ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > 急速に回復する中国養豚業の実態
中国では1979年の改革開放以降、経済発展に伴い豚肉生産量、消費量ともに増加傾向で推移しており、2019年時点では生産量、消費量ともに世界第1位である(図1、2)。
養豚経営については、大手企業が飼料原料の調達からと畜、食肉加工まで行うインテグレーター化が進み、豚肉の安定供給体制が確立されてきたが、一方で、養豚と耕種の兼業農家や、年間出荷頭数が少ない小規模農家、自家消費用のみ飼養する農家の数が大半を占めており、養豚企業上位13社による出荷頭数の割合は20年では10.5%という状況にある(表1)。年間出荷頭数規模別農家戸数を見ると、500頭未満規模の農家は全養豚農家の約99.4%を占めているが、5万頭以上の規模の農家を除き、いずれも減少傾向にある(表2)。
このような中、中国政府は15年以降、社会問題となっている環境汚染を軽減するため、養豚経営が可能な土地の利用を制限し、排水に含まれる汚染物質の基準値を設定するなど、豚500頭以上飼養する養豚農家に対して環境税を課した(注1) (図3)。この環境規制政策により、排せつ物処理施設の建設が困難であったり、経営状況が悪化した農家が廃業に追い込まれたことで、16年の飼養頭数や豚肉生産量は減少に転じた(図4、5)。これに伴い子豚(主に肥育もと豚)および豚肉価格は上昇し、16年6月には当時の時点で過去最高値を更新した(図6)。また、国内の豚肉供給不足を補うために豚肉輸入量も増加し、16年は当時としては過去最高の162万トンとなった(図7、表3)。
その後、豚肉価格上昇により収益が改善した養豚農家が増産に向けて動いたことで、16年下半期の豚飼養頭数は一時的に増加し、17年には豚肉生産も回復したため、豚肉価格は徐々に下降し、18年には15年の水準まで下落した。また、豚肉輸入量も17年には15年の水準まで減少した。
このように環境規制による生産量の減少から回復してきた最中、18年8月以降に発生したアフリカ豚熱により、その防疫措置として行政区(省や市、県)(注2)間の生体豚および豚肉製品の移動が制限されたため、繁殖雌豚や肥育もと豚の新規導入が困難となった。また、感染が拡大するにつれて、感染および殺処分による経済損失を恐れた農家が肥育豚を早期出荷し、繁殖雌豚などの新規導入を控えたことから、19年には豚飼養頭数の減少が進み、同年下半期にはと畜頭数および豚肉生産量が大幅に減少した。一方で豚肉価格は、アフリカ豚熱発生直後は人体への影響が不安視され豚肉の消費が落ち込んだものの影響は一時的で、むしろ生産量の急減により豚肉供給不足に陥り、豚肉価格は上昇を続けた。また、国内供給不足を補うために輸入量も急増し、16年の水準を上回った。
これと同時期に米中貿易摩擦が起こり、中国政府は18年4月および7月に米国産の冷凍豚肉の輸入関税をそれぞれ25%引き上げ、最恵国税率と合わせると62%となった(注3)。このため、同年8月以降の米国からの輸入量は減少したが、米国以外からの代替輸入が増加したため、輸入総量に大きな変化はなかった。ところが、19年に入って国内供給が不足し始めたことから、高関税にもかかわらず米国産豚肉は増加基調となり、同年7月までの累計輸入量は18年の総量を超え、輸入価格(CIF価格)も2倍程度まで上昇した。
このような状況に危機感を抱いた中国政府は19年5月以降、豚の飼養頭数を増加させるため、豚購入資金の融資の利息に対する補助などの増頭政策を打ち出した。市場やと畜場の閉鎖などの措置により、アフリカ豚熱の発生頻度は減少し豚肉価格高騰により収益が改善していた養豚農家が、この増頭政策により増産を加速させたことから、同年10月には繁殖雌豚頭数は増加に転じた。その後、肥育豚頭数も順調に増加し、20年下半期には豚肉増産の兆しが見えてきている。
しかしながら、20年末時点でも中国国内の豚肉供給不足は深刻な状態が続いており、豚肉価格は高値で推移し、また、米中の緊張関係が緩和したことで冷凍豚肉の追加課税の一部が免除されたこと(注3)や、米中経済貿易協定の第一弾合意により米国産農産品の輸入目標が設定されたこと(注4)から、米国産豚肉の輸入量は急増し、全体の豚肉輸入量も高水準を維持している。
以上のように、近年中国で起こった事象やそれに伴う豚肉価格などの変動を見ると、供給不足により豚肉価格が上昇し、これにより収益が改善した養豚農家が増産を図り、また輸入量が増加することで供給量が増加し、豚肉価格が下降するというサイクルで変動している。
なお、豚肉供給不足が続く中、20年1月には中国・武漢市でCOVID-19が確認された。中国政府は感染拡大を防止するために人や物の移動を制限したが、その後、食料や飼料などの物資は優先して流通させるよう通知を発出したことから、同年2月下旬には流通はほぼ回復し、豚肉生産は大きな影響を受けなかった。同様に食肉加工工場も1〜2カ月で稼働再開したこともあり、中国政府はCOVID-19発生による豚肉供給に大きな影響はないとしている。
(注1)環境規制政策については、『畜産の情報』2018年4月号「中国の養豚をめぐる動向と環境規制強化の影響(https://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2018/apr/wrepo02.htm)を参照されたい。
(注2)中国では、大きい行政区分から順に「省級(省、直轄市など)」、「地級(地級市、自治州など)」、「県級(県、県級市、市轄区など)」などとなっている。
