ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > 豪州の牛肉需給展望〜持続可能な牛肉生産を踏まえて〜
豪州政府は、パリ協定(注1)に加盟しているほか、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(注2)にも署名しており、豪州食肉業界も、国連の持続可能な開発目標であるSDGsなどに対する政府の貢献を支持している。
(注1)2015年に仏パリで開かれた「国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)」で採択された、気候変動に関する国際条約。今世紀後半に、世界全体の人為的な温室効果ガス(GHG)排出量について、人為的な吸収量の範囲に収めるという目標を掲げている。
(注2)2015年に米国ニューヨークで開かれた「国連持続開発サミット」で、193の加盟国により合意された。2030年以降の持続可能な開発に向けたロードマップである「17の持続可能な開発目標(SDGs)」と、持続可能な開発目標に必要な資金を調達するための世界的な計画である「開発のための資金調達に関するアディスアベバ行動アジェンダ」で構成されている。
また、主要食肉生産国の関係者で構成する「持続可能な牛肉のための国際円卓会議(GRSB:The Global Roundtable for Sustainable Beef)」(注3)は2021年6月29日、以下の三つの項目の持続可能な牛肉生産に関する目標を発表している。
・牛肉生産による地球温暖化の影響を2030年までに30%削減する
・牛肉のバリューチェーンが自然環境にプラスの影響を与えるようにする
・アニマルウェルフェアの向上により、牛の能力を高めるベストプラクティスの導入を促進する
このGRSBには、MLAのほか、NZの食肉生産者団体であるビーフ・アンド・ラム・ニュージーランド(BLNZ)なども参画している。
(注3)2012年に肉用牛・牛肉産業の持続可能性関連の研究活動への投資などを行う国際組織として創設され、豪州、米国、カナダ、南米、欧州、ニュージーランド(NZ)などの生産者、加工・流通業者、小売企業、業界関連団体、国や地域の円卓会議などにより構成されている。
豪州では牛群再構築により牛の増頭を図っている中で、持続可能な牛肉生産のため、MLAをはじめ、業界の関係者がそれぞれの立場で取り組みを行っており、以下にその内容を紹介する。
NFFが2018年に発表した「産業成長のための2030年ロードマップ」は、持続可能性に重点を置き、生産性と収益性を向上させる国家的なアプローチの一環として、農家が持続可能な農法を採用し続けることを目指しており、環境への配慮を評価し、それに見合った報酬を得ることができるとしている。また、NFFは、豪州農業界が2050年までにカーボンニュートラル(GHGの排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにする)にするという目標を掲げている。
豪州の牛、豚、羊肉生産を行う赤身肉業界を代表し、政策提言や諮問を行うRMACは、2030年までに赤身肉の販売額を2倍にし、最高品質のタンパク質を提供する信頼される産業になるための戦略的計画として、2019年に「レッドミート2030」を発表した。業界全体の利益と進歩のための活動の指針となる六つの業界優先事項と実現に向けた指標を定めている(表1)。
「レッドミート2030」の公表に合わせて、MLAは「戦略プラン2025」を公表しており、これにより、持続可能な食肉・家畜産業を実現するための生産者などへの支援を継続する旨を表明している。この六つの優先事項における具体的な取り組みについて、以下に紹介する。
ア 人材育成
MLAでは、生産者が効率的な生産方法への変更や研究成果の採用に円滑に組み込めるよう、収益性の高い放牧システムや経営改善、遺伝的繁殖能力向上などに関するワークショップなどでの普及活動への支援を行っている。
またMLAでは、比較的生産性が劣る豪州北部地域の牛群への支援として、ノーザンブリーディングビジネス(Northern Breeding Business:NB2)を公表しており、これにより、2027年までに北部の肉牛生産農家約250戸に対し、少なくとも年間2000万豪ドル(約17億円)の純利益をもたらすことを目指している。この計画では、繁殖率の向上、死亡率の低減、出荷時体重の増加、遺伝的能力の向上などに取り組むとしている。
イ 消費者や地域社会への対応
MLAは豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)との共同研究により、消費者に対して健康的でバランスの取れた食事における牛肉の摂取のためのガイドラインを提供しているほか、需要拡大に向けた市場調査などを行っている。
