(1)基調講演
ア マイヤーUSDA首席エコノミスト
(ア)COVID-19による経済的影響
2020年の米国経済は、第2四半期の国内総生産(GDP)成長率が前年同期比31%減と過去最大の減少幅を記録しただけでなく、2000万人が雇用を失い、失業率は一時的に14%を超えるなど、2008年のリーマンショックを引き金とした大不況を大きく上回る壊滅的な状況であった。しかし、農畜産物貿易に関しては、四半期ごとの前年同期比で見ると、2008〜09年にかけての大不況の時期には10〜15%の減少が見られたが、2020年は同4%増となっている。
(イ)干ばつの影響
米国西部とアイオワ州は干ばつに見舞われており、これらの地域では農作物の生育に影響が見られた。2020年の初めにはトウモロコシや大豆などの作物の生育は順調になると予想されていたが、2020年末には予想よりも下方修正されることになった(図1)。これは干ばつの影響だけでなく、アイオワ州を襲ったデレチョ
(注1)などの影響も含まれている。
(注1) 異常な強風が広範囲かつ直線的に移動する現象。
(ウ)農産物全体の概況
穀物や油糧種子は、世界的な供給減少および中国を中心とした世界的な需要の高まりを受けて、2020年秋以降、価格が大幅に上昇し、この傾向は2021年以降も続くとみられる。
作付け期の天候不順などにより記録的な水準となった2019、20年の耕作放棄地は、本年も天候次第であるが、大部分でトウモロコシまたは大豆が作付けされるとみられる。一般的には、より多様な食事に対する世界的な需要の高まりと、動物性および植物性タンパク質の消費量の増加が、飼料穀物や大豆の需要を支えている。
畜産部門では、COVID-19の影響により、2020年4〜5月にかけて牛肉および豚肉の食肉処理場の処理能力が従来よりも40%前後減少したため、供給に大きな混乱が見られ、と畜頭数が減少した直後に卸売価格および小売価格の高騰が見られた。幸いにも、現在の食肉処理場の処理能力はCOVID-19拡大前の水準まで回復しており、2021年の食肉の生産量は、飼料価格の上昇という困難に直面する可能性があるものの、堅調な需要に支えられ、2020年を約1%上回ると予想される。
酪農部門では、学校閉鎖などCOVID-19関連の影響により、牛乳・乳製品の販路や需要の変化が生じ、高い不確実性に直面した。そのような状況にもかかわらず、搾乳牛の頭数増加、1頭当たりの泌乳量増加などにより、2020 年の生産量は前年比で2%以上の増加となった。乳製品価格は需給の変化により大きく変動したが、年間で見れば、2020年のチーズ価格は前年より上昇し、バターとホエイの価格は前年より下降、脱脂粉乳価格は前年並みとなった。供給量の増加と不安定な需要により、全乳価格
(注2)は100ポンド当たり18.32米ドル(1960円)と、前年より31米セント(33円)安となった。2021年は飼料価格の上昇と全乳価格の低迷により、搾乳牛頭数は減少するとみられる。
(注2) 全乳価格(all milk price)とは、標準乳脂率に換算した生乳100ポンド当たりの月間生産者乳価であり、集乳代、チェックオフ、酪農協への負担金を控除する前の金額。
まとめとして、GDPは今後回復傾向が続くとみられるが、政府によるCOVID-19関連の大規模な支援策は減少すると予想されるため、農業所得は減少するとみられる。米国農業は世界への食料供給の主導的立場にあり、牛肉や豚肉およびトウモロコシなどの農畜産物の輸出量は世界有数の規模を誇っている。米国は技術革新を奨励しており、安全かつ生産量が十分にあり、持続可能性をもった食料供給を支える科学、技術、管理手法において常に最先端を走っている。そして、世界中の食料安全保障に対する不安の解消、気候変動の原因と影響に対する対処および緩和、栄養面の向上、COVID-19に関連した経済的影響に対する対応策など、世界中が直面している多くの課題に対して、米国は主導的な役割を果たし続ける。
イ 農業団体代表者によるディスカッション
米国農業で特に注目されているトピックについて、全米農業協同組合連合会(NCFC)のチャック・コナー会長兼CEO、アメリカン・ファーム・ビューロー・フェデレーション(AFBF)のジッピー・デュバル会長、米国乳製品輸出協議会(USDEC)のクリスタ・ハーデンCEO、全米農業生産者連盟(NFU)のロブ・ラリュー会長の4名が議論を行った。モデレーターは農業情報を提供するアグリ・パルス社のサラ・ワイアント創業者兼社長が務めた。
Q. COVID-19の流行から学んだこと、特にイノベーションや回復力の見込み(テーマ)について
―NCFCチャック・コナー氏
COVID-19は農業界全体、すべての農家および農業団体に困難をもたらした。しかし、農業界は、過去に例を見ない米国内における食料消費形態の急激な変化やフードサプライチェーン上の問題に対して柔軟に対応し、食料の安定供給に努めたことで、農業界全体が素晴らしい成果を成し遂げた1年でもあった。特筆すべきは、国土安全保障省がフードサプライチェーンに関わる農業従事者をエッセンシャルワーカー(必要不可欠な業種に従事する労働者)と認識したことである。一方で、農業界は、不透明なCOVID-19流行期に、米国および世界が必要とする食料を生産する農業従事者を保護するという重大な責任を負うことになった。
