ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > COVID-19影響下のEU酪農の現状
欧州委員会によると、2020年の生乳生産量は1億5490万トン(前年比1.6%増)であり、乳牛飼養頭数は減少したものの、1頭当たりの乳量が増加したことから2010年以降、10年連続の増加となった(表1)。なお、欧州委員会は21年の乳脂肪含有率について前年と同程度と見通しているものの、業界関係者は21年1〜4月の乳脂肪含有率は冬季から春にかけて寒冷な気候で推移したこともあり、過去2年と比較して高い水準で推移している点を指摘していた。
(@)飲用乳など
近年、飲用乳などの生産量は減少傾向で推移していたが、COVID-19拡大に伴う巣ごもり需要の影響から2020年には増加に転じている(表2)。21年の見通しとして、消費量は減少するものの19年より多くなると予想されている。また、飲用乳やヨーグルトなどの1人当たりの消費量も同様の傾向とされている。飲用乳消費の増加は、ロックダウンやスーパーの入店制限が行われたことで、頻繁に買い物を行える状況ではなくなったため、1回当たりの購入量が増え、かつ買いだめする消費者が増えたことなどが要因とされている。また、流通量は少ないものの、普段、冷蔵牛乳を購入する客層においてもESL技術(製造管理により製品の品質保持期限を延長する技術)を用いて製造された牛乳を購入する機会が増えたとされている。
一方、輸入量はフードサービス需要の減少に加え、英国のEU離脱(Brexit)を背景とする通関の混乱が予想されるものの、前年並みと見込まれている。輸出量については、中国からの飲用乳およびクリームの引き合いが強いことから、増加が見込まれている。
(A)チーズ
2020年はCOVID-19によるロックダウンなどがあったにもかかわらず、生産量、消費量および輸出量はいずれも増加した(表3)。米国との航空機を巡る補助金による報復関税の問題(注1)があったものの、米国などが主な輸出先となった。21年は、小売需要は前年と同程度で維持されるとみられる一方、フードサービス業界が徐々に回復することから、引き続き増加傾向で推移すると見込まれている。
なお、フランス、英国、ドイツといった乳製品の大消費国では、チーズ、バター、クリームの需要のうち、おおむね3分の1程度がフードサービス向けと推定されている。
(注1)海外情報「EUと米国、航空機補助金を巡る追加関税措置の停止を合意(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002968.html)を参照されたい。
(B)バター
2020年は輸出先の堅調な需要に加え、EU産バターの価格が相対的に安かったことから、輸出量は増加した(表4)。生産量および輸出量は増加した一方、COVID-19拡大に伴う需要減少により消費量はわずかに減少し、輸入量の減少につながった。21年は引き続き堅調な需要により輸出量が増加し、フードサービスの回復とともに、消費量も増加するとみられている。主な輸出先は、米国やサウジアラビアである。
(C)脱脂粉乳
2020年の生産量は増加したものの、消費量はCOVID-19拡大に伴う需要減少により減少した(表5)。21年の消費量はほぼ前年と同程度であるが、生産量および輸出量は増加が見込まれている。主な輸出先は、中国やアルジェリアなどである。
(D)全粉乳
全粉乳はチョコレート原料を初めとする需要に支えられ、近年生産量は増加傾向にあった(表6)。2020年の生産量は増加し、21年も堅調な輸出需要に支えられ増加が見込まれている。消費量はロックダウンによるチョコレートなどの加工製品の域内需要の減少により、2020年には減少し、21年も同程度の水準になると見込まれている。なお、輸出先はオマーン、アルジェリアやナイジェリアなどの産油国が多いことから、輸出需要は原油価格の影響を受けやすい。
欧州委員会の資料や現地関係者からの聞き取りによると、昨年増加した小売需要は本年も同じ水準が維持される一方、フードサービス需要が徐々に回復傾向にあることから、乳製品需要は堅調に推移するとみられている。また、2020年末のEUの乳製品在庫量が低い水準にあり、オセアニアの生乳生産量の増加があまり期待できないことは、EUの乳製品の販売にとってプラス要因となる。