また、RMACが中心となり業界関係機関とともに2017年に発足した「牛肉持続性に関する枠組み(ABSF)」(注4)では、消費者などの期待の変化に対応するため持続可能な牛肉生産を定義し、動物福祉、経済的強靭(きょうじん)性、環境への責務、人と地域社会の四つの指標を設定している。豪州小売大手のウールワースでも、自社のサステナビリティ活動にこのABSFを活用している。
(注4)『畜産の情報』2020年2月号「豪州肉用牛産業における環境対策について〜持続可能性の確保に向けて〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000969.html)を参照されたい。
豪州フィードロット協会(ALFA)では、MLAと連携し、フィードロットなどにおける抗菌剤の適正使用のための枠組みとして、「抗菌薬スチュワードシップガイドライン(Antimicrobial Stewardship Guidelines)」を策定している。このガイドラインは、穀物肥育牛肉産業の品質保証スキームである全国肥育場認定制度(NFAS)に組み込まれており、薬剤耐性対策のための適切な保管やラベリング手法、投与方法などが規定されている。
ウ 家畜の管理
生産現場における持続可能性と収益性を確保するためには、牧草地の利用や疾病対策、飼育管理における最善の方法を実践することが重要である。
2016年に各州政府間で承認された豪州の牛肉業界におけるアニマルウェルフェアとガイドラインは、州ごとに法律に基づく規制状況が異なるものの、主に以下の項目について定められている。
− 飼料と水の給与
− 異常気象時のリスク管理
− 疾病、けがなどの適切な処置
− 施設や家畜の適切な管理
− 繁殖管理
− 適切なと畜処理
また、2009年に設立され、MLAやAMPCをはじめとする畜産関係団体、連邦・各州政府、大学などの研究機関が参画している全国動物福祉研究開発拡張戦略(National Animal Welfare Research Development and Extension Strategy)では、アニマルウェルフェアの研究開発について、産学官連携の下で取り組まれている。
MLAでは、アニマルウェルフェア分野において、家畜の適切な飼育・繁殖方法による疾病、けが、事故率などの低減のための生産者などへの支援を行っており、現在以下のプロジェクトが進行している。
− 除角のための遺伝学的研究の実施
− 痛みを伴う家畜の処置への鎮痛剤の投与
− ダニによる各種疾病、伝染性角結膜炎(ピンクアイ)、ヨーネ病のための単回投与ワクチンや局所投与ワクチンの開発
− 家畜の健康状態を測定・記録する新しい方法の開発とベンチマークの実施
エ 環境対策
(ア) CN30への取り組み
豪州の食肉業界は、2030年までにカーボンニュートラルにするという目標「CN30」を掲げている。CSIROの試算によると、CN30は現在の家畜数で達成可能であり、2030年までに赤身肉の販売額を2倍にするという業界の目標にも影響しないとしていしないとしている。豪州政府が四半期ごとに大気中へのGHG放出量が測定し、公表している「全国温室効果ガスインベントリー(NGHGI)」により、CN30の進捗状況を確認するとしている(図11)。
牛肉生産の過程で排出される主なGHGは、腸内メタン(CH4)、土壌や植生からの二酸化炭素(CO2)、一酸化二窒素(N2O)だが、生産性の向上や植生管理方法の変更などにより、2018年では基準年の2005年から53.2%と大幅に削減されており、豪州のGHG排出量に占める食肉業界の割合においても、2005年の22%から2018年は11.8%まで10.2ポイント低下している(表2)。
メタンは家畜由来の主要なGHGであり、地球温暖化の一因となる可能性が指摘されている一方で、すべてのGHGの中で大気中における寿命が約12年と最も短いという特徴もある。GHG排出量の国際的な指標として地球温暖化係数があるが、MLAでは現在、GHGの大気中での寿命も考慮した100年間の地球温暖化係数(GWP100)の活用についても検討している。
また豪州食肉業界では昨年、CN30達成のためのロードマップ(表3)を発表しており、企業レベルのGHG排出量を計算するツールも提供している。
(イ) 飼料添加物の開発
a アスパラゴプシス
海藻の一種で、反すう動物のメタン排出量を80%以上削減する飼料添加物として、MLA、CSIRO、豪ジェームズクック大学が共同で商品化に向けた研究開発を行っている。またCSIROは、小売大手のウールワースなどから出資を受け、FutureFeed Pty Ltdを設立し、アスパラゴプシスの飼料添加物としての普及を促進しており、2023年までに豪州国内外に供給が開始される予定とされている。
