船井総研は、同農協における酪農ヘルパーの採用や定着に関する課題を把握するため、全国協会とともに複数回の聞き取り調査などを行った。その結果、課題は大きく分けて次の三つであると分析し、課題ごとに解決策の提案および実証を行った。
(1)採用体制の確立
船井総研の調査によると、企業などの一般的な採用活動においては、応募の約85%がウェブサイトを通して行われている。一方、同農協の過去の採用活動は、関係者からの紹介、県立農業大学校を通じたものに限られており、応募者数が少ないことで、採用に苦労をしていた。また、限られた応募者から確実に必要人数を採用する必要があったため、応募者とのコミュニケーションや酪農ヘルパーとして活躍していくための意思や適性確認といった選考が十分ではなかったという。
この状況を解消するため、採用体制を確立し、酪農ヘルパーに興味がある求職者に広く求人情報を提供することが重要であると分析した。具体的には、未経験者を含む多くの求職者に情報を発信できるウェブサイトによる採用を行うことを提案した。
一般的に、ウェブサイトによる採用活動は、求人情報サイトによるものと個別企業などの独自の求人サイトによるものの2パターンがある。前者は掲載費用が必要であり、デザインや内容の項目に一定の制約がある。一方、後者は、前者に比べ作成・維持に要する費用を抑えることができ、デザインや内容についても自由度が高い特徴がある。今回、同農協では、認知度が高いとは言えない酪農ヘルパーという職業を知ってもらい、未経験者など新たな求職者からの応募を開拓するために、酪農ヘルパーの業務紹介やインタビュー記事などを掲載した独自の求人サイトを作成することとなった(図2)。
同農協が作成した求人サイトには公開後1カ月で約1500件の閲覧があり、問い合わせが28件あった。今回のサイト作成においては、酪農ヘルパーに興味がある求職者に広く求人情報を届けるために、求人検索サービスへ登録した。また、そのサイト上で、「酪農」「酪農ヘルパー」「栃木県」といったキーワードで検索した際に同農協の求人サイトが上位に表示されるようにするなど工夫し、予想以上の閲覧数となった。船井総研によると、一般的に、独自の求人サイトでの閲覧から問い合わせに至る割合は0.5%程度だが、今回の同農協の求人サイトにおいてはその割合が約1.8%と極めて高水準であった。コロナ禍で求職需要が高まっていたとはいえ、適切な情報発信を行えば酪農ヘルパーの求人に対する関心が高まることが示唆された。
最終的に、公開から約8カ月間で同農協には49件の求人の問い合わせがあり、その後14名の応募から、面接などを経て2名の採用につなげることができた。多数の応募があることで、複数の応募者から書類審査や面接などを行い、一緒に働きたいと思える人材を採用することができるのも大きなメリットとなっている。
また、応募自体をウェブサイトやメールで行うことで、応募者と事務局がお互いに連絡を取りやすくなり、応募から面接、採用までの期間が従来の書面や電話で行う場合に比べ短縮し、スムーズに行うことができるといったメリットが得られた。
予想以上に応募者数が多かったことから、同農協の事務局では一時的に担当者の業務負担が増えたものの、ウェブサイト上でやり取りすることから業務の空き時間などで対応することもでき、通常業務に支障はなかったという。今回の経験を踏まえ、今後の採用活動についても求人サイトを活用していきたいとのことであった。
(2)各種手当の支給基準の見直し
同農協の専任酪農ヘルパーに支給される給与は、基本給、出役日数により支払われる出役手当、作業内容に応じて支払われる管理手当などにより構成されていた。この給与体系の場合、基本給は経験年数に、出役手当は出役日数に、管理手当は作業内容と乳牛飼養頭数にそれぞれ左右される。給与の約半分を占める管理手当については、搾乳、給餌およびふん出しなど作業別に1頭当たりの単価が設定されている(表4)。しかし、例えば同じ搾乳作業であっても、労働負担の大きなバケット搾乳と労働負担の小さいパーラー搾乳で手当の単価が同一であったことから、作業別の手当の単価が労働負担に対応していないと分析した。このため、乳牛飼養頭数が多く、機械化が進んだ大規模酪農家に出役した場合は労働負担が小さくかつ手当が高い一方、小規模で機械化が進んでいない酪農家に出役すると労働負担が大きい上に支給される手当が少ない状況となっていた。実質的な労働負担と支給される手当のバランスが取れていないことが、酪農ヘルパーの間で不満につながっており、離職の原因の一つとなっていたことから、これを解消することを課題とした。
