話題 畜産の情報 2021年12月号
骨格筋量の維持・増加に向けたたんぱく質摂取の重要性
立命館大学 スポーツ健康科学部 教授 藤田 聡
1.はじめに
骨格筋は、身体活動を生み出す最も基本的かつ重要な組織である。骨格筋量および筋力の維持は、身体運動の向上につながり、生活行動力の維持と転倒などの傷害予防にも必要である。さらに、骨格筋が糖・脂質代謝の調節にも重要な役割を果たすことが明らかとなっており、加齢に伴う筋量と筋力の低下(サルコペニア)と生活習慣病との関係性も指摘されている。骨格筋量の維持と、長期的な運動トレーニングに伴う筋量の増加には、ともに食事からのたんぱく質摂取は必須である。
2. 筋たんぱく質の代謝調節
一般成人において、筋量は異化作用(空腹時、疾患、ストレスなど)と同化作用(栄養摂取、運動など)の微細なバランスによって一定に保たれている。筋たんぱく質の合成速度が分解速度を上回った場合のみ筋量の増加(同化作用)が可能となり、逆にたんぱく質分解速度が合成速度を上回る時間帯が長くなると異化作用が高進する。空腹時において筋たんぱく質の出納バランスは負の状態であり、通常食事摂取によってのみ出納バランスが正に移行する。その結果、空腹時に失われた筋たんぱく質が食事で補われることで、24時間の出納バランスの負債がゼロとなり、筋量が維持される(図)。
食事を摂取すると、摂取後1〜2時間で筋たんぱく質の合成速度は安静時と比較して約2倍に増加する。この食事によるたんぱく同化作用は主にたんぱく質摂取に伴うものである。食事に含まれるたんぱく質は、消化・吸収後にアミノ酸(あるいはペプチド)として血中に取り込まれ、骨格筋に運び込まれる。血液から筋細胞内に輸送されたアミノ酸は、いったん遊離アミノ酸プールに取り込まれ、必要とされる際にそこから筋たんぱく質の合成に利用される。食後の血中アミノ酸濃度の増加は筋細胞内の遊離アミノ酸濃度を高めることによって、同化作用を促す。このアミノ酸による筋たんぱく質の同化作用は、分岐鎖アミノ酸のロイシンが筋細胞内の分子複合体であるmTORC1(mammalian target of rapamycin complex1)シグナル経路を活性化させることで制御している。
3. たんぱく質の摂取量と筋たんぱく質の合成
Mooreらは若年者65名を対象とした六つの先行研究のデータを解析し、安静時におけるたんぱく質(ホエイプロテインあるいは卵白プロテイン)摂取で筋たんぱく質の合成速度が最大値となるのは、体重当たり平均して約0.24グラムであると報告している。なお、上記の研究において、高齢者の筋たんぱく質の合成を最大に高めるためには、体重当たり約0.4グラムのたんぱく質が必要であることが示されている。この結果は、加齢に伴い筋合成を最大限に高めるために必要なたんぱく質の必要量が増加することを示唆している。
4.食のたんぱく質摂取配分と筋量との関係
前述したMooreらの研究結果を踏まえると、通常の食事で筋たんぱく質合成を最大限に高めることを目的とした場合、朝・昼・夕食のそれぞれの食事で、体重1キログラム当たり0.24グラムのたんぱく質(高齢者は体重1キログラム当たり0.4グラム)が摂れていない場合、24時間における筋たんぱく質合成を最大に高めることができない可能性が示唆される。しかし、われわれが大学生266名を対象とした調査において、3食全ての食事でたんぱく質の規定量を満たしていたのは全体の3割程度であり、1食でもたんぱく質が規定量を満たしていない場合、3食全てで満たしている群と比較して除脂肪量が有意に低かった。先行研究において、3食の食事での偏ったたんぱく質摂取パターン(均等ではなく夕食にたんぱく質摂取が偏った場合など)はフレイル発症の危険性を増加することも指摘されている。以上の結果からも、筋量を維持するためには、年齢に関わりなく各食事のたんぱく質摂取量を考慮することが重要であると考えられる。
5. 運動とたんぱく質摂取による筋肥大効果
これまで複数の研究によって、食事によるたんぱく質の摂取不足が筋量の低下につながることが報告されているが、健常な成人においては、たんぱく質摂取量の増加のみでは、筋量の維持は可能でも積極的な筋量の増加は期待できない。日常生活で実施可能な介入として、レジスタンス運動(筋トレ)は唯一顕著な筋肥大を引き起こすことが可能である。さらに、たんぱく質をレジスタンス運動と併せて摂取することで、運動後の筋たんぱく質合成が、運動実施のみと比較して有意に増加し、長期的には筋肥大と筋機能の改善につながることが報告されている。
興味深いことに、たんぱく質の摂取量が同じであっても、摂取するたんぱく質の種類によって運動後の同化応答は異なる。例えば乳由来のたんぱく質(ホエイプロテインや脱脂乳など)の摂取は大豆から抽出されたソイプロテインと比較して運動後の筋たんぱく質の合成速度が有意に高くなる。これは同量のたんぱく質に含まれているロイシンの含有量が異なる、あるいはたんぱく質の種類によってその消化吸収速度や吸収率に差異が生じることが原因と考えられる。乳由来たんぱく質と大豆から抽出したプロテインを長期的に摂取した運動介入において、筋肥大率は乳由来たんぱく質で最も高かったことも報告されている。この理由として、一般的に動物性たんぱく質は植物性たんぱく質と比較すると、一定の重量当たりに含まれるロイシン含有量が多いことがその理由として考えられる(表)。牛肉や牛肉由来のたんぱく質を用いた長期介入に関するシステマチックレビュー/メタ解析では、牛肉由来のたんぱく質は筋量と筋力の増加に寄与し、その効果は乳由来たんぱく質と同等であったことが報告されている。以上のことから、同量のたんぱく質を摂取する場合においては、動物性たんぱく質がより筋肥大に効果的であると考えられる。
6. おわりに
骨格筋は日常的な動作に必要なだけでなく、糖・脂質代謝の調節や、全身の臓器の代謝を調節するマイオカインの分泌など、健康の維持・増進には欠かせない重要な臓器である。しかし、コロナ禍において日常生活での活動量の低下に伴い、筋量の低下が危惧されている。筋量を維持するためには、運動と栄養摂取が必須であり、特に栄養摂取の観点からは3食の各食事でしっかりとたんぱく質を摂取することが望まれる。活動量の低下は食事摂取量の低下にもつながることから、ロイシンを高含有しているたんぱく質源に着目して食事に活用することも、効率的な栄養介入の手段であると考えられる。
参考文献:
1. Moore DR, et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 70:57-62, (2015)
2. Yasuda J, et al. Nutrients. 11, (2019)
3. Valenzuela PL, et al. Nutrients. 11, (2019)
(プロフィール)
2002年 南カリフォルニア大学大学院博士号修了 博士(運動生理学)
2006年 テキサス大学医学部内科講師
2007年 東京大学大学院新領域創成科学研究科特任助教を経て、2009年より立命館大学
米国生理学会(APS)や米国栄養学会(ASN)より学会賞を受賞。専門は運動生理学、特に運動や栄養摂取による骨格筋の代謝応答。