b 3-NOP
3-NOP(3-ニトロオキシプロパノール)は、反すう動物のメタン生成の最後の過程の反応を触媒するメチルコエンザイムM還元酵素(MCR)を阻害する有機化合物。飼料添加物として、MLAや豪ニューイングランド大学、DSM社や蘭ワーゲニンゲン大学などが共同で商品化に向けた研究開発を行っている。DSM社によると、3-NOPを用いた飼料添加物を牛1頭当たり1日に小さじ4分の1杯混ぜると、約30%のメタン排出量が削減されるとしているほか、豪ニューイングランド大学が昨年アンガス牛を用いて行った給与試験では、一日平均増体量および飼料要求率を低下させることなく、メタン排出量を最大90%削減することができたとしている。
オ 市場アクセスの改善
MLAは豪州政府と連携しながら、輸出拡大に向けた市場アクセスの改善に関し、以下の取り組みを支援している。
− 国際市場における豪州産牛肉のプレゼンスの維持
− 経済的、技術的な市場アクセス改善の取り組み
− 豪州肉用牛生産における疾病フリー状態を支えるシステム
カ 一貫性のある供給システムの管理
豪州の赤身肉供給システムは、MLAの子会社であるISC社(Integrity Systems Company)により管理されており、以下により、アニマルウェルフェア、バイオセキュリティ、トレーサビリティなどに取り組んでいる。
(ア) 家畜生産保証プログラム
(LPA:Livestock Production Assurance)
アニマルウェルフェアやバイオセキュリティなどをカバーする、独立した監査機関による農場保証プログラム。生産者による家畜の取り扱いに関する責任の所在が記録される。
(イ) 全国家畜識別制度
(NLIS:National Livestock Identification System)
豪州の牛、羊、山羊のトレーサビリティシステム。過去の家畜個体ごとの移動履歴や農場での飼養管理状況を証明するもので、以下の三つにより担保されている。
a.耳標の利用
b.家畜の移動を識別するための各農場への8桁のコード(PIC:Property Identification Code)の割当て
c.オンラインデータベースの運営
(ウ) 豪州家畜販売事業者宣言
(NVDs:National Vendor Declarations)
家畜の飼養管理状況や治療履歴などを証明する法的文書。ホルモン成長促進剤(HGP)の利用状況なども記録されており、サプライチェーンの各段階で家畜(肉)とともに移動する。
また、ALFAが主導し、非営利団体であるAUS-MEATが運営する肥育部門の自主的な品質保証制度である全国肥育牛認定制度(NFAS)もある。これは穀物肥育牛肉市場では必須条件となっており、牛の管理状況が記録され、アニマルウェルフェア基準およびガイドラインの要求事項に準拠していることを保証している。また、本制度については、独立した第三者機関による監査を受けることになっている。
このほか、これらのシステムを補完するものとして、以下の取り組みも行われている。
(エ) 全国家畜市場品質保証プログラム
(NSQA:National Saleyard Quality Assurance Program)
1996年に開発された各家畜市場における品質保証システムであり、AUS-MEATによって監査が行われている。
(オ) 豪州畜産加工業動物福祉認定制度
(AAWCS:Australian Livestock Processing Industry Animal Welfare Accreditation System)
2013年に設立された豪州の畜産加工業における自主的な制度で、食肉処理施設での家畜の搬入から適切な処理を行うまで、業界のベスト・プラクティスである動物福祉基準を順守していることを証明するプログラムであり、AUS-MEATによって監査が行われている。
この他、生体牛輸出の際の家畜管理におけるアニマルウェルフェアを保証するプログラムもある。
ア 豪JBS
豪食肉加工業最大手のJBSは2021年6月、消費者の持続可能性に対する関心の高まりに対応し、持続可能な牧草肥育牛肉などの生産に関する「グレートサザン農場認証プログラム」を発表した。土壌、牧草地、植生、水、家畜、人、GHG管理の七つの柱で構成されており、独立した第三者の監査をクリアした製品には、認証ロゴ(図12)を付して販売される。
イ Flinders + Co.
2010年に創業した同社では、2018年12月より、肉の生産における炭素排出を完全にオフセットにした、カーボンニュートラル100%をうたう商品を提供している。