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調査・報告 畜産の情報  2021年11月号

メタボローム解析による「あか牛」牛肉特性の解明

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熊本県農業研究センター 畜産研究所 飼料研究室長 中山 統雄
研究員 林田 雄大
研究参事 北浦日出世
大家畜研究室長 鶴田 勉
研究参事 守田 智
研究員 原 公庸
草地畜産研究所 研究参事 古田 雅子
研究員 行部 浩
熊本大学大学院 生命科学研究部 教授 富澤 一仁
 

【要約】

 熊本県を中心に改良、飼養されている「あか牛」(以下「褐毛和種」)牛肉の特性を解明することを目的として、試験1として、アミノ酸、脂肪酸等の絶対定量法を用いて、試験2としてメタボローム解析による相対定量法を用いて、それぞれ褐毛和種牛肉と黒毛和種牛肉の対比を行った。試験1では、褐毛和種で「うま味」、「特定機能」を有するアミノ酸、「必須脂肪酸」が多い可能性があり、黒毛和種で「風味・苦味」を有するアミノ酸、「一価不飽和脂肪酸」が多い可能性が示されたが、結果的にそれらが品種間差を決定付ける要因と断定することは困難であった。試験2では、GC-MSを用いたメタボローム解析を行ったところ、171の代謝物が定量された。主成分分析により代謝物を比較検討したところ、褐毛和種と黒毛和種が明確に区分され、糖類、有機酸関連代謝物、脂肪酸に分類される数種類の代謝物によって、褐毛和種と黒毛和種の差異を特徴付けている可能性が示唆された。

1 はじめに

 熊本県特産の褐毛和種(以下「あか牛」という)は、古くから本県で改良を重ねてきた肉用牛である。他の和牛3種と比べ増体に優れるなどの成育特性があり、その牛肉は脂肪交雑が適度でうま味成分を多く含む赤身肉が特徴である。平成30年9月には、赤身の特徴的な味わい、ヘルシーさを兼ね備え、牛肉らしいうま味や香りに富むといった特性を有すると認められ、ブランド「くまもとあか牛」が地理的表示(GI)保護制度に登録されたところである。
 しかしながら、脂肪交雑が黒毛和種に比べ総じて低い「あか牛」は、販売価格面で大変厳しい状況にあり、子牛価格や枝肉価格差により、飼養頭数は大幅に減少し、飼養農家の高齢化も相まって「あか牛」の存続が危ぶまれている状況にある。肉質の新たな評価としては、口溶けのよいオレイン酸などの不飽和脂肪酸含量が重視されているが、赤身の味わいが特徴の「あか牛」にとって追い風とはなっていない。
 全肉専用種におけるA−5評価比率は、7年の6.2%から23年の7.7%までほぼ横ばいであったが、近年、育種改良の進展を背景に急激に上昇し、令和元年は19.5%となっている1)。
 一方で、東京市場においてA−5枝肉の価格は28年をピークに下落しており2)、消費者ニーズの変容も感じられる。健康志向の高まりや味・食感の良さなどを理由に、一部の消費者は適度な脂肪交雑の牛肉を求める傾向にあるとも考えられる。脂肪交雑とは違った視点で、「あか牛」本来の赤身の特徴的な味わいの魅力をつまびらかにし、消費者に明確に提示することが可能であれば、「あか牛」の需要拡大に資することができると思われる。
 人が肉の味わいを評価する場合、口腔内での食感、味覚、香りなどの複雑な組み合わせを総合的に瞬時に判別し、脳内のこれまでの情報とリンクさせて評価している。食感、味覚、香りなどを決定付けている物質の解明は、肉の味わいを客観的に評価するためには極めて重要であるが、それぞれが多数の物質によって複雑な構成の上組み合わさっていることから、一つのマーカー物質の解析では、肉の味わいについて表現、評価することは困難である。
 近年、食肉をはじめとした食品の総合的な解析方法として、定性、定量解析機器を用いたメタボローム解析が注目されている。詳細は後述するが、メタボローム解析は、対象物質に含まれる代謝物質について、一斉に定性、定量する解析方法であり、肉の味わいを数値化して評価する解析方法として優れた解析手法であると考えられる。
 そこで、本調査研究では、「あか牛」牛肉の特色を明確にする一助とするため、メタボローム解析を用いた「あか牛」牛肉の解析を試みたので報告する。

