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特集:畜産の持続的発展の実現に向けた取り組み 畜産の情報  2021年10月号

新しい汚水処理モニタリング技術〜BOD自動監視システムの開発〜

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明治飼糧株式会社 研究開発コンサルタント 寺田 文典

【概要】

 畜産環境問題は畜産業の抱える大きな隘路あいろの一つであり、特に汚水処理は、厳しくなる水質規制と規模拡大に伴う汚水処理量の増大に適切に対処することが強く求められている状況下にある。そこで、汚水処理の自動化を可能とするBOD自動監視システムを活用した新規汚水処理制御システムの開発経緯を、畜産環境問題の解決における産学官連携の重要性とスマート汚水処理技術の有用性を示す事例の一つとして紹介する。

1 はじめに

 平成11年7月に施行された食料・農業・農村基本法(新農業基本法)の下で、環境3法(注1)が制定されてから20年が経過した。この間、環境問題に由来する畜産経営に対する苦情は大きく減少しているが、悪臭と汚水処理に関する問題はいまだに多く存在している。
 特に、汚水処理に関しては、水質汚濁防止法における暫定措置としてアンモニア、アンモニウム化合物、亜硝酸化合物および硝酸化合物(以下「硝酸性窒素等」という)の暫定排水基準が設定されているが、一般排水基準に近づける方向で数次の改訂がなされてきた[1]。そのため、最新の汚水処理技術の開発は、令和元年7月より1リットル当たり500ミリグラムとされている暫定排水基準(令和4年6月末日まで)に対する対応にとどまることなく、一般排水基準の同100ミリグラムの達成を目標として進めることが、研究・開発部門に対して課せられた課題と言える。図1は水質汚濁防止法に基づく水質規制の状況を示したものである。暫定排水基準は3年ごとに見直されており、この分野の技術開発は常に時間との競争を呈していることがご理解いただけるものと思う。

(注1)「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」、「持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律」および「肥料取締法の一部を改正する法律」。

2 汚水処理施設の現状

 畜産分野で採用されている汚水処理技術には、連続式活性汚泥法(注2)や回分式ラグーン法(注3)などがあるが、ラグーン法は活性汚泥法に比べて大きな面積を必要とするものの、施設の維持管理が容易であることから、現在はこの方法が増加しつつある。汚水処理における窒素低減技術は、基本的には好気的な微生物に汚濁物質を分解させる微生物処理であり、汚水処理中の窒素と炭素のバランスを保ちながら、適切な曝気ばっき処理により汚水中の酸化還元状態をコントロールすることが重要である。
 汚水処理は畜産経営の生命線でもあり、毎日の管理は欠かせないものの、経営規模の拡大が続く中、処理作業の負担も大きくなってきており、外部メンテナンスの導入が進むものと考えるゆえんである。そのため、管理技術の自動化とマニュアル化は必須であると言って良い。
 汚水処理を自動化する上で、大きなハードルとなっていたのは生物化学的酸素要求量(Biochemical Oxygen Demand。以下「BOD」という)の測定技術である。BODの測定方法は、「試料検水を希釈水または植種希釈水で希釈し、20度で5日間密閉保存し、その前後における溶存酸素量の差を計測する」(日本工業規格KO102)というもので、非常に手間がかかり、モニタリングの自動化には不向きな手法であった。本稿で紹介する、近年開発された発電細菌を活用した微生物測定法は、従来、測定に5日間を要したBODの測定をわずか6時間で行うことができる画期的な手法である。

(注2)微生物により連続的に浄化する方法で、汚水を処理する曝気槽を核として前段に汚水槽、後段に沈殿槽を配置する。

(注3)単一槽内で、汚水投入、曝気、静置、処理水排出のサイクルを定期的に繰り返すバッチ式の処理方法で、同一処理槽で曝気槽と沈殿槽を兼ねるため連続式に比べて装置の構造が単純化する反面、施設規模が大きなものとなるなどの特徴がある。

3 新規BOD自動監視システムの概要

 畜産業では、身近に乳酸菌やルーメン微生物などのように各種の発酵をコントロールし、有益なものを産生している微生物が活躍している。新システムで活用されている「発電細菌」は、畜産関係者にはあまりなじみがない微生物ではあるが、微生物燃料電池(Microbial Fuel Cell; MFC)と呼ばれる微生物が作り出す電気の活用はさまざまな分野で注目されている。これは微生物が有機物を分解する際に発生する電子をうまく回収し、利用する技術であり、省エネルギー化を実現する未来の廃棄物処理、水処理技術として注目されている技術である。
 微生物は有機物を分解してエネルギーを得ているが、その際に発生した電子を外部に、すなわち自然界に豊富に存在する酸化鉄に電子を受け渡すことで増殖効率を高めている嫌気性細菌が多く存在する。そのため、汚水の中に微生物から電子を受け取る電極を入れてやれば、その周りに発電細菌を含むバイオフィルム(注4)が形成され、発電が開始される。図2は畜産汚水(曝気槽上澄み)を用いて発電細菌による電流(測定開始から6時間後)と従来法によるBOD測定値とを比較したものであり、両者の間に明確な相関関係が認められる。

