(1) SENASCAの概要
SENACSAは、パラグアイの獣医行政当局として2004年に設立された独立行政法人である。
設置目的は、家畜疾病の管理、撲滅、予防対策の維持、強化により家畜の生産性向上を図るとともに、動物由来産品の品質と安全性確保により同国の農牧産業の競争力、持続性、公正性の向上に寄与することである。
首都アスンシオンの近郊のサン・ロレンソ市に本部を設置し、総裁のもと業務運営上の要である五つの総局を備えるとともに、総裁の業務補佐を担うユニットや各種委員会などが組織されている。また、全国を行政区分とは異なる家畜衛生区域に区分し、地域調整事務所や地方ユニットなどを設置し業務運営上の拠点としている。職員は約1600名、うち約360名が獣医師である(図11、12)。
業務運営上の要である五つの総局の主な業務、所掌は、以下の通りである(写真1、2)。
①動物衛生・個体識別トレサビリティ総局
(DIGESIT;General Directorate of Animal Health, Identity and Traceability)
DIGESITは、家畜疾病の防除計画や監視対象プログラム疾病の発生の予防、まん延の防止、また根絶のための業務活動を企画、立案、管理する責任を負う。
②技術サービス総局(DIGESETEC:General Directorate of Technical Services)
DIGESETECは、動物用医薬品の製造、供給、販売の許可、また、動物用飼料に適用される措置の企画、立案、管理を行うとともに、生産農家の登録などに係る地方業務管理システム(SIGOR)自体の運営、管理やSENACSAとして公表する統計の集計、作成のサポートを行う。
③畜産物品質・安全総局
(DIGECIPOA:General Directorate of Quality and Safety of Products of Animal Origin)
DIGECIPOAは、畜産物(食用・非食用製品、副産物、動物由来の派生物)の品質・安全プログラムの企画、立案、管理を行う。
④検査・診断総局(DIGELAB:General Directorate of Laboratories)
DIGELABは、家畜疾病の検査診断、畜産物の安全性およびワクチンなどの生物学的製剤や動物用医薬品の品質管理のために必要な検査手順の企画、立案、管理を行う。
⑤財務・経営総局(DIGEAF:General Directorate of Administration and Finance)
機関に割り当てられた物的・財政的資源の管理を行う。
(2) 口蹄疫などの衛生管理および撲滅プログラム
パラグアイでは、口蹄疫をはじめ9疾病を監視プログラム対象疾病に指定し、定期的なモニタリング調査により疾病の発生動向を把握している。9疾病とは、①口蹄疫、②牛ブルセラ病、③牛伝達性海綿状脳症、④鳥インフルエンザ、⑤豚熱、⑥狂犬病、⑦牛結核病、⑧ニューカッスル病、⑨馬伝染性貧血である。
〈監視プログラム対象疾病の状況〉
(○疾病は現段階で清浄化または発生なし、●疾病は発生継続中)
①:〇 口蹄疫
口蹄疫の撲滅対策は、古くは1976年にさかのぼる。1996年の「国家口蹄疫根絶プログラム」の施行により1997年にはいったん清浄化が達成されたが、2002年(カニンデジュ県)、2003年(ボケロン県)に再発生し、その後、ワクチンの全土接種により2005年にはワクチン接種清浄国と認定されるなどの幾多の変遷を経ることとなる。現在は、2011年末から2012年初めの再発生(サン・ペドロ県)から5年経過後の2017年にOIEの「口蹄疫ワクチン接種清浄国」のステータスを獲得し、以降はそのステータスを維持している。
2011、2012年の口蹄疫再発生では、義務であるはずの口蹄疫ワクチン接種の不備が疑われた事態を政府は重く受けとめ、改めて国家口蹄疫根絶プログラム(PNEFA)による予防接種、免疫獲得させるための体系的かつ義務的な予防接種を徹底する重要性が再認識された。その結果、ワクチン接種はSENACSA(DIGESIT)の技術的な指導と監督のもと円滑かつ確実な遂行とするための半官半民の団体である家畜衛生サービス協会(FUNDASSA)が設立、認可され、体系的に実施されることとなった。
その後、口蹄疫のワクチン接種プログラムは、近隣諸国での口蹄疫の発生状況を踏まえて改正された。さらに毎年約2〜3万頭規模のアクティブサーベイランスが実施されているが、2012年の最終発生以降、ウイルスの循環はないことが証明されている(図13)。
②:● 牛ブルセラ病
パラグアイでは約30%程度の農家が本病の汚染農場とされており、ワクチン接種の義務化を柱とする一連の国家撲滅プログラムが2017年から開始されている。具体的には口蹄疫同様、ワクチン接種が年2回実施されている。なお、感受性動物に対するアクティブサーベイランスが実施されている(2020年実績:約10万検体を検査し、陽性は3649検体)。
③:〇 牛海綿状脳症
農場での死亡牛、と畜場や食肉処理施設において採材された脳材料を用いてモニタリング検査(免疫酵素抗体法:ELISA)が実施(2020年実績:農場263検体、と畜場・食肉処理施設440検体)されているが感染例が確認されたことはなく、OIEの国際的認証ステータスは日本と同じく最も清浄性の高い「無視できるリスク」の状況である。
④:● 狂犬病
各地で散発している(2020年実績:パッシブサーベイランスとして393検体を検査。畜種別確認事例は、牛47、馬4、羊1、コウモリ3、犬2件)。牛に対するワクチンはブラジル、アルゼンチン、ウルグアイなどから輸入され、SENACSAにて検定が実施されている。
⑤:〇 豚熱