2 メタボローム解析について

 メタボローム解析(Metabolomic analysis)は、生物の代謝物質(メタボライト)の総体を対象とした解析法である。遺伝子を対象としたゲノム解析、ⅿRNAを対象としたトランスクリプトーム解析、タンパク質を対象としたプロテオーム解析などと同じ、生物中にある分子全体の変動を探索し、生命現象を網羅的に解析するオミクス解析の一つである。
 代謝物は、糖、アミノ酸、脂肪酸や有機酸などの分子量1000以下の低分子化合物で、約3000種ほどと言われており、その解析は、生体内の活動や表原型を把握する解析として、以下のような長所が挙げられている。
(1) 遺伝子(約2万種)、タンパク質(約3万種)に比べ種類が少なく、網羅的に解析しやすいこと。
(2) 分子量が少なく検出方法が確立しており、タンパク質より測定しやすいこと。
(3) 代謝物は、ヒトから微生物までの生物が含有し、その働きもある程度共通しているため、技術の
    汎用性が高いこと。
(4) 代謝物はタンパク質(酵素)により産生されるため、タンパク質の活性を観察できること。
 代謝物の物理化学的特性は、特定溶媒への溶解性(極性)、イオンの電荷(電離度)、揮発性(沸点)および分子量などの多様な要素を持つ。メタボローム解析に用いる分離検出・定量機器は、GC(ガスクロマトグラフ)、LC(液体クロマトグラフ)、CE(キャピラリー電気泳動)などの分離検出部と、MS(質量分析器)の定量部で構成されているが、これらの分離検出方法は代謝物の特性に対してそれぞれ適性があるため、実際の解析においては、目標代謝物の性質に応じて分析方法を使い分ける必要がある。
 これまでの代謝物質に関する研究の多くはすでにデータベース化されており、代謝物質の同定に関するデータベースやその特性を明らかにしたプロファイルデータベース、生体内の代謝回路の中での遺伝子や酵素と代謝物との反応を整理したパスウェイデータベースなどが構築され、さまざまな研究に利用が可能である。
 メタボローム解析では、1サンプルから100を超える代謝物のデータを得ることが可能である。このため、特定代謝回路上の関連代謝物の変動を解析するなど、はじめから特定の代謝物に焦点を当てた解析にも活用されているが、得られた代謝物データ全てを使用し多変量解析することにより、全体の傾向を視覚的に表し、サンプル特性を明確にする解析にも活用されている。
 多変量解析で一般的に採用される主成分分析は、多次元データの持つ情報をできるだけ損わずに低次元空間に情報を縮約する分析方法である。メタボローム解析における主成分分析では、各サンプルにおける測定値データを基に、各サンプルのデータセットの分布を最もよく説明する合成変数(=主成分)を計算によって導き出し、主成分と各サンプルおよび各代謝物との関係について計算し作成した二つのグラフ(スコアプロットとバイプロット)を読み解くことで解析を行う。
 メタボローム解析は、主に医学を中心に発展してきたが、近年では食品、農業の分野の研究にも応用が進んでいる3)。食品分野では公益財団法人かずさDNA研究所を中心にデータベース「食品メタボロームレポジトリ」が構築されている4)。また、畜産分野においては、黒毛和種牛肉のおいしさに関わる指標の探求5)や黒毛和種牛肉とホルスタイン種牛肉の比較研究6)などに活用した事例がある。
 本研究では、試験1として、これまで肉用牛研究の中で多く採用されてきたアミノ酸、脂肪酸などの絶対定量法を用いて、試験2としてメタボローム解析による相対定量法を用いて、それぞれ「あか牛」牛肉と黒毛和種牛肉の対比を行い、「あか牛」牛肉の特性解明に取り組んだ。