 
 本モニタリングシステムは、発電細菌による発電量を有機物量、すなわちBODの指標とし、同時に測定するpHを窒素量の指標とすることで、曝気システムの効率的な運用を実現するものである。さらに、測定システムに自動監視機能を付加することで、リモートによる汚水処理機能のコントロールを可能としている。まさにIoT(Internet of Things)を活用したスマート技術の好実施例である(図3)。

(注4)細菌や細菌が産生する粘性の高い多糖体などにより形成された集合物のこと。
    菌膜ともいう。歯垢や台所のヌメリなど自然界に広く存在する。

4 発電微生物研究の面白さ

 本モニタリングシステムを考案した横山浩氏(写真1)は平成16年に国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)に採用され、畜産汚水の浄化処理、特に窒素除去に関する研究に従事する傍ら、学生時代から興味を持っていた発電細菌に関する研究にも取り組んでいた。横山氏は、この分野の研究で、発電細菌の電気を集める電極としてステンレスの表面を火であぶるだけで簡単に製造できる炎酸化ステンレス鋼負極の開発などの成果[2]を上げていたが、本格的にこの課題に取り組むようになったのは、同僚の若手研究員と意気投合し、農研機構の若手活性化プログラムの支援を受けて基礎研究に取り組んだことによるそうである。この基礎研究において、発電細菌の発電量は汚水処理に活用するには出力が十分ではなく、コスト問題も解決できないことが明らかとなり、せいぜいモニタリングに使用できる程度とあきらめかけていたところ、モニタリングの重要性を先輩研究員に指摘され、これをモニタリングツールとして活用することに再チャレンジした。その成果が本モニタリングシステムである。
 基礎研究の成果が実用化を目指した研究に結び付くまでの障壁とされる、いわゆる「魔の川」を渡り切ったのである。

5 実証試験

 研究成果の活用による製品開発の次のハードルとなる「死の谷」(実用化研究が製品化に至るまでの障壁を例えたもの)を乗り越えるため、横山氏らは、産学官連携による共同研究(生物系特定産業技術研究支援センターによる革新的技術開発・緊急展開事業「地域戦略プロジェクト」(平成27年度)、「経営体強化プロジェクト」(平成28〜31年度))により六地域拠点(山形、千葉、熊本、沖縄、宮崎、つくば)を設けた民間企業、公立研究機関との共同研究に取り組んだ。
 その1カ所である熊本県植木市の葛根迫浄化槽協同組合の取り組みを紹介する。
 熊本県農業研究センター畜産研究所では、熊本県熊本市北区植木町に平成16年度バイオマス利活用フロンティア整備事業によって建設された複合ラグーンを試験地として、BOD自動監視システムの実証試験に取り組んだ。複合ラグーン(曝気槽容量2336立方メートル、写真2左)は3戸の養豚農家が共同で利用している同組合によるもので、処理対象頭数は肥育豚換算で5200頭である(計画条件)。日放流水量は78立方メートルで、垂直エアレーター2台によって毎日12時間曝気を行っていた。水質のコントロールは施設を設計・建設した企業が計測センサー(溶存酸素、酸化還元電位、水素イオン濃度、水位計よりなる)により遠隔管理している。その結果、水質は極めて良好であり、硝酸性窒素等濃度は従来より一般排水基準の1リットル当たり100ミリグラムを満たしていた。基準をしっかり満たし、いつでもその結果を提示できるように、日ごろから管理することが畜産経営にとって重要であり、そのためにも自動保守管理体制は非常に有益であることを如実に示している事例である。
 この施設における実証試験を担当した林田雄大氏(同研究所飼料研究室研究員(現 熊本県県南広域本部農林部農業普及・振興課技師)、写真2右)に実験の概要を伺った。


