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話題 畜産の情報 2021年5月号

畜産を取り巻く環境問題の現状

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一般財団法人畜産環境整備機構 畜産環境技術研究所 研究統括監 道宗どうしゅう 直昭

1 はじめに

 畜産経営においては、家畜ふん尿処理を適切に行い周辺環境へ配慮した経営を行うことが不可欠となっています。平成11年に「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」などいわゆる環境3法が制定され、畜産経営体においては、堆肥化施設、汚水浄化処理施設などが積極的に整備され、家畜排せつ物の野積み、素掘りの解消が図られ、畜産環境は大きく改善されました。それから約20年を経過した中で新たな課題も出てきております。汚水浄化処理においては、排水の放流水中の硝酸性窒素などの規制が、全国どこでも、どの職種にも排水量に関係なく適用されています。また、季節によって浄化槽の水温が変化すると処理能力も変わってしまうという問題などへの対応が求められています。堆肥化処理については、堆肥の利用面で、特殊肥料の堆肥と窒素質肥料などの普通肥料を混合した混合堆肥複合肥料の新たな公定規格が平成24年に定められ、令和元年には肥料取締法の改正と名称が変更され、家畜ふん堆肥の利用拡大が進められるようになりました。一方、畜産に関わる臭気の問題は、畜産経営に起因する苦情発生状況を見ても「悪臭」の苦情が過半数を占め、畜産を取り巻く生活環境の中で大きな問題となっています。

2 汚水処理

 汚水浄化処理における排水中の硝酸性窒素等の規制は、3年ごとに見直しされる中で、畜産業においては令和3年3月現在で1リットル当たり500ミリグラムの暫定基準が適用されていますが、早期に同100ミリグラムの一般基準へ移行することが求められています。硝酸性窒素等とは水質汚濁防止法での規制項目の一つで排水中のアンモニア性窒素×0.4+亜硝酸性窒素+硝酸性窒素の合計値です。汚水の浄化処理施設の浄化能力は、ばっ気槽のBOD(注1)容積負荷、流入汚水のBOD/N比、ばっ気槽温度、pHなど多くの要因によって決まりますが、各農家の浄化処理施設の能力は、処理方法、施設の大きさなどによっても大きく異なり、かつ季節変化によっても処理能力が変動します。硝酸性窒素等の低減に向けた諸条件を決定すべく研究開発が進められています。処理方法が複雑化する中で確実な硝酸性窒素等の低減を図るには施設管理を専門の業者に委託することも今後の一つの選択肢と考える時期と思われます。

3 堆肥化処理

 堆肥化処理については、堆肥化技術は適正通気の確保と堆肥化の期間という原則を守ればほぼ確立されたと言えます。攪拌かくはん方式では従来型のロータリ型などに加えスクリュー型の攪拌機や密閉縦型堆肥化装置(通称「コンポ」)などの普及が進んでいます。堆肥の利用面では、特殊肥料の堆肥と化成肥料を一定条件で混合利用ができる混合堆肥複合肥料の公定規格ができ、家畜ふん堆肥の生産量が多い牛ふん堆肥の利用拡大が図られることになりました。牛ふん堆肥はC/N(注2)比が15より高いものが多く、作物への施用時には注意が必要、ペレット化が望ましいなどまだ解決されなければならない課題があります。混合堆肥複合肥料は肥料登録が必要ですが、令和元年の肥料取締法の改正を受けて配合に関するルールが変更され、堆肥と化学肥料を配合した指定混合肥料が届け出のみで生産可能となりました。指定混合肥料ではC/N比の規定がないために牛ふん堆肥が使いやすくなりました。一方、堆肥の生産量が多い共同利用型の堆肥センターでは建設されてから15年以上経過している施設が多く、施設の老朽化が進みつつあり、ストックマネジメント(注3)などを活用して補修・補強をし施設をより長く使えるようにしています。個別農家の堆肥化施設についても今後、老朽化への対策が必要になると思われます。

