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特集:畜産の持続的発展の実現に向けた取り組み 畜産の情報 2021年10月号

持続的な畜産物生産の在り方について

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農林水産省 畜産局 総務課 課長補佐 松井 裕佑

1 我が国の畜産物生産の現状

 農林水産省では、国内外の堅調な畜産物需要に応え、その生産・供給の拡大を図るため、「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針(令和2年3月策定)」などに基づき、畜産振興のための各般の取組を推進しているところである。
 我が国は狭小・急峻で平野部が少ない国土条件の下、アジアモンスーン地域の気候に適した家畜や飼料作物の改良やその能力を発揮させるための技術の改善が必要など、畜産主要地である欧米とは生産を取り巻く環境が異なる。
また、近年の気候変動による影響もあり大規模な自然災害の発生や、高齢化及び規模拡大の進展に伴う後継者不足や労働力不足などの課題にも直面している。
 2019年度の我が国全体の温室効果ガスの総排出量12億1200万トン(CO2換算)のうち、農林水産分野が占める割合は約3.9%となっている。
 畜産分野では、家畜の消化管内発酵由来のメタン(CH4)が約0.6%、家畜排せつ物由来のCH4や亜酸化窒素(N2O)が約0.5%となっており、畜産分野由来の温室効果ガスの排出量が日本全体の排出量に占める割合は、約1%程度となっている。
 酪農・畜産は人が食用利用できない資源を食料に変え、飼料、家畜、堆肥という循環を形成し、発展してきた産業であり、食品残さや地域農業由来の産物も含む未利用資源の活用においても循環型の大きな意味でのサイクルを形成し、持続的な食料システムの構築の実現に貢献している。
 さらに、耕種農業が困難な山間地・寒冷地等、条件不利な地域での草地利用や林間放牧による土地利用、荒廃農地の有効活用、景観の維持、畜産物の流通に当たって加工が必要なことから、関連産業の裾野が広く、地域の雇用につながる産業であるといった観点から、農村地域の維持・活性化にも貢献している。そして、都市近郊も含めた生産現場は女性や障害者の活躍の場であることや、動物の飼養管理は子供たちの教育の場としても貢献しており、これらのことから、酪農・畜産は地域に根ざした我が国における必須の産業であると言える。
 一方で、海外の需給動向に価格が影響を受ける不安定さや自給率向上の観点からも輸入飼料に過度に依存している現状の生産方式から脱却し、飼料生産基盤に立脚した足腰の強い畜産経営を育成していく必要がある。
 こうした背景から、持続的な畜産物生産に向けた各種課題に対応するための戦略とそれに基づく具体的な取組を示し、持続的な畜産物生産の在り方について「中間取りまとめ」としてまとめた(図1)。



2 具体的な取組

 中間取りまとめでは、戦略に基づく具体的な取組として、6項目に分けて現状の取組と今後行うべき取組を示している。今後行うべき取組について、詳細を説明する(図2)。

(1)家畜の生産に係る環境負荷軽減等の展開
ア 家畜改良
○ 生産段階では、
 家畜改良増殖目標等に掲げられた泌乳量や増体性等の畜産物の生産の効率化等につながる形質の改良を進めることは、畜産物の単位生産量当たりの環境負荷軽減にも資することから、引き続き関係者と連携の上、効率的に家畜改良を推進する。
 特に我が国固有の遺伝資源である和牛においては、遺伝的多様性を確保しつつ、近交係数の上昇抑制に向けた取組や知的財産としての価値の保護の取組を推進する。
○ 研究段階では、
 生産効率に影響のない形で、飼料給与・飼養管理や排せつ物処理に伴うCH4排出量を削減できる技術等の開発や慢性疾病対策等としての高い耐病性を有する家畜への改良を推進する。

イ 飼料給与
○ 生産段階では、
 家畜の特性に留意しつつ、脂肪酸カルシウムやアミノ酸バランス飼料等の温室効果ガス削減飼料の利用推進や最も飼料給与効率が高まるような牛の肥育期間の適正化
○ 研究段階では、
 牛の消化管内発酵由来のCH4削減のための新たな物質の探索、アミノ酸バランス改善飼料の牛と鶏への適用技術の開発
等に取り組んでいくことが必要である。

ウ 飼養管理
〇 生産段階では、
 ・ ICT等を活用した機器導入や放牧の一層の推進
 ・ 畜産クラウドの充実・強化とビッグデータに基づく高度・総合的な畜産経営の改善に向けたアドバイスシステムの構築・普及
○ 研究段階では、
 ・ AIによる事故率の低減等の高度な飼養管理技術の開発
 ・ 牛の第一胃内の環境の制御技術の開発
 ・ ICT等による放牧管理システム等による省力的な放牧の技術開発
等に取り組んでいくことが必要である。

エ 家畜衛生・防疫
○ 生産段階では、
 ・ 都道府県の飼養衛生管理指導等計画に基づく飼養衛生管理基準の順守徹底
○ 研究段階では、
 ・ 疾病の早期発見に資する新たな診断法等の開発
等に取り組んで行くことが必要である。