―AFBFジッピー・デュバル氏
COVID-19流行初期には、農業従事者やその家族を守ることを優先したが、必要とされた数の個人用保護具(PPP)が確保できず、労働環境における感染防止対策用パーティションの設置などに苦労した。農家の課題は、急激な市場の変化に対応することであった。以前はJust-in-time
(注3)による生産体制だったが、Just-in-case
(注4)による生産体制に変更を迫られ、非常に困難な作業となった。しかし、連邦政府、農家および小売店などすべての関係者がそれぞれの役割を果たして協力し、巨大なフードサプライチェーンが市場の変化に柔軟に対応したことは称賛すべきことである。
AFBFには600万戸の家族経営の農家が加盟しており、われわれはコミュニケーションをとることに努めた。その後、不安や懸念などの農家の声を連邦議員やUSDAに対して伝え、彼らと一緒に解決策を検討した。
(注3) 必要な時に必要な分だけ労働力を活用し、生産供給を行う体制。
(注4) 不測の事態に備え、在庫や労働力などの生産余力を確保して、安定供給を重視する体制。
―USDECクリスタ・ハーデン氏
COVID-19流行初期には、生乳の廃棄、フードサービス需要が激変したことにより、加工用と小売用の需給のミスマッチが生じるなど、サプライチェーンに混乱が生じた。非常に困難な状況だったが、酪農産業が一丸となって需給の変化に対応したことで、問題が生じてから数週間以内にサプライチェーンが復旧していく状況が確認された。また、COVID-19の困難な状況において、失業者の数が急増し、食料配給を行うフードバンクに対する需要が高まった。酪農産業はフードバンクへの供給を試みたが、フードバンクには乳製品を冷蔵保管できる環境が整っていなかったことも問題であった。しかし、目の前の食料を確保できないという状況をなんとか解消するために、迅速に乳製品をフードバンクに大量に供給できる体制を構築した。このように、さまざまな問題に対して、柔軟に対処し、困難を乗り越えたことは米国農業の誇りである。
―NFUロブ・ラリュー氏
他に補足すべきこととして、コミュニケーションの重要性が挙げられる。COVID-19はあまりにも広範に深刻な影響を与えたため、連邦政府や団体などのさまざまな関係者が一丸となって取り組まないと解決できない問題ばかりであった。COVID-19流行初期には問い合わせが集中したが、問題点を関係者と共有、協力して問題の解決に努めた。
Q. 2020年に学んだ教訓として、今後に生かすべきことについて
―NFUロブ・ラリュー氏
ビデオ会議などの技術を活用することである。COVID-19流行初期においては、インターネットなどを十分に活用できたとは言えず、オンラインでの打ち合わせは機能せず、従来の対面の会議と同等の成果を得ることはできなかった。対面でのコミュニケーションは非常に重要であり、そのような経験を再び取り戻すことを楽しみにしているが、ビデオ会議などへの適応や活用も非常に重要である。
―USDECクリスタ・ハーデン氏
COVID-19流行初期は、現在のコロナ禍のような状況がこれほど長く続くとは考えていなかった。これは、認めたくなかったという思いもあったのだと思うが、われわれはさまざまな困難に対して迅速に対応することの重要性を学んだ。さまざまな変化に対して、迅速に対応することが重要である。
―AFBFジッピー・デュバル氏
2020年にAFBFは初めて年次総会をオンラインで開催した。また、参加費を無料にしたことで、これまでよりも年次総会に参加しやすくなったため、従来よりもはるかに多くの参加者が集まった。オンラインという形式の可能性および重要性を実感した。一方、農業の現場では社会的距離の確保やPPPの確保などが不十分であることが明らかになったので、感染防止対策を徹底し、ビデオ会議を活用するために農村部におけるブロードバンドの整備が重要である。
―NCFCチャック・コナー氏
情報の重要性である。COVID-19流行初期は、情報が錯綜したり、迅速な情報が提供できないこともあった。先行きが不透明な状況において、どのような農業支援策が利用可能か、どこに行けばPPPを購入できるのかなどの情報は非常に大きな価値を持つものであるため、農家が必要な情報を迅速かつ的確に提供することが重要である。
Q. 今後の農業界における気候変動対策について
―NCFCチャック・コナー氏
以前から、消費者動向やさまざまな調査結果を踏まえれば、政治的な問題がなくとも、気候変動に対応した農業が重要になることは明らかだった。気候変動対策については、農業および環境団体が協力して、科学に基づく政策、自主的な枠組みのプログラムおよび農家が実践可能な取り組みが望まれている。われわれは食料農業気候連盟(FACA:Food and Agriculture Climate Alliance)
(注5)を結成し、気候変動対策に関係者が協力して取り組むことに合意した。同連盟への参加団体は拡大し、州の当局者、林業の専門家および食品業界の関係者などを含む多様性に富んだ団体になっており、気候変動対策に適応するための42項目の推奨事項を提示している。同対策に対しては、農家は自主的に参加する仕組みが必要であるが、ただ取り組みに参加するだけではなく、気候変動問題に関する熱心な議論にも参加し、米国農業の方向性や農業所得にとってもポジティブなものにすべきである。