一方、今後の懸念材料としては夏の熱波と飼料価格の高騰が挙げられる。6月時点で欧州では熱波の到来は予想されていないものの、飼料価格の高騰による生産への悪影響が懸念されている。またBrexitにより、後述する衛生関連の証明書の発行をめぐり英国からEUへの乳製品輸出に混乱が生じている状況では、今後、Brexit前と同様の条件で認められているEUから英国への輸出についても、同様の混乱が発生した時には、EUの生産量および輸出量に影響が生じる可能性がある。
EUCOLAITのセミナーでは、次期共通農業政策(CAP)(注2)で大きなテーマとなる持続可能性に関連する情報提供が行われた。以下はその概要である。
(注2)海外情報「次期共通農業政策(CAP)改革案について暫定合意(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002984.html)を参照されたい。
(@)消費者にとっての持続可能性のイメージ
持続可能性に配慮した製品の購入を志向する消費者の数は増加しており、世界60カ国の3万人の消費者を対象にしたアンケート調査結果では、55%の消費者が持続可能性に配慮した商品やサービスにお金を上乗せして支払うと回答した。また、欧州ではインターネットサービスのYuka(注3)などによる評価付けも広がりつつある。
持続可能な製品としてイメージされやすいのは有機農畜産品であるが、消費者が持続可能な製品として思い浮かべるものは、(1)原産地表示された商品(2)近隣地域で生産された商品(3)健康に気を使った商品(4)簡素化されリサイクル可能な包装資材(5)牧草飼育された牛から生産された生乳を使った商品―などの幅広い分野が含まれている。
(注3)スマートフォンアプリで、栄養成分の他、添加物の有無、環境への配慮などによって製品をスコア化し、消費者に提供するサービス。
(A)持続可能性の考えが企業や酪農・乳業などに与える影響
世界中の多くの乳業メーカーが温室効果ガス削減に言及している。畜産物生産においては、飼育時の家畜からの炭素を含む温暖化ガスの排出を減らすため、飼料添加物、家畜の品種改良、ワクチン接種を含む消化器内のメタン生成菌のコントロールなどの研究を進めることが重要であるとともに、排出量のうち、相当の割合を占める飼料生産段階での排出量削減が必要である。
乳業メーカーのみならず、企業は投資家から持続可能性について大きな圧力を受けている。例えばマイクロソフト社は投資家からの要望を受け、2030年までに炭素排出量をマイナスにするとの目標を掲げている。このため同社は21年2月、米国の生産者が所有する会社から1トン当たり20米ドル(2240円)の価格で、年間10万トンの炭素排出権の購入を発表している。
一方で、持続可能性の対策を講じることにより、生産コストが上昇するだけでなく、生産量が減少する可能性について留意しないといけないとの指摘がなされた。セミナーでは、ニュージーランドの生乳生産量の増加率を例に挙げ、直接の因果関係は不明としつつ、持続可能性の対策を本格化させた14年以降の集乳量の増加率は、それ以前よりも小さく、21年以降はほぼ増加が止まるとの見通しが示され、持続可能な生産方式への転換を一因として挙げる意見も聞かれた。
(B)植物ベースの乳製品代替品
持続可能性に関する消費者の関心の高まりにより、植物原料由来たんぱく質商品の市場が拡大している。ビーガンやベジタリアン、ペスクタリアン(肉類は食べないが魚介類は食べる)のみに限るとEU域内の消費者に占める割合は1割に満たない程度とみられるが、フレキシタリアンと呼ばれる時々ビーガンやベジタリアンの食事を取る人々を含めると3割を超えるとみられている。特にこのフレキシタリアンと呼ばれる層は今後も拡大することが見込まれている(注4)。
植物原料由来たんぱく質の市場拡大を左右する要因は、リピーターに再度購入してもらえるような品質向上が可能かどうか、さまざまな販売場所と流通経路の確保、消費者に理解されやすい商品の差別化がカギとなる(写真1、2)。
発表者からは、今後、乳製品が環境に及ぼす影響は大きくないとの主張が受け入れられる可能性もあるが、酪農・乳業サイドは、消費者のイメージ向上のため、何らかの行動を起こす必要がある。ただし、科学的に正しい事実であっても、消費者にその通り受け入れてもらえない可能性がある。また、民間投資を受けるためには、より環境に配慮した条件を整える必要が出てくるとの見方が示された。
(注4)『畜産の情報』2021年5月号「欧州における食肉および乳製品代替食品市場の現状」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001639.html)を参照されたい。