(2)耕種農家のニーズにあった良質堆肥の生産や堆肥の広域流通・資源循環の拡大
○ 生産段階では、
 ・ 好気発酵を促進させる水分調整や切り返しなどの適切な実施
 ・ 耕種農家のニーズを踏まえた高品質堆肥の生産の一層の推進
 ・ 強制発酵施設・機械等の導入
 ・ 堆肥センターの機能向上や活用の推進
 ・ ペレット化の普及など、堆肥の保管や広域流通に資する技術の普及
 ・ 堆肥の輸出拡大に向けた課題の検討
○ 研究段階では、
 ・ ICT等を活用した家畜排せつ物処理の省力化・高度化と施設・機械の低コスト化、温室効果ガス排出量の削減
 ・ 牛ふん堆肥のペレット化技術の開発や堆肥の広域循環システムの構築
等に取り組むことが必要である。

(3)国産飼料の生産・利用及び飼料の適切な調達の推進
○ 生産・流通段階では、
 ・ 水田の畑地化・汎用化の推進による青刈り飼料作物等生産の加速化
 ・ 条件不利な農地等における飼料生産や土地条件に応じた放牧の推進
 ・ 食品及び農場残さ等の未利用資源の発掘、マッチング体制の構築
 ・ エコフィードの生産利用の推進
 ・ 子実用とうもろこしなどの国産濃厚飼料生産の拡大
○ 研究段階では、
 ・ 耐暑性、耐湿性等に優れた品種の開発
 ・ 低コスト化や多収性の向上に向けた子実用とうもろこしの品種開発や作付時期などの栽培技術・乾燥などの調製保管技術の開発
 ・ 耐久性に優れた生分解性サイレージ用ラップフィルムの開発
等に取り組むことが必要である。

(4)有機畜産の取組
○ 生産・消費段階では、
 ・ 国産有機サポーターズとの連携による有機農畜産物のPRや消費者理解醸成のための取組の推進
○ 研究段階では、
 ・ 我が国における低投入粗放型有機生産体系の確立
 ・ アジアモンスーン気候の中で有機飼料生産に適した飼料作物の品種、栽培方法の開発
等に取り組むことが必要である。

(5)その他畜産物生産の持続性に関する事項
○ 生産段階では、
 ・ 農場HACCP導入の推進
 ・ 薬剤耐性対策の普及啓発
 ・ 食品安全、家畜衛生、環境保全、労働安全、人権の尊重、アニマルウェルフェアといった項目及びそれらを含む畜産GAP認証取得等の推進
 ・ 生産者が自ら行う勉強会、コミュニティの場の形成やセミナーなどの開催の推進
 ・ 女性の一層の活躍を進めるため、能力や条件に応じた活躍が可能となるような働きやすい環境整備の促進
○ 研究段階では、
 ・ 迅速かつ的確な診断手法の開発など抗菌剤に頼らない畜産生産技術の推進
 ・ 我が国の気候風土も踏まえたアニマルウェルフェアに配慮した飼養管理技術の開発
等に取り組むことが必要である。

(6)持続的な畜産物生産のための生産者の努力・消費者への理解醸成
ア 生産者の努力
 酪農・畜産業は、国民生活に必要不可欠な食料を供給する機能を有するという重要な社会的意義を有しているが、SDGsの達成に向けた社会的要請に応えるため、気候変動などの環境負荷に対して、酪農・畜産業が取り組んでいることを示していくことが重要となる。
 このため、まずはこうした背景について、生産者にわかりやすく伝えていくことが必要である。
 その上で、生産者は、行政や関係機関と一体となってこれまで記載してきた具体的な取組を実践するとともに、消費者に対して、我が国で酪農・畜産業を行うことの意義や、放牧畜産物基準認証、エコフィード利用畜産物認証など環境負荷軽減、資源循環等に資する生産方式による畜産物を認証する取組や、食品安全、家畜衛生、環境保全、労働安全、人権の尊重及びアニマルウェルフェアといった項目及びそれらを含む畜産GAP認証への取組等により持続性に配慮しながら畜産物を生産していることを伝えていくことが必要である(図3)。
 
 
イ 消費者の理解醸成
 消費者に対しては、生産者に環境負荷軽減に向けた取組を求める際には、生産性との両立に配慮しながら徐々に取組を進めるべきであること、また、有機畜産を始めとする環境負荷軽減の取組には、それに伴うコストの負担、価格転嫁が必要となるということに理解を得ていくことが必要である。

3 おわりに

 持続的な畜産物生産を推進していくためには、施策誘導や開発された技術や生産体系の社会実装への支援が必要であり、国としても取り組んでいくが、環境負荷軽減などの取組はできることから少しずつ行っていく、という意識で、幅広い畜産関係者が一体となって取り組まれるよう、ご協力をお願いする。

(プロフィール)
 平成21年農林水産省入省。家畜衛生、動物検疫、ジビエ振興、養豚経営安定対策等を担当。
 令和2年8月から畜産部畜産企画課企画班担当となり、持続的な畜産物生産の在り方の検討等を担当、令和3年7月の組織再編に伴い、現職。このほか、平成25年から28年にかけて、大分県畜産振興課に出向し、県の畜産振興施策の企画立案等に携わる。