3 試験1:絶対定量法(慣行的な分析手法)を用いた枝肉の評価

(1)材料および方法

 試験1では褐毛和種牛肉(n=3)および黒毛和種牛肉(n=3)を用い、概要を表1に示した。一般的に市場に流通される牛肉を想定して評価を行うため、飼養条件や出荷月齢には一定の基準を設けず、牛肉サンプルを収集した。分析に用いた牛肉は、いずれもリブロースを供試することとした。
 
 

  分析項目は、食品分野における評価で一般的に分析されるアミノ酸類、脂肪酸類などとし、概要を表2に示した。
 アミノ酸類分析では、高速液体クロマトグラフ法により分析して得られた各成分の定量結果から、(1)うま味および酸味、(2)甘み・微甘み、(3)風味・苦味および、(4)特定機能性物質の各総量(mg/100g)を算出した。
 脂肪酸類分析では、ガスクロマトグラフ法により分析して得られた各成分の割合から、(5)飽和脂肪酸、(6)一価不飽和脂肪酸、(7)オメガ6脂肪酸、(8)オメガ3脂肪酸のそれぞれの組成割合(%)を算出した。また、(9)赤身中に占める総脂質量(g/100g)を併せて測定した。
 また、脂溶性ビタミンの一種であり、抗酸化作用など機能性を有する(10)αトコフェロール(ビタミンE)含有量(mg/100g)を高速液体クロマトグラフ法により定量した。
 統計処理は、統計処理用フリーソフト「Metabo Analyst」を用いて実施した。褐毛和種牛肉、黒毛和種牛肉を各処理区分とし、(1)〜(10)の各調査項目を変数として、主成分分析(以下「PCA分析」という)を実施し、各牛肉における特徴を探索した。
 なお、各調査項目(変数)は量的データ、質的データが混在し単位系が異なっており、各数値が保持する意味が異なるため、オートスケーリング(同一変数内の各数値の合計を0、分散を1に再計算する操作)を行い、データ全体の様子を容易に可視化できるようにした。
 

(2)結果および考察

 PCA分析の結果、得られた第1主成分における各調査項目の因子負荷量を表3、第2主成分における各調査項目の因子負荷量を表4に示した。
 
 
 
  第1主成分では、一価不飽和脂肪酸および総脂質(赤身)の因子負荷量が正方向に高く、甘み・微甘み呈味アミノ酸、飽和脂肪酸、特定機能性アミノ酸、オメガ6脂肪酸ならびにうま味呈味アミノ酸の因子負荷量が負方向に高くなった。第2主成分では、オメガ3脂肪酸および特定機能性アミノ酸の因子負荷量が正方向に高く、α−トコフェロールならびに風味・苦味呈味アミノ酸の因子負荷量が負方向に高くなっていた。
 第1主成分および第2主成分の主成分得点と因子負荷量から描画したバイプロット図を図1に示した。第1主成分の寄与率は40.2%、第2主成分の寄与率は24.4%となっていた。累積寄与率でみると、第2主成分までの累積寄与率は64.6%となっており、第1主成分および第2主成までのデータを用いることで、前述した調査項目に対する黒毛和種牛肉および褐毛和種牛肉の特徴を十分に説明可能であると判断した。
 バイプロット図では黒毛和種牛肉は第1主成分軸(以下「PC1軸」という)の正方向および第2主成分軸の負の方向にプロットされた。褐毛和種牛肉は、PC1軸の負方向、PC2軸の正負の方向にプロットされていた。PC1軸をみると正方向に総脂質(赤身中)があり、負方向にアミノ酸類が集中している。このことから、PC1軸はアミノ酸類および脂質を量的に表現しているものと推察された。PC2軸では、正方向に一価不飽和脂肪酸、オメガ3脂肪酸、オメガ6脂肪酸などの不飽和脂肪酸類、うま味呈味アミノ酸や特定機能性アミノ酸が集中しており、負方向には飽和脂肪酸、α−トコフェロール、甘み・微甘味呈味アミノ酸および風味・苦味呈味アミノ酸などがプロットされていた。アミノ酸類、脂肪酸類は人間が知覚する「味」を形成するとともに、併せて健康への影響など「機能性」への影響もあることから、PC2軸は「味」、「機能性」を主に表現しているものと推察された。
 これらのことから、今回調査に用いた褐毛和種牛肉にはうま味呈味アミノ酸、特定機能性アミノ酸、オメガ3脂肪酸およびオメガ6脂肪酸が比較的多く、黒毛和種牛肉では総脂質(赤身中)および一価不飽和脂肪酸ならびに風味・苦味呈味アミノ酸が比較的多いという傾向が認められた。
 次に、主成分スコアプロットを作成し、褐毛和種牛肉および黒毛和種牛肉をグルーピングしたところ、図2のような結果が得られた。褐毛和種牛肉と黒毛和種牛肉のグルーピングは一部に重複が見られており、褐毛和種牛肉と黒毛和種牛肉の肉質に明らかな差は確認できなかった。
 