課題の解消のため、総人件費の増加に配慮しつつ、経験年数にかかわらず労働負担の大きい業務に従事した酪農ヘルパーの手当が高くなるように、給与体系の見直しを提案した(表5)。
具体的には、労働負担に対して手当が低いと考えられるバケット搾乳、サイロ出し
(注4)、ふん出しの単価を増額し、労働負担に対して手当が高いと考えられる給餌の単価を減額することを提案した。給餌の単価を減額した理由は、総人件費の増加を抑制し、同農協の酪農ヘルパー事業の収入と支出のバランスを取るためである。管理手当の単価変更による総人件費を試算したところ約40万円の増加が見込まれるが、同農協の全体の収支には大きな影響はないと考えられた。また、同農協では作業別に酪農家から利用料金を徴収しており、利用料金と管理手当を連動させることも収入と支出のバランスを維持するための一つの方法である。
管理手当の単価の変更を事務局で検討したところ、管理手当の単価を減額することで、酪農ヘルパーの出役の状況によっては給与が減少し、不利益を伴う者から不満が出てくることが懸念された。このため、給餌の単価の減額やサイロ出し、ふん出しの単価の増額は行わず、令和4年1月から労働負担が最も大きいバケット搾乳の単価を1頭当たり80円から同160円に倍増することを予定している。また、同農協においては2年4月に、生産者が支払う利用料金の引き上げを行ったことによる収入増加で、他の作業の手当の引き下げを行わなくても管理手当の増額に伴う人件費の支出増加を吸収することができる見通しが立った。今回は、バケット搾乳の手当の見直しのみとなったが、従来に比べ労働負担に応じて手当が支給される給与体系に改善されたことで、不満が解消することが期待される。
(注4)サイロから飼料給餌機械まで飼料を運搬する作業。
(3)出役スケジュール決定方法の変更
同農協では、酪農家からの利用希望の取りまとめや酪農ヘルパーの出役調整は県北地域と県南地域の地域ごとに行われていた。このため、両地域間で酪農ヘルパーの利用状況などの情報共有ができておらず、例えば県北地域内で派遣できる酪農ヘルパーの人数を超える酪農家からの利用希望があった場合、県南地域の酪農ヘルパーが県北地域に出役するといった対応をとることが少なかった。このため地域によって酪農ヘルパーの稼働率や労働時間に偏りが生じたり、出役調整を行う事務局の事務負担が増えるといったことに苦労していたという。
また、酪農家の傷病時に、急を要する酪農ヘルパーの利用希望があり、その際の酪農ヘルパーの出役先変更の連絡などは電話により行われていたため、電話連絡の行き違いによる酪農ヘルパーの出役先の間違いなどのトラブルが発生していた。
これらの問題の多くは、出役のスケジュールの連絡方法が電話や書面が中心となっており、事務局と酪農ヘルパーとの間のリアルタイムでの情報共有ができていないことが原因と考えられ、この問題を解消することが課題であった。そこで事務局の出役調整の事務負担の軽減を図りつつ、出役スケジュールの「見える化」を実現するために、出役スケジュールの管理ツールの導入を提案した。
まず、出役スケジュールの管理ツールとして、飲食店のシフト管理システムなどの既存のシステムを含めさまざまなシステムの提案を行った。メリット・デメリットを比較した結果、従来事務局が利用していた表計算ソフトと類似のスプレッドシートという機能をクラウド上で使えるだけでなく、メールやカレンダーといった機能と連携することもできるアプリケーションを採用することになった(図3)。このアプリケーションのスプレッドシートは、事務局担当者が構築・改変できるため、従来酪農家へ配布するために表計算ソフトで作成していた予定表の様式をそのまま維持できることも決め手となった。
アプリケーションの導入により、県北・県南地域の事務局は同じスプレッドシートを同時に使用し、それぞれの事務局が酪農家の利用希望および酪農ヘルパーの休み希望を入力することで、双方の事務局が互いの状況を共有することができるようになった。このため、一方の出役が集中した際に、より円滑に地域をまたいだ出役を行うことができるようになった。
また、酪農ヘルパー個人とひも付いているメールやカレンダーとの連携により、リアルタイムで出役先の酪農家を確認できるようになった。これにより、酪農家の傷病時など急な利用要望の変更があった場合でも、事務局がスプレッドシートを操作することで、酪農ヘルパー自身のカレンダーが自動的に変更され、出役先を間違えることを未然に防止できるようになっている(図4)。