(注5) 2020年2月、現在の共同議長を務めるAFBF、環境保護基金(EDF)、NCFC、およびNFUによって結成された。農業の環境政策が自主的、インセンティブ制度および市場原理などに基づいて構築され、農村部の順応を促進し、科学に基づいて取り組むことという原則に沿って立案されることを目指して結成された。気候変動に対する推奨事項なども提示している。
―NFUロブ・ラリュー氏
気候変動対策プログラムは、参加者にインセンティブ(優遇措置)が与えられるような制度になることを期待している。既存の環境保護プログラムは、予算が不足しているため、参加したくても参加できない農家が見られる。まずは、既存のプログラムに十分な予算を投入し、市場原理に基づく取り組みにすることが重要である。2003年に設置されたシカゴ気候取引所(CCX:Chicago Climate Exchange)
(注6)において、NFUはノースダコダ州の農業組合の支援を受けて、カーボンクレジットプログラムを立ち上げた。同プログラムは好評で多くの農家が参加し、数百万ドルの予算が投入された。気候変動対策には予算や取り組みに必要な環境を確保することが重要となる。また、気候変動問題をより深く理解することで、土壌の健全性をより深く理解することになるなど、科学的な側面での動機付けも重要になる。バイオ燃料などの取り組みを促進することも効果的である。エネルギーは経済活動に必要不可欠であり、環境に優しいバイオ燃料の生産も農業が気候変動対策で実践できる取り組みの一つである。
(注6) シカゴ気候取引所(CCX)は、温室効果ガス排出権の取引市場である。温室効果ガスの削減目標を達成した場合、余剰の排出枠を販売できる仕組み。2003年に開始されたが、2010年を最後に排出枠の取引は停止されている。
―AFBFジッピー・デュバル氏
気候変動問題は非常に難しいが、米国の農家は、科学に基づくプログラムが具体的に想像出来ないこと、農業法案に割当てられていた予算が気候変動対策に移行されてしまう可能性などを懸念している。農業法案は農家にとって重要なため予算が移行されることはないが、農家はこの可能性を恐れている。
また、農家は過去30年間にわたる環境関連の成果が認知されることを望んでいる。現在の農場は祖父の代の農場よりもはるかに環境に優しい仕組みになっている。農業法において気候変動対策がどのような位置付けになり、それが将来的な農業のあり方をどのように変えるのかといった気候変動対策・環境保護の将来像が必要である。また、農地や牧草地、湿地などは大気中の二酸化炭素を大量に蓄積しているが、この事実を評価し、さらなる研究や技術開発によって、気候変動対策に取り組む必要がある。
―USDECクリスタ・ハーデン氏
米国の温室効果ガスの排出量のうち酪農産業の占める割合は2%しかないが 、酪農産業は米国の他の農業部門よりも気候変動対策に積極的である。酪農産業は、2050年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロにすること、水を再利用することで使用効率を最適化すること、ふん尿や栄養成分を適切に管理し、土壌の健全さや水質を改善するという目標を掲げ、業界が一丸となって取り組んでいる。われわれは、酪農家が営農を継続することを支援し、必要に応じて資源、資金、科学技術などを提供する。
Q. 米国農業における労働力の確保について必要なこと
―NCFCチャック・コナー氏
米国農業の現場には滞在許可を必要とする多くの移民が関与している。COVID-19の大流行という困難な状況において、米国農業が成し遂げた功績は、最前線で働く移民労働者がいなければ得られなかったものである。米国は移民を農場や牧場で雇用し、移民に対して滞在と就労の法的権利を与える必要がある。
―AFBFジッピー・デュバル氏
移民問題は米国農業のさらなる発展を阻害する最大の要因となっている。米国には大学卒業後に農業就労を希望する若者がいて、農家は子供を迎え入れる土地や資源を有しているが、現在の労働力不足という問題から、さらなる事業規模の拡大が困難になっている。このような状況では、若者が農業に向かう魅力が十分ではない。労働者には十分な収入を得る権利があり、農家は十分な労働者を受け入れる状況を確保するべきである。
Q 農村地域におけるブロードバンドの環境整備について
―AFBFジッピー・デュバル氏
農業がさらに発展するためには、新しい技術が必要不可欠でありブロードバンドの整備はその基礎となるものである。現在の米国農家の平均年齢は60歳と高齢化が問題となっているが、農村地域にブロードバンドが普及していないため、若者を迎え入れることは不可能である。若者は大学でブロードバンドを活用しながら農業を学んでおり、これからますます発展する仮想空間世界から隔絶されていては、農村部に若者が戻ってくることはあり得ない。農村地域で、十分なブロードバンド環境が整備され、さらに、医療や教育環境など生活に必要なサービスもすべて享受することが必要不可欠である。