4 試験2:相対定量(メタボローム解析)を用いた枝肉の評価

(1)材料および方法

ア 供試牛
 供試牛として、褐毛和種肥育牛(n=3)と黒毛和種肥育牛(n=4)を用いた。供試牛は熊本県農業研究センター畜産研究所で肥育し、肥育期間中、濃厚飼料は市販配合飼料、粗飼料は稲WCSを給与した。褐毛和種は23カ月齢、黒毛和種は26カ月齢まで肥育し、と畜を実施した。供試したサンプルの概要を表5に示した。
 

 イ メタボローム解析前処理
 本研究でのメタボローム解析については、代謝物の網羅的な解析を目的としていることから、代謝物を幅広く解析できるGC-MSを用いた解析法を採用した。
・除タンパクおよび濃縮乾固処理
 牛肉サンプルは、サンプリングサイトによる誤差を極力排除できるよう、各個体2反復または3反復で分析を実施することとした。
 メタボローム解析実施のため、保存した胸最長筋サンプル(ミンチ処理)100mgに99.8%メタノールおよび超純水を1:1で混合した溶液(内部標準物質として2−イソプロピルマリン酸1μg/mLを10μL添加)を1000μL添加して4度条件下で30分間撹拌かくはんし、除タンパクを実施した。その後、遠心分離(15000rpm、4度、10分間n)を行った後に上清を500μL回収し、一体型遠心濃縮システム(SPD1010、Thermo社)を用いて、濃縮乾固処理を行った。
・誘導体化処理
 次に誘導体化処理を行った。メトキシアミン20mg/mLピリジン溶液80μLを添加し、90分間メトキシム化処理を行った。次に、これらのサンプルにN−メチル−N−トリメチルシリルトリフルオロアセトアミド(MSTFA)を40μL添加し、37度30分間誘導体化処理を行った。

ウ GC-MSによる分析
 GC-MSによる分析はGC-MS(TQ−8050、株式会社島津製作所、写真)を用いて代謝物の網羅的解析を実施した
 

  装置への試料注入量は、1μLとした。分析条件は、GC部はカラムDB−5(30m 0.250mm 1.00μm、Agilent社)を用い、ヘリウムをキャリアガスとして流速1.1mL/分、注入口温度は280度、オーブン昇温プログラムは100度で4分間保持後、毎分4度で320度まで昇温し、8min保持とした。質量分析部はイオン源温度200度、イオン化法はEI、計測質量範囲をm/z=45−600で実施した。時間補正にはC7−C33アルカン混合標準試料を分析し、各代謝物ピークの検出時間から保持指標を算出し、補正を適用した。データ解析では、GC−MS用データベースソフトウェアSmart Metabolites Database(検出可能化合物数:467成分)を用いて化合物推定を行った。

エ データ解析
 データ解析は、質量分析データ解析ソフトウェアTraverseMS(ライフィクス株式会社)を用いてデータ解析した。各サンプルにおいて、GC-MS分析によって得られた波形を解析し、Smart Metabolites Databaseの各代謝物の保持時間を参考に、代謝物を同定し各代謝物の波形から面積(強度値)を算出し代謝物を同定した。
 統計処理は、統計処理用フリーソフト「Metabo Analyst」を用いて実施した。褐毛和種牛肉、黒毛和種牛肉を各処理区分とし、牛肉サンプルから得られた代謝物の強度値を変数として、主成分分析(以下「PCA分析」という)を実施し、各牛肉における特徴を探索した。
 なお、得られた代謝物強度値は、オートスケーリング(同一変数内の各数値の合計を0、分散を1に再計算する操作)を行った。
 

