間目に上昇したものの有意な差はなく、今回の試験では明白なLHサージを引き起こせず、結果として鈍性発情になったのではないかと考えられた。
 

 
 

 VER値とP4の推移を図9に示した。VER値はP4の低下に伴い、減少する傾向を示した。また、VER値とP4には正の相関が認められ(r = 0.49、P < 0.01)、VER値はP4を反映し、ある程度の発情周期の予測に活用できる可能性があると考えられた。
 
 
 機能的な黄体を有する指標であるP4濃度1ng/mL以上と1ng/mL未満におけるそれぞれの平均VER値の比較を図10に示した。P4濃度が1ng/mL未満においては、1ng/mL以上の場合と比較して、VER値が有意に低い結果となった。このことは、機能的な黄体存在下ではVER値が高く、黄体の退行に伴いVER値が低下していることを示唆しており、繁殖雌牛の発情周期を把握する上でVER値活用の可能性を示している。
 

5 人工授精時におけるVER値と受胎率との関係について

(1)方法

 青森県内の民間農場で人工授精に供した泌乳初期から中期のホルスタイン種乳用牛300頭を用いた。人工授精時に、ブリードテスタを用いて前章と同様の手法でVER値を測定した。また、ネックベルトに装着されたアクティビティメータの活動量指数を基に、発情開始時刻を推定した。アクティビティメータの活動量指数の表示例を図11に示した。評価項目は、VER値、発情開始から人工授精までの経過時間(発情後経過時間)、受胎成績とした。
 
 
 

(2)結果と考察

 全300頭の測定値について棄却検定を行い、解析には263頭の人工授精成績を用いた。また、発情開始時刻の推定には、アクティビティメータの活動量指数において明白な活動量の増加があった140頭のデータを用いた。解析に用いた263頭のうち、受胎した個体は33頭であった。また、33頭のうちアクティビティメータで明白な活動量の増加が見られたのは14頭であった。
 発情後経過時間ごとの人工授精頭数の内訳を図12に示した。本研究の実施農場では、発情開始後12〜24時間およびそれ以降の時間で人工授精が行われた頭数が多い結果となった。発情開始経過時間とVER値の関係を図13に示した。VER値は発情開始前に高く、発情開始後0〜11時間で低く推移し、その後上昇する結果が認められた。従って、授精適期はVER値が低下し、その後上昇したタイミングである可能性が示唆された。
 


 
 発情後経過時間ごとの頭数の内訳において、ホルモン剤による同期化の有無による比較を、同期化なしの場合を図14、同期化ありの場合を図15に示した。同期化なしの場合では、発情開始後24時間以降に人工授精が行われた頭数が多い結果となったが、同期化ありの場合では、発情開始後12〜24時間に人工授精が行われた頭数が多い結果となった。同期化なしの場合では、マウンティングや行動量の増加などの行動的な兆候や、粘液漏出などの外部兆候を基にした発情発見となるため、授精適期を逸した発情開始後24時間以降の人工授精も多くなったのではないかと考えられた。一方、同期化ありの場合では、同期化のプログラムにのっとった人工授精となるため、授精適期となる発情開始後12〜24時間に人工授精が行われた頭数が多くなったと考えられた。
 


 
 発情後経過時間とVER値の関係において、同期化の有無による比較を、同期化なしの場合を図16、同期化ありの場合を図17に示した。同期化なしの場合では、発情開始後0〜11時間で最も低い値を示したが、一定の傾向は認められなかった。同期化ありの場合では、0〜11時間を最低値とした明白な推移が認められた。
 


 
 発情後経過時間ごとの受胎頭数の内訳を図18に示した。発情開始後12〜24時間で受胎頭数が多い結果となった。発情後経過時間と受胎率の関係を図19に示した。受胎率が最も高いのは発情開始後12〜24時間であり、17.0%の受胎率であった。
 
 


 以上のことから、VER値は発情開始後0〜11時間で低下し、その後上昇する傾向が認められた。一般的には発情開始後12〜18時間が人工授精の適期とされており、VER値が低下し、その後上昇したタイミングが授精適期である可能性が示唆された(図20)。また、明確な行動量の増加が認められなかった個体が全体の40%(123頭)を占めたように、すべての個体が行動的な発情兆候を示すわけではないため、特に、今回供試した高泌乳牛のように明確な発情兆候を示さない個体においては、内部的な兆候であるVER値の低下を検出することで、発情発見効率の改善に結び付けられる可能性が示唆された。
 

6 人工授精時におけるVER値と採胚成績との関係について

(1)方法

 供試牛として、宮崎県畜産試験場で飼養されている黒毛和種雌牛25頭を用い、過剰排卵処置(SOV)を実施した。SOVは同場内の常法により実施した。人工授精はPG投与から55時間後に実施し、その際にスタンディング発情の有無をテールペイントで判定した。また、VER値の計測は次の時間の通りに実施した。発情後の黄体チェック時もしくは CIDR挿入時(CL)、PG投与直後(0)、7、24、31、48、55、72、79時間目、採胚時(EC)。なお、VER値測定は前章までと同様に実施した。
 採胚は、子宮還流法によって人工授精から7日後に行い、採取された胚はA、B、B′、C(注)、deg(変性卵)、未受精卵にランク分けした。このうち、A〜Cまでの胚を正常胚としてカウントした。また、供試牛には すべてアクティビティメータを装着し、歩数データも採取した。

(注) A:変性部位が1%未満、B:変性部位が10〜30%、B′:変性部位が30〜50%、 C:変性部位が50%以上。

(2)結果と考察

 図21に、SOV時のVER値と歩数の推移を示した。歩数は移動平均値(/24h)を用いた。VER値はPG投与後から有意に低下し、24〜31時間目に最低値となった。そして48時間目に上昇した後、再度低下した。これは前述の第四章と同様の傾向であり、VER値の最低値を観察することにより、人工授精適期を推定することが可能であると示唆された。
 
 
 図22に、SOV時のVER値の推移を採胚成績ごと(正常胚率75%以上、正常胚率50〜75%、正常胚率50%未満)に示した。正常胚率が50%未満の採胚においては、有意ではないものの、50〜75%、75%以上の場合と比較して、人工授精前(31、48時間目)のVER値の低下幅が少ない傾向が認められた。以上のことから、SOVによる採胚においても、VER値は人工授精前に低下し、その後上昇したタイミングが授精適期である可能性が示唆され、これにより高い正常胚率が見込めるものと考えられた。
 
 

7 まとめ

 VER値と発情周期との関係において、VER値は性周期に伴って変動し、発情日には有意に低かった。また、発情に伴う性ホルモンとの連動も確認することができ、活動量が増加するよりも前にVER値は変化することが明らかとなった。さらに、授精適期はVER値が低下し、その後上昇したタイミングである可能性が示唆された。採胚においても、VER値は人工授精前に低下し、その後上昇したタイミングが授精適期である可能性が示唆され、これにより高い正常胚率が見込めるものと考えられた。
 以上のことから、ウシにおいてはVER値の低下を検出することで、発情発見および授精適期が判定できる可能性が示唆された。今後、さらなる実証が望まれる。