ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > EUにおける有機農業の位置付けと生産の現状
欧州委員会は2019年12月、EUの政策の中で最優先課題とされる欧州グリーンディールの概要を公表した。同政策は50年までに、EU域内のGHG排出量を実質ゼロとすることを目指すものである。欧州委員会は、グリーンディールの取り組みにより、30年までにEU域内のGHG排出量55%減、50年までに実質ゼロとする気候目標を設定するとともに、その他七つの政策分野においても目指すべき姿を明記することで、広範な政策分野をカバーしている(図1)。
農業に関しては、特にF2F戦略のほか、生態系および生物多様性に関する戦略が関連している。また、21年7月にはサステナブル・ファイナンス(持続可能な資金提供)に関する新しい戦略が発表され、農業分野の気候変動対策は、投資の際に企業を評価する基準となると考えられる。
F2F戦略は、欧州グリーンディールの中核であるとされている。欧州委員会によれば、食品の製造、加工、小売、包装、輸送が、大気、土壌、水質の汚染とGHG排出の無視できない原因であり、気候変動と環境破壊を引き起こし、生物多様性に深刻な影響を与えていることから、食料システムを持続可能なシステムにすることが急務とされている。
このため、同戦略では2030年までに
●化学農薬の使用量とリスクおよび有害性の高い農薬の使用量を50%削減する
●肥料からの栄養素(窒素、リン)の流出を50%削減、肥料の使用量を20%削減する
●家畜と水産養殖業の抗菌性物質の販売量を50%削減する
●EUの農地面積に占める有機農業の割合を25%にする
●小売および消費レベルにおける1人当たりの食品廃棄を50%削減する
の実現を目標としている。
気候変動への対応、環境保全、生物的多様性の維持といった目標に対し、農業分野からのアプローチは必要不可欠とされ、有機農業は、持続可能な農業を実現するためのパイオニアであると位置付けられている。
(参考)『畜産の情報』 2019年11月号「EUにおける有機(オーガニック)農業の現状〜高まる有機志向〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000833.html)
F2F戦略では、2030年に農用地のうち、25%を有機農地となるよう目標を定めている。図2の通り、有機農地は毎年増加しているものの、目標を達成するためには近年の増加ペースの4倍で有機農地を増やす必要がある。また、図3の通り、現行では有機農地のうち、有機栽培に移行しやすい永年牧草地や青刈飼料の割合が高く、移行に当たってよりハードルが高いと考えられる穀物などの耕作地の割合が慣行農地に多いことも課題になるとみられる。
なお、同戦略の文書や21年9月に行った委員会担当者への聞き取りによると、畜産物に関する同様の目標値は設定されていない。しかし、同年9月28日に欧州議会環境・公衆衛生・食品安全委員会で拘束力のあるメタン削減目標の義務付けを求める報告書案が可決されるなど、追加的に畜産部門を圧迫するような措置が定められる可能性があり、畜産関係団体は神経をとがらせている。
2021年9月23、24日に米国ニューヨークで開催された国連食料システムサミットで、米国は、食料安全保障と資源保全のための持続可能な生産性向上のための新たな行動連合の発足を発表した。同連合の目的はF2F戦略と重なるところがあるものの、報道によれば、米国農務省(USDA)のビルサック長官は報道陣に対し、EUの戦略は農業生産性の低下を招く恐れがあるとの懸念を示し、同連合はF2F戦略に「対抗」するものであると語ったとされている。
また、EUの農業関係団体もF2F戦略に対し懸念を表明しており、同戦略により生産量が減少し、価格が上昇する可能性を指摘している。これについては、欧州委員会の共同研究センター(JRC)が21年7月に公表したレポートによると、包括的な影響の調査結果ではないことを強調しつつも、同戦略の目標を達成することによって、30年の家畜の飼養頭数は軒並み減少し、同年の主要な畜産物の生産量は、同戦略を行わないと仮定した場合の予測と比べ、生乳が10%強、牛肉が15%弱、豚肉が15%程度、家きん肉が15%程度といずれも減少する可能性が示されている。
(参考)海外情報「欧州委員会がF2F等の実施により域内生産が減少するとの予測を公表(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003045.html)
欧州委員会は2021年3月、有機生産推進のためのアクションプランを発表した。欧州委員会はこのプランにおいて、30年までにEUの農地面積に占める有機農業の割合を25%にするとのF2F戦略の目標の達成を目指して具体的な行動計画を示している。
このプランの財源にはCAPの農村振興政策予算や、エコスキーム(直接支払いのための予算額の25%相当を財源)と呼ばれる気候変動や環境保全などに親和的な生産者に対する予算などが利用される。
なお、欧州委員会は同プランについても、加盟国に対し戦略的な計画を策定することを推奨している。
(参考)海外情報「次期共通農業政策(CAP)改革案について暫定合意(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002984.html)
同プランは大きく三つに分けられている。
ア 需要喚起と消費者の信頼醸成
EUの有機産品のロゴの利用・認知促進により、消費者に対して有機食品の認知度を高める。また、公共機関による給食サービスやEUの学校給食スキームの食材調達において、有機産品の購入を促進することにより、需要を喚起する。
また食品偽装対策を強化し、トレーサビリティーを強化することで、消費者の信頼を醸成する。
〇委員会が提示した先進事例
・デンマークのコペンハーゲン市は、公共食堂で使用される食材を同市周辺の2万5000ヘクタールの農地で生産された有機農産物に切り替えることに成功
・オーストリアのウィーン市は、公共食堂に使用する食材のため860ヘクタールの有機農地を都市近郊に確保
・イタリアのローマ市は、公共食堂で1日1万食の有機食品を提供
イ 有機生産への移行促進と供給網の強化
CAP地域開発予算を利用した財政支援、有機農業に関する調査レポートの発出やデータの充実、小規模生産者が多い有機生産者の組織化に関する支援(グループ認証など)、地域および小規模企業による食品加工の支援による流通ルートの短縮、有機農業ルールに沿った家畜飼料の確保(藻類などの飼料化)などが掲げられている。
ウ 有機農業を通じた持続可能性のさらなる向上
気候や環境に与える負荷の削減、生物多様性の向上と単収の増加、合成的な生産資材の代替品と植物保護に資する製品の開発、動物愛護の促進、資源利用の効率化が掲げられている。