(2)結果および考察

 褐毛和種牛肉および黒毛和種牛肉のGC−MS解析を行った結果、さまざまな171の代謝物が検出された。得られた代謝物は、(1)解糖系/糖新生に関与する代謝物、(2)TCAサイクルに関与する代謝物、(3)ペントースリン酸経路に関与する代謝物、(4)アミノ酸、(5)アミノ酸関連代謝物、(6)アミン類、(7)脂肪酸、(8)有機酸関連代謝物、(9)糖類関連代謝物、(10)糖リン酸関連代謝物、(11)核酸代謝物および(12)その他の代謝物に大別された。
 PCA分析により得られた各主成分における各代謝物の因子負荷量(factor loading)について、第1主成分における代謝物の因子負荷量上位30成分を表6に、下位30成分を表7に、第2主成分における代謝物の因子負荷量上位30成分を表8に、下位30成分を表9に示した。
 







 
 第1主成分の正方向における因子負荷量上位30物質には、アミノ酸(12種)、アミノ酸関連代謝物(7種)、アミン類代謝物(3種)の順に多く位置付けされた。第1主成分の負方向における因子負荷量下位30物質には、糖類(9種)、アミノ酸関連代謝物(5種)、有機酸関連代謝物(4種)、脂肪酸(4種)の順に多く位置付けされた。
 第2主成分の正方向における因子負荷量上位30物質には、糖類(14種)、糖リン酸(3種)、有機酸関連代謝物(3種)の順に多く位置付けされた。第2主成分における因子負荷量下位30物質には、有機酸関連代謝物(7種)、糖類(6種)、脂肪酸(5種)の順に多く位置付けされた。
 主成分得点と各代謝物の関連性を検証するため、第1主成分および第2主成分の主成分得点と因子負荷量から描画したバイプロット図を図3に示した。
 
 

  第1主成分の寄与率は34.2%、第2主成分の寄与率は21.0%となっていた。累積寄与率では、第2主成分までの累積寄与率は55.2%となっており、第1主成分および第2主成分までのデータを用いることで、得られた171の代謝物に対する褐毛和種牛肉および黒毛和種牛肉の特徴を縮約できているものと判断した。
 バイプロット図には171の代謝物群すべてが描画されており、それらの代謝物群は全方向に位置していた。PC1軸では同一品種の主成分得点が広く分布していることから、PC1軸は同一品種内における代謝物の差異を示しているものと推察され、アミノ酸類、糖類、有機酸類、脂肪酸類に関連する代謝物は個体間での差が大きいことが示唆された。
 PC2軸は褐毛和種、黒毛和種の品種間差を示しているものと推察され、それらの代謝物は「甘み」、「風味」、「酸味」、「うま味」など、呈味性を示す代謝物である可能性が推察された。
 次に、第1主成分および第2主成分から各サンプルの主成分得点を算出し、平面図にプロットしたスコアプロット図を図4に示した。供試した牛肉サンプルは、PC1軸では褐毛和種牛肉、黒毛和種牛肉いずれも正負の方向に広く分布していた。PC2軸では、褐毛和種牛肉が正方向に分布し、黒毛和種牛肉は負方向に分布していた。
 

  また、PC1軸においては黒毛和種の方がばらつきは大きく、PC2軸においては褐毛和種の方が大きなばらつきが生じていることが認められた。また、同一品種内における代謝物の個体間のばらつきは褐毛和種よりも黒毛和種の方が大きい可能性が推察された。
 以上の結果から、ガスクロマトグラフを用いた牛肉中代謝物の一斉定量では、褐毛和種と黒毛和種に差異が見られる可能性が推察された。