かつてはワクチンが国内で製造され防疫措置として接種もされていたが、より清浄性を高めるために2010年にワクチンを用いない防疫体制に移行した。その後、2015年から全国モニタリング調査が行われた結果、2017年にOIEから豚熱清浄国の認定を受けている。
⑥:● 牛結核病
牛結核病の診断薬であるツベルクリンの製造がSENACSAで行われており、無作為に抽出された農場に対するアクティブサーベイランスが実施されている(2020年検査実績:9185検体の検査のうち、陽性30検体)。なお、共進会、展示会などに出展する際には、ツベルクリン検査陰性の証明が必要とされている。
⑦:〇 鳥インフルエンザ
防疫措置としてワクチン接種はしていない。モニタリング調査が実施されているが、今のところ発生事例は認められてない。
⑧:〇 ニューカッスル病
大規模農家ではワクチン接種(2020年:574戸、約4000万羽)による防疫措置が講じられているほか、定期的に養鶏場の検査が実施され、赤血球凝集抑制反応(HI)、ELISAなどによるモニタリング検査の結果、自国での清浄性を宣言している。
⑨:● 馬伝染性貧血
アクティブサーベイランスが実施されているが発生事例も多い(2020年実績:2万1724検体のうち陽性2049検体)。馬伝染性貧血の診断薬であるゲル内沈降反応用抗原をSENACSAで製造しており、同反応試験結果陰性にて、馬の農場間の移動や展示会への出展などが可能となる。
〈監視プログラム対象以外の疾病〉
DIGELAB内の動物用医薬品等検査・検定局で各種細菌、ウイルス、寄生虫疾病などの基本的な診断をしているが、監視プログラム疾病と比較しその診断能力には脆弱性が認められる(図14)。
(3) 個体識別制度(SIGOR、SITRAP)の概要
牛の個体識別制度には、SIGORと称される農場単位、牛群単位で識別するものと、輸出向け牛の識別、原産地証明を保証するシステムとしてSITRAPと称される個体単位のものがある。前者は全土の牛飼養農家を対象とした国の義務的登録制度として国内の家畜移動証明(COTA)の根拠になるものであるが、後者は、トレサビリティを必要とする市場への輸出用食肉の認証を強化し、口蹄疫などの重篤疾病発生時や残留有害物質検出事案への対応を可能とするためSENACSAと生産者団体(パラグアイ農村協会(ARP)など)の官民協力により導入された。
SITRAPは、2004年5月5日付け政令により創設、翌年8月から運用が開始された。同システムには、2020年で481の生産者、346農場が参加し、全飼養頭数の約1割に相当する148万1000頭の牛が登録されており、政府としては、耳標を電子チップが埋め込まれたボタン式にするなど同システムの拡充をさらに進めようとしている(写真3)。
(4) 輸出用牛肉の検査
〈輸出用牛肉の検査手順〉
①書類審査
牛の荷降ろし前に移動証明書(COTA)、家畜輸送車の清掃・消毒証明書(CLD)、輸出向け食肉用牛検査証明書(COIBFE)、所有者の宣誓供述書などの書類審査を行う。
②ロット割り当て
ロットは、同一農場から出荷され同日中にと畜され、農場からと畜施設に直接搬入されていることを要件に割り当てされる。なお、同日中のと畜ができなかった場合は別ロット番号を割り当てる。
③と畜前検査
食肉処理施設内の家畜施設にロットごとに収容後、24時間以内にIVOのと畜前検査を受けるまでの間、動物福祉の観点から給水および休息が与えられ12時間以上の収容となる場合は給餌しなければならない。
④と畜後検査
・枝肉の目視検査および舌、肺、肝臓、
脾臓などの触診および四肢蹄部の綿密な検査の実施。
・特定の臓器およびリンパ節の切開検査。必要に応じ各種検査(微生物や残留物質など)の採材。
・と畜後検査が終了まで、枝肉の処理、加工、搬出禁止。なお、輸出先の要請に基づき、と畜に際し、宗教上の特別な要件(ハラール、コシェル)が課される場合は、処理工程はもとより保管などについ ても別施設が整備されている。
⑤冷蔵施設での保管および熟成
輸出用枝肉は、最低でも24時間、摂氏2度で熟成され、すべての枝肉を検査しpH6以下であることを確認する。
⑥表示、出荷確認など
輸出業者はSENACSAの登録が必要であり、輸出ロットごとに製品、副産物、派生物の種類に応じた標識がなされ、SENACSA職員による最終検査の結果、問題がなければ検疫証明書が発行される。
パラグアイでは12の食肉処理施設が、輸出用施設として認定を受けている(図15)。
(5) メルコスールにおける家畜衛生の連携した取り組み
南米南部常設獣医委員会(CVP)は、2003年5月の加盟国農業大臣による農業評議会(CAS)で設立され、メルコスール(アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、パラグアイ、ウルグアイ)本部内に事務局を常設し各国からの拠出金により運営されている。各国獣医衛生当局の最高責任者により構成されており、設置目的は、域内の家畜・畜産物の生産および貿易に影響を与える衛生上のリスクを管理し、円滑な貿易(アクセス)を可能とすることである。各国持ち回りで毎年会議が開催されるが、CVPの下には各国動物衛生局長、メルコスール農村協会連盟(FARM)および汎米口蹄疫センター(PANAFTOSA)の代表による家畜衛生部会(CSA)のほか、口蹄疫、インフルエンザ、牛海綿状脳症、食品および飼料安全などの特定の目的を持つグループが設置され、各グループで連携した活動が実施されている。CVPは、PANAFTOSAにより5年ごとに策定される「半球(主に南米)口蹄疫撲滅計画(PHEFA)」にも積極的に関与しており、特に、域内の牛肉輸出における重要課題である口蹄疫ワクチン非接種清浄化への各国の
進捗状況などの確認の場ともなっている。