(1)材料および方法
ア 供試牛
供試牛として、褐毛和種肥育牛(n=3)と黒毛和種肥育牛(n=4)を用いた。供試牛は熊本県農業研究センター畜産研究所で肥育し、肥育期間中、濃厚飼料は市販配合飼料、粗飼料は稲WCSを給与した。褐毛和種は23カ月齢、黒毛和種は26カ月齢まで肥育し、と畜を実施した。供試したサンプルの概要を表5に示した。
イ メタボローム解析前処理
本研究でのメタボローム解析については、代謝物の網羅的な解析を目的としていることから、代謝物を幅広く解析できるGC-MSを用いた解析法を採用した。
・除タンパクおよび濃縮乾固処理
牛肉サンプルは、サンプリングサイトによる誤差を極力排除できるよう、各個体2反復または3反復で分析を実施することとした。
メタボローム解析実施のため、保存した胸最長筋サンプル(ミンチ処理)100mgに99.8%メタノールおよび超純水を1:1で混合した溶液(内部標準物質として2−イソプロピルマリン酸1μg/mLを10μL添加)を1000μL添加して4度条件下で30分間
撹拌し、除タンパクを実施した。その後、遠心分離(15000rpm、4度、10分間n)を行った後に上清を500μL回収し、一体型遠心濃縮システム(SPD1010、Thermo社)を用いて、濃縮乾固処理を行った。
・誘導体化処理
次に誘導体化処理を行った。メトキシアミン20mg/mLピリジン溶液80μLを添加し、90分間メトキシム化処理を行った。次に、これらのサンプルにN−メチル−N−トリメチルシリルトリフルオロアセトアミド(MSTFA)を40μL添加し、37度30分間誘導体化処理を行った。
ウ GC-MSによる分析
GC-MSによる分析はGC-MS(TQ−8050、株式会社島津製作所、写真)を用いて代謝物の網羅的解析を実施した
装置への試料注入量は、1μLとした。分析条件は、GC部はカラムDB−5(30m 0.250mm 1.00μm、Agilent社)を用い、ヘリウムをキャリアガスとして流速1.1mL/分、注入口温度は280度、オーブン昇温プログラムは100度で4分間保持後、毎分4度で320度まで昇温し、8min保持とした。質量分析部はイオン源温度200度、イオン化法はEI、計測質量範囲をm/z=45−600で実施した。時間補正にはC7−C33アルカン混合標準試料を分析し、各代謝物ピークの検出時間から保持指標を算出し、補正を適用した。データ解析では、GC−MS用データベースソフトウェアSmart Metabolites Database(検出可能化合物数:467成分)を用いて化合物推定を行った。
エ データ解析
データ解析は、質量分析データ解析ソフトウェアTraverseMS(ライフィクス株式会社)を用いてデータ解析した。各サンプルにおいて、GC-MS分析によって得られた波形を解析し、Smart Metabolites Databaseの各代謝物の保持時間を参考に、代謝物を同定し各代謝物の波形から面積(強度値)を算出し代謝物を同定した。
統計処理は、統計処理用フリーソフト「Metabo Analyst」を用いて実施した。褐毛和種牛肉、黒毛和種牛肉を各処理区分とし、牛肉サンプルから得られた代謝物の強度値を変数として、主成分分析(以下「PCA分析」という)を実施し、各牛肉における特徴を探索した。
なお、得られた代謝物強度値は、オートスケーリング(同一変数内の各数値の合計を0、分散を1に再計算する操作)を行った。
(2)結果および考察
褐毛和種牛肉および黒毛和種牛肉のGC−MS解析を行った結果、さまざまな171の代謝物が検出された。得られた代謝物は、(1)解糖系/糖新生に関与する代謝物、(2)TCAサイクルに関与する代謝物、(3)ペントースリン酸経路に関与する代謝物、(4)アミノ酸、(5)アミノ酸関連代謝物、(6)アミン類、(7)脂肪酸、(8)有機酸関連代謝物、(9)糖類関連代謝物、(10)糖リン酸関連代謝物、(11)核酸代謝物および(12)その他の代謝物に大別された。
PCA分析により得られた各主成分における各代謝物の因子負荷量(factor loading)について、第1主成分における代謝物の因子負荷量上位30成分を表6に、下位30成分を表7に、第2主成分における代謝物の因子負荷量上位30成分を表8に、下位30成分を表9に示した。
第1主成分の正方向における因子負荷量上位30物質には、アミノ酸(12種)、アミノ酸関連代謝物(7種)、アミン類代謝物(3種)の順に多く位置付けされた。第1主成分の負方向における因子負荷量下位30物質には、糖類(9種)、アミノ酸関連代謝物(5種)、有機酸関連代謝物(4種)、脂肪酸(4種)の順に多く位置付けされた。
第2主成分の正方向における因子負荷量上位30物質には、糖類(14種)、糖リン酸(3種)、有機酸関連代謝物(3種)の順に多く位置付けされた。第2主成分における因子負荷量下位30物質には、有機酸関連代謝物(7種)、糖類(6種)、脂肪酸(5種)の順に多く位置付けされた。
主成分得点と各代謝物の関連性を検証するため、第1主成分および第2主成分の主成分得点と因子負荷量から描画したバイプロット図を図3に示した。
第1主成分の寄与率は34.2%、第2主成分の寄与率は21.0%となっていた。累積寄与率では、第2主成分までの累積寄与率は55.2%となっており、第1主成分および第2主成分までのデータを用いることで、得られた171の代謝物に対する褐毛和種牛肉および黒毛和種牛肉の特徴を縮約できているものと判断した。
バイプロット図には171の代謝物群すべてが描画されており、それらの代謝物群は全方向に位置していた。PC1軸では同一品種の主成分得点が広く分布していることから、PC1軸は同一品種内における代謝物の差異を示しているものと推察され、アミノ酸類、糖類、有機酸類、脂肪酸類に関連する代謝物は個体間での差が大きいことが示唆された。
PC2軸は褐毛和種、黒毛和種の品種間差を示しているものと推察され、それらの代謝物は「甘み」、「風味」、「酸味」、「うま味」など、呈味性を示す代謝物である可能性が推察された。
次に、第1主成分および第2主成分から各サンプルの主成分得点を算出し、平面図にプロットしたスコアプロット図を図4に示した。供試した牛肉サンプルは、PC1軸では褐毛和種牛肉、黒毛和種牛肉いずれも正負の方向に広く分布していた。PC2軸では、褐毛和種牛肉が正方向に分布し、黒毛和種牛肉は負方向に分布していた。
また、PC1軸においては黒毛和種の方がばらつきは大きく、PC2軸においては褐毛和種の方が大きなばらつきが生じていることが認められた。また、同一品種内における代謝物の個体間のばらつきは褐毛和種よりも黒毛和種の方が大きい可能性が推察された。
以上の結果から、ガスクロマトグラフを用いた牛肉中代謝物の一斉定量では、褐毛和種と黒毛和種に差異が見られる可能性が推察された。