5 総合考察

 今回の二つの試験を通して、慣行的に行われているアミノ酸、脂肪酸などの絶対定量法による分析よりも、糖類やその他の中間代謝物を含めた総体としての代謝物が比較できるメタボローム解析による相対定量法による分析の方が、褐毛和種と黒毛和種のそれぞれの牛肉の特徴についてより鮮明に区分が可能であることが示唆された。また、試験1では試験2ほど明確には区分できなかったが、褐毛和種は「うま味」、「特定機能性」に関する代謝物が多く含まれ、黒毛和種は「風味」、オレイン酸などが含まれる「一価不飽和脂肪酸」が多く含まれる可能性があることが示された。試験2では、褐毛和種と黒毛和種牛肉の違いを、糖類、有機酸関連代謝物、脂肪酸に分類される数種類の代謝物によって説明が可能であることが示された。
 山田(2019)は、ホルスタイン種と黒毛和種の牛肉を用いたメタボローム解析を行い、ホルスタイン種の牛肉中主成分はアミノ酸、アミノ化合物、核酸関連代謝生産物によって、黒毛和種の牛肉は糖、糖リン酸、脂肪酸によって特徴付けられるとしている6)。また、山田(2020)は、輸入牛肉(アンガス牛)と黒毛和種の牛肉を用いたメタボローム解析を行い、輸入牛肉中主成分はアミノ酸によって、黒毛和種の牛肉は糖リン酸、核酸代謝産物によって特徴付けられるとしている7)。黒毛和種の牛肉との違いを糖類、有機酸関連代謝物、脂肪酸によって説明可能な褐毛和種の牛肉は、ホルスタイン種や輸入牛肉とも異なる肉質特性を備えていると推察できる。
  また、本研究によって、同一品種内における代謝物の個体間のばらつきについては、アミノ酸やアミノ酸関連代謝物を中心に、黒毛和種が褐毛和種よりも大きい傾向が認められた。このことは、黒毛和種は全国各地で肉量・肉質を向上させるため遺伝的改良や選抜が行われてきたことが背景にあると推察された。
 以上の結果から、褐毛和種牛肉について質量分析機器を用いて牛肉中の代謝物を一斉解析(メタボローム解析)し、それらを多変量解析し黒毛和種牛肉と対比することで、肉質をこれまでより幅広い側面から比較検討することが可能であった。
 しかしながら、今回、褐毛和種牛肉の特徴として明らかとなった代謝物などについては、実際の消費者の食味官能評価とは関連付けることができておらず、本試験研究をもって、「あか牛」牛肉の味わいの魅力を提示することはできなかった。

6 おわりに

 本調査研究では、「あか牛」牛肉は黒毛和種牛肉と比較して特徴ある糖類が含まれる可能性があることが示されるなど、一定の特徴を捉えることはできたものの、「あか牛」牛肉の特色を明確にするまでには至らなかった。しかしながら、肉用牛研究の手法としてメタボローム解析を導入することにより「あか牛」牛肉の魅力を提示するためのアプローチとしては一歩前進することができたと考える。
 今後、さらに例数を重ね、黒毛和種と傾向の違いが認められた代謝物質群について特色を明らかにしていくとともに、食味官能試験とも連動した解析を行っていきたい。また、遺伝的側面や飼養管理的側面からその特色を鮮明にする技術の開発について検討を加えていきたい。

引用文献
1) 公益社団法人日本食肉格付協会、令和元年格付結果の概要、(2020)
2) 独立行政法人農畜産業振興機構ホームページ公開データより
3) 及川彰:メタボロミクスの農業・食品分野への応用,化学と生物,第51巻,615-621,(2013)
4) 櫻井望:食品成分のメタボローム解析と未知成分同定のための“食品メタボロムレポジトリ”の提
   案、オレオサイエンス第19巻第2号、59-65(2019)
5) 鈴木啓一ら:メタボロミクス解析による黒毛和種牛肉の美味しさに関わる指標の探索、平成26年度
   食肉に関する助成研究調査成果報告書(Vol.33)、73-78(2015)
6) 山田知哉:和牛肉のおいしさを「見える化」する、平成30年度食肉に関する助成研究調査成果報
  告書(Vol.37)、38-44(2019)
7) 山田知哉:和牛肉のおいしさを「見える化」する(U)輸入牛肉との比較、平成31年度(令和元年
   度)食肉に関する助成研究調査成果報告書(Vol.38)、78-81(2020)