リジッドファームズはこれまで多くの短期スタッフに支えられてきたが、労働環境の整備や作業手順のマニュアル化など独自の取り組みによって、質の高い労働力を確保し続けている。
(1) 経緯
森田社長が継承した当初は、インターネットなどを通じて求人を募っても、その応募者はおおむね2〜3カ月を希望する短期スタッフであり、長期で働いてくれる人を満足に確保できなかった。
当時は、通常60頭の搾乳牛が収容できる旧牛舎(つなぎ牛舎)で搾乳を行っていたが、経営が思わしくなかったことから増頭を行い、最盛期には140頭の搾乳牛を当該牛舎で管理するなど、経営を回復させるために必死に働き、さらには米国酪農をモデルに近付けるべく牧場の環境整備を行った。
森田社長は、短期スタッフでも働きやすい環境で効率的な生産体制を築くためには、作業の慣例化(ルール化)に取り組む必要があると考え、作業手順などを目に見える形にマニュアル化することで、短期スタッフでもいち早く仕事を覚え、未経験者でも高水準の作業が行える体制作りを確立した。
また、酪農現場のイメージを
払拭するために、求人募集には実際に働いているスタッフ、牧場の風景の写真を掲載するなどPR活動を強化することで、酪農現場で働く安心感につなげるなど工夫を凝らした。
こうした取り組みによって、友人の紹介や口コミなどを通じて徐々に応募者は増えていき、今では多くの若年層が集う活気あふれる牧場となっている。
(2) 雇用状況など
リジッドファームズでは、派遣業者に外部委託することで短期スタッフの紹介を受けており、最終選考は森田社長が行う手法で、これまでの15年間で100人弱の雇用実績がある。応募者の多くは、北海道外からの若年層に集中しており、その応募理由は、北海道の生活に憧れを抱いてくる人もいれば、ワーキングホリデーの合間に働く人、教員になる前に牛に触れて食育を学ぶ人など千差万別である。
多くの短期スタッフの雇用期間はおおむね3カ月であり、その中には全国各地から実習に訪れる学生も含まれている。新規採用後には必ず歓迎会を開催するなど、定期的に全員で食卓を囲みコミュケーションを図るよう意識することで、任期中は投げ出さずに楽しみながら熱心に働いてくれるという。
賃金体系は、基本的に固定給が20万円〜、アルバイトは時給900円〜と定めている。
住居は、牧場から車で2〜3分の同社宿舎で共同生活を行うシェアハウススタイルを取っており、生活に必要なものはすべてそろっていることから、体一つで働けるというのも大きな魅力である。シェアハウスは、男女それぞれ最大8人が居住可能な一軒家をシェアするもので、個室完備の上で、酪農未経験者や異郷の地に来たという人の不安も共同生活をすることで即座に解消されるという利点がある。その他、敷地内には、外国人技能実習生や社員のための住居なども存在する(写真7)。
家賃は徴収しておらず、無償で車を貸与するなど生活には不自由しないよう配慮されており、短期スタッフでも休日に道東観光など北海道の自然を楽しみながら働くことができる。このスタイルは、森田社長が米国滞在時に経験したものを再現しており、自身もさまざまな国から研修に訪れていたシェアメイトと有意義な時間を過ごしながら酪農に従事したことが根底にある。
リジッドファームズで働く短期スタッフは、こうした環境整備や共同生活の住み心地の良さに魅了され、中には短期雇用予定だったスタッフの期限延長の申し入れや正社員として登用し長期的に働くケースも珍しくなく、また、長期休みを利用して訪れるリピーターなども多数存在する。
今日でも求人への応募は好調で、コロナ禍になってからも、より一層問い合わせが増えるなど衰えを見せない。
(3) 勤務時間
スタッフは、2週間ごとのシフト制で勤務予定を立てており、全員の予定が一目で分かるよう事務所内に掲示の上、管理している(写真8)。
ミルキング班および哺育班の基本的な勤務時間は、朝6時30分〜10時、16時30分〜19時30分の6時間半となっている(図4)。