 農研機構で開発されたBOD自動監視システムを導入することにより、複合ラグーン方式での窒素除去の効率化を図るため、まず、BOD濃度と発電細菌による発電量の関係を検討したところ、高い相関関係が認められ、本システムでのリアルタイム曝気制御が可能であることを確信できた。次いで、本システムによる曝気制御を行い、曝気時間を削減しても安定的にBODや窒素濃度などを低減できることを確認し、さらに次のステップとして曝気槽水のBODとpHに基づく複数の曝気パターンを設定・活用して、曝気時間の最適化を図ることを試みた。その結果、電気代を夏季で10%、冬季で23%削減できることを実証した。
 課題としては、季節によって、あるいは負荷量によって運転条件を調節する必要があるので、今後さらに通年でデータ蓄積を続けていきたい。今後の汚水処理のあり方は、コスト削減も大事だが、システムを適切に運用し、放流基準を確実にクリアーしていくこと、その成績を常に示せるように把握していくことが大事だと考えている。熊本県下には140カ所近くの水処理施設が存在するが、連続式が多く、回分式は必ずしも多くはない。しかし、今後規模拡大が続く中で、また、環境3法施行後、20年が経過し、そのころ導入された施設の老朽化が進む現状を考えると、地域の実態を把握した上で、多様な水処理施設にBOD自動監視システムを適切に導入し稼働させることが大事だと考えている。そのためにはプロジェクトに参加した他県の成績も積極的に活用していきたい、と語っている。
 再び、実証試験に関する横山氏のコメントを紹介する。
 研究は高いハードルの連続であり、特に困難だったことは、想定していた汚水のBOD濃度よりも実証農場の汚水の濃度が低く(実証農場の環境意識、技術水準が高かったため)、容易だと考えていた発電細菌の培養に苦心した点である。この問題は測定システム内に濃度調整サブシステムを組み込むことにより解決できたが、原理原則を現実に適合させることの困難さを実感した。しかし、この努力は養豚排水を対象としたシステムを幅広く多様な排水処理にも応用することを可能とするなど、今後の展開・普及に必ず役立つものと考えている。

6 開発メーカーの技術者に聞く

 BOD自動監視システムの実用化には、機器開発メーカーの貢献が欠かせない。プロジェクトに参加した民間企業の一つであり、環境計測機器の総合メーカーである山形東亜DKK株式会社の水口人史開発設計部長(写真3)にプロジェクトに参画した動機と開発時のご苦労について伺った。


 プロジェクト参加のきっかけは知り合いの研究者からの紹介だったが、参加を受諾するに当たっては慎重に慎重を重ねて事前の検討を行った。特に、3年という短期間の間に普及(商品化)に結びつく成果が出せるのかどうか、そのためには十分な検証期間が必要だが、それに堪える工程を予定することが可能かどうか、社内で真摯しんしな議論を積み重ねている。さらに、新しい商材にチャレンジする魅力とリスク、研究代表者である横山氏の技術開発に対する想いも考慮した上での決断である。
 プロジェクトの成功の要因は、参加者が自主的に取り組み、開発設計のプロとして厳しい議論を交わすことができた点が大きい。これにより商品化の苦労を認識して、達成目標を共有できた。チームをリードする代表者の度量とも言い換えることができるかもしれない。
 開発に当たって特に苦労した点は、実証試験地が遠いこととバイオセンサーに関する経験(認識)が十分ではなかった点である。後者の課題は工学と農学(生物学)の感覚の違いに由来するのかもしれない。発電細菌の養生に2週間程度必要であること、実証地ごとに応答が異なることなど、工学分野の感覚と大きく異なる生物の多様性に伴う面白さと困難さと言える。
 プロジェクト終了から1年、今夏から正式に製品の受注を開始しており、すでに数件の受注を獲得している。今後、地道に実績を積み上げ、信頼性を高めることでさらに普及を進めるとともに、この技術を応用できる他分野への展開も検討していきたい。

7 おわりに

 本稿で紹介したBOD自動監視システムの開発は、先端的な発電細菌の研究を農学分野の革新的な技術として実用化につなげることができた成功事例であり、産学官連携に取り組む多くの研究者・技術者の方々の参考になるものである。基礎研究の重要性とそのチャレンジを育む研究環境が相まって初めて実証研究にたどり着けること、研究開発の試練と同時に商品化の試練をも共有することができる、そして異分野の考え方に理解を示すことができる研究開発チームでなければならないことなど、産学官連携を進める上でのポイントとしてとても興味深い。
 また、近年、活発に取り組まれているIoT技術の展開に、センシング技術開発の重要性とそれを適切に活用するためのシステム全体を把握する視点が必須であることを示した事例でもある。
 畜産環境問題の課題解決をはじめとして、畜産経営が有する多くの課題解決に産学官連携によるIoT技術が有効に活用されることを期待している。
 

謝辞
 本稿を作成するに当たって、農研機構畜産研究部門横山浩上級研究員、熊本県農業研究センター畜産研究所林田雄大研究員(現 熊本県県南広域本部農林部農業普及・振興課技師)、山形東亜DKK株式会社水口人史開発設計部長には、取材に際しまして多大なご協力をいただきました。記して感謝の意を表します。
 

参考文献
[1]畜産経営に関する排水基準について(農林水産省ウェブサイト)
   https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kankyo/taisaku/t_info/02_haisui/

[2]横山浩.炎酸化ステンレス鋼負極は微生物燃料電池の発電を促進させる.農研機構成果情報,畜産研究部門,2016.
   https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/nilgs/2016/nilgs16_s09.html