4 臭気対策

 畜産施設から発生する臭気の問題は、畜産施設を取り巻く周辺の生活環境が大きく変化する中で、臭気の発生源での抑制、脱臭技術の向上などを含めその解決策が急務となっています。臭気対策を講じても畜産物の生産量や収益が増えるわけではなく、逆に臭気対策にかかる費用の分が収益には負担となりますが、周辺に迷惑をかけ続けると臭気による苦情が発生し、経営基盤そのものが脅かされてしまいますので、苦情が発生しないよう、過剰投資とならないよう種々の対策を講じながら経営することが必要です。悪臭防止法は苦情対策法ですので、苦情が発生しないような対策を行うことが求められます。環境3法ができたころは、堆肥化施設からの高濃度臭気が苦情対象でしたが、畜産農家(経営体)の大規模化、畜産農家近郊での宅地化、生活環境の向上などにより畜舎から発生する低濃度、大風量の臭気が苦情対象となってきています。畜舎から発生する臭気は、嫌気条件下で発生する硫黄化合物(硫化水素など)や低級脂肪酸が含まれ、これらの臭気は空気中にわずかに含まれていても人の嗅覚では不快臭と感じてしまう物質で、さらに空気より重いために地表面を漂うことが多いため、人の嗅覚に接しやすい特徴があります。堆肥化施設では、高濃度のアンモニアが主に発生しますが、堆肥化(好気性分解)がうまくいかず嫌気状態になってしまいますとこれらの物質が多く発生してしまいますので、堆肥化施設とはいえ適正な管理をしなければなりません。また、畜舎からの臭気が苦情の原因になりやすくなっていますが、その原因の一つに経営が大型化し、畜舎から排出される風量が大きくなると濃度が薄くても住宅地では苦情になりやすいと言われています。
 それではどのように臭気対策をすればよいのか。まずは臭気の発生源をしっかり見極めることです。発生源を確認しないと適切な対策が取れないからです。畜舎内では清掃が第一です。湿ったところやふん尿で畜舎床面が汚れているとたまったふん尿が嫌気状態になって悪臭の発生原因となります。手間をかけても清掃することが必要です。また、原尿槽や固液分離機周辺も臭気の発生源となりやすい場所で、そのようなところは覆って(密閉して)臭気が外に漏れないようにします。場合によってはその部分だけを脱臭装置を使って脱臭します。規模拡大とともに臭気対策を施したバイオフィルターによる脱臭装置を設置したウィンドレス豚舎が普及しつつあり、臭気対策に十分配慮した農家が増えつつあります(写真1、2)。




 
 堆肥化装置では、換気風量は豚舎に比べて少ないのですが、臭気濃度が高いために苦情が発生してしまうような施設があります。堆肥舎であれば密閉して換気空気をバイオフィルターなどで脱臭し、コンポのように排気管でまとまって排気されるところでもバイオフィルターを活用した脱臭装置に通して脱臭します。最近、芳香臭を使ったマスキング剤の利用が増えてきております。この資材は希釈して畜舎の上や敷地境界で噴霧します。高価な資材ですので、住宅地に臭気が流れるときに使用するとか、苦情が発生しやすいときに使うなど使用方法に工夫が必要です。芳香臭も強すぎると苦情になってしまいますので適切な管理の下で使うことが求められます。遮へい壁の設置も効果があります。設置方法は畜舎から畜舎の棟高さ分の離れた位置に軒高さ分の遮へい壁(防風ネットでもよい)を設置しますと、畜舎から排気された換気がいったん、畜舎と遮へい壁の間にたまり、遮へい壁の上部から徐々に薄まりながら大気に放出されることで苦情低減に役立てようとする方法です。これ一つで臭気対策が可能になるものではありませんが、清掃をはじめとする種々の臭気対策を組み合わせて臭気による苦情のない畜産経営としたいものです。

(注1) 生物化学的酸素要求量(Biochemical oxygen demand)は、生物化学的酸素消費量とも呼ばれる最も一般的な水質指標の一つ。一般にこの値が大きいほど、水質は悪い。

(注2) 有機物に含まれる炭素(C)含有率(%)と窒素(N)含有率(%)の比。有機物の種類によりさまざまな値をとるが、この値は有機物の微生物による分解の難易、肥料効果の表れやすさ、また堆肥の腐熟程度などを評価する場合の重要な指標である。

(注3) 施設の機能がどのように低下していくのか、また、どのタイミングでどのような対策を講じれば効率的に長寿命化できるのかを検討し、施設の機能保全を効率的に実施することを通じて、施設の有効活用やライフサイクルコストを低減するなどの取り組み。


参考文献
・「畜産環境をめぐる情勢」(農林水産省ホームページ)
・「確実な養豚汚水処理を目指して」((一財)畜産環境整備機構)
 
  (プロフィール)
  昭和48年3月  三重大学農学部卒
           農業機械化研究所 研究第3部 家畜飼養管理・養蚕用機械研究員
    61年10月  生物系特定産業技術研究推進機構
                     研究第3部家畜飼養管理養蚕用機械研究単位研究員
平成15年10月  独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構
                     生物系特定産業技術研究支援センター
                     畜産工学研究部飼養管理工学研究単位主任研究員
        18年1月  同 畜産工学研究部長
               4月  独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構
                     生物系特定産業技術研究支援センター 畜産工学研究部長
        22年3月  定年退職
               4月 (財)畜産環境整備機構 畜産環境技術研究所 研究開発部長
        23年4月  同研究所 研究統括監
        26年4月  ( 一財)畜産環境整備機構 畜産環境技術研究所 研究統括監
           現在に至る