(注3)米国産冷凍豚肉に対する追加課税やその免税措置については、『畜産の情報』2021年2月号「近年の米国の豚肉需給状況〜新型コロナウイルス感染症の影響も踏まえ〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001492.html)を参照されたい。
(注4)米国産農産品の輸入目標については、海外情報「米中経済貿易協定の第1段階の合意と農業団体の声明(米国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002600.html)を参照されたい。
中国政府は、2018年8月のアフリカ豚熱発生直後から、まん延を防止するために家畜疾病防疫を強化してきた(表4)。具体的には、疾病が発生した農場から半径2キロメートル以内にある農場のすべての豚および半径2〜5キロメートル以内の農場のうち政府が必要性を判断した豚の殺処分を実施し、発生した行政区(省・市・県など)からの生体豚や豚肉製品の搬出を制限するもので、殺処分された豚に対する補償は、発生農場からの距離、豚の品種や用途、体重によって異なるが、1頭当たり最大1200元(2万640円)で、中央政府と地方政府が負担する。しかし、当該補償額が販売額に対して少ないこと(注5)などを理由に、飼養豚に異常が確認されても政府に通報せずに出荷する農家が相次いだため、すでにアフリカ豚熱に感染していた豚およびこれらを原料として製造された豚肉製品も検査を逃れて市場に出回ることとなり、疾病がさらにまん延したと言われている。
この状況の改善を図るべく、農業農村部は生体豚や豚肉などの流通監視を段階的に強化するとともに、19年8月には国務院常務委員会(日本でいう国会)で国務院総理(日本でいう首相)が殺処分豚に対する補償金を速やかに支給するよう指示したことが功を奏し、アフリカ豚熱の発生頻度は徐々に低下していった。
また、疾病拡大の要因の一つである排せつ物についても、処理施設の建設費や第三者への委託処理費用に対する支援が設定されたほか、中には、輸送中の給餌や給水について規定する通知も発出されるなど、アフリカ豚熱を契機として、中国の家畜衛生水準が向上することとなった。
(注5)体重100キログラムの肥育豚の出荷額は2018年下半期平均では1390元(2万3908円)だが、発生農場から2キロメートル以内農場の殺処分に対する補償額は1200元(2万640円)と、販売額の86%相当となる。
豚肉供給不足が深刻化した2019年下半期以降、中央政府は、飼養頭数減少の要因となった環境規制を順守するための支援策や、環境規制そのものを緩和する政策に加え、直接豚の増頭につながる政策を次々に実施してきた。
特に19年9月に国務院は豚肉の国内自給率を約95%に維持する目標を掲げ、豚肉の安定供給などについての措置を宣言し、実行に係る予算を確保したことで、増頭を加速させたと言える。
加えて、着実に増頭に向かっていた2020年7月にも、中国農業農村部と国家発展改革委員会が45億5000元(782億6000万円)の追加予算を措置したことで、その流れは一層強固なものとなった。
このような増頭政策のほか、中央政府は即効性が見込める繁殖雌豚の輸入も強化している。20年はフランスやデンマークなどから2万9042頭を輸入し(アフリカ豚熱発生前の17年との比較で約2.6倍)、20年1月には米国からの輸入も再開したことに加え、ペルーと衛生条件を交渉中との報道もあるなど、輸入先の拡大の動きも見られる(表5)。
さらに、現地報道によると、繁殖雌豚の緊急的確保に向けた動きとして、中国でも日本などと同様、一般的な繁殖雌豚はランドレース種と大ヨーク種を交配した二元豚(LW)であり、肥育豚は二元豚にデュロック種を交配した三元豚(LWD)であるが、現在、LWDも繁殖雌豚として共用しているとのことである。
同時に、豚肉輸入を増加させるための施策も実施している。輸入冷凍豚肉をすぐに市場に流通させるよう、中国海関総署(日本でいう税関)は20年9月、検疫手続きを円滑に行い、待機期間を削減させるための通知を発出した。また、20年1月からは冷凍豚肉の輸入税率を、最恵国税率の12%から8%に引き下げ、21年も同措置を継続している(注6)。現地専門家は、これらの施策は、豚肉の輸入を増加させることで国内需要を満たすことに役立つと分析している。
(注6)豚肉輸入税率の引き下げについては、海外情報「中国財務部が豚肉や乳製品等の一部の輸入税率を引き下げ(中国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002614.html)および「2021年も豚肉などの輸入税率を引き下げ(中国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002866.html)を参照されたい。
17年以前はドイツやスペイン、米国からの輸入が多かったが、近年では、米国との貿易摩擦などにより輸入量が減少した一方、南米からの輸入を増加させるなど輸入先を拡大させている(表3、図9)。また、中国政府は20年にアルゼンチンに35億米ドル(約3850億円)を投資し、養豚場を8年間で12カ所建設することとしている。さらに、輸入先の拡大だけでなく、欧州や東南アジアからより短期間での輸入が可能となるよう、鉄道網の整備にも力を入れている(注8)。
なお、輸出用豚肉は国内仕向けより品質要求基準が厳しいため生産コストが30%ほど高く、輸送コストもかかるため、国内仕向けよりも収益面で不利となる場合があることから、国内供給が不足している時は国内に優先的に供給される傾向がある。
(注8)鉄道網の整備については、海外情報「鉄道による冷凍食肉輸入ルートを拡大(中国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002786.html)を参照されたい。