休日は自己申告制で自由に選択可能であることから、適正なワーク・ライフ・バランスが実現できる。なお、スタッフ全体の休暇取得平均は1週間当たり1.5日となっている。
(4) 搾乳作業の「マニュアル化」
短期スタッフの多くが未経験者であり、さらに、期間満了による人の入れ替えも頻繁であることから、効率的かつ機能的な搾乳体制を均一的に維持できるよう作業マニュアルが徹底されている。
作業マニュアルは、森田社長が短期スタッフや学生などに「次の人のために何か一つでも良いから功績を残しておいてほしい」と伝え、それに応えるようにこれまでのスタッフが作業手順のマニュアルを作り、改良を続けてきたものである(写真9、10)。手作りであるため、絵や表などはもちろんのこと、実作業者でしか気付かない些細な点まで記載されている。これらは「見える化」を意識し搾乳舎の壁面に掲示するなど作業中でも常にチェックできるような体制にある。
こうしたマニュアルの蓄積の恩恵により、多くの人は3日もすればある程度の仕事を理解することができる。
(5) 短時間での搾乳作業
搾乳は、ミルキング班の女性スタッフ3人がパーラー舎で毎朝夕の2回行い、マニュアル化されている作業によってスタッフのシフトに影響されることなく、常時200〜230頭の搾乳牛を1日合計6時間半という短時間で搾り終える。搾乳牛の誘導は、男性スタッフが担当することで力仕事はなく、搾乳に専任できるよう配慮されている。また、搾乳に費やす時間が短いことから乳牛へのストレスが少ない。脚の負傷や乳房炎などの
瑕疵を持つ個体への対応もすべてマニュアルの中で詳しく解説されており、きめ細やかな管理ができるよう徹底されている(写真11)。
森田社長は、ミルキング班を女性スタッフで構成していることについて「女性ならではの丁寧な作業と大切に牛を扱う気配りなどが搾乳実績の向上につながっている」と話す。こうした状況は事故率にも表れており、乳房炎個体は常時200〜230頭の搾乳牛のうち2〜3頭余りと非常に少ない。
(6) 技術チェックシートおよび成長評価シートを用いた人材育成
作業配置は、本人の能力、人柄および得意分野などの適性を見極めて森田社長が行うが、リジッドファームズでは採用時に、1カ月で仕事を覚えるための技術チェックシートと、1週間ごとに振り返りを行う成長評価シートを提示し人材育成を行っている。このような2種類の評価基準を設けて、スタッフ教育を行うことで労働意欲や作業技術の向上はもとより、若年層に人間的な成長を促している。
具体的には、評価の主体は、技術チェックシートによって行っている(写真12)。その内容は、各種作業を項目ごとに分け、各項目で、説明−実施−合格判定の実施日を記入することで先輩スタッフの説明漏れを防ぐとともに確実に仕事を引き継ぎ、本人が作業を十分に行うことができるようになるまで相互にチェックできる仕組みである。さらに、本人の段階(初級、中級、上級)に応じた作業項目を用意することで、おのずとPDCAサイクルを実践できる。
一方、成長評価シートは、あいさつや報告、連絡、相談など社会通念上の基本姿勢を盛り込んだ勤務態度や各種作業の総合的な熟練度を定量的に評価するものである(写真13)。スタッフは、各項目の業績を自己評価した上で、森田社長との面談で結果情報の伝達(フィードバック)を行う。一方的な評価とならないよう、面談で相互理解をした上で最終評価を決定するよう配慮されており、スタッフの不満や問題は生じない。
リジッドファームズでは、こうした独自評価制度を基準にインセンティブを与えることで意欲向上につなげており、短期スタッフでも即戦力の一員として、作業に取り組めるよう工夫されている。
森田社長は、短期雇用のメリットとして、人が循環することで、常に外部の目が新たな発見や気付きを生み出し、牧場の活性化につながっていくものと考えている。ただし、一通りの仕事を習得した3カ月時点で任期満了となるので、名残惜しさに駆られるとも話している。